14話
「やっぱ、無理が過ぎたかぁ」
ボスが後頭部を掻きながらボヤくのを後ろから眺める。森の死から脱出した迄は良かったが墜落した船の修理を一晩で熟すのは流石のアンガスでも不可能だった。そもそも肝心の動力やコアが生き残っていたからとは言え、船自体に穴が空いており、その部分を無理矢理塞いだだけだ。勿論底の部分も墜落時に損傷していることもあって、少しでも高度を出せば強風に煽られてあっという間にバランスを崩して酔っぱらいのような軌道で空を飛ぶ羽目になった。当然速度が出るはずもなく、地を進むよりは速いが空にいる為に逆に見つかりやすく、そして帝国の追っ手に見つかろうものなら一瞬で捕まってしまうと確信できてしまった。そういう意味では再び不時着したお陰で踏ん切りも付き、よかったのかもしれない。
「流石に無理だったでやんす。仕方ないでやんすね」
不時着した船の様子を見ていたアンガスが戻ってきてため息を吐く。彼でお手上げならどうやっても無理だ。全員で顔を見合わせながら深いため息を吐く。分かってはいるし、飛んでいた機動を思えば歩いたほうがメリットが多い。でも歩いて他国に行くことを思えば憂鬱にならざるを得ない。
「こっからどうすんだ?」
アッシュがボスに問いかける。今はまだ帝国領の中だ。幸い追っ手の影はまだ見えてはいないがそれも時間の問題だ。何せ船はもう飛べず、結構な規模が地上で固まっているのだから探すほうは実に自分たちを見つけやすいだろう。早くに進路を決めて動き出す必要があった。帝国はそんなに鈍くはない。今の安全はたまたま自分たちが軍隊と比べて身軽な存在だからだ。
「もうちょっと待て」
ボスは腕を組みながら思案顔を浮かべる。いずれにせよ、今日はもう夕方で行動は難しい。船を廃棄するにしても核となる部分は持っていかなければならない。これだけが簡単に用意するとは言えない。それだけでなく、ショーの道具なども全部を捨てるわけには行かない。一旦船の外には出したが、ここから選別して荷車に乗せるのはそれなりに時間がかかる。
「ん?姫さんか」
焚き火で料理をしていたオリヴァーの声に釣られて目をテントの方へと向ければここまでずっと寝ていたミラがテントの外に出てきたのが見えた。近くの医療班が彼女と何か喋っているが内容は聞こえない。
「無事かなぁ・・・」
思わず声が漏れる。彼女と喋ったのは当然魔物に攫われる前が最後だ。気になってジッと見続けてしまう。
ここから見える彼女は少しばかり気怠そうにはしているものの、しっかりと自分の足で立っており、相変わらずフードで顔は隠されているが医療班と会話する姿に異変のようなものは見られない。そして会話が終わったのかこちらに顔を向けた彼女と視線が合う。
「おーい」
手を振って呼び掛けてみればミラは医療班に一つ頭を下げてからこっちに近寄ってくる。
「もう大丈夫なのか?」
近くまで来た彼女にこちらからも近づいて話しかける。
「はい。まだぼんやりとはしていますが」
彼女の言葉に頭を下げる。
「ごめん、一緒に居たのに怖い思いさせたよな・・・」
そのまま頭を下げ続けるが不思議と彼女からは困惑と焦りが混じったような声が返ってくる。
「い、いいえ。もともと私が着いていきたいと我儘を言ったせいです。それよりも助けてくださったのでしょう?こちらこそ、申し訳ありません」
地面に見えていた彼女の影が自分と同じように頭を下げる様に動いたのが見え、慌てて頭を上げる。
「いやいや、あれは俺が油断してたんだ!だからミラのせいじゃないよ」
「しかし、私から言い出したことですから」
やんやとどっちが悪かったかで言い合ってしまう。そんな自分たちを見かねたのかボスの声が割り込んできた。
「おい、どっちが悪かったかなんて後にしろ。それよりこっちに来い」
その声に互いに何処か罰が悪そうな顔をするが確かに決着がつきそうにもなく、並んで焚き火の前に戻る。
「で、姫さんはもう大丈夫なのか?」
「はい、明日には体調も戻るとのことでした」
ボスが改まった様に聞けばミラが頷く。幸い彼女が吸い取られた魔力は見た目よりも少なかったらしく、物理的な傷も無かった。流石に詳しい事は分からないが彼女自身、皇族の精霊種らしく質も量も高かったようで、体調が悪く見えたのは魔力を吸われる、という行為自体が初めてだった事と体力が無かった事が原因だったようだ。
「そうか、なら良かった。さて、明日からだが俺たちは幾つかに別れて行動する」
ボスはミラをテントへ戻すこともなく話始める。
「見ての通り、俺たちの船は限界だ。流石に置いていくしかない。まぁ帝国にバレた以上、名前と見た目は替えなくちゃならなかった事を思えば対した事じゃねぇ」
そう言いながらボスは後頭部を掻く。明るく言ってはいるがその表情は面倒そうだ。まぁ、本来なら一気に船で国境を越えたかったが本音だ。
「でだ、その上で俺たちがしなくちゃいけないのは船の修理っつうか製造、道具の運搬、そして姫さんをアスケラ王国迄連れていくことだ」
最後の言葉にその場の視線がミラのほうへ吸い寄せられる。しかし人の視線には慣れているのか、彼女が怯むような事は無かった。
「俺たちは兎に角、姫さんをアスケラ王国にいる俺たちのスポンサーに連れて行かなくちゃならねぇ。それが依頼だ。そうだな?」
ボスがミラに問うように声を掛ければ彼女はゆっくりと、しかし確実に頷いて返事をする。
「はい。私、ミラ・セイリオスは貴方たちアガパンサス団へアスケラ王国への亡命を依頼しました」
そう口にする彼女の声は今までの会話では聞いたことが無い声色で、大国の皇女らしいと言えばいいのか、堂々と、人の前に立つべき人、そんな雰囲気に満ちていた。
「ま、そういうわけだ。んでもって俺たちは今から大きく2手に別れた後、細かく分かれて各々の仕事をこなす。片方は姫さんとアスケラへ真っすぐに行く本命、もう片方は船の核を持って造船が出来る場所へ行くアンガスの部隊だ。こっちは囮も兼ねるから本命以外は全員一緒に進む。で、途中で分断だ」
「全員で移動って訳には行かねぇのか?」
ボスの言葉にオリヴァーが反応する。確かにまずは全員で移動しても良い様に思える。しかしボスは首を横に振った。
「いや、流石に派手に事を起こしてるからな。このあたりで目撃者が居ないとは限らん。そもそも、俺たちの船は特徴的だ、道中での目撃はあるだろうよ。それに人数が多いと進みがどうしても遅ぇ。痕跡も増えるしな」
「まぁ、そりゃそうだな。俺たちがある程度荷物持ちしても裏方の体力がなぁ」
アッシュがぼやく。確かに旅はしていても普段は船の上だ。となれば舞台での動きが少ない仲間はどうしても歩みが遅くなるのは避けられない。
「で、ボスは面子は決めてるのか?」
「あぁ、もう決めてある。ルーク、お前が姫さんをアスケラまで連れていけ」
ボスに聞けば直ぐに答えが返ってくる。しかし呼ばれたのは自分だけだ。
「え、俺だけか?」
「あぁ、お前と姫さんだけだ」
聞き返してもボスの答えは変わらない。これには他の仲間も驚きを顔に浮かべた。
「まぁ、待て。理由は色々ある。この中ではルークが一番、身軽で応用も効く。食事も満遍なく取れて、種族的な制約がねぇ。それにこの中で一番、姫さんとコンタクトが取れる」
ボスはつらつらと理由を述べていく。成程、確かに自分がこの中で一番癖が無く、今一番役目が無かった。
アンガスは言わずもがなだ。船の修理と造船に彼は欠かせない。そもそも船のことから離そうとしても離れないだろう。オリヴァーは食事に物資の管理役だ。今のような非常事態に彼のような忍耐強く、文句を口にすることもなく下を支えられる者は重要だ。アッシュは一見アリだが彼自体は言わば船のエース的存在だ。精神的支柱に見ているものは多く、それに見合うだけ出来る事も多い。それこそ最初に切るには勿体ない。そうなれば確かに一番自由なのは自分だった。それにボスが言ったように種族的な制約がない。
爪に牙はそこまで問題にはならない。しかし全身を覆うような体毛等はきっちり手入れをしないと蟲が着いたり、独特な病気にかかったりする事がある。また食事も種族ごとに受け付けられないものも案外ある。その点、自分は体には毛が無いために手入れは難しくない。髪は全身の毛に比べれば左程だ。爪も時折ナイフで適当に削れば良いし、食事もあくまで好みの範疇に収まる。ボスの言う通り、目立ったものは無いが大きな弱点も無い自分は何があるか分からない歩きの長旅には適している。
「まぁ、制限は少ない、か・・・だが2人なのは厳しくないか?姫さんも旅なんかしたことが無いだろう?」
納得は示しつつ、オリヴァーが懸念を口にする。そう言われれば確かにそうだ。ミラに旅の経験があるとは思えない。
「はい、私は国はおろか城からもあまり出ません。帝都から出たのも初めてになります。しかし、あの城を出る、そう決めた時に覚悟していた事です。足は引っ張るでしょうが、それでも成したいと思います」
ミラが確かな強さを持って口を開く。路上生活の経験からするとそのぐらいの覚悟は簡単に吹き飛んでしまいそうに思えてならない。それでも今の彼女は自分の足で歩く覚悟を決めたところ、冷や水を掛けるのは少し憚られた。何より、それを否定するほどの代案を持ち合わせていない。
「まぁ、お前たちの懸念はよくわかる。だが何も全部歩けって言ってるんじゃない。幾つか当てぐらいはある」
ボスがそう言いながらおおざっぱな世界地図を広げる。そして話に沿いながら指を動かしていく。
「まず俺たちが今、居るのは此処、帝都からほぼ真っすぐに来た形だな。ただ、帝国を囲むようにある山を抜けられなかった。だからこの山は何とかして超えなくちゃならねぇ」
帝国は帝都がある場所こそ平地だが国境へと向かうたびに険しい土地が無数に広がっている。その第一として帝国の領土と他国を分割するようにして聳え立つ無数の山々があった。これが他国の侵入を大きく拒み、守るべきラインとして機能していた。帝都以外の村もこの山より内側に多く存在している。
「この山だが真っすぐ登るのは難しい。だが此処、この山には抜け穴がある。そこを通ればある程度楽に行けるはずだ」
「そんなモンがあるのか・・・だが帝国も把握ぐらいしているんじゃないか?」
「まぁな。だがこの抜け道は高位貴族なんかが緊急時に使う想定がされた場所だ。そもそもあまり知られてねぇし、最初に見るようなもんでもない。だから急げば普通に山を超えるよりも安全に行けるはずだ」
アッシュの疑問に何処から仕入れたのか分からない情報を当たり前のようにボスは口にする。
「でだ、此処を超えてアスケラの方へ真っすぐ行けば今度は国境を超える飛空艇が一時的に着陸する村がある。ここで船に乗って国を完全に出て行くって寸法だ。勿論、乗るときには警戒が必要だ。ま、運しだいだな」
「そんなとこに船なんか降りたか?」
「何も無ぇ村なんだが、何故か帝国から定期的に船が降りてるらしい。アスケラに直接は行かねぇし、死ぬほど胡散臭いがチケットが有れば乗れる。その村で交渉すれば買えるはずだ」
「まぁ・・・流石に歩きだけで行くのは難しいかぁ・・・怪しいなぁ」
ボスとオリヴァーの会話に苦笑いを浮かべながら割り込む。しかし背に腹は替えられない。それにチャレンジした結果、乗れれば一気に帝国を脱せる、そう思えばリスクとは見合う。
「とまぁ、予定で言えばこの感じだな。囮はその都度、様子見しながらだな。何か他に疑問があるか?」
少しばかり今の話を整理しながら考える。自分とミラはここから2人で抜け道と運しだいだが帝国の定期便の船に乗って国外に脱出、それから最後は再び徒歩でアスケラへと向かう。避けるべきは帝国の軍隊や諜報に見つからない事だけだ。そして他の仲間はそれぞれの役目を果たすついでに囮として分散しながらそれぞれに国外脱出を目指すことになる。集合場所は変わらずアスケラの本拠地で何時会えるか、そして生きて会えるかは全員運任せになるだろう。しぶとい連中ではあるが相手は帝国、どうあっても不安は残る。かと言ってもはやリスクを抱えずに行動は出来ない。
「ねぇみてぇだな。そう言えば姫さんはこいつと2人でもいいか?」
ボスが思い出したようにミラの方へと顔を向ける。それに対してミラは力強く頷き、こちらへ一度顔を向け、また戻す。
「よし、なら明日にはもう動く。全員良く寝ろ。特にルーク、お前は夜番はやらなくていい。それよりも明日からの旅に備えろ。もうミスは出来ねぇぞ」
そう言いながら視線を向けてくるボスの目には森での失態を咎めるような意思と激励が見えた。
「あぁ、もうしないよ。姫さんも、今度は約束、守るよ」
そう2人に言えば頷きが返ってくる。この信用と信頼を失う事だけはもうしたくない。決意を新たに、明日のためにテントへと向かった。
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