8話
「・・・とりあえずまた来ちまったな」
乗せられた馬車から降りる。場所はフォード公爵のタウンハウスの入口から少し離れた所だ。
「うん・・・思ったよりも早かったけど、何かあったのかなぁ?」
プロトが首を傾げる。フォード公爵と対面してからまだ数日、自分では確かな想像は出来ないが王宮のアレコレは時間が掛かるイメージはあった。勿論公爵、という立場を思えば面倒なモノの大半はスキップ出来るだろうが相手は国の頂点だ。言ってしまえばフォード公爵でも指図出来ない数少ない相手と言っても過言ではない。それだけにこの早さは気になった。
「わっかんねぇなぁ・・・でも急ぎ、って感じもしなかったんだよなぁ」
自分達から離れて行く馬車を見る。あの中にはいないが自分たちに伝言を持ってきた出歯族の男に焦りのようなものは感じられなかった。それだけに緊急、と呼べる程ではないとは思えるが相手が相手だけにわからない、というのも事実だった。
「ま、会えば分かるだろ。ほら行こうぜ」
指さした先には以前に見た黒嘴族のアルノーがこちらに向かって来るのが見えた。
「お迎えに遅れましたこと、お詫び申し上げます」
アルノーは自分たちの前に立つと綺麗な動きで頭を下げる。
「いやいや、俺たちも今来た所だしさ、別に待ってないぜ。頭上げてくれ」
「寛大なご対応に感謝いたします。それでは私に着いて来て頂けますでしょうか。フォード家当主の元へご案内いたします」
「あ、あぁ頼むよ」
やっぱりこの貴族対応に慣れないな、そう思いながら前を歩くアルノーの後に続いた。
「うむ、よく来てくれたの、ルークにプロトよ」
案内されたのは以前も対面した部屋で、同じ場所に公爵とミラが腰かけており、ミラは力の抜けた笑みを浮かべながら手を軽く振る。どうやら悪いほうには転ばなかったようだと何処か安心する。それに今回は以前のように身ぐるみを剥がされる様な事も待たされるような事もなかっただけに、自分たちも心に余裕がある。
「おう、あんまり時間も経って無いけどどうしたんだ?」
思わずぶっきらぼうな感じになってしまったが公爵は気にする様子もなく、意味ありげに頷く。
「うむ、まずは報告からじゃな。国王様への奏上は概ね上手くいったと言える。国防にも関わる事じゃからの。墜落した帝国船への調査や隠れ家がありそうな場所の捜索もしてくれそうじゃ」
「へぇ、そりゃよかったじゃん。ならなんで俺たちを呼んだんだ?」
上手く行ったのなら、後は権力を持った奴らの仕事だ。平民には戦争や謀略で出来ることなんて何もアリはしない。精々いつも通りに生きて請われれば武器を手に戦地に行くだけだ。それだって最終手段だから早々無いだろうが。
「うむ、問題はミラちゃんの扱いでの。吾輩としては此処にいて欲しいんじゃが・・・」
「私は、帝国の黒幕を探しに行こうと思うの」
公爵の言葉を遮るようにしてミラが口を開く。
「黒幕・・・?あぁ、αたちの作り方を教えた奴、だっけ?」
「うん、私はその人を見つけたいの」
そう語る彼女の声には強い意思が籠っていた。
「つったって・・・見つけてどうすんだ?殴るとか?そもそも当てがあるのか?」
彼女が何を以てそう語るのかが分からず、頭を傾げながら聞き返す。
「・・・なんで、こんな事をしようとしたのか、聞きたいの。お母様も元から野心はあったとは思うけど・・・こんな事を平気で進める人でも無かった。だから、きっと何か事情があると思うの。私は、それを知りたい。誰かがお母様を替えてしまったのか、帝国を歪めたのか、或いは、そんなもの何一つとして無いのか。どうしても知りたいの。きっと、正面から事を構えるだけだと会うことは出来そうにないから」
ミラは決意に満ちていた顔を曇らせながら口を開く。成程、とは思う。自分には母親がいないから、彼女の決意の熱を正確に捉える事は出来ない。でも家族が何かに害された、だから、仇では無いが真相を知って納得したい、という気持ちくらいは分かった。状況を思えば彼女の我儘なのだろう事は公爵の顔をみれば分かる。でもその我儘は嫌いじゃなかった。
「ルーク、プロト。これは私の我儘、どうすれば良いのか何も決まってはいないし、何処に行けば良いのかも分からない。それでも貴方たちと、この騒動の裏を探しに行きたいの。・・・着いて来てくれないかしら?」
再び決意の灯った瞳が、不安に揺れながらこちらを射貫く。公爵に頼んで命令すればプロトは兎も角、自分はやるしかないという状況で只、彼女は単身でお願いをしてきた。きっと嫌なら断れる様にと、彼女らしい優しさでもあるのだろうなと思う。もっとも、話の途中で答えは決まっていた。
「俺はいいぜ。そっちの方が面白そうだしな。それに、俺たちは仲間だろ、ミラ。仲間が頼んでんだ、断らないぜ」
「う、うん。ボクも、何の役に立つか分からないけど・・・それでも良いなら、ボクも行くよ」
断るという選択はない。何より、今の彼女を一人にはしたくない、不思議とそう思ったのだ。本来なら公爵たちに任せて、自分たちはアガパンサス団の家族たちが帰ってくるのを待ってから、プロトと風の向くままに旅なんかをするべきなんだろう。でもそれは気が乗らない。なら仕方がなかった。
「・・・ありがとう、二人とも」
ホッとしたように目じりを下げてミラは微笑む。どうやら安心させる事が出来たようだ。近くにいる公爵は仕方がないとでも言いたげに苦笑を浮かべてはいるが止める気はないようだ。きっと彼なりに思うところもあるのかもしれない。
「さて、話も決まったの。それじゃ、此処からは具体的な話をするぞ」
和やかな雰囲気になった部屋が公爵の言葉で引き締まる。確かに自分たちの行先はまだ決まっていない。
「それで、ミラちゃんはまず何処に行きたい、とかあるのかの?」
「それが・・・恥ずかしながらまだ決まっては居らず・・・出来れば帝国の様な、明らかな変化が起きていそうな所か見て回りたいとは思うのですが・・・」
ミラの言葉にその場の全員で考え込む。とはいえ、帝国の変化もミラのような地位にいなければ分からない事だっただけに、自分とプロトは何の情報も出そうにない。となれば一番頼りになるのは公爵になる。だから自然とその場の視線は彼に集まった。
「ふむ・・・期待されるところ悪いんじゃが流石に直ぐには出てこんの・・・それこそ一旦流通の方を確認して見んことには、の」
「流通?」
「うむ、ここは飛空艇が最も集まる国じゃ。つまり、遠くに何かを運ぶなら、ここを通る可能性が高い、というわけじゃ。そこから帝国の便が何処へ力を入れているのか探れば多少なりともヒントになる、かもしれんの」
プロトの疑問に公爵が答える。成程、確かにそれは良いヒントになりそうだ。
「ただ、こっちは吾輩の管轄では無いからの、少し時間が掛かる。で、そこでなのじゃが、一人、もしかしたら何か知っているかも知れない相手がおる」
「ん?そんな奴がいるのか?」
いるなら是非とも聞きたい。ミラもそんな相手がいたのかと、少しだけ目を丸くして公爵の方へ乗り出す。
「うむ、先日お前さんたちに忠告したじゃろう。帝国の二枚看板の片割れ、ウィリアムじゃよ」
「あぁ・・・な、るほどなぁ・・・」
公爵の言葉に納得する。ミラよりは地位は低いが騎士団長という立場はむしろ兵器というものには近い。おまけに態々アスケラ迄来ているのは分かっていることだ。もはやうってつけの相手と言ってもいい。
「・・・ちなみにウィリアムの確証は既に?」
「あぁ、それならこの間、顔が会ったけどあいつだったよ」
考え込むようにしていたミラにそう言えば目を丸くしたミラがこっちを見て来た。
「え、ルークたち、ウィリアムと会った事があるの?」
「いや、会ったつうか・・・最初はミラを連れてくる前に遠目に見て、この間、王都でも目が会った瞬間逃げた、って感じだな。だけど間違いなくあいつだったぜ。追って来てたしな」
そう答えればミラは七色の瞳を瞬かせる。
「凄いね。彼、身体能力は帝国一とも言われていたんだけど・・・」
「いやいや、状況が良かっただけだよ。やっぱりアイツって凄いの?」
そう聞くとミラは寸分の躊躇いもなく頷き、公爵も何の否定もしない。
「彼は帝国っていう世界一と言ってもいい国で、その身体能力からなる武、一本で騎士団長まで登り詰めた人なの。それこそ私は彼が直接戦う所は見た事がないけど、軍一つと彼でようやく釣り合うか、って言われるぐらいよ?」
「吾輩は交流で見たことがあるが、あれは・・・流石にのぉ・・・この国の騎士も弱くは無いはずじゃが・・・あ奴単騎に全部蹴散らされたわい。お陰で軍の担当の者は暫く大変そうじゃった。正直災害みたいな奴じゃの」
「ウゲ、やっぱり逃げて良かったな」
聞けば聞くほどやばそうな奴だ。そんな奴と話す場所を作れるか疑問にも思ってしまう。
「でも、忠誠心も高い人だったから・・・多分、私が表に立って話せば、無理強いはしない、と思うわ」
「だといいけどよ・・・最悪一瞬で俺たちが死んでミラが連れてかれる、なんてこともあるだろ?」
「・・・それについては何とかなるじゃろ。吾輩が話した時の雰囲気であれば話も聞かず、 何て感じでも無かったからの。そう言う意味ではもう片割れの方が問答無用そうじゃったわ」
「ブライヤですね・・・彼女の方が確かに・・・その傾向があると思います。良い人、何ですけどね」
「ま、敵にまで遠慮するような奴じゃないって訳だ。そう言う意味じゃ、ウィリアムで良かった、って感じか。ま、ミラが大丈夫ってんなら俺は良いぜ。後はどうやって連れてくるかか?爺さんが連れてくる訳には行かねぇのか?」
公爵の方に顔を向けるが渋い顔を浮かべられてしまう。
「・・・出来無くはない。が、状況があまり良くないのぉ・・・これで帝国と実は裏で繋がっている、何て憶測を立てられては困る。吾輩も味方しかいない訳じゃないしの。それに、奴は帝国の代表として来てるわけじゃないんじゃろ?なら吾輩が動くのは憚られるかの。だから吾輩が出来るのはお前さんらが話す場を提供するくらいじゃ」
「そっかぁ・・・なら仕方ないか」
どうやら権力を持つ者、特有の困難があるようだ。そう言われてしまえばどうしようもない。
「じゃぁどうするの・・・?ボクが声を掛けてこようか?」
プロトが不安げにそう言う。成程、絶妙な一手に思えるがこれで相手がαの様にプロトを脱走兵として認識して殺さない、という確信がない以上、したくない。となれば、自分の中では一つしかなかった。
「いや、なら俺がやるよ。様は人の目が一切無いところで話す時間が作れれば良いんだろ?」
「うむ。奴が正式な形で来ていない以上、隠れた監視の目も無いとは言えぬからの。最悪を鑑みるなら監視を振り切って、関係者しかいない場所で、が条件になるの」
公爵が口にしたのはシンプルながらも難題だ。なにせ少し前に有利な条件だったから逃げられたと言ったにも関わらず、彼の実力を知りながらそう言って来たのだから必要なのは分かるが、やっぱり無理なのでは?という疑問が顔を覗かせそうになるのをグッと堪える。
「いいぜ、やってやるさ。だから場所だけ教えてくれ。後は俺が絶対にミラのもとにウィリアムを連れてきてやるよ」
困難と恐怖の前で大見えを切る。流石にやっぱり無理かも、何てそんな恰好のつかない事は言えなかった。でもミラとプロトは自分の言葉を素直に信じてくれた。
「ありがとう、ルーク」
「わぁ、かっこいいよ!」
公爵は渋い顔をしながらも、どこか微笑ましい顔をしていたので、自分の恐怖等は完全にバレているようだったが何か言う様な事はしないようだった。
「さて、それじゃ、作戦を決めるかの」
そう言う公爵の顔を見ながら深く頷く。これが自分の運命を決める、その確信があるだけに、本気だった。
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