23話
「よっと・・・へへ、どんなもんよ!」
足元にしていた魔物が砕けてしまったことで嫌な浮遊感に包まれるが直ぐに姿勢を戻して地に足を着ける。周りには魔物の砕けた破片が散らばっており、まるで鉱山の中で宝石を掘り当てたかのようだ。もっとも今は只の氷で時間が経てば溶けてしまうだろう。周りで舞っていた氷の粒も今はもう見えない。勢いを増していた冷風も止まり、差し込む光がほんのりと肌と空気を温めてくれていた。
「嫌な気配も・・・うん、しないな」
念のために周囲を見渡してみるが既に空気は軽く、何かが出てくる気配はない。なら後は出ていくだけだ。
「おーい!もうこっちに来てもいいぞ!」
手を振り、二人に呼びかける。そうすれば自分が置いて行った荷物まで持って二人がこちらにやってくる。
「怪我はない?」
「あぁ、何もないぜ!それよりプロト、お前やるじゃないか!あんな火球まで出せると思わなかったぜ!」
プロトの背中を叩く。戦いに不慣れだろうと思っていた彼の咄嗟の攻撃で状況が一気に変わった。もし魔法が無ければかなり強引に此処を抜けていくほか無かったことと、その前の事も含めて考えれば彼がMVPに違いない。
「わ、わ・・・そ、そうかなぁ?むしろ邪魔にならなかった?」
プロトは褒められ慣れていないのか、何処か戸惑ったような様子だ。あんなに魔法が上手く使えたというのになんとも変な感じだ。それこそなんで浮浪の身だったのかと思ってしまう。
「いや、完璧だったさ。でもあれだけ出来るなら連携は考えとかないとなぁ・・・」
プロトの魔法は十分に戦力として数えられる物だ。それだけに今後のことを考えれば前衛の自分との打ち合わせは必須だろう。特に魔法の発動と使える種類の把握は必須で、それらを踏まえて戦っていく必要がある。
「そ、そっか・・・役に立てたなら嬉しいよ」
そう言いながらプロトがずれた帽子を直す。それは何処か照れているようにも見えて頬が緩む。そしてミラの方へと顔を向ける。
「ミラも怪我とかはない?」
「はい、私は見ていただけですから。それにしても何だが変な魔物でしたね」
そう言いながら砕けた破片のほうへと目を向ける彼女の視線を追う。
「そうだなぁ・・・俺も喋る魔物がいるとは思わなかったよ。もしかして帝国が置いたのかなぁ・・・ま、それこそまさかか」
魔物は自然の生き物で人と交流などしない。飼い慣らすのは不可能だ。なのにここで長期間配置しながら言うことを聞かせる等ありえない。確かに言動はかなりそれらしきものがあったが、それっぽく喋っただけと、自分の考えを馬鹿にするように苦笑しながらミラの方へと視線を戻す。
「・・・?ミラ、どうした?」
「あ、いえ・・・何でもありません」
彼女はジッと散らばった破片の方に目を向け続けており、自分の馬鹿みたいな妄言も聞こえなかった程度には集中していたようだ。
「そう?ま、ならサッサとここを出ちまおうぜ。多分夕方だろうし、今日は出たところで休みだ」
親指で入口を指さし、プロトが持ってきてくれた自分の荷物を背負った。
「おぉう・・・眩しいぜ」
洞窟から出て広がる景色と斜陽に目を焼かれて手で庇を作る。思ったよりも高いところに出たせいなのか頬にやや強い風が当たる。それでも先程まで浴びていた風の方が冷たかった事もあって気持ちが良いと思える程度だ。
「わぁ・・・すっごいね」
横に並んだプロトが感嘆を漏らす。空から見下ろすことに慣れている自分からすれば似た様な景色はよく見るが一度も帝都を出たことが無いというプロトからすれば高いところからの景色は初めてだろう。
「あそこの辺りに村があるかなぁ・・・・」
地図を取り出して検討を付ける。流石に広大な大地を目標も無くウロウロとするのは得策ではない。そして山を超えた先は帝国にとってもあまり興味がない場所のはずだ。当然、彼らの手が加わっていないとなれば魔物の数も多くなるし、ないとは思うが野盗の類も考えて置く必要がある。最悪は他国の斥候と駄目なタイミングで鉢合わせしてしまう事だろう。
「ね、ね、ミラ。ミラも凄いと思うでしょ!」
「はい・・・本当に素晴らしい景色だと思います」
地図を眺めていると他の二人が、特にプロトのはしゃぐ声が聞こえる。まるでサーカスを見に来た親子の様でほほえましい。
「ミラも城から見える景色とは違うだろ?」
「はい。これ程迄に人の痕跡がない場所は初めてです。やはり、私の見てきた世界は酷く狭かったのですね」
「大袈裟だなぁ・・・どうせ直ぐに見慣れるとは思うよ。さて、夜の準備をしよう。明日からのルートも決めたしね」
地図を仕舞って今日の泊まる場所を探す。緑が琥珀に染まる世界は綺麗だが直ぐに闇が世界を覆ってしまう。その前に安全を出来る限り確保しなければならない。松明はほぼ使わなかったが薪は夜の事を思えば心もとない。二人が頷くのを後目に三人で夜の準備を始めた。
夜、プロトとミラが眠りについて暫く、一人で焚き火を眺めているときだった。空気はすっかり冷え込み、岩場も焚き火と自分の座っている所を除けばかなり冷たい。空を見上げれば雲は一つもなく、月が優し気に、眠っている者を見守る様に照らしていた。その傍では無数の星が瞬き、いつだったか、家族の女性陣に教えてもらった星座を探すが見つからなかった。
「みんな、無事かなぁ」
一人の夜はスラムを思い出して心細くなる。それは満天の星空の下でも変わらない。そうなれば心の奥に仕舞ったはずの別れた家族の安否が気になってくる。彼らが簡単にやられるとは思わないがそれでも心配なものは心配だった。出来るなら、ではなく、必ずまた顔を突き合わせて笑い合いたい存在の事は何時だって心の中に巣くっていた。
焚き火の爆ぜる音、風が草木を掻き分けた音が子守歌のように不安に満ちた胸を解そうとしてくれるがそれでも壊れた桶の様に不安が漏れてしまう。そんな時、砂利を踏んだような音がして、意識がそっちへ一気に引っ張られた。
「ミラ?」
彼女が寝ていた場所がもぞりと動く。寝返りを打っただけかと思ったその直後に彼女の頭が持ちあがる。
「・・・あれ、まだ」
「まだ夜だよ」
寝ぼけた様な声に返事をしてやれば目をパチクリとした彼女がこちらへ顔を向ける。珍しいことにフードも取れてしまったのか彼女の特徴的な髪が風に揺れ、まるで星の川のように棚引いた。そしてこちらに向けられた、髪と同じの七色に変化する瞳が眠たげな物から意識がハッキリすると同時にパチパチと瞬き、次第に焦点が合う。
「まだ寝てていいよ」
「・・・いいえ、少しだけ目が冴えてしまいました・・・」
そう言いながらミラが立ち上がり、近くに寄ってくる。
「そう?まぁ、なら少し話でもしようか。あぁ、温かいものも呑むといいよ」
焚き火に鍋を掛け、その上で水結晶を割る。
「有難うございます」
ミラは自分の正面に腰かけて息をはく。
「もしかして寒くて寝にくかった?まぁ、寝床も最悪かも知れないけど」
「確かに、少し寒いですがそれほどでも・・・硬いのも慣れてきたのでこれくらいなら。敷物もありますし」
そう言って微笑を浮かべる彼女に嘘は感じられない。なら良かったと頷く。
「団の皆さんは無事でしょうか・・・」
暫しの沈黙の後、ミラが先程まで自分が考えていた事と同じことを口にする。フードの無い彼女は良く表情が見え、その美貌には影が掛かっていた。
「どうだろうなぁ・・・でも、みんな凄いから大丈夫だよ」
自分も不安が心に巣くっているがそれを露わにする必要はない。どうしようもない事に気を巡らせても滅入るだけなのは良く知っている。それよりも明日の事を考える方がよっぽど良い結果になる。
「ずっと、それこそ城から出た時から思うのです。もっと良い方法があったのではないか。出来る事があったのではないかと」
ミラが目を瞑ってうつむく。彼女の言わんとすることは分からなくはない。むしろ誰だって過去を振り返ればそうだろう。特に彼女はここまでの旅で言ってしまえば連れて来られただけでもある。それだけにより、そう思ってしまうのも無理は無いように思えた。
「いや、ミラは精一杯やっただろ?なら俺はそれでいいと思うよ。それにそう思えるってことは今のミラが過去のミラより成長したってことだと俺は思うよ」
何も出来ることが変わっていないのなら、その場から動かなかったのならそんなことは思わない。それが例え牛歩の歩みでも、ミラが自分の足で歩いたからこそ、過去の自分に思う所が出来ただけ、そう思える。
「そう、なのでしょうか・・・」
それでも彼女の心は鬱屈感がありそうだった。仕方がない。こればかりは何度も繰り返して行くことで上手く折り合いを付けていけるようになるしかない。成長は悩む事だと、自分が小さい時に家族がそう言っていたし、今の自分もそう思える。なら今のミラはスラムから拾い上げられた直後の自分と同じだ。
「あぁ、そうさ。ほら、これ呑んで暖まったらもう一回寝な。そしたら気も晴れるさ」
温かくなった水をコップに移して彼女に渡す。どうせ考えても考えても納得できないことならば、体力無駄に失ってしまうだけだ。ミラは納得はしていなそうな雰囲気ながらも渡したコップに素直に口を付けた。
ミラが再び眠りに着いてから暫くして自然と目が覚めたプロトと交代で眠りにつく。そして起きた頃にはミラも起きており、プロトと焚き火跡で何か楽しそうに会話していた。どうやら夜の事はある程度払拭出来たようだ。勿論彼女の心に染みの様にこびりついてはいるだろうがそれでも今の彼女の表情に陰りはない。
「あ、おはようルーク!」
「おはようございます」
起きた自分に気が付いたプロトとミラが声を掛けてきて、左手で返事をする。
「おはよう。体調はどうだ?」
瞼を擦り、頭を振る。寝起き特有の気怠さこそあるものの、万全と言ってもいい体調だ。
「大丈夫だよ。特に襲撃も無かったしね」
「はい。私も起きて少し時間が経っているので」
どうやら二人とも問題は無いようで、これなら旅にも支障はないだろう。
「そっか。なら朝食を食べたら行こう。ここからは時間との勝負だし、隠れられる所も少ないだろうから」
そう言いながら行く先に目を向ければある程度の場所からは道らしき線が見える。基本はそこを通って行くことになるだろう。勿論、歩く速度は上がるが見つかりやすくもなる。囮がうまく機能していればこちらにはまだ来ないだろうが、それでも件の村までは急ぎ足だ。
「ルーク、プロト、聞いてほしいことがあるんです」
朝食を食べ終えて荷物の整理をしている時、ミラが声を掛けてきた。
「どうした?」
振り返れば何処か改まった様な顔つきのミラがいた。そして右手には彼女の荷物に入れておいたナイフが握られている。
「昨日の夜、思ったのです。私はあまりに弱く、知識でしかモノを知らない、それも偏った事だけです。それはこうやって旅をしてきても変わらず、未だに誰かに庇われ、守られるだけ。私はそんな自分が嫌です。強くなりたい、のです」
ミラは一度目を瞑り、空いた左手を胸の前へ持ってきて拳にする。よく見れば口も噛みしめている様で、悔しさが滲んでいる。
「だから、まずは一度、自分が皇女である、という事から止めようと思うのです。守られ、傅かれる者ではなく、己の足で歩き、己の手で道を開く、そんな存在に成ろうと思います。たくさん悩んで、怪我をして、転んではまた立ち上がり歩き出す。そんな人に成ろうと思うのです。きっと、私が為すべきことを成すためにはそれが必要だと思うから」
目が開かれる。彼女の七色の瞳は彼女の決意を露わにするように赤く、情熱に燃えているように見えた。
「だから見ていて下さい。これが私の覚悟です」
そう言うと彼女はこちらが口を挟むよりも速く、自分の頭の後ろに手をやると旅が始まって尚、美しい七色の長髪を束ね、ナイフで切り裂いた。
パラパラと、彼女の綺麗な髪が風に乗って舞う。それは花の散り際にも似て、思わず目が釘付けになった。そして切る瞬間に閉じられた瞳が開かれた瞬間、彼女の表情が緩む。
「これからもよろしくお願いします・・・いえ、これからは只のミラとして、よろしくね!ルーク、プロト!」
ミラはそう言うと今まで毅然としていた雰囲気を完全に無くし、平民の様な雰囲気でこちらに笑いかけるのだった。
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