6話
「・・・眠れないな」
寝てから暫く、ウトウトしていた後、ふと、突然に目が冴えてしまう。これくらいなら毎朝、しっかり目が覚めてくれれば良いのに、そう思ってしまうほどに頭の中が空っぽの状態で起きてしまった。
起き上がって周囲を見る。アジトの自室は四人部屋で他のベッドは空になっている。誰の寝息も、身じろぐような音も無い無音の部屋は何だが寂寥感に満ちていた。
「なんだか懐かしい、な」
独り言が闇に解けて消える。文句も相手がいなきゃ虚しいだけだった。今はあの家族たちの喧噪が只々恋しい、そう思ってしまう。
「水でも飲むか・・・そう言えばプロトはどうしたんだ?」
周囲を見てみるがやっぱり誰もいない。自分がここに来た時には早めに寝てしまったプロトが静かにベッドの上で闇に溶け込んでいたが今はその場所にもいない。もしかしたら思ったより自分が考え事をしていたせいで寝るのが遅かった事と、実は予想に反してよく寝てしまった可能性もある。なにせ此処には窓がない。だから詳しい時間は分からなかった。プロトは既に起きただけかもしれない。兎に角、頭もさっぱりとして眠る気にはならない。
「やっぱり起きてるのか」
廊下を歩いてリビングに向かって行くと、その扉の下から明かりが漏れていた。やっぱりプロトが自分の感覚より早く起きていただけの様だ。なら自分も予想よりは良く寝ていたらしい。そう思えばこの目覚めも悪くはない。
「よ、プロト。調子はどう?」
「あ、ルーク・・・おはよう」
プロトはリビングの雑多に置かれたソファーの一つに座っており、天井を見つめるようにしていた。そうしていると本物の人形の様にも見え、彼の存在がぼやけたような気がした。
「どうした?なにか考え事でもしてたのか?」
コップに水を注いでから彼と対面するようにして座る。傍目には落ち込んでいるように見えるが、そうだとすればその具体的な理由までは見えてこない。
「うん・・・でも、なんて言ったら良いのか分かんなくて」
いつもは無邪気、という言葉でも似合いそうな彼に似合わない雰囲気と喋り出しに眉を顰める。どうやら本気で困っているようだ。
「そうなのか。まぁ、何でも良いから口にして見たらどうだ?聞いてやるからさ」
案外、口にしているうちに整理が付くこともある。頭の中だけで物事は完結しない。例え独り言だったとしても口に出すと思考が回る。そうでなくとも、乱雑でも、文字にしたっていい。
「うん。・・・ねぇ、ルークはα、どう思った?」
「α?・・・そうだなぁ、あれが帝国の兵器ってんなら、やっぱり怖いかなぁ・・・」
船上での戦いを思い出しながらそう答える。ただ単に相手の性格、とでも呼べばいいのだろうか、その隙を突いたに過ぎず、プロトをあの村で勧誘していなければきっと負けていただろう。思い返せば彼の魔法には随分と助けられてきた。
「そうだよね・・・ボクもそう思う。でも、彼が言うことが正しければ、ボクはαと同じ兵器なんだって思うと・・・なんだか」
プロトの口が止まってしまう。
「おいおい、プロト、お前はαとは違うって」
「でも・・・確かにボクは覚えもないのに魔法も使えて・・・彼はボクにそっくりだ。元の格好だって似てたし、向こうはボクを知ってた。それにもしかしたら、ボクの意思なんて関係なく、突然彼らみたいに誰かに杖を向けるかもしれない。・・・もう一回寝たら起きれないかもしれないんだ・・・そう思ったら何か怖くなっちゃって。ボクは只の兵器なんじゃないかって」
「プロト・・・」
プロトは堰を切った様に言葉を吐き出していく。そのどれもが彼の恐怖の破片で、きっと彼の中では大きな塊となっているに違いなかった。
「ボクって、一体、誰なんだろう。ねぇ、ルーク。ボクって生きてるのかなぁ?何をしたらボクは誰で、生きてるって言えるのかなぁ・・・?」
プロトは今にも泣き出しそうな声で俯く。しかし彼の表情は何も変わらない。まるで兵器にそんな物は不要だと、言わんばかりに彼の絵具を垂らしたような目は何も零しはしない。
(何か、何かないか?)
彼の疑問、それに対する回答が中々見つからない。これが計算なら簡単な話だと言えるのに、彼に何かを断定して答えてやることが出来ない。ここで大丈夫だと、言ってしまうことは簡単だろう。でも、それで彼の抱える悩みが晴れる訳じゃない。何なら何を言っても晴れるか分からない疑問への回答など簡単には浮かばない。今が苦しい者に明るい未来を説いても今日の空腹も満たせはしないのだから。それでも今、口を開かなければ、プロトはより落ち込んでしまう、それだけは確かだった。
「あぁ・・・プロト、まずはごめん。話を聞く、なんて偉そうな事言ったけど・・・お前の疑問に俺も何て言ったら良いのか分かんないや」
頭を下げる。でもなんとなくプロトも分かってはいたのか、首を横に振る。
「ううん・・・大丈夫。でもボクどうしたら良いんだろう・・・」
「そうだなぁ・・・そうだ、プロト、お前は確か帝都からも出るのは初めて、だったよな?」
「え、う、うん・・・そうだよ」
「ならさ、今回の件、終わったらどうだ、俺と旅でもしてみないか?」
「旅・・・?」
予想外だったのか、プロトが先程までの雰囲気を少しだけ消して首を傾げる。
「あぁ、旅さ。俺もさ、お前とはちょっと違うけど、同じ様に、ある日突然、スラムに居て、毎日、毎日、ウンザリしながら、空を見上げて、ため息を食って生きてたんだ」
思い返されるのはスラムでの日々。地方のスラムは当然だが同じ種族で身を寄せ合って生きていた。その方が物も集めやすいし、他と争う事も少ないからだ。そんな中、どこの種族にも入れない自分は独りぼっちだった。どの集団からも疎まれ、気味悪がられた日々は、今も忘れることはない。あの孤独感は筆舌に尽くしがたい。アガパンサス団という家族が出来た今も、ふとした瞬間に同じ者はいないか視線を彷徨わせる事もあった。きっとプロトを最初に見つけた時の違和感も、もう一度会って話した時の奇妙な仲間意識も、全ては過去の孤独感が呼び起こしたものだったに違いない。
「でも、ある日、街を歩くボスを見つけてな。何かトロそうだし、金でも盗んでやろう、って思ってさ。手を伸ばしたら一瞬で捕まれてぶん投げられたんだ。んで、気絶して気が付いたら物置みたいなところでさ。暫く待ってたらボスが入ってきたんだ」
物置は営業先で借りた荷物置きだった。その中でロープでグルグル巻きにされて放置されていた。
「で、もうダメだって思ったんだ。まぁ、でも、すんなり受け入れてたな」
「そうなの?」
「あぁ、ま、ようやく楽になる、とも思ったんだ。自分で死ぬ勇気も無かったから。これで終わるなら、それでも良い、そう思った」
どんだけ苦しくても、自殺も餓死も出来なかった。スラムの本当に端、一切身じろぎもせず、襤褸切れを纏って、死ぬまでうずくまり続ける事は出来なかった。毎日、絶望しながら、不思議と生きる事にしがみ付いた。
「でも、ボスはそこから俺に飯と水をくれたんだ。びっくりしたよ。そんな人会った事なかったから。で、そこから色々話したんだ」
あの日のボスは只、静かにいくつかの質問を自分に投げかけた。それに最初は黙りこくっていたが、次第に空腹も乾きも癒えたからか、それともボスの視線に耐えられなくなったからなのかは今となっては分からないが、ポツリポツリと口を開いた。
「そんで最後は頭を一回叩かれてな。んで、「よし、なら俺に着いてこい、世界を見せてやる」って言われたんだ。そん時には意味が分かんなかったけどな。でも今ならなんとなく分かる。きっとボスなりの励ましと俺の絶望した顔が気に食わなかったんだろうさ」
ボスはそういう人だった。只、真っすぐに人を見て、まず信用して、困ってれば不器用でも手を出してくれる。だから他の兄弟も、普通には生きていけなかった爪弾き者がボスを慕った。だから今度は俺の番でもあるのだと、思った。俺があの日、ボスにスリを働かなきゃ、起こらなかった、今の、自分の幸運に。彼の優しさと、彼の仲間の在り方に、報いなきゃいけない、そう思った。
「俺は頭が悪いからさ、プロトの疑問、何も答えてはやれない。でもさ、きっと、お前が答えを出す、手伝いくらいは出来ると思うんだ。だからさ、プロト。少し落ち着いたら、俺と旅に出てみないか?」
「旅に・・・?」
「あぁ、旅に。きっと俺の家族も、笑って送り出してくれる。ううん、絶対に」
頭の中にいる家族たちは、ここでプロトを一人にさせるような事をすれば怒るだけではすまない。そういう奴らだ。そして自分が受けた温かさを、誰かに渡す、それがプロトであれば嬉しくも思う。
「俺はさ、プロトと同じで、自分が誰なのか、まだ分かんねぇ。何処で生まれて何処で生きて、何処へ行くのか。まだ、何も分かんねぇ。だからさ、プロト。お前が生きる理由、どうしたら自分が生きているって言えるのか、探しに行こうぜ。俺の探し物と一緒に」
手を伸ばす。あの日、自分が貰った様に。行く当ても、縋る過去も持たない迷い子へ。同情ではなくて、共に前に進むために。納得して生きるために。只、手を伸ばした。
「・・・いいの?ボクは人じゃないよ?」
「構わねぇよ。つーか、俺に言わせればお前はそこらにいる奴と何も変わんねぇよ。中身や見た目がちょっと常識と違うくらいで仲間外れにされてたまるもんか」
「・・・もしかしたら、突然杖を向けるかも・・・」
「そん時ゃ、ぶん殴ったって止めてやる。デカブツ相手の時はお前に頼ってばかりだったかも知れないけど、俺だって、やるときゃやるさ。約束だ、友達に、嘘はつかない。お前がお前の意思に反して、誰かを傷つけそうになったら、俺が絶対に、止めてやる」
「すっごい、時間、掛かるかもよ?」
「いいさ、俺だってかなりの国を巡ったって同族は見つかんなかったんだ。今更、どれだけ掛かったっていいさ。だからよ、プロト、臆病なのは止めろよ。俺の手を取れ」
そう言えばプロトはまた、少しだけ俯く。しかし心の中は決して冷めることはない。それほどに燃えていた。此処が分岐点、絶対に、伸ばした手を引っ込めはしない。
「それじゃあ・・・お願いしようかな?」
ちょとだけ時間を置いてから、顔を上げたプロトがそう言いながら手を強く、しかしまだ何処か弱弱しく、縋る様に掴んだ。でも今はそれで良いと思えた。ここから彼の新たな冒険が始まるのだ、なら最初位、恐怖が混じっていたって良い。
「よし、なら、俺たちは今日から兄弟だ。改めてよろしくな、プロト!」
そう言って、少しだけ大袈裟に笑ってやれば、ずっと陰っているように見えたプロトの顔も笑った様に見えた。
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もしかしたら今週は忙しいので土日は出せないかもしれないです。ごめんなさい。




