15話
「んん・・・朝か?」
少しだけ慣れない寝床の感触に呻く。どうやら周りの物音で起こされたらしく、テントの外からそこそこの音量で物音が聞こえる。重い瞼はそのままに、徐々に眠気が頭の奥からじんわりと晴れていくような感覚がした。そして大きな欠伸と共に眠気の欠片が吐き出されて、濡れた瞼を擦って体を上げるころには意識もハッキリとした。
「そうか、夜番が無かったからな」
堅い場所で寝てしまった故のコリが背中に残ってはいるが帝都を脱出してからの疲れはしっかりと抜けきった。これなら今日からの過酷な旅に耐えられるだろう。勿論、2人旅というのは心に不安を芽吹かせるが、それでもやり切る覚悟は昨夜に終わらせた。一つ首を振って気合いを入れ直す。
「腹減ったぁ」
テントから出るといい匂いが周囲に漂っており、自分と同じように匂いと物音に釣られた家族たちが同じようにゴソゴソと周りのテントの中で動いているのが分かった。逆に最後の夜番だった連中は朝の支度を進めている。今日は兎に角腹いっぱい食べておきたい気分だ。暫くまともに食事が出来るかは分からないし、オリヴァーの飯が食えなくなってしまう事は確定している。それだけでなく、家族とも暫く会えないのだ、大袈裟に嘆く様な事はないがそれでも一抹の寂しさが有るのは事実だ。
「おぉ、起きたか」
光に集まる蟲の様に匂いを辿って行けばオリヴァーが大鍋を掻きまわしており、その周囲では早く起きた面子がそれぞれに食事を取っているのが見えた。今日はいつも通りにスープとパンのようだ。
「おはよう、オリヴァー。今日は腹いっぱい食いたいから多めに頼むよ」
そう頼めばオリヴァーは一つ頷き、皿に具材をたっぷりと盛ってくれる。今日のスープはトマトに豆のスープのようだ。匂いのキツイものは勿論のこと魔物のようなゲテモノは一切入っておらず、どの種族でも満遍なく食べられるいつものメニューだ。別に自分としては食べられればなんでもいいが癖の少ない食べ慣れたスープ、それがなんだか有難く感じた。
「パンはそっちにあるから好きなだけ食えよ」
オリヴァーの言葉に頷き、手にいくつかパンを取って周囲と同じように地べたに座って食事を始める。そうしていると次第に全員が起きてきて、自分と同じようにオリヴァーから朝食を受け取り、自然と大きな円を描くように座って思い思いに過ごしていた。とても今から過酷な逃亡生活になるとは思えないほどにゆったりとした朝だ。
「おはようございます」
食事をしていると前からミラが手に朝食を持ちながら挨拶をしてくる。その足取りは悪くなさそうに見えた。
「おう、おはよう姫さん。調子は?まぁ、座りなよ」
軽く返事をしながら自分の横を軽く叩く。そうすれば彼女は少しだけ戸惑いながらも恐る恐るといった雰囲気で地面に座り込んだ。
「・・・?あぁ、地面は初めて?」
酷く馬鹿のような質問だ。しかし彼女の立場を思えば左程変ではない。それに思い返せば丸太などを椅子にしたことはつい最近あったが敷物すらない完全な地べたに座るのは彼女はきっと初めてだろう。
「はい。なんだか不思議な気分です。でもこれから暫くはこうなのでしょうね」
そう言いながら食事を口へ運ぶ。やはり彼女はその場に適応するのが速い。勿論、覚悟してきたというのもあるだろうがそれ以上に芯の強さを感じさせる。
「はは、そうだな。流石に机と椅子はその場で見つけるしかないな。それに食器も火を使わなきゃ用意しないかなぁ」
軽口を叩きながら皿のスープを飲み干す。温かい食事は体の奥底から力を湧かせてくれる。しかしこの温かさも暫くお別れだ。なにせ生の食材は持ち運べない。水は有限で焚き火だって案外難しく、リスクが目立つ。最後に皿に残ったスープをパンの欠片でこそいでから口へと放り込むと少しだけ膨れた腹を叩く。
「今日から3日、多分姫さんにとって滅茶苦茶しんどいとは思うからしっかり食べとくといいよ」
「3日、ですか?」
「そう3日。足は棒、腰は痛むし、肩の上には重りが乗ってるんじゃ無いかって思う位には大変だと思う。その後から少しずつ、慣れるって感じかなぁ・・・俺もそういった経験があるけどやっぱり初めて長距離歩くのは大変だったよ」
スラムで拾われた時から基本は船の中で生活して移動していたが、時には歩かなければならなくなる事も珍しくなかった。特に地方を巡るなら安全な場所に船を置いておいて歩き回る、そんな事も有った。そういう時は全員が荷を背負い、荷車も引っ張って整備されていない場所を歩く。初めての時は思わず涙が出そうなほどに足や肩が痛かった。
「そうなのですね。では私はもっと大変かもしれません・・・」
ミラが手を止めて不安げな声音を出す。確かにスラムにいた自分と城にいた彼女では基礎体力に多少は差が出るだろう。尤も当時の自分はガリガリだったことを思えばあまり変わらないかもしれない。
「ま、俺もフォローするからさ。そこまで気にしなくても良いよ」
「はい、よろしくお願いします」
自分がかつて掛けられた言葉を彼女へそのまま伝えれば丁寧に頭を下げられる。相変わらずフードは被ったままで何もない野外だが彼女の育ちの良さは隠せそうにはなかった。
そして全員の食事が終わり、荷物を纏めて最後の話し合いを始める。既に全員が次の行動を把握している為に会議というよりは確認の意図が強い。今もボスがいくつかのグループに分けた仲間に仮の予定と行程を指示していた。何事もなければここで別れた後、順次全員がその通りにバラバラになっていくだろう。
楽器や重要な物を持っていれば出来るだけ平坦で人気の無い道を、逆に身軽で囮が目的なら目立つ道や帝国が想定してそうな逃げ道から少し逸れた道などグループの能力を鑑みてうまく分けてある。勿論、全員が生きて再び会えるようにそれぞれ余念はない。
「良し、最後にルーク、お前たちはこの地図を持っていけ」
名前を呼ばれてボスの下へミラと一緒に近づけば地図を手渡される。地図は急いで描いたのか幾分大雑把なものだったが周囲の地形をもとに方角が分かる様には描かれている。また、予定の洞窟や村、最悪全部徒歩になった場合のアスケラへの行き方まで書かれていた。これが有れば細かい部分は手探りで探す必要はあるだろうが簡単に迷う事も無いだろう。
「ありがとう、ボス」
地図とメモから顔を上げて礼をすればボスは一つ頷いて返す。そして最後の話をしようと全体に向けて顔を向けた瞬間、ミラがボスへ声を掛けた。
「申し訳ありません。少しの時間で構いませんので、お時間をいただけないでしょうか?」
「あ?何かあるのか?」
「はい。お別れになってしまう前に、皆さんにお礼がしたいのです」
ミラがそう言えばボスも止める理由がない。彼女の言葉に軽く頷いて改めて全員へ声を掛ける。
「おい、お前ら!全員こっち向け!」
その言葉に各々が顔を上げて視線を一気に向けてくる。そしてボスがミラの方へ目だけで合図すると彼女はそれに答えて一歩前、全員の視線を受ける場所に立つ。その姿には気後れのような物は感じられず、人の前、人の上に立つ皇族の威が感じられた。
「皆さん、貴重なお時間をいただきありがとうございます。そしてここまで私を連れてきてくれた事へ重ねて感謝します」
そう言いながらミラは深く、頭を下げる。彼女の本来の立場からすれば数えるほどしかしたことが無いだろうその動作は見るものを不思議と引き付けるモノがあった。ただ頭を下げた、それだけで人の視線を引き付ける事が出来るのは彼女が間違いなく帝国の姫だった事の証左だろう。
「これから私の為に危険な道を行く皆様に私が出来るのはこの程度しかありません。既にこの身ではお金も権力も差し出すことは出来ません。皆様の無事を祈ることしか出来ぬ身、しかし必ず、必ず目的を達し、その暁には皆様の、アガパンサス団の名誉を取り戻せるように働かせていただきます。本当に感謝申し上げます」
そう言いながらミラは頭を上げると同時にずっと深く被っていたフードを取り払う。それに驚いて全員の目が彼女の動きに吸い寄せられてしまう。
露わになったのは一度見たら二度と忘れられず、目が勝手に惹き付けられてしまうような年頃の少女の顔だった。美女というにはあどけなさが残るが蕾かと問われると首を傾げてしまう印象の顔立ちで新雪のような肌は背景すら透けて見えるのではないかと思えてしまった。一々彼女の顔のパーツを取り上げて、如何に彼女が美しいかを語るのがあまりにも無粋に思える程で左右でまったく同じの整った顔立ちは精霊種の完成系にも思えた。
「ここまで顔を見せなかった非礼をお詫びします」
そう言いながら再び軽く下げられた頭の動きに併せ、今までフードの中で無理矢理に纏められていたのだろう長髪が風に棚引いて揺れる。彼女の髪は儚げな顔立ちに反するように派手で、見る角度によってキラキラと輝きながら違う色を見せる。様々な精霊種の血を引き継ぎ、重ねた歴史が奇跡のバランスで成った七色の髪色は彼女が確かな貴種であることを示した。そして風に揺れた髪の隙間からはやや尖った長耳が見える。
「あ、あの・・・」
沈黙が満ちた空間に先程の雰囲気が無くなったミラの戸惑う声が通る。そこでようやく彼女の素顔に固まっていた全員が思い出したかのように騒ぎ出した。
「あ~、とだなぁ」
一番近くにいた自分が彼女に声を掛けようとした瞬間、津波のような勢いでやってきた団の女性陣に跳ね飛ばされてたたらを踏む。
ミラの美貌に惹かれたのか、或いは美と女性が切り離せないが故か、素顔を晒した彼女は演劇やメイク担当の者を筆頭に自分も聞いたこともないような早口で捲し立てられていた。元より明るい性格の者が多いとはいえ、祭の様な騒ぎになるのはミラを筆頭に予想外、密集した人の中心で慌てながら周囲の疑問に答える彼女の声がうっすらと聞こえてくる。
「あ~、直ぐには無理だな・・・」
同じように跳ね除けられたボスが呆れたように口を開く。確かにボスの言葉はこの団では最も重要視され、皆従うが美に熱狂した女性を止める術までは持っていないかった。
「よぉし、テメェら落ち着いたな。姫さんももういいな?」
騒ぎから少しして、ボスがそう言いながら団子状態の団員を強制的に解散させて口を開く。騒いでいた女性陣たちはまだ喋り足りないとばかりに不満顔、それこそあのヱヴァですらまだ話したり無さそうにしているのだから、よっぽどミラの美貌は人を惹きつけてしまうようだった。確かに今、服や髪を手櫛で直している姿も様になっており、自然と目が行ってしまう。そして再びフードによって顔が隠されると同時に女性たちからは溜息が零れる。半面同族ではない男性陣は美しいものを見たな、程度の反応だ。精霊種の男もいるが逆に彼女の高貴さをより理解してしまうのか一歩、何なら二歩は引いた形で行方を見ていた。
「は、はい。騒がせてしまったようで申し訳ありません」
フードを被った事で落ち着きを取り戻したミラがボスに頭を下げる。それに対してボスは気にするな、とでも言うように手を軽く振った。そして全員に向き直る。
「よし、テメェら!もう時間だ。必ず生きて、アスケラ王国で再会だ!落し物はいらねぇ、必ず全部持って来い!解散!」
ボスが右手を握り、振り上げる。それに併せて全員で右手を振り上げる。また生きて皆で会うために、アガパンサス団はそれぞれの旅路に向かった。
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