15話
明けましておめでとうございます。進みは遅いですが、今年もよろしくお願いします。
新たな仲間、ウィリアムが加わってからの日々は暫しの間、穏やかな物だった。直接追ってくる者が一先ず居なくなり、強力な仲間になったのだから張り詰めていた空気も柔らかくなる。また、フォード公爵の屋敷は現状考えうる中で最も安全と言ってもいい場所だ。不安に思う気も起きない。ただそれも長くは続かない事は良く分かっていた。
「そろそろ、旅立ちだな」
与えられた部屋の一室で独り言を漏らす。窓の外は晴れ渡っており、雲一つ見当たらない。悩みも無さそうな天気は逆に全てを呑み込んで消し去ってしまいそうな深い海にも似た恐怖が静かに佇んでいるように見えた。
結局、というのも変な感じだが行く末の見当たらない旅の出発点はムニオに決まった。公爵の示した一歩目は理にかなったもので、プロトが作られた存在であることに着目した選択肢だ。確かにムニオなら、『全ての物の生まれた地』と言われる国であれば寄る価値がある。仮に本命が見つからずとも、ヒント位は落ちていてもいい。そう希望が持てる場所だ。
「ただ、行った事ないんだよなぁ」
結構大きな国なのは確かなのだがアガパンサス団は其処でショーをしたことが無かった。理由は単純で用は無かった事と、歌劇に関しても求められるものが違うからだ。
全ての物が生まれた地と呼ぶだけあって施設そのもののレベルが高く、出来ることの幅こそ広くなるだろうとは想像できるが、旧来通りと言うべきか、演者が主体のものよりも施設の凄さや、道具の目新しさを競う様な物が多すぎるのがアガパンサス団のショーとは相性が悪いと予想したからだ。仮に綱渡りの様な物をやるなら、最低でもよくできた人形が綱を渡る様を見るのが主流だ。後は速さや、奇抜さが加点要素だろうか。兎に角、人が主体ではなく、人が作った物が主体の国なのだ。それ故に人に興味のない職人たちが世界中から集まっては日々、頭を捻り、腕を振るっていた。だから大きな国にも関わらず、ショーは採算が取れないとして行かなかったのだ。勿論、彼らが作ったものを初見では使いこなせないだろうという予想もあった。
「ま、その分楽しみだけどな」
荷を背負う。公爵が用意してくれた荷物は旅に十分な物が詰まっていた。そしてそれはこれからの旅が過酷であることの証左だ。
本来、ムニオにアスケラから行くのであれば飛空艇に乗り合わせてしまうのが一番だ。ただ、自分たちは一応追われている身だ、一番目の手段は自然と消えた。それにここ最近船から落とされる事が多すぎて縁起も良くない。もう一度船から地上に落っこちるのは勘弁という思いもある。何より、閉鎖空間に閉じ込められるのを嫌った、というのが主な理由だ。相手が空を飛べる以上、空は安全地帯にはなりえない。それ故に陸路が選ばれた。ただ、陸路と言っても馬車は勿論馬車の類も使用しない。理由は単純にコストの問題だ。
馬は一見便利だが生き物というのがあまりに難点だ。エサは勿論、休憩だって必要になる。怪我や病気も侮れず、そもそも言うことを聞かせ続けなければならない。それ故にあくまで軍や商人等の集団で動く時や馬と親和性の高い種族、四蹄族等が居なければ秘密の旅には不向きだ。だったら遅くとも一番自由度の高い徒歩が良い。それにウィリアムが居れば最悪ミラを逃せる公算が高いのも理由だ。
部屋を出て、すぐにそこに待機していたメイドに連れられて出口へ向かう。だいぶ慣れたが誰かに世話を焼かれるのが当たり前の生活は窮屈だった。何より人の目が常にあることがむず痒い。ミラやウィリアムは当然の顔をしていたし、プロトも案外気にはしていなかったが、自分には何とも居心地の悪さが目立った。
「よ!」
屋敷の入口には既に他のメンツが揃っていた。全員が程度の違いはあれど同じような荷を背負い、深いフードの付いた外套を着込んでいる。これはよく目立つミラとウィリアムの為に公爵へ要求した物だったが、気を利かせてくれたのか、長旅ならあらゆる場面で役に立つこともあって全員分用意してくれた。見た目は地味だが、内部は高級なのが直ぐに分かる造りでがっしりとしていた。勿論、服や靴に至る所まで用意してくれた公爵と職人には頭が上がらない。
「おはようルーク。良く似合っているわ」
七色の、彼女を象徴する美しい髪を棚引かせながらミラがそう口にする。先程地味な見た目に作られた、と外套を呼称したがとんでもない。彼女が着れば自然を愛した乙女のハイキング姿もかくやだ。そんな彼女に似合っていると言われてもなと苦笑が浮かぶ。
「ミラほどじゃないぜ。プロトも問題ないか?」
「うん。ボクは気になる所はないよ」
プロトの恰好も当初の魔法使い然とした恰好が目立っていたが、今は何とか駆け出しの旅人位には見えるようになった。今回の旅で言えば彼の見た目も重要な要素を持っている。そう言う意味でも初見の印象を減らせる今の恰好は悪くない。背負われた杖はどうしようもないがそれぐらいなら、何とでもなる。別に市井に魔法使いがいないわけではない。
「ウィリアムは・・・俺が心配するまでもないな」
「ウム・・・吾輩の事はよい」
最後に新たな仲間になったウィリアムへと目を向けたが巌の様な彼に口出しできるような物はない。特に彼は荷物も一番大きく、重いはずだがそれを一切感じさせない。
「うむ、旅立ちじゃの」
後ろから声が聞こえ、振り向けばフォード公爵が階段から降りてきていた。傍にはアルノーが付き添っており、二人のメイドがそれに並ぶ。
「お世話になりました」
ミラがスッと自分の斜め前に立ち、頭を下げる。それを見て慌てて頭を下げた。
「ホッホ、構わんよミラちゃん。それより、これからの過酷な旅の事だけを考えるとよい」
「いえ、公爵には身の安全だけに留まらず、たくさんの事を助けていただきました。まだ、この身ではこの恩に応える事は叶いませんが、必ず、目的を達したのち、返させて頂きます」
朗らかながらも鷹揚に笑う公爵にミラは固く、それでも何処かハッキリとした芯のある声で返す。公爵はカカと笑い、嬉しそうに小さく何度も頷いた。
「ふむふむ、問題無さそうじゃの。まぁ、何かあればいつでも戻ってくるがよいぞ。なぁに、ミラちゃんたちが黒幕を捕まえるまでは持たせて見せようぞ」
そう言って公爵は大きく笑い、それにつられたようにミラも小さく笑った。
「でだ、前に決めた通り、まずは王道の道を行こう」
アスケラの城門を潜り抜け、歩きながら後ろを振り返る。
「目的地はムニオ、と言いたいけど、流石に直通で行けるような距離じゃないから途中でいくつかの小国を渡る。道は王道、っていうだけあって複雑じゃ無いけど、過酷な部分もあるみたいだ。その辺りは辿り着いてから、臨機応変に、って感じだな」
公爵に貰った簡易的な地図を広げる。事前の取り決めでは最低、三つは通らなければならない。
「うん、大丈夫。皆となら、越えられるよ」
ミラの言葉に頷く。
「あぁ、間違いない。幸い、ウィリアムが一緒だから前よりは魔物も対処しやすいかな?」
そう言いながら彼の方を見れば任せろとでも言いたげに頷く。
「よし、なら後は問題なし。そう言う意味では一番警戒しないといけないのは帝国の追っ手だ。公爵はあぁ言ってくれたけど、俺たち狙いの敵は自分たちで対処しなきゃだめだ。まぁ、特に今出来ることは無いんだけどな」
肩を落とす。実際、情報は少なく、対策も難しい。
「ふむ、追っ手が来るとすれば魔法使い、なのだろう?」
ウィリアムが口を開く。
「えぇ、私たちを襲ってきたのは確か、魔道部隊って名乗っていたから・・・きっと似たような相手だと思う」
「ならば、魔法使い相手の戦い方を知っておいた方がいいでしょう。幸い、私もその訓練はたくさん積んで参りました。皇女さまは兎も角、そちらの二人は知っておいた方が」
「いえ、私もやる」
ウィリアムの提案にミラが口を挟む。
「仲間なのに外されるのは嫌。それに荷物扱いも嫌。それとウィリアム、私は今、皇女という立場じゃなくて只のミラ、その口調も変えて。じゃないと顔を隠す意味が無いわ」
怯むウィリアムに言葉を重ねる。自分やプロトに対しては結構ズケズケと物を言う、いや、特に自分に対してだけか、ウィリアムが年下の女の子にアレコレと言われて慌てふためくのは少しばかりスッとする。ただ、ミラの言うことも間違いではない為、そうしてくれた方が都合は確かに良い。
「そうだぜ、俺たちがいくら普通にしてても「私は騎士です。彼女は貴賓です」って態度じゃ意味がない。頼むぞ、おっさん」
「おっさん!?わ、吾輩はそんな年ではない!」
揶揄うようにおっさんと呼ぶとイラっとしたような声が直ぐに返ってきた。但し心なしか彼の鬣が煤けて見える。なんだ、あんなに立派に騎士然としていた癖にと心の中でほくそ笑む。
「はは、言動一つ簡単に変えられず、年下の女の子にアタフタするのはもう、おっさんだろ」
「小僧、よくもそんな減らず口を!」
ついさっきまでの威厳のある言動と態度はどこへやら、彼の信奉するミラの前だというのに、彼はその目をギラギラとさせこちらを見やる。
「ウィリアム」
「グッ・・・はい、何でしょうか、皇」
「ウィリアム?」
それを隙と見たのか、ミラはウィリアムを呼ぶ。その声は圧があり、「分かっているよね?」という言葉が内包されていた。ただ、自分に向けられた物ではないだけに気楽に笑えた。
「クックック・・・呼んでるぞ」
プルプルと震える彼から顔を反らし、目的の方へと向く。もう後は任せておけばいい。プロトの肩を叩き先に行く。
「え、えっと・・・」
プロトはキョロキョロと視線を動かすが気にするなと背を押して行く。
「いいんだ、いいんだ。あの様子じゃ困るのは事実だしな。魔法使いとの戦いをどうするか何て後でも良い」
後ろから聞こえるウィリアムの焦った声と真面目ながらも何処か揶揄う様なミラの声をバックに、ムニオに向かう最初の中継国、美しき森のアルニカへと足を進めた。
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