17話
突然現れたコッロと名乗った蔦毬族の彼は、頭上に生える自分の体の半分程はありそうな大きな葉を揺らしながら森の中をスルスルと歩いていく。どう見ても歩くには不向きに見える足の形をしているが、躓く様な様子は見えない。よく見れば地面に付く際に絡まった蔦の様な足の先端が開き、バランスを取っているようだった。なら同じような手もある程度本人の意思に従って動くのだろうか?見たことがない種族だけに少しだけ興味深い。ただ、戦闘能力の様な物は持ち合わせていなさそうだなと思う。もっとも、持ち合わせていればウィリアムが黙ってはいないだろう。
「此処だヨ」
いくらか歩いた後、辿り着いたのは大きな草木の塊のような物の前だった。ただ、その規模が凄まじい。少なくとも、森の暗さでは何処までこの壁が伸びているのか見通す事は出来そうにない。それだけでなく、背の高い木の天辺よりも更に上にも伸びているように見える。確かにこれならフォード公爵が見つけやすいと言ったのも頷ける。
「これが・・・アルニカ?」
コッロのすぐ横を歩いていたミラが何処か戸惑ったように口を開く。彼女がいた帝国と比べれば余りにも自然に傾いた見た目だ。国に見えないのも仕方がない。いっそ何か大型の魔物の巣とでも言われた方がしっくりとくる。
「そう、だヨ。此処がぼくたちの棲家、アルニカだヨ」
コッロが感情の見えない大きな目でこちらを見てくる。これだけなら何とも不気味だが辛うじて彼の手足が犬の尻尾の様にうねっているからか、少しだけコミカルに映る。いや、不気味に見えるのは変わらないかも知れない。
「で、でもどうやって入るの?」
プロトが周囲を見渡す。確かに明確に入口のような物は見えない。只ぎっしりと詰まった草木の毬の表面が佇んでいる。
「簡単だヨ。叩けばいいヨ」
コッロはそう言うと傍まで寄って、手を伸ばしてノックするように叩く。すると僅かな騒めきの後、絡み合っていた草木が左右に別れていき、トンネルを作った。
「此処から入れるヨ」
そう言うとコッロはテクテクと穴の中に入っていってしまう。しかし困ったのこっちだ。
「せ、狭くないか?」
どう見ても、穴が小さい。コッロの身長なら何の問題も無いだろうが彼は自分たちの半分程度の身長で細身だ。一番デカいウィリアムと比べると三分の一も無いだろう。横幅は比べるのも馬鹿らしい。しかし、聞こえなかったのか彼からの返事が無い。
「ど、どうするの?」
プロトがやや焦った様に首を傾げる。問題は単純、ウィリアムが入れないことだ。自分含めた三人は四つん這いなら入れるだろう。ただ、彼だけは無理だ。何をしても入れそうに見えない。
「広がったり、しないか?」
近付き、コッロと同じように穴の周辺を叩いてみるが広がる様子はない。まるで検問のように融通が利かない。
「えっと・・・試して見る?」
ミラが気不味そうにウィリアムへと顔を向ければ、彼は無言で穴に近付き、地面に手を付いて穴に頭から入る。しかし、直ぐに肩の辺りで止まってしまい、動かなくなってしまった。何て間抜けな姿なんだろう。彼も分かっていた結末のせいか、はみ出している鬣が枯れ木のように萎びて見える。斬新なオブジェと化してしまった。
「と、兎に角、一度私たちが入ってみましょう!それから中でコッロにどうすればいいか聞いてくる!」
冬眠から目覚めた様にノロノロとした動きで出てきたウィリアムにやや気まずい雰囲気が流れていたが、それを断ち切る様にミラが手を叩く。
「そ、そうだな!ウィリアム、悪いけど、待っててくれ」
「う、うん。大丈夫だよ!」
腕を組んだまま、クシャクシャの猫みたいな顔になってしまったウィリアムを励ます。別に彼が偶々デカかっただけだ。それにウィリアムのサイズを見たコッロが入れるかどうか心配したり、疑問に思う様子が無かったのだから入る方法があるはずだ。貿易だってするし、彼らの作品を外の国の住人が使って問題が無いのだから、入れないとは思えない。
「すみません、皇女様・・・このウィリアム、力が及ばず」
余りにもショックだったのか、口調も完全に戻ってしまった。早く戻してやらなくてはいけない。
ズルズルズル、周囲の草木の壁と僅かばかりに擦れながら前へ進む。立って歩くのは難しく、かと言って屈んで歩くのは元より難しい。仕方なしに四つん這いで進むことを強いられた。背負った荷物は自分でギリギリ引っかからない位で、後の二人はその小柄が十分に活きる形になった。
「よかった、そんなに距離はないみたいだ」
最初はまったく以て厄介な事になったと思ったが、入ってみればしばらく先に明かりが見えた。これなら待っているウィリアムもそんなにヤキモキさせる事もない。
「あ、遅いヨ。待ちくたびれたヨ!」
穴から出ると直ぐ近くで待っていたコッロがそう言って体を揺らす。怒っているようには聞こえないが、こちらも事情があっただけにやや理不尽に感じられた。
「おいおい、こっちも訳がある。お前が開けた道に俺たちの仲間が一人通れなかったんだ。どうにかならないのか」
「え、通れなかったんだヨ?」
予想外とでも言いたげにコッロが首、というか全身を横に傾ける。
「あぁ、俺たちと一緒にデカい奴が居ただろ?俺たちでギリギリの穴だったんだ。そりゃ通れないぜ」
「そうだったんだヨ?それは失礼、したヨ」
本当に事故だったようでコッロは素直に謝罪を口にした。そして穴の方へと再び進む。
「どの位大きかったヨ?」
腕を伸ばして揺らす。どうやら大きくしてくれるらしく、大体この位だと指で示してやればコッロは頷き、壁を叩く。すると穴が再びギチギチと音をたてながら広がっていく。それでもやや小さく見えるがこれならウィリアムでも入って来られるだろうと思えるぐらいには広がる。
「これで良いんだヨ?」
「あぁ、これなら・・・あぁ、来たな」
穴が広がると同時に少しばかり急いでいるような足音が聞こえ、直ぐにウィリアムが姿を表す。表情は既に戻っており、何とか復帰したようだ。
「よかった、ウィリアム」
「はい、わが身の不徳故、御身を」
「ウィリアム?」
「す、すみません。只今」
いや、見た目より動揺が残っていた。もっとも、ミラが即座に修正させた。まだ固いがコッロは良く分かっていないようで気にした様には見えない。
「悪かったヨ。それじゃ、ぼくは行くヨ」
そう言うとコッロは身を翻してしまう。
「あ、あぁ。ありがとうな!」
少しばかり突然だったから、大した事も言えなかったがコッロはやっぱり気にした様子もなく、そして突然、入ってきた壁を登って消えていった。
「えぇ・・・まさか、そこが通り道、何て言わないよなぁ・・・」
思わず声が出てしまった。でもこの言葉が間違っていないのは他の三人も同じような顔をして見上げていたことが証明する。
「ま、まぁ・・・歩いても行けるみたいだし・・・」
ミラがアルニカの中央らしき方へと顔を向ける。彼女の言う通り、普通に道はある。なのにコッロが勝手に壁を昇って行ったのが衝撃過ぎた。
「少数民族が集った結果、なのだろう。小国はこういう事がある」
ウィリアムが付け足す様に口を開く。まぁ、確かに全身が火で出来ていて、溶岩を呑みながら生活する種族だって居るのだから、変、という程には飛びぬけてはいないかと納得させる。そして改めてアルニカの内部へと目を向けた。
アルニカは外から見たように大きな草木で編まれた毬の様な物の中に作られていた。天辺の辺りからは日光が差し込んでいるが、それも網目状の影をそこらに映しているのを見る限り、開いている訳ではなさそうだ。そして眼の前に広がる街の風景も他種族国家と比べると酷く特殊な様相だ。
「全部、壁と同じ、なのかな?」
プロトが首を傾げる。傍目に見るとアルニカは建物全てが壁と同じように草木を編んだような文様がくっきりと浮かび上がっていた。
「でも、結構カラフルなのね」
ミラが言うように緑一辺倒という様な事もなく、色鮮やかだ。もっと近付かなければ良く分からないがパッと見は花が咲いているようにも見えた。
「うむ、『美しき』という理由の一つ、なのだろうな。これが彼らの技術なのか、はたまた絡繰りがあるのかは分からんが」
ウィリアムも興味深げだ。それだけでなく、鼻も少し動いている。もしかしたら香りもしているのかもしれない。
「まぁ、行ってみようぜ。少なくとも歓迎してない、ってこともないだろうしさ!今日位は宿も欲しいし、ミラとプロトの杖だって見てみたいだろ!?」
留まっても仕方ない。既に国内に入ったのだ。後は動くだけだ。それに元々ここでは補給くらいしかやることは無かった事を思えば深く見る時間は無い。なら、サッサと用事を済ませた方が良い。
「そうね。行ってみましょう」
ミラが頷くのを皮切りに、アルニカの奥へと踏み入った。
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