3話
アジトで夜を明かした翌日、全員の恰好を整えてから外に出る。アジトには他の家族の物が豊富にある為、服などには困らない。大きくても紐で縛ってしまえばそれっぽく見えるものだ。
「じゃぁとりあえずフォード公爵のタウンハンスを目指すか。その後は任せていいんだよな?」
「うん。なんとか、なるとは思う」
昨日、話した内容をミラへと確認するように振れば彼女は再び胸の前、何かを握るようにしながら頷く。
「なにか持ってるの?」
プロトが気になったのか小首を傾げる。
「うん。私が私、って証明するものがあるの。それを見せれば取り次いで貰える、と思う」
貴族は確かにそう言った物を持っていると聞いたことがあった。成程、ミラが持っていても変ではない。それに彼女の目や髪も立派な証明になるはずだ。
「そっか、なら任せた。とりあえず馬車に乗って貴族街に行こう。そこで門番に聞けば教えてくれるだろうさ」
そう言いながら乗合馬車を目指して街に出た。
貴族街に向かう馬車は閑散としていた。本数もあまり多くなく、平民が行く場所では無いために乗るべき馬車は直ぐに分かった。実は自分もこの方面は乗るのが初めてだが、内装は他のと変わらない。もとより貴族は自分の馬車に乗るし、基本的には人を呼びつけるので彼らが乗る事はない。
「なんか景色が変わってきたね」
幌の外へ身を乗り出すようにしていたプロトが呟く。釣られて見てみれば確かに家の作りと言うべきか人の着るものがというべきか、中央に近付くにつれて品が良くなってきている。この辺りはまだまだ平民の区画だがそれでも王都住まいなだけあって金を持った平民だ。上の貴族に憧れマネをしているのだろうと簡単に想像がついた。この辺りは帝国の方がずっと活気があって自分は好きだった。
「ま、気取った奴らが多いのさ」
自分には理解できないがそう言った人たちは心なしかこちらを下に見てくる傾向があって好きではない。そんな人ばかりでもないが、外層に住んでいる者たちの方がよっぽど付き合いやすい。そういう意味では正しく住む場所が違うのだろう。
長い間馬車に揺られていたがゆっくりと車輪が止まり、御者が馬を制する声が聞こえる。
「お客さん」
しゃがれた御者の声が聞こえ、それに合わせて馬車から飛び降りる。
「う~ん。固まっちまった」
座りっぱで固まった体を伸ばしながら周囲を注意深く見る。とはいえこの辺りで襲撃されるような事があるとは思えない。綺麗に片付いているし、何より貴族街に繋がる門の前、当然警戒も厚い。ここでいらない諍いを起こせば死刑だってありうる。貴族の権威はそれだけ強い。
自分たちを連れてきてくれた馬車は巻き込まれたくないと言わんばかりにそそくさと引き返していく。どう見ても貴族と関りが無さそうな自分達だからか、目も会わせてはくれなかった。とはいえ仕方がない事だ。貴族本人がまともだったとしても下までまともとは限らない。
「さて、悪いんだけどミラ、任せても良い?」
自分が今もこちらを疑わしそうに見る門番をどうこう出来るようには見えない。体格も立派な忠毛族の門番は定番と言えば定番の配置、それ故に隙を作れそうにはない。今日は武器だって持っていない。
「うん、任せて」
ミラはそう言うと堂々とした足取りで門番たちへ向かっていく。その動きはここ最近では見なかった確かな地位を持つ者の風格があり、こちらを不審げに見ていた門番たちにも動揺が見える。
「フォード公爵に用が会って参りました。言伝を頼みます」
ミラはそう言いながら懐から何か、ペンダントのような物を出して門番たちへと見せる。こちらからは詳細が見えないがそれがミラの証明となる品なのは良く分かった。
「フォード公爵、ですか。少し失礼します」
門番の片方が腰を屈め、ミラが突き出した物へと顔を近付ける。そして暫くの間ジロジロと見定めるようにして見てから姿勢を戻す。
「・・・申し訳ありません。私共ではそれだけで判断するのは難しい。他に何かありますか?取り次ぐにしてもこれだけでは」
「ではこの髪でどうでしょうか」
相手の声に被せるようにしてミラがフードを取る。そうすれば短くはなってしまったが光の加減で七色に輝く髪、そして同様の瞳が露わになる。
「そ、その髪は・・・失礼しました!直ぐに伝令を出します!」
門番たちの雰囲気が打って変わる。そしてそのままバタバタと焦る様な雰囲気が周囲に伝播し、詰所の方に駆けこんでいったことでその騒ぎは大きくなっていく。その間にミラは再びフードを深く被り直した。
「後ろの二人も連れていきます。案内はどなたが?」
騒動など無いかのようにミラは残っていた門番に問いかける。本当に今まで一緒に旅をしてきた相手なのかと思うほどに泰然とした姿は彼女が本来なら関わる様な相手ではないと付きつけられるような感じがした。
「・・・暫しお待ちください。馬車を用意しますので。それまではどうぞ、あちらでお寛ぎください。勿論後ろのお連れ様も」
そう言われると共にミラがこっちへと振り返る。その顔は先程までの雰囲気など無く、どこかいたずらに成功した童女の様に楽しげだった。
それから、嫌に腰の低くなった門番に連れられて詰所、それも奥の少しだけ綺麗に整った部屋で待たされることになった。
「ほんとに通ったな」
声を小さくしてミラへと話しかける。
「言ったでしょ、何とかなる、って」
声量を併せたミラが胸を張るようにして口を開く。すっかりここ最近で見慣れた彼女の姿に不思議と安心感がこみ上げる。
「流石はお姫様、だな。にしてもその髪ってやっぱり有名なのか?」
門番は髪を見た瞬間に血の気が変わる様に慌てだした。特徴的な髪色だから分からなくは無いが、そんなもんなのだろうか。
「うん。私の容姿は自分で言うのもなんだけど、結構有名なんだよ?というかルークが知らないのが珍しいんじゃない?」
「そうなのか・・・まぁ、あんまり噂話とか聞かないからなぁ・・・プロトとかはどうだ?帝都のスラムとかで聞いたことあるか?」
「う、うん。でもボクたちの所にくる噂って凄く尾鰭がついてるから・・・でもすっごい美人、とか輝いてる、とかそう言うのは聞いたことがあるよ」
どうやらプロトは少しだけなら聞いた事がありそうだ。
「まぁ、ずっと飛空艇にいるかアジトか、後は下町に居たからなぁ・・・上の人間の話なんかしたことが無かったぜ」
きっとボスは知っていただろう。それだけでなくお喋り好きな連中ならそんな話もあったのだろうが自分はそんなことに興味が無かった。
「ふふ、今までは人目を集めるだけでまるで自分が飾りか何かにしか思えなかったけど、こんな形で役に立つなら良かった」
ミラはそう言いながら微笑む。誰もが羨むような美貌を持つもの特有の悩みもあるようだ。
「ま、後は上手くフォード公爵に繋がれば万々歳だな」
椅子の背凭れに寄りかかり、足を浮かせて揺らす。それに二人も頷いた。
それから暫く、恐らく様々な手続きの兼ね合いもあってか欠伸が出るほどには待たされる。それでも貴族の、それも最上位に取り次いでくれと突然言った割にはあまりにも早く、待っていた部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
ここではミラが代表として振る舞った方が都合がいい。自分の姿勢も直しながらミラへと目線を向ければ彼女が声を掛ける。
「失礼します。馬車の用意が出来ましたのでお呼びに上がりました」
扉が開かれ、直ぐに門番の下げられた頭頂部が見える。
「分かりました。案内してください」
そう言ってミラは再び気品のある振る舞いで椅子から立つと入口へと向かう。それにプロトと一緒に子分の様についていく。
ついて行った先では今まで見たことが無いような立派な馬車が待っていた。傍に立っていた鳴嚢族の御者も仕立ての良い服を着込んでおり、繋がれた馬もどんな巨人が乗るんだと思う程に大きく立派な鬣が風に棚引いていた。
「こちらになります」
門番は少し離れたところで頭を下げ続けており、こちらへ一切視線を向けない。確固とした格差があった。自分に向けられている訳ではない事は良く分かっているがプロトと思わず顔を見合わせてしまうほどの対応で居心地が悪い。しかしミラはまるでそれが当然であるかのように雰囲気が一遍も揺らぎはしなかった。
「お手を」
御者がミラへと手を差し出し、自然な動作でミラは馬車へと乗り込んでいく。それをプロトと惚けるように見ていたが自分たちも乗らなければならない事を直ぐに思い出す。
「やべ、プロト早く乗るぞ」
「う、うん」
お上りどころではない。酷い小物感を出しながら二人してミラの後を追って馬車へ乗り込む。幸い、御者にそれを咎められる事は無かった。
「いや、変に緊張しちまった」
極めて質の高い馬車に恐る恐る腰かけ、何とか一息吐く。座る前、これに座ったら後で金でも請求されないか、そう心配してしまうほどの内装は今も落ち着かない。ゆったりとしているのはミラだけだ。
「ふふ、そんな緊張することないのに」
口もとに手を当てながらミラが小さく笑う。普段も見ていたはずだが、それが元の彼女に見合った場所だと極めて品よく見える。少なくとも自分には絶対にない物だ。
「で、でもボクもこんな馬車で迎えに来るとは思わなかったよ」
プロトもどこか落ち着かない様子で辺りを見渡す。飛空艇に初めて乗った時とは大きな違いだ。
「大丈夫よ。こっちの事が分かってて迎えに来たんだから。それよりも馬車を降りた時、疲れた様に見えると御者や馬車に問題があったんじゃないか、って思わせちゃうから寛いだ方がいいわよ」
「そんなことある?」
思わず小首を傾げるがミラは絶対に、そう言いたげに頷いた。
「ルークたちの劇だって、終わってお客さんが出ていくときにため息を吐いてたら「面白くなかったのかな?」って思っちゃうでしょ?それが偶々だったとしても、ね。それと同じで人を運ぶ仕事をしている人が乗っていた人に不快気な顔をさせたら駄目なの。そしてそれを上から指示した人も一緒に失敗したんじゃないか?って思われちゃうのよ」
「なるほどなぁ・・・絶対、俺には出来ない考え方と立場だ」
面倒くささが湧いて力が抜ける。分からないでもないが普段からそれは絶対に疲れると思ってしまった。劇も最高の物を出す努力はしてもそれを楽しめるかは客次第、そう思ってもしまう。そこまで考えた事はなかった。
「ふふ、まぁだからしっかり腰かけていいの」
ミラがまた、楽し気に笑う。兎に角今は彼女の言うとおりにしておいた方が良さそうだ。プロトと顔を併せて椅子に深く座り直した。
「着いたみたいね」
馬車はスムーズに道を進み、緊張も解れて退屈を感じ始める程度の時間が経った。
「やっとか・・・」
同じ姿勢だったせいで固まった体を伸ばす。しかし貴族の馬車は凄い物だ、尻が痛くならなかったのは初めてのことだった。きっと最初から寛げれば凝りもなかっただろう。
それから御者に呼ばれ、開かれた扉から外に出る。馬車の中では感じられなかった上から降り注ぐ陽の光に眉を顰めた。
「わぁ・・・」
プロトが感嘆の声を漏らす。しかしそれも納得できる。目の前には厳めしい柵と塀、そこからは品よく整えられた小道と荘園だ。薄っすらと花の心地よい香りも漂っている。遠くにはフォード公爵のタウンハウスの屋根が見えた。もはや城、そう呼ぶべきものは遠くにあってもこちらを威圧しているように見えた。
「申し訳ありません。一度ここでお顔を見せていただけますか?」
御者が門番と何やら話して来たのか戻ってきてそうミラに告げる。
「構いません」
ミラは再び皇女としての仮面を被り直して単独、門番たちの方へ行く。それに着いていこうとすれば御者に止められてしまう。
「お待ちを」
流石に押しのける訳にも行かず、プロトと待っていると警戒を顔に浮かべている様に見える様々な獣種の門番たちが近付いてきた。
「荷物と身体検査をする。動くな」
そう言われては仕方がない。両手を上げて肩を竦める。ミラの方も門番とは違う、仕立ての良いスーツを着た黒嘴族と話しているようでどうしようもない。
それから綿密な検査の末、何とか彼らの許可を取れた。その頃にはミラの方も終わったのかこちらに戻ってきた。当然フードはもう被ってもいない。
「大丈夫だった?」
気づかわしそうにこちらへ問うてくる彼女に問題ないと手を振る。そして再び馬車に乗り込み、遂にフォード公爵のタウンハウスへと入ることが出来た。
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