26話
「お、あれじゃないか?」
指を差して振り返る。村の最奥を目指して進んだ先にはかなり開けた広場があった。特に手入れがされている感じはしないが定期的に船が降りてきているのが分かる程度には草が禿げている場所があり、そこに繋がる一本道があった。
「本当に、船が降りてるのね・・・」
ミラが横に並び、不思議そうに周囲を見渡す。
「あぁ。それにこの感じなら直ぐにでも来そうだな」
そう言いながら指を動かしてやれば船が降りるだろう場所から少し離れたところに大樽が幾つも置いてあり、他にもいくつかの荷物が固めて置いてあった。布もかぶせられているが、あの雰囲気なら直ぐにでも積み込む予定だと直ぐに分かる。
「なら、良かったね。何日も待たされるのは大変だろうし」
「そうだな。さて、チケットを売ってるのは・・・あれか?」
周囲を見渡せば少し戻ったところに掘っ立て小屋のような物が建っているのが目に入る。運よく人がいるようで、窓越しに動き回る人影が見えた。
「おーい、ちょっと良いか?」
ドアを叩いて声を掛ける。そうすれば中から聞えていた物音が消え、直ぐにドタドタとした足音がこっちに向かってくる。
「あぁん?誰だぁ?」
ドアが半分ほど開かれて、間延びしたような声と共に陸鱗族の男が長い首を伸ばして顔を出す。ツルリとしたウロコに覆われた皮膚とギョロギョロとした黄色い目と縦に開いた瞳孔がこっちを捉える。尖った口の先端からは二股に別れた細い舌がチロチロとしている。
「よぉ。此処で船のチケットが買えるって聞いたんだけど、あってる?」
「あ?あぁ・・・確かそんな事も聞いたなぁ・・・それなら此処だ。あってるぜ」
陸鱗族の男は一瞬首を傾げたが直ぐに思い当たったのか頷く。どうやら門番に聞いたことが此処迄伝わっていたようだ。
「そっか。ならチケットが買いたいんだがいくらだ?」
「乗るのは今いる奴だけか?なら三金で良いぜ」
尖った爪に太い指を三つ立てる。思ったより安い。というか破格と言ってもいい値段だ。金貨自体は確かに一枚で平民なら冬の間、家に籠ったって悠々と生活出来る額だ。とはいえ、他に客の姿が無いこともあって、これで採算が取れるとはとても思えない。飛空艇は平民ではそもそも乗る機会だってないものだ。一瞬、冗談でも言っているのではないかと疑ったが男が嘘を言っているようには見えない。
「そ、うかぁ・・・ならこれで頼む」
懐から金貨を三枚取り出して渡せば男はちらっとだけ見て懐に入れると奥に戻って、何かを探すような音の後、再び顔を出すと二枚のチケット手渡してくる。
「ほらよ。無くすなよ」
そう言って戻ろうとする男に慌てて声を掛ける。
「待ってくれ、二枚しかない」
自分たちは三人だ。これでは一人取り残されてしまう。
「いや、合ってる。お前とそっちのフードの奴の分。後ろのはチケットはいらん」
後ろに居るのはプロトだ。彼も何故なのか分からず、自分を指さしながら首を傾げる。
「え、えっと、ボクは無くても良いってこと?」
プロトがそう呟くが陸鱗族の男はそれに答えることなく扉を閉じてしまった。
「・・・なんだか分かんねぇけど。全員乗れる、ってことで良いんだよな?」
後ろ手に頭を掻く。釈然としないが聞いた限りでは全員乗れるように聞こえた。
「そうだね。私の勘違い、じゃなければそう言ってたと思う」
ミラも顎に手をやり、何か考えるような顔を浮かべる。しかし目の前の扉はこちらを拒絶するようにきっちりと閉じられてしまった。
「えっと、まぁ良いんじゃない?」
一番釈然としないだろうプロトがキョロキョロと顔を動かす。彼の言う通りだし、そうする他ないが一度芽吹いた疑問がグルグルと頭の中を回ってしまう。
(なんだ、やたらプロトが見られる事と関係してんのか?)
この村の種族の数、辺境にも関わらず裕福そうな雰囲気にプロトへの目と考えるほどに深みに嵌ってしまいそうな何かがある。しかし答えが海の底に貼り付けられているかのように出てこない。流石に陸の上から釣り針を垂らすだけでは見つかりそうにもない。
「ルーク、一度宿に戻らない?そろそろ暗くなるし、チケットには明日が出港になってるよ」
考え込む自分にミラが声を掛けてくる。彼女の言う通り、陽はもう暮れそうだ。そして僅かな明かりで見えるチケットには確かに明日が出港の印、太陽を模したスタンプが一つだけ付けられている。欠けている部分も無いために昼頃に出立するはずだ。
「そうだな・・・なんかもやもやすんなぁ・・・ま、乗れるならいいか」
大事なのはミラを無事にアスケラへ運ぶこと。多少の事は無視して進んだっていい。自分の心を無理矢理に納得させて、どうすれば良いのか迷っているようなプロトの肩を叩いてから宿へと足を向けた。
宿に戻ってからは空気も戻り、無事に一晩を明かした。屋根があり、シーツの敷かれた藁ベッドは心地よく、思ったよりも疲れがあったのか、自分が起きた時にはプロトが自分の支度を終えているようなタイミングだった。
それからミラを起こして、食事を済まして昨日行った広場へと向かっていく。
「慌ただしいな」
同じ道を歩いていると村人たちも何処か駆け足のような速度で広場と村を行ったり来たりしている。大声も飛び交っており、まるで大都市の市場の様だ。全員がそれぞれにやることがあるようで、ここに来た時の様な視線は向けられない。
「まだ乗せる物があるのかしら?」
フードを被ったミラが顎に手をやりながら疑問を零す。確かに昨日の発着場の広場にはそれなりの量の樽が置いてあった。それこそ、ここの荷物が船の主要だと言わんばかりで、あれから増やすのはあまり想像しにくい。
「まぁ、あれだけ積むんだから下ろすもんもあるんだろ」
辺境の村と帝都から来る飛空艇の積み荷は結びつけにくいが事実としてやっているならこの村を中継しながら此処へ下ろす物もあるはずだ。だとすればやはり帝都からの荷物を此処に置き、此処でそれを加工してから何処か国外に輸出、という形を取っている。そう考えるのが一番丸いだろう。ただ、各地を回っている時にそんなルートで帝国の主要品があったかと言われると記憶にはない。この周囲も自然豊と言えば聞こえはいいが、農地があるようには見えず、かと言って工場が建っている訳でもない。そもそもこの大樽たちも一体何処から来たのかと思ってしまう。
慌ただしい村を抜けて発着場に来れば既に飛空艇が着陸していた。帝国の船はアガパンサス団のものよりも幾分大きい。また武装もしっかりとされており、並の商船ではない。帝国という大国の豊かさを象徴するような威容だ。いっそ軍艦といった方が良いだろう。
「へぇ・・・やっぱり大国だなぁ」
思わず足を止めてしまう。この村に降りる船にしてはあまりに物騒な船だがそれが気にならない程に立派だ。
「・・・帝国軍の船ね」
ミラがフードの先端を掴みながら警戒するように零す。
「そうなのか?・・・騎士は・・・居ないか?」
ミラの呟きに気を引き締めて目を細める。騎士が乗っているなら荷物の確認等で出張って来そうなものだが姿は見えない。甲板の上は村人らしき人と騎士ではない恰好をした連中が話し合ってる様に見えた。勿論騎士の恰好をしていないだけ、という可能性もある。しかしそれにしては細身に見え、監督役のように見える。
「どうするの?」
プロトが不安げな声を出す。しかし完璧と言えるような策は思いつかない。というより何処まで行っても賭けから逃げることが出来ない、といった方が正しいだろうか。すでに場代を払ってしまった以上、後は逃げ出すか乗り込むか、だ。
「・・・まぁ、行ってみようぜ。昨日の感じならチケットさえ渡せばどうとでもなるさ。ミラはフードだけ頼むよ」
少なくともチケットを買った際にこちらに興味を一切示さなかった。今も村人たちは自分たちなど目に入らないと言わんばかりに通り過ぎていく。この流れに乗ってしまえば案外簡単に通れる可能性があった。
「うん」
ミラは頷くと一層深くフードを被る。旅前なら綺麗すぎるローブだったせいで無理だったかもしれないが今は変色して安っぽい見た目になっている。これならどう見ても平民と同等に見られるはずだ。
船に近付くとまるで祭のような活気で、荒っぽくも威勢の良い声が飛び交う。辺りには多種族の男たちが列になって荷物を船へと積み込んでいる。その動きに淀みは無く、疲労した者からどんどん交代で休んだりと手慣れた感じがある。そして船の乗り口には村人では無さそうなフードを被った性別不詳の人が置物の様に立っていた。
「よぉ、ちょっと良いか?」
ミラを背にするようにして声を掛ける。すると首だけが嫌に規則正しく一定の速度でこちらを向く。そして向けられたフードの奥が嫌に暗くて中の顔が見えない。しかし見られているのは分かった。
「アンタは船員だよな?チケットで後ろの二人と一緒に乗る。確認してくれ」
そう言いながら取り出したチケットを差し出せば、やっぱり首と同じように一定の速度で腕が動いてチケットを取って確認するように顔を下へ向けた。
「・・・・・・」
沈黙、目の前の船員が何も喋らないがゆえに変な緊張感が流れる。その間も村人たちは積み込みをしており、その掛け声が遠くの様に聞こえる。
暫くして、チケットを物珍しそうに眺めていた船員はそのまま懐へチケットをしまうと村人たちの動きを止めさせた。
「・・・・・」
そして上質そうな手袋を付けた右手の親指を立てて船に乗れと言いたげに手首を振って合図を出してきた。それは村人たちも同じなのかジッと、こちらを見ながら体を休めている。
「良いってことか?なら行くか」
案じたよりもあっけなく乗船許可が出たことに拍子抜けしたが、ならばと荷物を背負い直してタラップに足を掛ける。
「・・・・・」
船の甲板の登った所には同じように深いフードを被ったローブの船員が立っていた。そして自分たちが登り切ると同時に下に手を振る様に動かせば先程の船員が村人へ指示を出し、再び積み込みが始まった。
「・・・なんかアッサリだったな」
邪魔にならないように少し離れた所で登ってきた辺りを見る。あれ程あった樽はこの船にほとんど乗せられ、代わりに帝国のシンボルが付いた樽が元々有った場所に置かれている。
「ほんとだね。それでどうするの、ルーク?」
ミラがホッとしたような声で聞いてきて、それに腕を組んで考える。
「うぅ~ん・・・とりあえず荷物でも置きに行こうか。どうせ出来ることなんて少ないからさ。そうだ、どうせなら船が飛ぶところでも甲板で見る?緊急発進みたいな事は無いだろうし、きっと良い景色が見れるぜ」
「あ、ボクも見てみたい!」
提案にプロトが食いついた。ミラもアガパンサス団の船の時は夜だったことと緊急発進だっただけに船が飛ぶ瞬間をしっかりと見たことがないからか興味深げな雰囲気がある。
「ま、気を張りすぎてもあれだからさ。もう少し気楽に行こう。あぁ、でも一人で行動するのだけは止めておこうぜ。流石に何かあってからじゃあれだしな」
そう言えば朝から張っていた気が少しだけ緩むのを感じた。
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