30話
「あっぶねぇ!!」
飛び退き、後ろの二人を突き飛ばし、その勢いの儘に転がりながら距離を作る。その際に見えたαの放った魔法は甲板の底を一瞬で焦がし、黒煙を上げさせる。戦争用の船に一発で明らかな痕跡を残すような火球は、もし当たっていれば只では済まない。それに今の回避も無傷とはいかず、自分と船を繋いでいた命綱を焼き切ってしまった。
「プロト、ミラ!後ろに下がってくれ!早く船内に!」
急いで立ち上がり、腰のカラビナを外して握りこむと同時に二人へ指示を出す。このまま一か所に固まってしまえば魔法で一網打尽にされてしまう。それに連れ戻しに来たと言いながらもミラを巻き込むことに躊躇がない。あまりにも危険だった。
「サセン」
立ち昇る黒煙の向こう、更に上昇したαが飛んでもない速度で魔法を再び放つ。向かう先は自分ではなく、プロトたちの行く先だ。
「ワァァ!?」「キャアア!?」
魔法が直接当たることは無かったが二人を追い越した紫電が黒い線を甲板に刻む。自分の動きでは到底カバーしきれそうにない。つまり逃げる事が出来ない。自分が頑張って囮に成ろうとしてもαは魔物と違って明らかに高い知性が見える以上、なんの意味も無いだろう。
「オ前タチハ、ココデ潰エル」
αは両手を指揮者の様に振りながら魔法を再び構え始める。あまりにも常識はずれの魔法の連射性能だ。これでは今は逃げられても少なくない内に間違いなく殺されてしまう。
「クソッタレ!」
苦し紛れに左手に持ったカラビナをαの顔を目掛けて投げ込む。これで怯むか回避なら魔法の発動を遅らせられる。そして自分も追いかけて前へと走る。
「哀レダナ」
αが呟く。そこに焦りは見られず、本当に哀れむような感情が乗せられていた。そしてそれを証明するようにさっきよりも明らかに早く魔法が完成して放たれる。
(なんだよ、さっきのは抑えてたのか)
悔しさと自分の浅慮に顔が歪む。既に火球がカラビナを飲み込み、自分へと向かってくるのが見える。眼前に迫る火球は自分の背丈を越す程度には大きく、カラビナがその熱風で退けられたのだから、その熱量は簡単に自分を焼き尽くすに違いなかった。
「ちくしょう」
思わず声が漏れ、諦めそうになった瞬間、自分の背を追い越すようにして水鉄砲が飛び出し、火球とぶつかって爆発した。
「ウォォォ!?」
勢いよく後ろへひっくり返る。その衝撃か、先程まで頭を占めていた諦めが飛んでいき、何が起こったのかと目を瞬かせる。
「ルーク!大丈夫!?」
転がった先に居たのは杖をαへと向けるプロトだった。そして自分の頭の辺りにミラが近寄ってきて体を起こしてくれる。
「プ、プロトか?」
「う、うん。言われたとおりに逃げようと思ったんだ。でも、やっぱりルークを置いては行けないよ。友達、でしょ?」
プロトはそう言いながら再び魔法を練り上げ、αへ向かって放つ。ぶつかり合った魔法はプロトの意思を表すように力強いがαの方がそれでも強い。そしてよく見れば杖の切っ先は震えている。
「それに、結局、あのαを倒さなければ、未来はないから。ルーク、私も戦う。ジッとしてて」
ミラがプロトの言葉に続き、その手に光を灯す。そうすれば転げまわった際に打ち付けた傷がみるみる内に回復した。
「さぁ、立ってルーク。貴方の力が必要なの」
ミラに手を引っ張られて立ち上がる。今までずっと背にしていた彼女の手はプロト同様、震えながらも確かな力が籠っていた。そしてその熱は手を伝わって自分の中に入ってくる様にも思えた。
「ワァァ!?」
「プロト!?」
一瞬、惚けていた間にプロトの慌てたような声が聞こえ、その直後に近くで爆発音と共に風が吹き上げる。
「フッ・・・無駄ナ事ヲ。オ前ト我デハ出来ガ違ウ」
翳した手の平の向こうでは元の場所から一切動いていないαが悠然とこちらを見下ろす。腹は立つが確かに相手の優位は一切変わっていない。プロトとミラに励まされ、もう一度力が入った今も打開策は無かった。
「・・・大丈夫か、プロト?」
一歩前に出て武器を構える。どう見ても虚勢でしかないが、それでも前に立たなければ再びαの放つプレッシャーに吞み込まれてしまいそうだった。
「う、うん。ボクは大丈夫。ルークも大丈夫なの?」
「あぁ、悪いな。少し諦めた。もう大丈夫さ」
内心の焦りとは裏腹に顔に笑みを浮かべる。そしてαへと鋭く視線を向けた。
「フン、アノママ死ンデイレバ良イモノヲ」
αはそう零すと再び魔法を練り上げる。結構な数の魔法を放ったにも関わらず、その動きに躊躇いはない。
「・・・プロト、俺が何とか隙を作るから、援護しながら本命の一撃を作れるか?」
情けないが絶対にどうにかできると言い切る自信は無かった。しかも本命を再びプロトに任せる形になってしまった。
「うん!任せて!」
しかしプロトは元気よく、気持ちのいい返事で杖を構える。そしてαの魔法に対抗するように魔法を練り上げていく。
「ミラは後方で待機。流石に前衛は難しいと思うから。その代わり、俺が怪我したらお願い」
「うん。絶対に助ける」
胸の前で祈る様に手を組んだ彼女が頷く。これで後は自分が結果を出すだけだ。左手で腰の辺りを探ってナイフの数を確認する。
(5本か・・・ま、これでダメージにはならないだろうけど)
どうしても体格で劣る自分が大きなダメージを取るために持っている投げナイフだ。普段なら目くらましや咄嗟の囮にする。カラビナよりは自信を持って投げられるがさっきの事を思えば過信は出来ない。それでも持っているのといないのとでは大きな違いだろう。
「行くぜ!」
目の前でやや押される形でプロトの魔法が消えた瞬間に回り込みながら走り出す。
「無駄ナ足掻キダ」
回り込みながら走る自分にαの左手が向けられる。その手にはやや小さいが赤紫色の光が纏わりついているのが見える。そして予想通りに火球、やや小さくプロトが使うものと同程度の大きさの物が自分の前を塞ぐように放たれた。
「よっと」
直ぐに足に急ブレーキを掛けて鋭角に曲がり、魔法を避けながら一歩分αへ近付く。魔法使いとの戦いは距離との戦いだ。まずは近付かなきゃ話にならない。
「くらいな!」
そして左手から投げナイフを三本投擲する。それに併せるようにプロトの火球が完成してαへと向かう。これにどう対応してくるか、ジッと見つめる。しかしαはこの連携を軽々と超えて来た。
まずは右手に集めていた魔力を同様に火球へと替えてプロトの火球と相殺させてしまう。そして自分の投げナイフは軽々と左手で払いのけてしまった。
「ま、そんな簡単には行かないよな」
とはいえ予想出来てもいたことだ。それに収穫もあった。まだ速度で騙しに来たことから確定とは言い難いがαの手は杖の機能を持っているように見えた。そして両手なら大規模に、片手ならプロトと同規模程度に落ちるらしい。もっともプロト級でも十分な力はある。
(兎に角、あいつを地面に落とさなきゃどうしようもない・・・俺も飛ぶしかない、よなぁ)
方法は浮かんだ。後は一発勝負を通すだけだ。
「何ヲシテモ無駄ダ!」
抵抗を続ける自分たちに苛立ったようなαの声が響く。その直後、彼の怒りを表すように練り上げられる魔力が膨れていく。しかしそれを後目に、αへ向けていた足先を替えて甲板の先端を目指す。そしてαを牽制するようにプロトが魔法を練り上げてはαへと放つ。
走って向かう先は甲板の先端、少し高くなった縁の更に上だ。今、到達出来る場所では一番高く、風の力を最も借りられる場所へと一気に駆けあがる。それを追いかけるように火球が迫っているのが背中越しにもその熱で分かる。しかし決して振り返らない。今は相手の魔法も力にする必要があった。
縁を登り、木でできた部分へ双刃剣を突き刺す。そして上の剣の腹へと足を掛けて発射台の様に足場にする。これで準備は完了だ。
「スゥ・・・吠え面かかせてやるぜ!」
そして一気に足に力を入れて少しだけバネの様に撓んだ双刃剣の勢いも借りて宙へと飛び出す。
飛び出した瞬間、感じるのは背中を押す突風だ。そして足元では自分を狙っていた火球の熱風が足りない分の高さを作り出す。目の前には物理的には何も変わってはいないが驚いたようにも見えるαの顔だ。下では目をまん丸にした珍しいミラの顔にαと似たようなプロトの顔も見えた。
「落ちろ!」
一気に迫るαにしがみ付いて腕を下へ振るうようにして抱え込む。遅れてこちらの狙いが分かった様に暴れようとαが翼を動かそうとしたが先に根元から抑え込む。そして二人して揉みくちゃになりながら甲板へと叩きつ付けられる。
「グッ!?」
叩きつけられた勢いで口から空気が抜ける。何とかαを下敷きに出来たが、やたらと硬いαの体はあまり緩衝材にはならなかった。しかしそれに怯むわけには行かない。
「ミラァ!ダガーを!」
大声で叫んでαを下に押さえつける。跳んだ代償に武器は手放してしまった。なんとか暴れるαを抑え込むことは出来ているが流石に素手ではどうしようもない。
「ルーク!」
地面を滑りながらダガーがαの頭上の辺りにやってくる。そして本格的な危機を感じたのかαが自爆するように魔法を練り始めたのが見えて冷汗が噴き出す。僅かな時間すら惜しく、それなりに速度があるはずなのにダガーが嫌に遅く見えた。
「ウォォォォ!!」
圧し掛かり、肩の付け根を膝で押さえつけて左手は首へと嵌め込む。視界の端では折れた左翼から黒羽が舞う。そして何とか掴んだダガーを逆手に持つと振り上げる。
「くたばれ!!」
αの顔にダガーが突き刺さる。手には木のような感触が伝わった後、何か犇めいた物を掻き分けるような感触が続く。それでもαの手に集まった魔力はどんどん高まっていく。
「プロト、頼むぞぉ!!」
これ以上、自分には出来ない。そう判断して後ろへ飛び退き、バック転で下がる。直後、基礎魔法の中では一番の単体火力が出る雷が布を裂いたような音を立てながらαへと放たれた。
「ヌォォォォォォォ!!???」
雷が弾ける音に混じって聞いたことが無いような絶叫が響く。間違いなくαの物だ。しかし安心は出来ない、そう思って視線を向けた瞬間だった。大きな爆発音が響き、船が思いっきり揺れた。そしてαが居た辺りから爆風が吹き荒れて体が一気に後ろへと飛ばされる。
「ガァ!?」
背中から突き抜けるような衝撃を受けて胃から全部が出てしまったような声が出る。そして手足から力が抜けてしまった。
(ど、どうなった・・・?)
荒くなった呼吸と霞む視界で元居た場所へ目を凝らす。まだ意識を失う訳には行かない。明らかにプロトが起こした物にしては大きな音だった。ならその正体はおのずとαになる。あいつが死んだのを確認できなければ安心など出来なかった。
「ルーク!!」
暫く立ち煙る黒煙を見ているとミラとプロトが自分を呼ぶ声が聞こえた。どうやら二人は無事なようだと一つ安心できた。しかし背中の痛みで声が上手く出せそうにない。
「ルーク!大丈夫!?」
ミラの慌てたような声、よく見れば彼女の顔も煤けており、引っ掻き傷のような物が出来てしまっていた。しかし、そんな事は気にならないのか視線のあった彼女とそれを追いかけてきたプロトは足を速める。
「大丈夫!?直ぐに治療するからね!」
近くでしゃがみこんだミラが自分の胸の辺りに手を当てて目を瞑る。そうすると眩い光が手から発光し始め、体の中へと入り込むような感覚がした。
「・・・あ、いつ・・・どうな、った?」
痛みで引き攣った声でプロトに聞く。
「・・・船に穴が開いてて、下に行っちゃったみたい。多分暴発だと思う。でもあれなら動けない、と思うよ」
プロトが顔をαの居たところへ向ける。どうやらプロトの魔法を受けてαの魔法が暴発したらしく、そのまま大穴を開けたようだ。なら、船員が何かあったかと出てくるかもしれない。
「そ・・か。・・・まぁ、何・・とか、だな」
少しずつ痛みが抜けてくる。どうやらミラの聖魔法は大したものらしく、彼女自身は額に汗を浮かべているがその成果は直ぐに出てきていた。
「・・・ごめんなさい。ここまでみたい」
力尽きたようにミラから一瞬力が抜けて、治療が中断される。
「・・・いや、十分さ。これなら動ける」
彼女のお陰で体に力が戻ってきた。痛みこそあるがこれなら、日常生活に支障は無さそうだ。
「あ、ルーク、これ、杖にしたら?」
プロトがそう言いながら双刃剣を手渡してくれる。
「ありがとう。よかった、落ちたかと思ってたんだ」
足蹴にしてしまっただけに双刃剣ともお別れかと思っていたが運よく、内側に落ちたようだ。渡された双刃剣を杖代わりに立ち上がる。
「そう言えば・・・だれも来ないな?」
膝を着き、息を荒げていたミラをプロトと挟んで立たせてから周囲を見るが、これ程の騒ぎにも関わらず誰も甲板へと出てきていない。
「そう言えば、そうだね・・・どうしたんだろ?」
プロトが首を傾げる。その瞬間だった。船全体が嫌な音を立てながら揺れ始めた。
「おぉっと!?何だ?」
小刻みに揺れる足元にバランスを崩してしまう。しかし答えは見つからない。折角立ったのに結局全員で床に手を着けてバランスを保つ。
「・・・あの、もしかしてなのだけど・・・さっきの爆発で、船が故障した、なんてことないかしら?」
ミラが呟く。成程、一番ありえそうだ。この状況だが不思議と冷静な頭に彼女の言葉はすんなりと嵌った。思い返せばこの感じはアガパンサス団が墜落した時と同様の雰囲気があった。
「急いで中に戻るぞ!!ここじゃ、吹き飛んで死んじまう!」
一拍置いて冷汗が背中を濡らした。そして唯一命綱が無い自分はこのままなら終わりだ。なんなら命綱に繋がれている二人も外では大変なことになる。これならまだ中で何かにしがみ付いている方が遥かに生存率は高い。そしてミラの予想を証明するように船の揺れは激しくなり、起動も酔っぱらいの様になってきたのを感じた。
「ち、畜生!結局こんなんかよ!」
痛む体を堪えながら必死に二人と共に室内に駆け込む。そして何とか甲板から船内に戻れた次の瞬間、落下する時の浮遊感と共に船が落ち始める。遠くからは爆発音の様な物も聞こえ、それが走馬灯の様にすら思えた。
「いいか!頭をひっこめて何かに捕まれ!落ちるぞぉ!!」
そうしてアスケラ王国の国境を目掛けながら船は墜落していくのだった。
一章、完結です。良ければ評価、ブクマ等してもらえれば幸いです。




