29話
物置から帰れば二人とも予想通りに起きており、身支度も済んでいた。
「おはよう。調子はどう?」
「おはよう、ルーク。いつも通りよ」
「おはよう、どこに行ってたの?」
朝の挨拶をすればいつもの調子で声が返ってくる。船酔いも無いようだ。
「ちょっと探検にな。昨日の感じならそこまで危険も少なそうだったしな」
自分のベッドの上に座る。簡易な物だが流石は帝国の船というべきか一般的な物よりも上質で、少し沈むと良い具合に反発する。
「見た感じ、やっぱりあの変な奴等しか居ないみたいだ。通れない道とかも多分殆どない。入って欲しく無いところは見張りがいたから、そこだけ避ければ良いんじゃないかな」
「そうなんだ。でもボク、あの船員さんたち、なんか怖いんだけど二人は平気なの?」
プロトが不安げな声音を出す。成程、プロトの気持ちも分からないでもない。顔も見えず、喋らない相手は怖いだろう。それでいて船員同士は意思疎通出来ているように見えるものだから異質な感じを受けるのも無理ない。
「まぁ、身振り手振りだけだもんなぁ・・・そう言う種族は俺も会ったのは初めてだし。ミラは何か聞いたことないのか?帝国が、そういう種族を囲ってる、とかさ」
「・・・どうだろう。私も幾つか少数民族のことをお母さまが言ってた事はあったと思うけど・・・この船の人たちみたいなのは聞いたことがないなぁ」
ミラが顎に手をやりながら考え込む。
「いや、そうじゃないんだよ。何だろう・・・彼らのボクを見る目が違う気がして」
「見る目?」
てっきり慣れない相手や珍しい存在、いわば未知に対する拒否反応の様な物だと思っていたが違うらしい。
「う、うん。なんていうか・・・・咎められているような・・・不思議がられてるような・・・・そんな感覚がするの」
「う~ん・・・・俺にはわかんないなぁ・・・ミラは?」
「私も・・・プロトだけなのかしら?」
二人して頭を傾げる。しかしこの船に乗ってからプロトだけが感じ取れた二つ目の異変。これを無視するのは難しい。勿論、対処も同じで、直接何かをされている訳でもないのがそれに拍車を掛けた。
「まぁ、それならやっぱりプロトはこの部屋以外は一緒に居たほうがいいな。何かあった時、困るだろうから」
「う、うん。ボクも一人はちょっと怖いから・・・二人には迷惑かもだけど」
「そんなことねぇよ。それに最初に単独は避けるって言っただろ。まぁ、俺は一人で出ちゃったけどさ」
「ルークの言う通りだよプロト。それに私も一人は怖いから。迷惑なんて思わないわ」
「そっか・・・なら、お願いするね」
「良いさ。さて、飯でも食ったら一緒に探検し直してみようぜ」
そう言って笑えばプロトも楽しそうに頷いた。
船に乗ってから二日目。同じように朝を迎えて、思い思いに部屋で過ごしていた時だった。船の速度もあって、最初の予想よりも早くアスケラの国境内に入れるなと思っている時だった。
「ん・・・何だろう?」
ベッドの上でジッとしていたプロトが何かに気が付いたように部屋の壁、さらに言えば廊下ではなく、船の外の方に顔を向ける。
「どうした?」
静かな部屋だっただけに彼の独り言は良く響いた。
「・・・なんだろう・・・なにか来る?」
何処か浮ついたような雰囲気のプロトは視線を動かすことなく、言葉を続ける。
「どうしたの、プロト?」
「あ、えっと・・・何か外から変な感じがして」
ミラがプロトの前に立って、声を掛けると彼はハッとしたように体を揺らす。
「またか・・・どうする?ちょと出てみるか?」
ずっと続くプロトだけが感じられる違和感。それも今度は船の外ときた。
「う、うん。ちょっと気になっちゃって・・・」
どこか戸惑う様子を見せながらも興味が出たのか、ベッドからプロトが飛び降りる。
「そっか。なら全員で行こう。あ、一応杖は持っときな。魔物ってことも有るだろうから」
少ないが空を飛ぶ魔物は確かに存在する。とはいえこんな高度にまで来るのはまずいない。居たとしてもまずはこの船が対処するだろうし、この高度まで来るのは個人が倒せる領域を超えた魔物が大半のはずだ。それこそ、雑多とする魔物たちの中で固有の種族名を付けられる位には。
「どっちだ?」
「まだ反対側だよ」
三人揃って甲板に出る。命綱こそ結んでいるが船の速度がそこそこに速いこともあって、風の強さに少しだけ本能的な恐怖が心の底に滲む。足が竦むような事はないが他の二人には気を払う必要がある。命綱があっても飛んでしまえば怪我をするには十分だ。そしてプロトの声に従って甲板の先端にまで行ってから逆側の方を覗き見る。
「・・・・なんも・・・・いや、あれか?」
何処までも透き通るような空の下、眼下には人の手が入っていない肥沃な原生林が広がっていた。あまりにも力強い大自然は普段であれば、見て楽しめたのだろうが今はそんな余裕はなく、視線を辺りに回せば空中に一点、自分たちと同じ高度に不自然な黒い丸が見えた。
「なんだあれ・・・」
目を凝らす。しかし今まで見たことのある生物のいずれにも似ない様相だ。勿論距離があって良く見えないのもある。大きな翼に何か長い毛の様な物を棚引かせているようにも見えるがそれも実態が掴めない。
「・・・近付いてきてない?」
ミラが恐怖を押し殺したような声で呟く。彼女の言葉を確かめるようにその黒点を見ているとかなりの距離が有るにも関わらず、目が合った気がした。そして彼女の言う通りこちらへ飛んできている様に見えた。
「ッ!こっちだ!突っ込んでくるぞ!」
二人の手を引いて先端部分の中央の方へと戻る。そうすれば捕まる場所があって室内に避難するのも少しは楽になる。兎に角あれが何かは分からないがこちらへ飛んできているのは事実だった。そしてなんとか手摺にしがみ付くと同時にそれは凄まじい突風と共に目の前、甲板の上へと滞空した。
「ヤハリ、此処カ」
片言混じりの声が風に紛れて聞こえる。細めていた目を開いてそれに目を向けた瞬間、思ったのは大きくなったプロトだった。
「プロト・・・?」
唖然として声が出てしまう。それは他の二人も同じなのか同様に飛んできた奴に視線が釘付けになってしまっていた。
飛んできたのはプロトの特徴をそのままに引き延ばしたような見た目をしていた。つるりとした光沢のある黒色の顔、そこへ上から絵具を垂らしたような目があって、こっちを蔑むような目線を向けているように感じられた。全身は裾の長いローブ、それも端がボロボロになったものを着込んでいて、背にある黒い翼と相まって大烏の様にも見えた。頭には大振りな三角帽を被っていて、これはプロトのものをそのまま大きくしたものに見えた。
「・・・キミは誰なの・・・?もしかして・・・」
プロトが唖然と声を出す。一見すればプロトの同族だ。それこそ彼が大人になった姿といえば周囲の者は信じるだろうとすら思う。ただ、プロトと違い酷く冷たい雰囲気がそれを否定しているように思えてならない。
「ホォ・・・コンナ場所ニ居タノカ、失敗作」
(失敗作?)
飛んできた奴は嘲る様な声音でプロトへと声を掛ける。失敗作の意味は分からないが口にした事を思えば馬鹿にしているのは間違いなかった。
「突然やってきてなんのつもりだ!おまけに俺の仲間を馬鹿にしたか!」
怒りが湧きたって前へ出る。当然武器も構えて左手で指を差す。しかし敵は相変わらず悠然としたままこちらへ侮蔑の目を向けるだけだ。
「フッ、盗人風情ガ良ク吼エル。オ前ハ、キチント殺シテヤル」
殺気が振りまかれる。間違いなく強い、おまけに場所も悪い現状、かなり不利に見えた。
「まさか、貴方は・・・」
そこにずっと静かにしていたミラが口を開く。すると大仰な感じで目の前の奴は頷き、手を広げる。
「如何ニモ。我ハ、帝国第三魔道部隊隊長α。ソコノ出来損ナイノ後継機ニナル。姫様、皇后サマノ命ニヨッテ、貴方ヲ連レ戻シニ来マシタ」
その身振りに反して意外にも丁寧に返答したαを名乗る敵はやはり、帝国からの追っ手の様だった。
「ボクの後継機・・・?」
プロトが理解出来なかったかのような声を出す。確かに今、あいつは後継機と名乗った。同族や家族ではなく、まるで作られた物のような名乗りだ。そもそも名前もαでは本物の道具の様だ。
「ソンナコトモ忘レタカ。所詮ハ試作品ノ出来損ナイ。フム、我ガ此処デ盗人諸共消シテヤル」
相手から放たれるプレッシャーが膨れ上がる。間違いなく攻撃の前兆だ。開かれた両手からは赤紫色の光が溢れて敵の頭上に集まる。以前に見た、プロトの物と同じ魔法に見えるが、明らかに規模が一つ上のランクだ。背筋が冷える。
「おいおい!こんな所で撃つのかよ!?」
船の上、そもそも敵が帝国の追っ手ならこの船は味方の筈だ。それにも関わらず、平然と魔法が行使されようとして慌ててしまう。それに後ろにはミラもいる。本当に連れ戻しに来たのなら、彼女への被害を考えて撃つのは難しいはずだった。
「死ヌガ良イ」
しかし、そんな予想も虚しく、αの魔法が完成し、大きな火球が自分たちを目掛けて飛んできた。
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