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A new Era ~始まりのヒトと終末を告げるヒト~  作者: ラー
一章 〜ルークと帝国の姫君〜

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16話

「姫さん、少し休憩しようか?」

緑の大海原を掻き分ける手を止めて後ろを振り返る。自分が作り出した轍の先、やや離れた所に息も絶え絶えといった雰囲気のミラが老人の様に腰を屈め、急遽作った杖を頼りに歩く姿が見える。

「・・・お願いしま、す」

最後に皆の前で堂々と喋っていた姿とは似ても似つかないほどに細い声、本当に老人になってしまったかのような返事が聞こえる。少なくとも今の彼女を見てお姫様、と思う人間は一人もいないだろう。ずっと着ていたフード付きのローブも見る影もないほどに汚れている。とはいえ、彼女を笑う事は出来ない。何もかも初めての経験なのだと思えば仕方が無いことであるし、飛空艇が壊れてしまった原因はアガパンサス団の方にある。本来なら彼女は船に乗ってアスケラへ行く予定だったのだ。であればやはり彼女を笑うことは出来ない。誰でも初めてはそんなものだ。

「ほら、ここに良い感じの石があるから座りな。俺は周囲を見てるから。あと、水も飲んどきな。幸い水結晶はあるからさ」

彼女にそう言いながら取り出したコップを差し出し、その上で取り出した結晶を砕いてやれば冷たく、透き通った水が零れだしてコップの中を満たす。それをミラは震える手で受け取り、ゆっくりと口に運んだ。


「・・・まさかこんなにも大変とは、思いませんでした」

暫くの間、無言で水を飲みながら息を整えていたミラがポツリと口を開く。声には疲労が滲んでおり、覇気はない。フードに隠された顔は見えないがきっと疲労がありありと浮かんでいるに違いない。

「帰りたくなった?」

少しだけ揶揄うように聞いてみる。しかしミラはハッキリと首を横に振った。

「いいえ、私には為さねばならぬ事があります。ご迷惑を、掛けているのは分かるのですが、それでも・・・私は」

滑らかではないがそれでもハッキリとした意思をミラは言葉にする。まだ心は一切折れていない様だ。勿論、旅は始まったばかりで昼を少し過ぎたばかりだ。折れては困る、というのも本音だった。

「そっか、なら今日中にもう少し先に行こう。足はどう?」

慣れていない事をすれば体には直ぐ異常がでる。特に靴擦れのようなものはあっという間だ。ミラは今、歩くための靴を履いているが普段はヒールの靴で城内の限られた部分しか歩いてこなかったはずだ。ここまでは必死に歩いてきただろうが、必死すぎて靴擦れ等に気が付いていない場合もある。もししていれば対処しておかないと酷いことになりかねない。

「足ですか・・・?えっと、っつ!?」

ミラが足を見るように動かすとやはりというべきか靴擦れしていたようで痛みに呻く様な声が飛び出す。

「あぁ、やっぱりか。ちょっと処置するからさ、靴脱いじゃって。ゆっくりでいいよ」

自分の荷物を漁り、救急箱を取り出す。中には簡易の包帯や消毒薬が入っていて、靴擦れの治療に必要なものを取り出す。

「えっと・・・」

振り返れば既に靴を脱いだミラが手持無沙汰の様に足を宙に浮かせていた。そんな彼女に道具を持って近づく。

「ちょっと我慢してくれよ」

ミラの足を手に取る。一瞬だけビクリと彼女が体を揺らしたが気にすることはなく、足全体を見る。

「あ、あ、あの」

「んーごめんね。あんまり動かないでくれ」

ミラの慌てたような雰囲気が伝わってくるがそれに構うことなく怪我している場所を探して処置を始める。彼女の足はやはり自分たちの様な外で生きてきたのとは違い、歩きなれていない事がハッキリと分かる足だ。柔らかく、マメも無ければそもそもの皮膚すら薄い。これで庶民の靴を履けば一瞬で擦れてしまうのは当然だった。踵に至っては真っ白い肌に土汚れと血がうっすらと滲んでしまっている。

「・・・・」

手当に集中しているとミラも落ち着いたのか何の動きも見せなくなった。耳には風が草の間を吹き抜ける音だけが聞こえる。空は青く、燦燦と降り注ぐ陽が丁度よい温かさだ。出来ることなら木陰で昼寝でもしたいと思えるがそんなことが出来るのは当分先だろう。


「よし、これで大丈夫かな。ちょっと靴履いてみてくれ」

両足の処置を終えて立ち上がり、彼女へ声を掛けるが動きがない。まるで置物の様に固まってしまっている。

「姫さん?」

何かあったかと思い、体を屈めて声を掛けるとミラはビクリとおおげさに肩を揺らしてワタワタとした挙動で靴を履いて立ち上がる。

「あ、だ、大丈夫でう!」

ようやく出てきた言葉は若干噛んでおり、両手は行き場がないかのように上下に振られている。どう考えても異常だった。

「いや、本当に大丈夫か?まだ歩くし、何かあるなら」

「大丈夫、大丈夫です!ほら!」

そう言いながらミラはその場で軽く跳ねながら動く。ぎこちなさはあるがそれは疲れ由来のものだろうし、確かに動けてはいる。しかし何処か焦った様な雰囲気だ。

「そ、そうか?なら、まぁいいか」

「はい、大丈夫です。あ、手当、ありがとう、ございました」

勢い任せに肯定しながら思い出したように頭を下げられる。

「いや、いいよ。よし、でも問題ないなら先に行こうか。結構長居しちゃったからな」

「あ、はい」

本人が良いと言うならまぁ、大丈夫だろう。そう結論をつけて下ろしていた荷物を整理し直して背負う。ミラもそれに倣って彼女のバッグ、中には比較的に軽いものが僅かに入ったそれを背負った。別に全部の荷物を背負っても良いと言えば良いのだが何かあった時に彼女自身で水結晶や食料、それに布の類を持っていないと危険が増えてしまう。自分の命を守る道具は自分で持つ。それが外の常識だ。


それから草の生い茂る平地をただ真っすぐに踏み鳴らしながら歩く。あまり歩いた痕跡は残したくないとは思うがミラの事を思えばある程度は均さなければ速度が一気に落ちてしまう。

時折空も眺め、帝国の追っ手が来ていないか確認しながら休憩を多めに取っていく。山にまで辿り着ければ少しは安心できる。それまでは警戒を厳にしなければと、心の中で何度も唱えながら前へ行く。後ろではミラも必死に着いて来てくれているだけに、慣れている自分がしっかりしなければならない。

(なんだか、不思議な感覚だ)

思えばアガパンサス団では自分が一番下なだけによく世話を焼かれてきた。そして今はそんな自分がミラの面倒を見ている。今までと違い、なんとも歯がゆい感じが胸の奥から湧くがその度に過去を思い出して仕方が無い事と無理矢理に蓋をする。少なくとも努力している人間に悪態を突く様な真似はしたくない。


何度目かの日暮れ、ようやく遠くに見えていた山に近づいたと思える場所にまでやってきた。まだ時間は掛かりそうだがここに来て初めて村が見えてきた。ボスが描いてくれた地図にはこの村は記載されておらず、帝都からも結構離れていることもあってか、よそ者が知る機会の少ない場所なのだろうと想像がつく。勿論、帝国が把握していないとは思えないが、僻地に行ってしまえばこういう村はよくあることだ。それこそ払うものさえ払っていれば土地は帝都のような場所でなければ結構空いており、危険と引き換えだが簡単に住める。そしてここに来るまでに帝国の影は見当たらなかった。自分たちの情報が届いていない前提で、運が良ければ空き小屋があれば貸してもらえるかもしれない。そうでなくともちょっとした物資の補充も出来ればそれだけでも大きなメリットだ。一度村から目を話してミラの方へと顔を向ける。

「・・・・」

ミラは地面に座り、少しでも体力を回復させる為か石のように固まっていた。ここに来るまで十分に休憩と日数を掛けてはきたがそれでも彼女は大分限界に近い。治療はしたがきっと靴の中は城から出る時と比べれば見るも無残なことになっているはずだ。勿論、疲れの無い部位も無いに違いない。風呂のようなものは当然無く、寝るのは薄い布を敷いた土の上だ。いくら足で均しても城のベッドと比べれば天と地よりも酷い差があるだろう。身に着けていたフード付きのローブも元の色が残っている場所など何処にもない。ただ、そのお陰で彼女が皇女だと思われる事もない。これなら村人にも、やや不自然ではあるが旅人くらいには思われるだろう。

「姫さん、ちょっと村まで行こうと思う。もしかしたら藁位は貸してくれるかもしれないからね。もう少しだけ頑張れそう?」

「・・・はい。ただ、申し訳ないのですが肩を貸していただけないでしょうか」

座る彼女に目線を併せて話しかければ酷く疲れが滲んだ声が返ってくる。ただ、諦めのような感情は乗っていない。彼女は心までは消して折れていない。見直した、そう言うのは変なのかもしれないが、それでも彼女はここ数日で自分の覚悟をしっかりと見せた。なら後は足りない部分は自分が助けよう、そう素直に思えて直ぐに肩へ彼女の腕を乗せて一緒に立ち上がる。

「ありがとうございます」

「いいぜ。ただ、村に近くなったら少しだけ一人で歩いて欲しい。二人旅で実力差が凄いある様に見られると面倒なんだ」

通常は大人数で旅をする。勿論、大人数ならではのマイナス点というのも存在するがそれを補って有り余る利点があり、様々な旅のリスクと天秤に掛ければ圧倒的に大人数のほうが利口だ。そんな中、二人という少なさだけで違和感なのに片方に寄りかかる様にしていると相手からすれば更に訳アリに見えてしまう。特に地方の村はよそ者に厳しい。村を守るという意識が強いが故に異物を拒みがちになる。これは仕方が無いことだ。それ故に舐められないように、咎められないようにしながらも柔和にしなければならない。

「あと、悪いんだけど名前も替えよう。大丈夫だと思うけど一応な。俺はルークのままで良いから姫さんだけ何とかしよう。何か良い名前はある?」

まさか村の中で姫さん、とは呼べない。しかしミラ、と呼ぶのも聊か憚られる。名前だけなら問題ないがフードで顔を隠すのなら尚の事、皇女と同じ名前は良くない。フードをずっと被っていることは顔に大きな傷があるとでも言えばいい。

「・・・そうですね、安直で申し訳無いのですが逆にしてラミ、ラミィはどうでしょうか。元の名前と違いすぎると反応出来ないかもしれないので」

「いいね。そうしよう。こういうのは単純な方がいいんだ」

悪くない。そこまで聞いた事がある名前ではないが呼びやすく、違和感がある様な名前でもない。これなら顔を直接見られなければ問題ないだろう。

「分かりました。ではラミィと・・・そういえば関係を聞かれたら目的地が同じだった旅人、と返せば良いのでしょうか?」

「そうだなぁ・・・うん、ここではそうしよう。もし動きが悪いことを聞かれたら魔物にやられた、でいいと思う。うん、フードも同じで顔に大きな古傷がある、で押し通そう。声で女、って分かれば向こうも無理には来ないと思う。ま、何とか交渉してみるよ」

そう話ながら村の方へとゆっくりと近づき、向こうからも見えそうな位置になると同時に肩からミラ、改めラミィを下ろして一人で歩かせる。


村は時間のこともあってか夕飯の準備のための煙が幾つか立っている。その匂いは旅を続けてきた自分たちの鼻をくすぐり、胃に訴えかける。やや乾いた口の中には思わず唾液が少し湧きたつ。

「ん、止まれ」

簡易な柵に覆われた村の入口、そこには粗末な槍を手にした忠毛(ちゅうもう)族の門番がいた。門番とは言ったが明らかに只の村人で兵士のように鍛えたん人間には見えない。槍の持ち方も甘く、よく見れば少しだけ先端が震えているように見えた。ここに来るのは精々が商人か、官僚の部下、それもかなりの下っ端だろう事を思えば旅人が来るのも珍しいはずだ。何より通常の国外へのルートからは外れた場所、旅人に扮した野盗の線も考えられるのだから彼の不安はよく理解できる。それ故に彼の言葉に直ぐ従って立ち止まる。

「あぁ、ごめん。俺たち2人で帝都から旅しててさ。ただ、相棒が魔物に足をちょっとやられちゃって、手当したいんだ。だから出来れば一晩、軒下でもいいから貸してもらえないかなぁって」

そう言いながらミラの足を指さす。彼女の服装は汚れて、確かに襲われたようにも見える。

「・・・ちょっと待っててくれ。俺では判断出来ない」

それなりには怪しまれているが野盗らしくない服装ではある。何よりミラがゆとりのあるローブの上からでも分かる程度にはか弱く見えることもあってか多少警戒が下がる。

「あぁ、勿論さ。ただ荷物は下ろしても良いか?」

そう言って背のバッグを見せれば門番の男は頷く。

「いいだろう。だが荷物は検めさせてくれ」

「あぁ良いよ。ラミィ、お前も下ろしな」

そう言いながら彼女の荷物を下ろしてやり、自分の荷物と同様に門番との間に投げる。武器も同様に投げてやれば男の警戒がより下がる。


「・・・そのまま足が悪そうな感じに、俺の肩に手掛けて良いからジッとしててくれ」

門番の男が少し離れて他の村人を呼びに行っている間、小声でミラに言葉を掛ける。そうすれば彼女は小さく頷いて体勢を少し傾けて自分の肩に手を掛けた。そして直ぐに長老らしき年老いた忠毛族を連れて先程の男が戻ってくる。

「・・・旅のお方と聞いておる。ふむ・・・まぁ、良いじゃろう。ただ、武器だけはこっちで一晩預かる。それと同じような者がもう一人おって、その者と同室になる。それで良ければ良いじゃろう」

長老はこちらをジッと見つめた後、意外なことに快諾してくれる。条件も緩いと言えば緩い。不安が無いわけではないが素性の分からない者を村に入れてくれるだけで温情だ。ただ一つ気になることがあった。

「・・・他にも俺たちみたいのがいるのか?」

そう聞けば長老は縦に頷く。

「うむ。聞けばそなたたち同様に帝都から来たらしくな。ただ、道に迷ったと言っておった」

「帝都から、ここまで・・・?」

迷子にしてはあまりにも遠くまで来てしまっている。自分たちの事を棚に上げるようだが凄まじく怪しい。更に帝都から、というのが極めて引っかかってしまう。

「うむ、どうやらキャラバンに着いてきた様じゃがこちらも同様に魔物に襲われてはぐれたようじゃな。まぁ、変な奴ではあったが悪意は無さそうじゃったしな。で、どうする?」

長老が片目を大きく動かし、毛で隠れていた目をこちらに向ける。それを考え込むように動きながら視線をずらしてミラの方へ伺うように顔を向ける。

(どうする?騎士っぽくはないから俺は良いと思う)

(・・・そうですね。私も騎士や追っ手では無いと思います。帝国軍が領内でそんな動き方はしないと思うので・・・)

(じゃぁ決定で)

「一晩、お世話になります」

二人で頭を下げる。そして荷物は一度検める為に門番の男が拾い上げ、そのまま彼の案内で今日、一緒に泊まる相手の顔を見に行くことになった。



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