7話
お久し振りです。予定も終わったので再開です。
それから一日の間は二人でアジトの中でおとなしく過ごしていた。とはいえ、鬱屈感のようなものは一先ず晴れており、奥底に仕舞っていた世界地図を取り出しては二人で旅の計画を練っていた。それは計画と呼ぶには杜撰なもので、きっと他の家族が聞けば溜息でも返ってきそうなほどだったが、初めて純粋に出来た友達のような関係の相手と、あぁだこうだと騒ぎながら計画を立てるのは面白いものだった。夢物語かも知れないが、それでも夢は見ている間が楽しいものだ。
そんな一日の後、どうしても外に出なければならない用事、というのもあった。それは単純に食事だ。プロトには必要が無いが自分にはどうしてもいる。アジトの中は長期間出ることが決まっていただけに、腐りやすい食料は瓶詰の物を除けば無かった。また瓶詰も駄目になってしまった物も当然あるし、どれだけ気を付けても味は落ちる。折角王都にいるのに地下に籠ってそんな物を食い続けるような気にはならなかった。
「おし、プロト。用意できたか?」
身支度を整えてからプロトへ声を掛ける。恰好は勿論、当初着ていたものだ。結構長く使っていたはずだが、フォード公爵の家で洗われた結果、新品の頃に戻ったかのような着心地だった。よく見れば擦り切れていた所や穴があった場所は丁寧に当て布などがされていた。流石公爵家のメイド、多種多様な種族と技能を持った人間を常に置いているものだと関心するほかない。そうでなければいくら待たされたと言っても一日も掛からずにこんな状態になるわけが無かった。
「うん、大丈夫だよ。・・・でも出ても大丈夫なのかなぁ?」
自分と同様にきっちりと綺麗にされた服を着込んだプロトが不安そうに首を傾げる。
「なんだ?あぁ、追っ手の事を気にしてんのか。まぁ、不安はあるけど、大丈夫だろ。此処は王都、人口は凄いし、この国の生まれでも無い奴が歩き回ったってそう簡単に見つかんないぜ。それにウィリアムは近くで俺を見てた訳でも無いだろうし、舞台にいる時は結構派手な衣装に化粧もしてたからな。そうそう見つかんないと思うぜ」
少なくともウィリアムのような立場の人間は結構、高くて離れた位置で見ていた筈だ。それだけじゃなく、彼は警備の仕事の真っ最中、そこまで自分たちの動きを注視していたとは思えない。それだけでなく、彼はミラの我儘に付き合わされるという貧乏くじを引いていた事を思えば、自分のショーを見ていない、という事もありえた。
「まぁいざとなれば、思いっきり逃げちまえば良いさ。流石に街中で武器を抜く様な事はしないだろ?」
「そう、だね。でもボク速くは走れないよ?」
「大丈夫さ。俺が道はよく知ってるから。人ごみを抜けちまえばいい。ほら行くぞ、王都の案内もしてやるよ!」
そう言いながら彼の手を引いてアジトの外へ出ていく。
「ん~良い天気だ。まずは市場でも行ってみようぜ。そこで適当に食事してから観光して、最後に籠る用の食材でも集めようぜ」
「う、うん」
外に出れば晴天そのもの。空にはアスケラ特有の飛空艇が飛んでいた。アスケラは世界で見ても最も飛空艇を日常的に使う。これは技師が多くいるのもあるが、それ以上に飛空艇に使われるコアの燃料、いわば魔水晶の一大産地であることが要因だ。これはほぼ、王国だけの強みと言ってもよく、他国に狙われながらも、それを退けられた理由でもある。誰が空を支配されながら勝てると言えるのか、という話だ。帝国と隣接するようにありながらここまでの国に成れたのも全てはこれだ。しかし遠くで戦うとなると流石に魔水晶も万能の素材では無いために問題が多数ある。これが原因で国土を広げることは黎明期から成長期を除けば無かった。よくも悪くも魔水晶と共に生きてきた国だ。
「ここがアスケラで一番の市場だな。大したもんだろ?」
「うん!わぁ・・・人で一杯だね」
市場の入口でプロトに市場の方を指さしてやれば彼は楽しそうに人の波へ視線を向ける。此処は国民でも特に中間層、やや下の辺りが主力の市場で、つまるところ一番活気のある市場だった。道幅も広く、中央こそ馬車の為に空けてあるが両端はズラリと屋台が並んでいる。
「ここではぐれると面倒だから離れるなよ。それともし、離れたらこの辺りに集まろう。
ここの・・・そうだな、あの端、あそこなら迷わないだろ?」
「うん、分かったよ」
指さしたのは一番端の屋台の近くだ。あそこから先に屋台が伸びることはなく、はぐれてしまってもあそこなら会うのは難しくない。
それから二人で屋台を冷やかしながら見て回る。右手には屋台で買った油で揚げた芋を持ったまま、あちこちに指さしてプロトの好奇心を満たしてやる。
「凄いなぁ・・・帝都の市場も凄かったけど、王都も凄いね!」
プロトはお祭りに来た子供のようにはしゃぎながら「あれは何、これは何?」と自分の袖を引いた。
そうして中央辺りまで来た頃だった。プロトも少しずつ落ち着きを見せ始め、それでも見慣れぬものへ目を向けている時の事だ。ふと、自分の視線の端に金色の毛が映った。
「あ?」
見間違いかと思い、人波の先へと目を凝らすとその中に一つだけ飛びぬけて背の高い人物が、嘗て見た金の鬣を棚引かせながら歩いているのが見えた。
「・・・まさか」
以前見た時と比べれば幾分か色がくすんで見え、また汚れでゴワゴワになっているように思えたが間違いない。何より鎧は着ていないが、背にはその体格に見合った立派な大剣が背負われていた。所属を示すようなものこそ無いように見えるがあの時、階段から降りてきた彼の威容は忘れようもなかった。
「・・・ほんとに来てんのかよ」
ウィリアム騎士団長、帝国の二枚看板と呼ばれた片翼が、自分たちのいくらか前を堂々と歩いていた。顔は見えないが間違いないし、何より結構な人が道を歩いているにも関わらず、彼の周りだけ川の中央で突き出した大岩のように大きく避けられているのだから、本物だろう。金鬣族だって別に珍しい種族でもない。
「?、どうしたのルーク?」
足を止めた自分を不思議に思ったプロトも立ち止まって振り返る。自分たちをどの程度認識しているかは知らないが、もし顔を覚えられているなら大問題だ。ここで暴れ出すとは思わないが、それでも命懸けの追っかけっこが始まってしまう。それだけは避けたい。どう見ても身体能力では敵わないし、距離もあまり良くない。
「・・・例の奴がいる。悪いけどもう戻るぞ、プロト」
「え、そうなの?うん、分かったよ」
プロトは素直に頷いてくれ、二人してウィリアムに背を向けるようにして別の人波に割り込んでいく。問題ないとは思うがさっさと横道にでも入ってしまいたい。そうすれば状況は一気に替えられる。そして人波を割りながら、丁度よくあった横道へと身を滑らせていく。
(よし、一応・・・ばれてない、よな?)
移動する前、それなりに距離はあった。それにあっちと違ってこっちは平均より下の身長同士、人波に埋もれていた筈で、目立つような事はなかった。別に人波を横に掻き分けるのだって、珍しくはない。だからこれは念の為、そう思いながらプロトを横道に押し込んだ後、ウィリアムがいた辺りに目を向けた。
「!?」
急いで路地に頭を引っ込めて不思議そうにするプロトの手を引いた。「どうしたの!?」そう慌てたようなプロトの声が聞こえたが今は無視する他なく、市場を離れ、どんどん王都の深い所を目指して逃げる。
(あいつ、どんな勘してんだ!?)
さっき、最後の確認とばかりに彼のいた辺りを覗き込んだ時、こちらへ視線を向けたウィリアムと目が合った。その顔は驚きが混じりながらも確かな敵意が滲んでおり、絶対と言っても良いほどにこちらを覚えていた。急がなければならない。
「絶対に手、離すなよ!」
プロトにそれだけ伝えながら、もう何度目かの角を走りながら曲がった。
良ければブクマ等してくれれば幸いです。




