24話
「はぁ!」
木がぶつかり合い、乾いた音が連続で響く。リズム良くとは行かず、ヨレヨレの音も混じってはいるが、聞けば子供が遊んでいるのではなく、誰かが武器を振る練習をしているのだろうと推測が出来る程度には鋭さもあった。
「ほら、また体がブレた。真っすぐに振り下ろすんだ」
目の前で息を荒げながら両手で木の棒を握りしめるミラへ指示を飛ばす。彼女が決意と共に髪を切ってから数日、普段の旅生活の中に彼女の修業、と呼ぶにはまだ稚拙だがそう呼ぶのが相応しい時間が加わった。
修業を初めてその日の内には白魚のような彼女の手は急拵えの棒を握りしめ続けたことで水ぶくれが出来てしまい、場所によっては皮膚が掠れて血が滲み、木の棒にも黒い染みになっていた。初めての痛みに彼女の口端は歪んでいたが、弱音を吐く様なマネをはしなかった。彼女の魔法で治療してしまえれば良いのだが聖魔法はこの手の修業には魔法の性質から向かなかった。理由は不明だが魔法で治した体はそうしなかった者と比べて明らかに成果が悪くなる。というよりも修業する前と状態が変わらなくなってしまうのだ。それ故に強くなろうと思うのであれば、この手の苦痛とは真正面から向き合う必要があった。
「うん、このへんにしとこうかな。お疲れ」
「ハァハァ・・・有難う、ございました」
息も絶え絶えに、棒を杖に見立てて体を立たせていたミラへプロトが水を渡しに行くのを尻目に自分も水を口に含む。
「ミラ、怪我の手当をしよう。ほら、前に教えた通りにやってみてくれ」
「は、はい。えっと・・・」
水を飲んで落ち着きを取り戻した彼女を座らせて、その前に道具を並べていく。
「そうそう・・・うん、やっぱりミラは物覚えが早いな」
「ルークの教え方が良いから」
ミラはジッと自分の手のひらを見ながら滲んだ血を水で洗い流し、すりつぶされた薬草を丁寧に塗りこんでいく。最後に包帯を綺麗に巻いて完成だ。
「うん、この位なら問題ないな。どう?怪我の感じは」
「えっと、ピリピリしてるしこわばった感じはするけど、大丈夫、かな?」
手を握って開いたりしながらミラがそう答える。その動きはややぎこちないが日常生活に左程支障は無さそうに見える。
「無理しないでね」
「ふふ、大丈夫だよプロト。私が始めた事だから」
心配するように手を覗き込むプロトにミラは笑って応える。それでも痛そうな雰囲気があるからかプロトは不安そうにミラを見ている
「でもミラも良く頑張ってるよ。これなら最低限の自衛くらいならその内出来るようになるよ」
荷物から携帯食料を取り出して口に含みながらミラへそう言葉を掛ける。彼女から「自分を鍛えてほしい」そう言われた時はどうなるかと思ったが、予想に反して彼女はしっかりと苦痛と苦労に向き合っている。
「だと良いんだけど・・・」
自分の手のひらを眺めながらミラが呟く。そんな彼女を見ながらあの日からの事を思い返す。
ミラは髪を切り落とした後から口調を替えた。確かな教養が感じられるような喋り方や雰囲気と言葉選びを止めて、中流階級程度の活発な女の子位の雰囲気を纏うようになった。髪が短くなったこともそれを後押しする。髪が長いのは上流階級の証のようなものだ。今は彼女のやや尖った耳も良く見え、光の加減にもよるが表情も前の神秘的な雰囲気からすれば幾分明るく見えた。とはいえ、彼女の神秘的な七色の髪と瞳は誤魔化しようもない。
「まぁでも、そこが限界な気はするなぁ・・・本職で言えばやっぱり後衛だと思うよ」
その言葉にミラも思い当たる節があるのか苦笑しながら頷く。彼女はどうしても姫として育てられた影響か、体が前線で武器を振る様には出来ていない。また、素質も今のところ感じられなかった。
「まぁ、少しでも動けるようになれば御の字、なのかな」
「で、でも、ボクから見ても、動きは良くなってる、と思う・・・よ?」
落ち込んだように見えたからか励ますようにプロトが両手をブンブンと振りながらミラへ感想を零す。しかし彼自身がコテコテの後衛な事もあって自信は無さそうだった。
「ふふ、ありがとうプロト。でも良いの、お荷物にならなければ。私自身、早いかもしれないけど才能は無いなぁって、思うから」
プロトへそう言いながらミラは微笑む。まぁ、彼女自身、騎士になりたいとかでは無いだけに悔しさは無いようだ。
「ま、でもこのままやってけば咄嗟に身を守ることは出来るようになりそうだし、頑張ってこうぜ!」
「はい。また明日お願いします」
ミラはそう言って頭を下げた。そんな日々を送っていたある日、少しばかり数が多い魔物の群れに遭遇した。
「・・・ちょっと多いか」
双刃剣を構えながら周囲を見渡す。周囲には平原を住処とする魔物がジッとこちらの様子を見ていた。
「プロト、俺の背中側はお前の魔法で追っ払ってくれ。ミラは俺たちの間に」
「う、うん。任せて」「はいっ!」
まずはミラを守る立ち位置へ、多少は訓練したといっても彼女に相応しい武器がない。役目からすれば杖一択で多少は殴れるものが好ましいが今は訓練で使っていた木の棒とナイフしかない。彼女の実力と合わせてもこれで倒せる魔物は少ない。それこそ一番主眼に置いていた咄嗟の防御も耐久面から怪しい。
「行くぞ3・2・1!今だ!」
声を掛け、プロトに魔法を使わせる。彼は直ぐに杖を振り、その先端へと魔力を集めて形を作る。それを見ていた魔物たちも身を低くして一気に動き出した。
自分の方向で最初に動き出したのは陸鱗族に似た魔物だった。鉤爪の付いた四つ足で、地を這っているかと思うほどに低い姿勢に全身はつるりとした皮に覆われていた。胴体と同じくらい長い尾があって体の側面には一本青い線がラインをなぞる様に入っている。目はギョロギョロとしており、縦に割れた瞳孔がこちらをしっかりと捉えていた。時折二股に別れた舌が口の隙間から飛び出しており、舌なめずりをしているようにも見えた。
慎重に、相手の低い姿勢のせいで空ぶったりしないように見極めながらタイミングを待つ。今、自分から飛び出すには聊かリスクが高い。そして魔物自体は大型がおらず、力勝負さえしなければ負ける要素は低いと見た。
「ハァ!」
空気が細い穴を抜けるような音と共に安直な形で飛び込んできた魔物を斜め前に避けながら、隙だらけの腹部へと武器を振るう。そうすればやや硬く、滑る様な感覚の後にしっかりと肉へ刃物が入った感覚が伝わってくる。その勢いのままに振り抜けば両断こそ出来なかったが背骨の辺りを残して肉を切り裂いた。まだ死にはしないがそれでも与えたショックは大きい。
武器を振り抜いた直後、後方で大きな爆発音がした。間違いなくプロトの魔法であり、洞窟の時と同じように火球を放ったらしい。聞こえた感じでは地面に激突したように思えるが魔物とて馬鹿ではない。態々自分を一息に殺せる火には一定の恐怖感を持つ。これなら次の魔法を構える位の時間は稼げると判断して自分の方に集中する。
幸いと言ってもいいのか自分たちを囲んでいる魔物たちは頭がそこまで良くないようで、単純な動作が目立つ。ただ、群れている事と素のポテンシャルは自分たちの様な人よりも高い。だからこそ技術を持って理性的に戦う事が常に求められた。
「プロト!まだ大丈夫か?」
固まっていた状態から数歩離れ、自分の武器を思いっきり振り回せる場所で魔物と戦いながらプロトへ声を掛ける。時折体を回転させながら彼の様子を見ているが魔法の火力でしっかりと相手を押し込んでいるようには見えた。ただ彼の限界は分からない為に声は常に掛けた。
「大丈夫だよ!ルークも大丈夫!?」
焦りのない声が戻ってくる。直後に大きな音と熱風が背を叩いた。当初彼に感じた戦闘に不慣れな印象はもう無い。プロトは思ったよりも魔法一本で戦うことに慣れていた。本人曰く、あまり戦った事はない、と言っていたが傍目には明らかに訓練を受けたとしか思えない立ち回りだった。今も魔法を掻い潜ろうとする魔物へ杖を向けるだけで牽制したり、攻撃の優先順位をきちんと決めて魔法を使っているように見えた。それだけでなく、彼は扱える魔法の種類が異常だった。
魔法使いは基本的に一属性が使えれば生活が安定して送れる。そして扱える属性が増えるごとに難易度と人が減っていく。市井には魔法使いがいないと言えるくらいで、複数の属性が扱える人を見るのは彼が初めてだ。それこそミラの様な皇族でも聖属性のみだ。彼女がその訓練をしていないだろうという前提もあるがそれにしても彼は異常で四つの属性をおもちゃの様に扱えた。
(やっぱり、本人が知らないだけで何かあったのかもな)
魔物を切り飛ばしながらそう思う。プロト自身、気が付いたらスラムに居た、と言っていたことからそれ以前の記憶がない。つまり、スラム以前にどこかで魔法の手引きを受けていた可能性がある。だがそれにしたって四属性の魔法使いを逃がして帝国が黙っているのは想像しにくいのも現実だった。彼自身、自分が街中で普通に見かけたように隠れるような生活をしても居なければ魔法使いの恰好も隠していなかった。それで見つからない、というのは想像できない。特に街中に居るにしては少し異質な見た目もしている。帝国が聞き込みをすればあっという間に見つかるはずだ。考えれば考えるほど、彼の存在は異質だった。
「まぁ、今はいいか」
最後に飛び掛かってきた魔物を切り飛ばしながら一緒に疑問を掻き消した。
「さて、何とかなったな」
地面に双刃剣を突き刺してため息を零す。辺りは魔物の死骸で酷いことになっており、このままだと直ぐに別の魔物が寄ってきてしまいそうだった。それでも軽い休憩を取る余裕はあった。
「う、うん。こっちも大丈夫、怪我もないよ」
「あぁ、ちょろっと見てたからな。やっぱりプロト、お前の魔法は凄いぞ!」
彼の頭を帽子ごと撫でる。そうすれば壊れかけのおもちゃの様に彼の頭が揺れる。
「わ、わぁぁぁ!ルーク、強い、強いよ!」
困ったようなプロトの声がして思わず笑ってしまう。戦闘中には何とも頼もしい魔法使いなのにも関わらず、普段の彼は反対になんとも頼りない雰囲気で、それがなんとも可笑しく感じられた。
「ミラもどうだった?こんだけ近くで魔物に囲まれて戦うのは初めてじゃないか」
魔物に囲まれるという危機的状況はよくあるといえばあるのだが、初めての状況はより恐怖と緊張を感じるものだ。それに近距離で魔物に会うのは初めてではないが、森の時に彼女は意識が無く、ここまでは単発での遭遇戦が多かった。そして少しとはいえ武器を振るう事を覚えて戦場に立ったのは正真正銘初めてだろう。ならばより一層頭が混乱してしまった可能性もあるだろう。
「・・・・」
自分の声に応えず、ミラがジッと、プロトが魔法を放った辺りを見つめていた。
「ミラ?どうした?」
近づいてもう一回声を掛ければ彼女は肩を竦める。そして慌てたようにこちらを向いた。
「あ、えっと、なにかな?」
「いや、大丈夫だったかなぁって。魔物に囲まれるのは初めてだろ?」
「あ、あぁ、そうだね。うん、私は大丈夫だよ。ありがとうねルーク、それにプロトもお疲れ様」
ミラは何かを誤魔化すように声をやや大きくしながら返事をした。不思議に思うが彼女の恰好を見る限り、怪我の類は見受けられず、理由が分からない。ただ、あまり踏み入って欲しくなさそうな気配を感じて口を噤む。
「そ?なら、いっか。まぁ、何かあったら言ってくれよな。それじゃ、問題ないならもう行こうぜ。予定の村もそろそろだからさ」
まだ豆粒の様にしか見えないが確かに村らしき防柵が見える。こんな辺境にしてはやや立派に見えるそれはこの平原では良く目立っていた。
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