12話
飛び出すと同時に双刃剣を手の中で回す。体重が軽く、背も低い自分が重たい一撃を作るには工夫が必要だった。勿論、力で勝てない相手に真っすぐに戦う必要があるとは思わないが最低限は必要だ。そしてその勢いを保ったままに、自分の体ごと回してウィリアムへと切りかかる。手加減はしない。それこそ相手を殺す勢いで武器を振り下ろした。
鉄同士がぶつかり合う、鈍さと甲高さが混じった音が勢いよく飛び出した。手に伝わってくるのは巨岩を殴った様な手応え、手からはビリビリとした感覚が足のつま先まで流れる。
「・・・・」
細められた縦長の瞳孔が嫌に冷ややかに見えた。ウィリアムの瞳の中には鬼のような形相で歯を食いしばる自分の顔が映っていた。
拮抗は長くは続かない。そもそも渾身の一撃を放った筈だが、相手は片手に持った大剣を掲げただけで攻撃を完全に受け止めていた。こっちはその衝撃で小刻みに震えてしまっているというのに、相手にはその振動すらも伝わらない。次の瞬間、ウィリアムが虫でも払うようにして大剣を掬いあげれば、それだけで自分の体は浮き、後方へと飛ばされた。
宙に飛んだ体を丸めて勢いを制御する。そして着地と共に勘に従って後方へと一つステップする。直後、爆発したような音と共に最初に着地した地面が抉れる。目を向ければウィリアムの大剣、その切っ先が地面にぶつかったようだ。
「爆ぜて!」
自分の後方からプロトの悲鳴の様な声が聞こえる。直後、自分を追い越すように真っ赤な火球が確かな熱量を放ちながら武器を振り切ったウィリアムへと真っすぐに向かって行く。
飛んでくる火球に対してウィリアムに慌てた様子はない。悠然とした動きで下から大剣を振り上げる。それは大剣を構え直す様な何気ない動きに見えた。しかし、プロトの火球はその動作だけで真っ二つに裂け、力尽きたように解れて消える。あの洞窟の魔物や道中での戦闘で幾度も命を救ってきた魔法は、ウィリアムという正真正銘の強者の前では目くらましにもならなかった。その事にプロトが息を飲んだような声を出したのを背中越しに感じながら再び前に走る。少なくとも後退に活路は無いように思えた。
「私は・・・どうすれば・・・」
後方、ウィリアムとルークの戦いを見ながらミラは一人、頭を悩ませていた。自分の前にはプロトが立っており、自分を守る様にしていながら彼は今も、ウィリアムに向けて魔法を幾度も放っていた。そんな中、自分にも何か出来る事は無いのかと、ミラは必死にその頭を回す。
彼女からすればこの戦いは自分の失態が招いたモノだと認識していた。自分が上手くウィリアムを説得できていれば、このような事態にはならなかった、そう思えてならない。此処に来るまでに、ルークはしっかりと役目を果たし、プロトも明らかになった自分の存在に悩む様子は見せはしても、自棄を起こすような事は無かった。ただ自分はどうだったろうか。ルークたちに守られるだけだ。それは王都に来てからも変わらない。王との謁見だってフォード公爵に大部分を助けられた。そして今も、明らかに生死を彷徨っただろうルークが自分の願いを叶える為に、血を流していた。なのに自分は一番安全な所で、何もせずに立っているだけだ。それがあまりにも、もどかしかった。
「・・・・何か、何か」
うわごとの様に口から言葉が漏れていた。何かしなければ、そう思えば思うほどに、自身の無力が浮き彫りになる。皇女として過ごした日々で得た力の全てが今は、何の役にも立たない。動きたいのに、頭の奥で自分が動くことで状況がもっと悪くなるだけ、そう告げてくるのが恨めしい。それが保身の為なのか、冷静故なのか、はたまた計算なのかすら、今は判別が着かない。そうやって迷っている間にも状況はどんどん悪くなっていく。
「ガァァァ!!」
獣の様な声をルークが出し、地面に叩きつけられるような音と共に砂埃を上げて彼が転がるのが目に入る。どうやらウィリアムに吹き飛ばされたようだった。
「ルーク!?」
悲鳴の様な声が喉の奥から出る。駆け寄ろうとするがその奥に立つウィリアムが見えて足が止まってしまった。まただ、ミラの頭の奥からこのような状況にも関わらず冷静な部分が自分の足を恐怖と共に止めてしまう。結局、眼の前に立つプロトの横にも並ぶことが出来ない。
ボロボロのルークと比べてウィリアムに変化は見られない。彼の立派な鬣には埃の一つも無く、その目は平時と何ら変りなどない。ただ静かに、聳えたつ山の様に泰然としていた。
ミラは自然と奥歯を噛みしめる。何か、何かしなければならない。それだけが今の彼女の脳内を占めていた。
「ふむ・・・もう、良かろう」
眼の前で戦い始めと何の変化も見せないウィリアムの言葉に、奥歯が砕ける程に噛みしめる。
「ウル、セェよ・・・・」
双刃剣を杖にしながら寝たきりの老人よりも緩慢な動きで立ちあがる。しかし、口から出た強がりに反して体は限界を正直に告げていた。何なら口が開けるのはウィリアムが初撃以来、明確な攻撃をしていない事も良く分かっていた。その初撃だって彼が殺す気ならそこで終わっていた。彼が律儀に、相手が盗人であっても口にした約束を守ったに過ぎない。ただ、自身が弱く、脆いことをまざまざと自覚させられる。
「・・・お前がそこまで頑張る理由もあるまい。どうせ、依頼されただけの間柄、ありとあらゆる力が足りないお前が首を突っ込む様な事でも無ければ、出来ることなどない」
ウィリアムが口にするのは真実だ。彼が言う通り、自分はミラが依頼した組織の末端の人間だ。ボスに言われた彼女の護衛だってプロトと出会う幸運が無ければ達成出来なかった程度の力しか持ち合わせていない。舞踊がもとになった剣技はこの状況を打開する力がない。過去の経験は役に立たなかった。
「・・・悪い様にはしない。お前程度なら皇女様を連れ戻す際に一刀の下、切り捨てたで済む話だ。皇后様も皇女様が帰られたなら、聞き流すだろう。退け」
「ウルセェっつたろ!」
懇々と紡がれるウィリアムの説得を一息に振り払う。冷静じゃない。それはなんとなく分かっていたが、頭から追い出した。
「ゴチャゴチャ喋りやがって、何も知らねぇ癖に、俺の生き方を決めるなよ!」
むかっ腹が立ったのだ。過去の、スラムで彷徨って居た頃の何も変わらない日々の無力感にも似た感覚と、ゴミを見る様な、遥か高みから見下すような目で見てきたアイツらを思わせるその目が気に食わなかった。
「俺は仲間を見捨てない。俺は、助けてくれと叫ぶ人を見捨てない」
全ては拾えない。でも、自分に。何処にでもいる様な自分に、助けを求めて来たミラを見捨てる様な事は出来ない。それに男が何とかしてやると言ったのだ、退けない。プロトだってそうだ。彼とした、ボスから与えられた家族であるアガパンサス団以外で出来た初めての友達との約束はまだ果たされてはいない。だからと言って誰かを見捨てる形で友達との約束を果たす事は出来ない。だから全部拾って進む。その決意だけが震える足を立たせた。
「誰かに、決められた道は好きじゃない。ミラも、プロトも、俺がやりたいと思ったから、一緒にいるんだ!だから、逃げてなんかやらないぜ!」
痛みで引き攣る顔を歪めて笑う。馬鹿と笑いたければ笑うがいい。俺も笑ってやろう。だけど譲りたくないものまでは譲らない。
「・・・・」
対面のウィリアムは無言の儘だ。やや目が掠れているせいで良く見えないのがもどかしい。ただ、分かっているのはこの戦いはまだ終わってないってことだった。
「ウォォォォォ!!!」
疲労と痛みの中、倒れるようにして前へと走る。本当に倒れてしまう前に、動かなければならない。その思いが足を動かした。しかし、その姿は普段とは見る影もない程にふらついた足取りで、外から見ればきっと無様な姿だろう。それでも歯を食いしばって駆けていく。
ウィリアムは動きを見せない。しかし近付くに連れてハッキリとしだした彼の顔は侮るようなモノも、憐れむような感情も見えなかった。
ウィリアムが目を一度瞑る。そして僅かな時間の後、開かれた目には彼の闘志がハッキリと見えた。それを無視して、真っすぐに双刃剣を力の限り振った。
「見事」
その言葉の直後、彼の姿がブレ、痛みを認識するよりも早く意識が闇に急落していく。最後に聞こえたのは仲間が自分を呼ぶ声、そしてカツン、という軽い音だった。
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