12話
自分の胴体よりも遥かに太い2本の触手がうなりを上げて眼前に迫る。当たり所の話も出来そうにない。正面から当たれば何があっても死んでしまう。但し、結構な速さこそ持ってはいるが元が大きいだけに見失うことは無い。先端を直接見るのではなく根元から予測さえすれば避けることは出来そうだった。その点で言えば身軽な自分にとってはそういうアトラクション、あるいは変則の縄跳びと思えば気が幾分楽になる。
「まずは一撃!」
魔物に肉薄して大きな花弁を支える花托へと肩に乗せたままだった双刃剣を横に振りぬけば魔物に一筋の横線が引かれた。しかし中身がぎっしりと詰まったキャベツのような手ごたえがあるだけでダメージを与えた実感が湧くことはない。切り口から見える中身も緑色の葉っぱが犇めいているようにしか見えない。
「ん~ダメか」
攻撃と観察を早々に終わらせ、急いでその場から飛びのけば魔物の影が自分を追いかけるように伸びてくる。そしてもともと居た場所に魔物は倒れ込んだ。どうやら多少は動けるようで、張り付くことは難しそうだ。大きく移動することは無さそうだが遠距離の手立てがないだけに、手持ちの武器で魔物を倒す、というのは困難に見える。やはり爆弾しかなさそうだ。
「オラァ!」
倒れ込んだ魔物に向かってアッシュが跳び込んで真っ赤な花弁へと長剣を振り下ろす。しかし花弁も花托と同様に切れ込みを作るだけで何かのダメージになっているようには見えない。精々、変な汁が漏れてきただけで大きなリアクションがない。ここに来るまでに戦った草木じみた魔物たちと同様に痛覚がないように見えた。
「・・・まぁそれ以前の問題か」
手元の武器を見て呟く。そもそも自分たちの武器が相手の大きさと比べて明らかに小さい。一番大きな武器を使っている自分でも相手からすれば楊枝のようなものだろう。
「右いくぜ!」
自分と同じように効果なしと判断して飛びのいたアッシュに声をかけてから魔物を軸に右へ回り込むように走る。そうすればアッシュも直ぐに意図を察して左へと回り込む。どのみち本命はオリヴァーの爆弾だ、それを通せれば自分たちの役目は半分達成、その後は出来るだろう隙をついてミラを助け出せば良い。何もこんな魔物と態々向き合ってやる必要はない。帝国から彼女を攫うよりは簡単、そう自分を鼓舞しながら振り回される触手を丁寧に避けていく。
自分の周囲をちょこまかと動かれるのが鬱陶しいのか、魔物はこれと言った狙いを付ける事も無く、遮二無二に触手でハエを追い払うように振り回す。これは相手の近くに踏み込んでしまえば避けやすくなるがそこからの手立てが自分たちにない。かと言ってそれらを無視し、離れて木に登ってから上のミラへ近づこうとすると途端に精度を高めた一撃を放ってくる。そのせいでどうしても攻めあぐねるような空気が蔓延してきた。それだけでなく、今は周囲にいる自分たちにヘイトを集められてはいるが相手が攻撃の狙いをきちんと定めないだけにオリヴァーも簡単には近づけない。特に彼は大柄で戦闘職でもない事もあってか機動力が何枚か落ちる。当初の作戦以外の打開策が求められた。
「あぁ!鬱陶しい!」
声を荒げ、強引に近づいては側面から切り付ける。しかし大きな傷にはならない。花托はいくら切っても中からは折り重なった葉の断面が見えるだけで効果が見込めない。中を搔きむしってやろうかとも思うがその前に倒れ込んでくるためにそれも出来ない。
「オリヴァー!近寄れないのか!?」
飛び退きながらオリヴァーへと目線を動かせば魔物に何とか近づこうとしているのは見えるがその成果はいまいちだ。かと言っていくら急かしたところでどうにもならない予感があるだけにもどかしい。当初の予想よりも遥かに魔物の抵抗が激しく、シンプルな行動が逆に厄介さを生み出している。勿論一番の原因は爆弾以外の物理攻撃に期待が出来ないことだ。そして奥歯を噛みながら攻めあぐねていると突然、魔物がその巨体を笑いを無理矢理に抑え込むような動きで揺らす。
「離れろ!」
何が起こるか分からないが今までにない行動なだけに警戒心が湧きたつ。万が一、その開いた花弁の中央から毒のようなものをばら撒くような事があれば致命傷もあり得る。即座に全員が離れ、次の行動に目を凝らせば魔物の上空、檻の中に捕らわれたミラの周囲に光の泡のようなものがいくつも現れる。そして次の瞬間には吸い込まれる様にして魔物の口に光が飲み込まれて消えていく。すると自分とアッシュが切り付けた傷が巻き戻されるようにして再生してしまった。
「メンドクセェなぁ・・・」
大きな舌打ちと共にアッシュが苛立たし気に呟いた。でもそれを気にする余裕は無く、視線はミラの方へ向いたままだ。
「魔力を吸い取ってるのか?」
だとすれば非常にまずい。自分には魔力なんてものは関係ないが魔力を持っていることが基本の種族であれば奪われてしまうのは非常に不味い。特に精霊種のミラは魔力の枯渇は死に関わる。彼女たちは獣種と比べて生命と魔力が深く結ばれており、魔力持って生まれた獣種なら気怠いぐらいで済むだろうが精霊種は実質命を吸われているに等しい。
「・・・腹くくるか」
オリヴァーが若干うんざりしたような感情と共に吐き出す。彼には不得意なことを任せてしまった自覚もある。勿論そんなことで謝罪しようものなら気にするなと頭を叩かれるだろうが。
兎に角、予想が外れていたとしても時間と回数を重ねてしまうのは不味いということだけがハッキリとしていた。口を引き締め、背に双刃剣を掛け直すと前傾姿勢を作りながら足に力を籠める。
「俺が真っすぐ姫さんの場所まで行く。もともと俺の不注意だ。オリヴァー、爆弾くれ」
自分が一番身軽で速い。時間も掛けられないならば真っすぐ、危険に跳び込む覚悟が必要だった。
「・・・出来んのか?」
虚を突かれた様に少し溜めてからアッシュが疑問を口にした。それに頷いて答える。
「これ以上、彼女を傷つけたくない。それに自分の不始末位、自分で片づけるよ」
「まぁ、良いか。オリヴァー、渡してやってくれ」
左手にオリヴァーから渡された爆弾たちの重みが乗る。後は取り付けられた蓋を押し込んで爆発寸前の物を相手の口に入れるだけだ。直ぐに使えるように左手でしっかりと握りこむ。起爆するのは1つ、後は連鎖してくれる。
「じゃぁ、行ってくるぜ!巻き込まれるなよ!」
一息に飛び出す。今度は人と連携する事は考えず、自分に集中する触手さえ避ければ良い。ただ、真っすぐに、ミラの下へ駆けていく。
視線の先では魔物が吼えるようにその体を揺らす。そして的も一つになった影響からか触手がさっきよりも精度を上げながら拒絶するように蠢く。しかし、これ自体は狙い通りだ。飛び上がり、屈み、体を捻らせながら触手の側面ギリギリを沿いながら避け続ける。さっきよりも速いだろう、力強いだろう、だが自分を真っすぐに狙っているだけなら回避に集中する限り当たらない。自分に言い聞かせながら生と死の狭間を行き来する。
顔の直ぐ近く、体の横を死が通り抜ける。それでも恐怖はない、それよりもミラを少しでも早く助け出す、彼女が自分の目の前で攫われた時から心に巣くう焦燥感がここに来て良い形で足を動かし、心を占めながら活力に変わっていた。
そして一切の被弾なく、真っすぐに魔物の近くにまで辿り着く。それでも足を一切止めることなく、魔物の側面へと足を掛けて蹴りつけながら駆けあがる。丸みを帯びた体でも元々が大きいだけに隙間や出っ張りが無数にあり、曲芸をするのと変わらない。少し難しい梯子登りというだけ。相手の体が硬くはないのもあって、最悪背に背負った武器を突き刺せばいいという考えも心を軽くした。そして爆弾を握っている左手を除き、右手と両足でスルスルと登りきると花弁の上に立ち、魔物の開かれた口まで一気に辿り着く。
「あばよ」
手に持った爆弾の起爆スイッチを押し込む。直後、手に熱さがじんわりと湧き出し、凄まじい速度で過熱されていくのを感じると同時に全部の爆弾を口に投げ込む。そして爆発に巻き込まれないように花弁の上を全力で走り、近くにの木に向かって飛び移り、ミラの場所を目指す。魔物の触手はそんな自分を追いかけるように迫ってくるが一瞬、魔物の口が光ったかと思えば火山が噴火したような爆音と爆風が吹きあがる。
「うぉ!?入れすぎた!」
自分でやったにも関わらずその威力に驚く。普通は爆発と共に周囲へ爆風が拡散するのだが魔物の口の中という砲台のような構造だったからか、爆発するとともに1つの逃げ場に火力が集まって予想以上の風を生んだ。
魔物の口からは離れているはずなのに爆風に煽られて体が浮くような感覚がする。しかしそれと同時に背を地面に向けて木を蹴り、上を目指す。そうすれば爆発で生まれた風を背で受け止める形になり、上へと駆けあがる速度が増した。但し、背中を襲う熱さは正気ではない。だからこそ自分の足を今までにないくらい回して木を駆けあがっていく。
「姫さん!」
遂に辿り着いたミラの檻、彼女の顔は相変わらずフードに隠されて見えないが辛そうだと思うほどにぐったりとしており、全身で大きく呼吸をしていた。そもそもこれ程の爆音が響いているのにも関わらず起き上がれないのはよっぽどだ。
「邪魔だ!」
直ぐに彼女の周りを囲う蔦を切り裂きながら中に踏み込む。そして彼女の体を抱き上げると力の抜けた人間特有の重みが手に伝わる。ここまで来て彼女の声一つ聞こえず、身じろぎすらしないのは心配になるがそれを気にする余裕はなく、直ぐに足元が揺れて浮遊するような感覚がやってきた。本格的に魔物が爆弾によって、壊されている証拠だ。
「間に合ってくれ!」
切り裂いた部分から飛び出せばその直後に先程まで入っていた檻は重みを完全に失った事で、爆風の煽りを受けて大きく上へ千切れていく。同時に足元からは煌々と燃える魔物とその熱が全身を炙る様に叩きつけて来た。
飛び出した先、近くの樹木に足を掛けて挟み込むようにして踏ん張ると同時に速度を調整しながら滑り落ちて行く。元の高さからそのまま落下してしまえば流石に助からない。しかしいくらミラが軽くとも2人分の重みは如何ともしがたく結構な速度で滑り落ちてしまう。
「オリヴァー!」「おう!」
しかし足元にはアッシュたちが危険を承知で駆けこんでおり、自分たちを受け止める様にして構えていた。そして出来る限り足で踏ん張りながら滑り落ちていき、下にいる2人に衝撃を殺してもらいながら地面に全員で倒れ込む。
「し、死ぬかと思った」
背中を多少なりとも打った影響で体を痺れさせながら声を漏らす。無事とは言い難いが骨を折った感覚もなく、直ぐに立ち上がれば下敷きにしてしまった2人も立ち上がる。
「あぁ、間一髪だな。姫さんも無事か?」
腕の中のミラを覗き見るがこれだけの騒動があって尚、気怠そうに大きく呼吸をしながら、ぐったりとしたままだ。まるで猛暑の日にマラソンでもして倒れた人の様だ。
「何とか、な。でも早く安全なところで寝かした方が良さそうだ」
腕で抱えたミラを武器を下ろした背中に乗せ直す。流石に腕で抱えて森を抜けるのは難しい。背負うにしても出来れば紐ぐらいは欲しいが贅沢は言えない。
「野郎は、流石に死んだか?」
魔物の方へ視線を向けていたオリヴァーが呟く。魔物は既に全身が焦げ、燃えていない部分もぐったりとして力が抜けている。ここから動く様には見えない。
「まぁ、大丈夫だろ。それより・・・」
早く船に戻ろう、そう言いかけた時だった。森の中に一陣の風が吹き抜け、全員の頬を撫でる。しかし風は気持ちの良いものではなく、不吉を告げるような風だ。
「不味いか。森が死ぬ」
アッシュが焦ったような声を出す。しかし無理もないことだ。
「主だったのかよ!?急ごう!」
森の主。ある程度大きな森になると主が生まれる。主は森と連動して生きており、主が死ねば森が死ぬ。その際に森の中にいる者は森の死に巻き込まれ、新たな森の栄養にされてしまう。いわばサイクルであり、自然に主が死んだのでなければ森の最後足掻きとも捉えられる。いずれにせよ急がなければ自分たちも森になってしまう。
「ちくしょう!」
戦闘が終わった直後にも関わらず、さっきまでよりも遥かに必死の形相で森から脱出することになった。
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