ハンバーガーショップにゴリラがやってきた
ハンバーガーショップ。
それは、お手軽に食べられる、ジャンクな美食を求めて色んな客がやってくる、不思議な世界。
伸びっぱなしの髪と無精髭が特徴のオタクから、きっちりしたスーツを着た老紳士まで、多様なお客様がやってくる。
まあ、どんな客が相手でもやることは変わらない。
いつもと変わらぬ営業スマイルで、普通に接客をすればいい……ハズだったんだ。
「店員さん。どうしたんですか? そんな顔で固まるなんて……」
ゴリラは不思議そうな顔をしていた。
どうやらこいつの中では、自分の入店は驚くようなことではないらしい。
俺が驚愕のあまりに、目を見開いて硬直しているのは、ゴリラが何食わぬ顔で入店し、あまつさえ喋るという異常事態のせいだ。
こいつは明らかに、ゴリラだった。学名で言えばゴリラ・ゴリラ・ゴリラ。
毛深い人間とかではない。俺たちホモ・サピエンスとはまるきり別の生き物だ。
「あの……注文いいですか?」
「いや、注文って……ゴリラはハンバーガー食べるの……?」
「いえ、俺はゴリラじゃありませんよ」
じゃあなんだと言うんだ。野獣らしい毛皮も、猿をいかつくしたような顔立ちも、明らかにゴリラじゃないか。
「まさか、自分が人間だとでも……?」
俺が思わずそう言ったのも、普通のリアクションだと思う。
「そうですよ。俺はゴリラじゃありません。限りなくゴリラに近い人間なんです」
「じゃあゴリラだろうがよ。動物園に通報してやろうか? ゴリラが脱走してるってよ」
いなん、思わず偉そうに突っ込んでしまった。ゴリラだろうと客なのに……。
「違います! ゴリラっぽいだけなんです! 俺は人間だ! 」
「ゴリラっぽいって次元の話かよ。自分で、限りなくゴリラに近いって言ったろうがお前。それはな、もはや人っぽいゴリラなんだよ」
ダメだ。こいつを相手にするの突っ込みが止まりそうにない。
「信じてください! 同じ人間をなんでそんなに疑うんです! やはり人類は信用できないのか……?」
「初対面の店員に闇を見せるんじゃねぇ! 台詞の最後だけ完全にゴリラ視点じゃねぇか! 本性が出てんぞ!」
というか、しれっと人類に敵意を持ってそうな台詞を放ちやがったぞこのゴリラ。
場合によっては拳による駆除も検討するべきか……。
「とにかく、ここは飲食店です。ペットの方の入店はお断りしてますので……」
「俺は人間のペットじゃない! 差別的なパワーワードを吐くのはやめろ!」
「うるせぇよ! 俺だって、人生にこんな台詞を言う機会があるなんて思ってねーんだよ!」
俺とゴリラが言い争いになっていた、そのときだった。
「ハルヒコ君、彼は人間だよ」
俺とゴリラが言い争う声を、聞き付けたのだろう。ある人が、俺の背後に立っていた。
彼は店長。この店を取り仕切る、初老の紳士だ。
ちなみに、ハルヒコってのは俺の名前だ。
「店長……? どういうことです?」
「彼は捨て子でね。岐阜県の山奥にある、喋るゴリラの村で育ったんだ。彼自身も、村で成長するうちに、ゴリラに近づいて行ったが……れっきとした人間だよ」
なにそれ怖い。人がゴリラに変わるってなんだよ。
呪いの儀式かなんかでもやってるだろ、その村はよ。
「でも店長。この人はその、人類を恨んでるし……ゴリラじゃないですか?」
「うーん、喋るゴリラたちは人間に迫害された過去があってねぇ。山奥に籠ってるのもそのせいなんだけど……。先祖がされたことを恨み、人類を支配しようとする派閥もいたりするんだよ。彼も一時期は、影響を受けていたんだ」
話が壮大になってきたな。喋るゴリラを化け物として迫害……。
いや、見世物にはなりそうだけど、喋るゴリラって言うほど化け物か?
「彼らはパンチ力が1000トンあるからねぇ。拳で山を消し飛ばせるし、人類が滅びなかったのは、彼らの先祖の慈悲ゆえだよ」
「化け物じゃないですか。それホントにゴリラなんです?」
人間の子供をゴリラ化させるし、もはや妖怪の類いだと思う。
というか、それを迫害できる岐阜県民はなんなんだよ。
核兵器で武装してたりすんのか?
「この世には、色んな事情を抱えたお客さんがいるんだよ。見た目がゴリラだからって、差別しちゃいけないよ」
店長は諭すように言ってきた。正直納得がいかないが、店長が歓迎すると言う方針を示したからには、ゴリラだろうとお客様だ。
俺は謝罪をすることにした。
「すみませんでした、ゴリラさん」
「良いんだよ。分かって貰えたら。それに、店長さんには、俺が傭兵だった頃に世話になってるからね。彼も、俺と同じで元傭兵なんだ」
……なんかしれっと、とんでもない事実が明らかになった気がするが、俺はもう突っ込むのも面倒になっていた。
「店長、傭兵だったんですか?」
「そうさ。彼と一緒に、核ミサイルを使うテロ組織を壊滅させたこともあるよ」
どうやらゴリラだけでなく、店長もぶっとんでいるようだ。