27話
セイリオス帝国、謁見室。ルークたちがまだアガパンサス団の家族たちと別れた直ぐの辺りの事だった。帝国の謁見室の中は怒気を放つ皇后が玉座に座りながら目の前で跪く男の報告を聞いていた。皇后の青い顔はミラがこの帝国から連れ去られた頃からずっと彼女の怒りを現すように赤紫色に染まっており、背に広がるステンドグラスのような羽もキラキラと、興奮したように光を反射していた。只でさえ大きな彼女の体はこの数日間のストレスのせいかより、丸く膨らんだようにも見えた。そして手には豪華な扇が握られているがこれは五本目、先代たちは皆、皇后の手によってへし折られていた。そして今回の扇も硬い音と共にへし折れ、その破片を宙に舞わせた。
「つまり、お前は「またミラを取り返せませんでした」と言いたいんだな?」
かっぴらかれた瞳に怒りを乗せ、堪えるように震えた声は地獄の底から響いてくるようだった。護衛の為に周囲に並んでいる騎士や仕事熱心だったがゆえに集められてしまった官僚たちは皆、この怒りが自分に飛んでこないように目を反らし、縫いつけられたように口を閉ざす。足も震えてしまわぬように力を籠め、鎧が音をたててしまわぬように必死に祈っていた。
「・・・はい。私の力不足故、皇女様を攫って行った『アガパンサス団』を捉える事は叶いませんでした」
跪き、頭を垂れた男、騎士団長ウィリアムがそう口にする。口調に覇気は無く、連日の追跡と報告業務に彼自慢の長い鬣も萎れた花の様に地面に向かって垂れ下がる。彼の胸中は自身への不甲斐なさと部下へ皇后の怒りが向かってしまわぬようにすることで一杯だった。皇后が本気で癇癪を起こし続ければ自分だけでなく、今も必死にアガパンサス団を追っているはずの部下たち全ての首が飛びかねない。事実、今日までに幾人かの傍付きの首が物理的に飛んだ。それでも皇后の機嫌は一切良くはならない。とはいってもそれを咎める事も出来ない。彼女の命令はミラ・セイリオスを連れ戻し、出来るだけ惨たらしくアガパンサス団を皆殺しにすることだ。それ以外で彼女の機嫌が戻ってくる事はない。
「ふざけているのか!!!お前には帝国騎士、全員への命令権があって、この帝国のあらゆる武器を使う権利があるにもかかわらず、この体たらく!どうなっているのだ!!!」
甲高く、剣山を思わせるほどに鋭い怒声が部屋にいる全ての人間の全身を打つ。皇后の羽は真っ赤に光を反射し、怒りで両手を振り回す彼女の内心を演出しているようにも見えた。もはや次に口を開いた人間に問答無用で死刑が言い渡されても可笑しくなかった。
「・・・・申し訳ありません」
ウィリアムはそう言うことしかできなかった。彼自身は貴族の生まれではない。帝国の地方で生まれた平民で、その体の大きさを見込まれて軍に徴兵され、そこで生まれ持った武の才が花開き、この地位にまで辿り着いた人物で言わば異彩の存在だった。それ故に教育や教養がどうしても不足して貴族らしい立ち回りなど出来ず、そもそも向いていないのか言葉を飾ったり、上手い言い回しが出来る人間ではなかった。常に前線に立ち、その武で人を惹きつけ、戦況を替えるのが得意な男だ。嘘を付けず、常に真っすぐで自分に与えられた使命を精一杯熟す男だった。そしてその生まれと性格ゆえに下の生まれの者ほど彼を慕ったが上からすれば面白くない存在だ。それ故にこういった場では無力に近く、手助けも望みにくかった。そもそも遠くから部下を使い、何かをするのもそこまで得意ではない。ウィリアムは騎士になった今も根は一人の兵士でしかない。ただ、単騎でも軍と戦えるような力を持っていたから団長になってしまっただけだ。
「ふざけるなぁ!!!」
皇后の手に残った扇がウィリアムの額にぶつけられる。当然彼の強靭な体はその程度でかすり傷一つ付かず、身動ぎすることはない。しかしそれが更に癇に障るのか皇后の怒りはボルテージを増す。
「この帝国の騎士団長に祭り上げられておきながら、肝心な時に何一つ我の命を叶えられん者など不要!!」
皇后が天を見上げえるようにしながら両こぶしを握りこむ。次に出てくる言葉はきっと死刑だろう。その場に居る全員がそう思った。しかしそれに待ったを掛けられる存在が居た。
「ねぇ、皇后さま。少しだけ待ってよ」
「ねぇ、皇后さま。少しだけ聞いてよ」
皇后が座っていた玉座の両隣で静かに、別れて立っていた道化の二人だった。その二人は皇后が死刑と言う直前に割り込む。
「・・・なんだ?」
皇后は夢から醒めた時の様にゆっくりと顔を下げ、ウィリアムの方を今にも視線だけで殺しそうなほどに見つめながら道化師に聞き返す。部屋の沈黙は重く、空気が重みを持ったように感じられる程だ。次の音次第では城すらもひっくり返ってしまいそうな緊張感があった。それでも道化師の厚い化粧に覆われた顔は僅かな滲みすらない。
「ねぇ、皇后さま。彼に探させに行かせようよ」
「ねえ、皇后さま。彼の身分を取り上げてさ」
道化師の口から出たのは、簡単に言えば追放にも近い形でのウィリアムの延命だった。このままでは間違いなくウィリアムは死んでしまうが仕事を与えたうえでどうなってもいい存在にしてしまえばとりあえず生きながらえる。少なくとも今の状態のまま彼を生かす方法はなかった。そして軍と単騎で渡り合える兵がこの状況で処刑されるのは彼らにとっても嬉しいことではない。かと言ってこの状況で軍を率いらせればこれ幸いと彼を面白く思わない奴らが暗躍する可能性がある。それ故に追放で周囲を強引に納得させつつ、彼へのヘイトを減らして、彼自身は帝国の命を果たさせに行く、という策だった。彼自身の性格を思えば、追放させても馬鹿真面目に探しに行くのは分かり切っている。
「・・・この無能を生かせと?」
皇后の声音はまだ変わらない。彼女の脳内ではまだウィリアムを処罰する事で一杯だ。口端は引き攣り、次の瞬間には判決が飛び出してしまいそうに見えた。
「うん、彼はそもそも指示を出す側は苦手だから」
「うん、彼は前線を走る方が得意だから」
道化師はウィリアムと役職の違いから、多く関わりがあった訳ではないがそれでも皇后の傍に付く者どうし、当然ウィリアムの能力は良く知っている。今回は皇后が皇女の護衛に指名したウィリアムに責を付きつける形で司令塔にされてしまったが、もし道化師が采配するならもう一人の騎士団長、ブライヤに任せて、彼は飛空艇にでも乗せてサッサとアガパンサス団を追わせた。貴族と仲があまりよくないウィリアムを上に立たせて指示を出させるのは土台向いていない。騎士よりもその下の兵士だけなら兎も角、ウィリアムと兵士の間に彼を面白く思っていない存在が挟まれていてはうまくいかないのは当然だ。それなら同性で、正式に貴族位のブライヤが城に残る方が遥かに自由度がある。今回の誘拐だって皇后にブライヤを張り付かせなければ防げた可能性だってあったのだ。彼女なら癇癪を興した設定で皇女に追い出されても部屋から離される前に問い詰める事も出来たし、仮に観覧席に残った皇后が奇襲されてもウィリアムならば必ず防げる。それだけの実力が彼にはある。言わば今回の事件は皇后の采配が間違っていた。勿論そんなことは口にしない。すれば道化師でも首が落ちる。
「・・・・・」
皇后は何も言わない。怒りを堪えているのか、或いは道化師の言葉を頭の中で処理しているのか。それは誰にも分からず、唯々、重い空気が部屋を占め続けた。
「・・・・・いいだろう。道化、今はお前たちの言葉を聞いてやる」
その場にいる者たちにとってはあまりにも長い沈黙の後、皇后がそう口を開く。しかしそれでも深海のようなプレッシャーは変わらない。怒りを無理矢理に飲み込んだだけだ。目の前に天敵が居てリラックスする動物はいない。それと同じだ。
「ウィリアム。貴様の地位、全てを剥奪する。任の全てはブライヤへ」
玉座の前で仁王立ちする皇后はウィリアムから少しも目を離すことなく、言葉を続けていく。それに対してウィリアムもまた、膝を付いたまま、床へと視線を落として只沙汰を待つ。
「お前は身分を明らかにする物全てを置いてその身一つでミラを追え。あの愚か者たちの行ける場所はそう多くない。そしてミラが行けそうな場所も、だ」
皇后は皇帝が下がった後、仮にも世界最大の国の頂点に座った人間だ。馬鹿ではない。激情家の暴君ではあるが学があり、優秀な部下は無数にいた。その上で彼女は一つの結論に辿り着いていた。
「アスケラだ。そこの公爵以上を探れ。いいな」
皇后の母はアスケラの人間だった。そして皇女もまた、アスケラのいくつかの貴族と顔見知りで、それ以外に彼女が使えそうな伝手はない。ならばその辺りを頼るのは目に見える。そして家名までは分からないが飛空艇迄使っているのだから、王族に血の繋がる何れかの貴族に決まっていた。そして今までの報告からもアガパンサス団が向かった方角もそちらを目指しているだろうと推測はついていた。勿論、帝国の力を使って王国へ命令を飛ばしてもいいが、それで簡単に頷くとは思えなかった。アスケラは帝国に姫を出せる程度には大きな国だ。それだけでなく、そのアスケラの最上位貴族たち、或いは王族そのものの命であると想定するなら猶のこと、簡単に頷くとは思えない。
「御意。寛大な心に感謝します」
ウィリアムがそう返事をしたことで謁見室の空気は動くのだった。
ウィリアムが謁見室を去った後、その場に残された皇后と道化師、そしてほんの一部の高官だけの謁見室で玉座に座り直した皇后は道化師に問いかける。
「アレの準備はどうなっている?」
「うん、配置は順調ですよ、皇后さま」
「うん、製造は問題なしですよ、皇后さま」
道化師の言葉を聞いた皇后は一旦、頭が冷静になると同時に青に戻った顔を喜悦に染めながら肘掛けた左手に頬を乗せる。
「アレも使っていい。丁度良いテストにもなるだろう。各地への配置も順調ならいくらか出してもいい。アレさえ完成すればこの帝国はより世界に名を馳せる。いや、世界そのものを私の手に・・・それが出来るならミラは居なくてもいい。どうとでもなる。あぁそうだ。テストはいいがアレの存在がバレる位ならミラも殺せ。いいな?」
恍惚としながら極めて残忍な感情を目に移した皇后は天を仰ぎながら道化師に命令した。
「御意、叶えてみせるよ、皇后さま」
「御意、応えてみせるよ、皇后さま」
そして道化師はヒョコヒョコとした足取りで謁見室から立ち去った。
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