ディバインレルムの勇者達
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――――物語は、一人の少年が天使に心奪われたことから始まった
その少年はその国の王子で、望めば大抵のものは手に入り、その環境に不満を持つこともなくただひたすらに、未来の王になるための義務を果たしていた。
幼いながらに薄々感じていたのだろう、自分に「自由」などないと。
だが、彼を変える出来事が起きる。
国に天使が舞い降り、こう言ったのだ。
『10年後、魔王が現れ世界を闇で覆いつくそうとしている』と。
そしてこうもいった。
『この国の王子が〈勇者〉として魔王を討てば世界は救われる』と。
国が沸き立つ中、彼は自分の感情を確かめるように、じっと見つめていた。神の使者たる彼女を。
この時、天使に見惚れ恋に落ちたものは他にも大勢いただろう。だが彼は初めて純粋にこう思えたのだ。
――――彼女が、欲しい
その日、〈勇者〉の加護が王子に与えられ、彼は〈勇者〉として仲間と共に世界を救う運命を定められた。
10年後、予言通り魔王は現れた。
王子とその仲間たちは〈勇者〉として世界を回り、時々あの天使の力を借りながら、魔王の手勢を崩していった。
そうして魔王との最終決戦、それは苛烈を極めたが、神の使者たる彼女の助力もあり、彼らはなんとか勝利を手にした。
王都に帰還し王は褒美を与えるといった。
これまでの戦いの中で確固たる絆が生まれた二人はこういった。『では、私たちの結婚を認めてくだされ』と。
だが王は首を横に振った、何故なら彼女は神に仕えているのであり、王にはどうすることもできないからだ。
このままどうすることもできないかと思われたが、彼の願いが届いたのか神が降臨し王子と天使が結ばれることを許したのだ。
こうして二人は結ばれ、世界は平和なひと時が流れる。
そう、誰もが思っていた。
++++++
その瞬間、神はこういったのだ。
『物語は終わった。ならばこの世界は消えるのが定め』と
空が禍々しい「闇」に喰われていく、台地を神々しい「光」が焼き尽くしていく。
物語が終わるなら世界も終わる。現実ではそんなことはあり得ないだろう。だがかの神にとってはこの世界は遊戯板のようなものだったらしい。
彼が愛した天使を十字架に貼り付けにし、目の前で命を奪いながらそう語る神。全てはかの神が仕組んだことだったのだ。
魔王が現れたのも、人が誕生したのも、世界が創られたこと自体も。
血の雨が降る中、残されたのは〈勇者〉と王国だったモノのみ。
刎ねられた彼女の首を抱え、彼は絶望に沈んでいく。
「俺は、俺は――――」
――――どうすればいいのだ
彼は彼女と過ごし、彼女と向き合い、そしてそれが出来る世界を求めて、全ての困難に立ち向かった。
だからこそ今の彼は、あの日彼女に出会う前の彼、ひたすらに自らの義務をこなしていた、他人の傀儡としての自分に戻っていた。
自分を導いてくれる「光」が失われた彼は、折れようとしていた。
『〈勇者〉、私が作った最高の英雄。もう舞台の幕は下りたのさ』
そんな彼を見て、神は慈愛の表情を浮かべながら、囁く。
――――もう、眠ってもいいのだ
――――お前はよく頑張った
「さあ、この手を取りなさい。そうすれば、お前が愛する彼女に合わせてあげよう」
――――会えるのか、彼女に。
『そうだとも!彼女も天界でお前を待っているだろうさ!』
――――ならば全て、全て、もうどうでもいい。
――――彼女のいない世界で生きる意味など、ないのだから。
そして〈勇者〉は神の手を、取ろうとした。
だが、
「………」
『どうした?死ぬのが怖いのか?安心しろ、痛みなど感じさせず送ってや』
「神よ。俺はとんでもない勘違いをしていたらしい」
『何?』
「俺には、この世界でまだやることがあったようだ」
『お前、さっきから何を言って――――』
神の手を取ろうとした瞬間、彼は思い出してしまったのだ。
自分の手で救った命、自分の手で殺した命。そのどちらにも、自分は報いていないのだと。
そして、今自分が手を取ろうとしているのは、彼女と彼を死と言う大きすぎ壁で遮った敵なのだと。
――――そうだ、俺は何をしているんだ?
冷え切った身体に、再び「熱」が宿った。
――――俺からすべてを奪ったやつの前で何故跪いている?
空虚だった心に、「意志」が宿る。
楽しかった記憶。哀しかった記憶。仲間達との記憶。民たちとの関わり合いの記憶。そして、愛する彼女の記憶。それら全てを、目の前の敵に、殺意として振りかざせ。
――――それが〈勇者〉として、一人の〈英傑〉としてのッ!!
「最後の旅路なのだからッ!!!」
彼の瞳に、時計の針が浮かび上がる
『あはっ!!あはははははははっ!!!』
心底愉しいと言った様子で笑う神。
『流石は〈勇者〉、これだけ折っても、まだ立ち上がるか』
神は、笑い、嗤う。
『〈勇者〉よ。その道は神とその使徒すら敵に回す茨の道だ。私が死ねば、奴等はお前たちが滅ぶその瞬間まで、戦いを続けるだろうからな』
「「人」を、その意志を、甘く見るな」
剣を神に向かって抜き放ち、そう咆える〈勇者〉。そして、能面のように無表情になる神。
「そうか、ならば――――」
――――死ね
天使と悪魔がその姿を現し、その命を刈り取ろうと〈勇者〉に向かって殺到する。
「俺は勇者だ。たとえ貴様に紐づけられた運命だとしても、その事実に変わりはない」
降り注ぐは神の裁きたる玩具達。〈勇者〉、いや、クラウス・フォン・フィードは宣言した。
「————だからこそ、人々の希望として、そして人々を守る剣として振るうと決めたこの身は、決して、屈することは、ないッ!!!」
――――借りるぞ、ウリエル
刹那、灼熱の太陽が、彼の背に宿った。
「権限解放【誓約之天啓】」
一閃。
陽炎が、絶望の闇を振り払い、世界を再び照らす。
「次は、俺の番だ」
一度立ち上がってしまったから、ただそれだけの理由で、彼は剣を、振りかざす。
――――その日、「ヒト」は「神殺し」を成すため、世界を敵に回すことを選んだ。
++++++
その戦いの結末を知るものは、この世界には存在しない。
ただ世界から最初に顕現した神が消え失せ、同時に〈勇者〉いう人々の希望もまた、消え去ったという事実が残るだけだった。
神は消え失せた、だが神は一柱だけではなかった。
人と神の争いは、まだ始まったばかりだった。
神が次々と顕現し、それに合わさるかのように〈勇者〉と〈魔王〉は現れた。
魔族と人族はお互いを認め合い、「神殺し」を成すと決めた。
そして物語は人と魔族、そして、報復にきた神と天使と悪魔との戦いに移り変わっていた。
++++++
銀髪を靡かせた少女と、黒髪の青年が、空に並びたち向かい合っていた
「どうして貴方が、こんな、こんなことをっ――――!!」
黒髪の彼が、私に叫ぶ。だけどもそこに怒りは感じず、悲しみという感情が、ひたすらに込められていた。
空には、私の手によって死んだ数千、数万の魂が、降り注ぐ豪雨と相反するかのように、天へと昇っていく。
「仕方ないんだ、ハル」
信じられないと言った様子で、私を凝視し、そして懇願するかのように叫ぶ彼を見つめる。
仕方ないのだ、本当に。
私達が出会った時から既に、こうなることは決まっていたのだから。
「————師匠、どうして、貴方に、それが」
彼の視線は、私の頭上に浮かぶ天使の輪に注がれている。
「どうしてって、勿論――――」
――――私が「天使」だからだよ
そういうと同時に、彼はよりいっそう悲惨な顔になった。それも仕方ないだろう。何せ、彼の両親を殺したのもまた、「天使」であり、この世界を滅ぼそうとしているのもまた「天使」なのだから。
「ハル。私はね。この世界から生まれたその瞬間から、この世界に存在したの」
だから私は、彼を拒絶するしかない。
彼は〈勇者〉であり「ヒト」なのだから。
「何を、言ってっ」
何があろうと、「ヒト」の希望となった彼は、進まないといけないのだから。
「〈始原〉。世界の始まりと同時に、神自らが創造した始まりの十四対の翼達。そして、人類を滅ぼそうとしている天使と悪魔、その長達」
「………」
「聞いて、ハル」
今の彼に、私の姿はどのように映っているのだろうか。
「……っだ」
「もう目を背けることはできない」
「……っやだ」
「前を向いて、歩き出すときが来たの」
「嫌だ!!」
そばに寄ってきた私を突き飛ばし、幼子のように駄々をこね、彼は私を拒絶した。
「……たったの数十年過ごした程度でこんなにも拒否反応を起こすとは、予想できませんでした。私も摩耗してきたのでしょうか」
「……たった、数十年?」
そう呟いた瞬間、彼は私の胸倉を掴み、怒りの形相を浮かべながら、叫ぶ。
「貴方にとってはほんの、ほんの数十年でも!!僕にとってはかけがえのない大切な時間だった!!」
彼は、まるで私に言い聞かせるかのように、
「あの日、両親も、友達も、街の人もみんなみんな殺されて、一人で逃げて、逃げて逃げて、その先で助けてくれたのが、貴方だった」
「……ハル」
段々を勢いがなくなり、声が小さくなっていく。
それでも、震えた声で、彼は私に訴える。
「時々、貴方に迷惑をかけることもあったけど、友達も出来て、家族だって言える人も出来て、だから、その大切な人達を守ろうと、剣を取って、凡人の癖に〈勇者〉なんて大層な名前を背負ったんだ」
「だったら……」
「でも!」と彼は私の言葉を遮る。
「その大切な「人」達の中には、貴方も入ってるんだ!!」
「………」
「貴方は、僕がどれだけ貴方が、好きで好きで大好きで、心の底から尊敬している師匠だと思っているかなんて分からないでしょうけど」
「………」
「だったら分からせてあげます!だから、お願いだから――――っ!!!」
――――これまで通り、僕の師匠でいてください
そう泣きそうな顔で叫ぶ彼は、出会ったばかりで、幼かったあの頃と重なるようで。
だからだろう、必死に押しこんでいた「ソレ」が、抑え込めなくなったのは。
動揺した、気が緩んだ、絆されそうになった。
どんな表現でもいい。でも確かなのは、
「う˝っ˝!?」
「師匠っ!?」
――――「覚悟」が揺らいだ。ただ、それだけ。
「……ハル、こないでっ……!」
天に昇っていた魂達が、食らい、貪り尽くすように、私自身の魂と絡まり合っていく。
引き裂かれ、潰され、貫かれ、焼かれ、抉られ、剥がされ、千切られて。
殺到する魂達が感じた痛みが、私の魂へと刻まれていく。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い――――
「ああ˝あ˝あう˝う˝ぅぅぅぅ!!!」
「師匠っ!!!何がどうなって――――」
痛い、痛い、痛い、けど。
「聞、い˝で、ハル」
「師匠っ!今、助けます!だから、諦めないで!!」
ああ、もう聞こえない。でも、それでも、伝えななきゃ。
「【始原回帰】は私を、始まり、に、回帰させ、る。だから、私は、もうすぐ、消える……」
どんどん世界が世界が遠く、遠くなっていく。
「嫌だ嫌だ嫌だ!!待ってください、お願いだから――――」
「〈勇者〉ラインハルト。聞いて」
「っ!!」
この声が伝わってるかどうか、私には分からない。
「〈始原〉は私を呑み込む。だから、私を、私が、私で在る今――――」
――――私を、殺して
「貴方を失うくらいなら、こんな世界どうなったって――――!!」
拒絶の言葉を発する時間は、もう――――
ない。
彼女の体が、引き裂かれる。
それは、異なる魂を無理矢理押し込められた代償。そして、〈始原回帰〉が起こす再誕の儀式。
「――――ヴィル姉さんっ!!!」
彼が彼女と出会ったばかりの頃、師匠と弟子としての関係ではなく、姉と弟として過ごした頃の呼び名。
「お願い、はや、く、私が、わたしで、ワタシデ……う˝あ˝あ˝ぁぁあ!!」
薄れゆく意識の中で彼女は悟っていた。自分はもう限界だと。
「――――『死兆よ来たれ』」
だからこそ、彼女は安心した。「嗚呼、やっと剣を抜いてくれた」と。
「それデ、いイ」
「っ!!『其の魂を喰らう瞬間まで、蝕み、侵し続ける』」
涙を流しながら必死に歯を食いしばり、剣を握り締める青年の頬に、彼女は、手を添えた。
「『抱け、憎悪を、魂をも貪る、生命の根源足る欲望の名を』!!」
「ハ、ル」
「……姉ざん˝、僕、僕っ!!」
詠唱は終わった、あとは一言、呟けば、終わる。
だが、言えない、言いたくない。彼は命を再び宿らせる術など持ち合わせてはいないのだ。
「ヒト」である彼は、永遠の別れに躊躇してしまうのだ。
だから、唯一の姉は、彼にこの言葉を、口にしたのかも知れない。
彼が、この先もずっと長く、生き続けられるように。
「大好きだよ。小さな私の英雄」
――――私の分まで、皆と生きてね
「『暴食ノ罪業』」
――――抑圧されていた闇が、剣から溢れ出る。
全てを食らわんとする闇は、彼女に纏わりついていた魂ごと、彼女を喰らい尽くしていく。
グチュ、グチャと、彼女だったモノの肉が潰れ、骨が砕け、魂達が叫ぶ音が、崩壊した街に響き渡る。
「………」
そして残ったのは、殺された民達の亡骸と、一人ぼっちの〈勇者〉のみ。
彼女が最後に触れた頬に、彼は自分の手を添える。
果たして、彼の頬を伝っているのは、雨の雫か、それとも――――
やがて彼は、握りしめた剣を鞘に納め、ある場所に向かって、歩き出す。
血生臭いにおいを、降り注ぐ豪雨がかき消していく。
――――「ヒト」よ、進み続けて、それが、貴方達の選んだ、道なのだから
++++++
人と魔、神と使徒との戦いで、世界は崩壊していった。
3つあった大陸は今や1つにまでその数を減らし、最初に「神殺し」を成すと決めた20人の〈勇者〉と〈魔王〉は、今や5人しか残っていない。
そんな時、一人の〈勇者〉によって、大戦初期に姿を消していた天使の長が討たれたとの報が入った。
そして、人類と魔族は決断した。次の攻勢で終止符を打つと。
物語は最終章。全てを終わらせるため、最後の〈勇者〉と〈魔王〉達は、天空に築かれた城へ向かった。
「神の王」、それを討つために。
++++++
天空を駆けていた雷光が、その勢いを弱めた。
追ってを振り切るため、全身に纏っていた赤黒い稲妻が、薄れていく。
「負け、か」
空は雲に覆われ、青空は見えない。
そうだ、アタシ達は負けたんだ。
正面から挑み、そして、一瞬の拮抗の果てに、敗北した。
おそらく、残った使徒共が、今頃地上を焼き払っている頃だろう。だが、どうすることも出来ない。彼らは私の代わりに今も時間稼ぎをしているのだから。
「――――あれかっ!?」
妙にメカメカしいその「時計台」。その台座には、12本の剣が突き刺さっていた。
「こうすればいいんだよなッ!!」
アタシはそこに目掛けて、持っていた剣――――今は鍵の役割――――を思いっきり投げた。
剣は狙い道理に台座へと向かい、突き刺さった。
「あとはこいつが起動するまでの時間稼ぎか」
さて、起動するまでは5分ほどかかるらしい。普段の生活からしたら一瞬の出来事だが、事ここに関しては話が違う。
何故ならここはあのクソ神とクソ使徒共の本拠地なのだから。
刹那、アタシがいた空間に閃光が突き刺さる。
「――――もう来やがったッ!!ってはぁ!?」
あれってもしかしなくても……
「乗っ取られてやがる……!」
想定外も想定外だ。
整備が行き届いていないせいか所々欠損していたり、動きが悪そうな部位が見て取れる。まあそんなのはどうでもいい。今論ずるべき事は、
「どうやってあいつらを捌き切るかだ」
なんとあのガラクタ共、数が何をトチ狂ったか億にも迫る数がいそうなのである。作った奴に文句を言いたくなる。しかも並大抵の弾きやがる。
まとめて消し飛ばしてやりたいが、あいにく範囲系の切り札はとっくに此処にたどり着く前に使ってしまっている。
「使うか?」
懐に納められてる貌に手を掛ける。
「いや、これは出来れば使いたくない」
代案は……あった。
「死ぬまで殴れば死ぬ……DPSこそが至高!乱数は滅びて死ねぇ!!!」
【焔雷】
台座を覆うように、文字通り全方位から殺到するガラクタ共の軌道に、雷が迸る。
「雷霊龍、その先祖返りの力!!存分に味わえッ!!」
アタシの身体が、雷が描いた起動を、光をも超える速度で駆け抜ける。
認識不可、制御不可、ブレーキが利かないなら、ひたすらアクセルを踏み続けろ!!
「キルスコアが足りてないんだ、もういっちょ――――ッ!?」
呼び出した獲物を構え、斬りかかろうとしたとき。
紅蓮の長槍が、丁度私の溝内辺りを貫いていた。
「がはッ」
――――これは、嫉妬の魔王の……!!
即座に槍が飛んできたほうに視線を向けると、機甲達が道を開けているのが見えた。そしてその道を悠然と歩む、淡い赫髪を靡かせた少女の姿も。
「なんで、アンタが、ここに――――っ!!」
その先の言葉は、魂を握りつぶされるような痛みによって発せなかった。
口から大量の血が吐き出される。
だが倒れるわけにはいかない、この世界が終わったとしても、自分は託されてるのだから最後の最後まで、生き抜かなけらばならない。
「レヴィさん達……皆はどうした……?」
発した自分ですら驚くほど掠れ、そして小さな声で問いかける。
「どうしたって?勿論――――」
私の問いに、やつは心底愉しいと感じさせる笑みを浮かべながら、こう言った。
――――殺したよ?
「裏切ったな遊楽――――っ!!!」
「いいね!その表情!!もっと、もっともっと、もっともっともっともっともおおおっと!!」
――――アハッ!アハハハハハハッ!!!!
狂った笑いが、機甲が埋め尽くす空に響き渡る。
「――――アナタは人になるって、そう決めたって言ってたのに!!……なんで、なんで裏切ったの……!!」
「――――ハハッ!どうして裏切った?そんなの簡単だよぉ~?」
彼女はその愛らしい顔を歪め、こう言った
「〈勇者〉は「ヒト」の希望っ!そして〈魔王〉は魔の希望っ!じゃあボクは?ボクは人でも魔でもない部外者っ!どちらでもない存在の癖に仲間の顔してるのって!おかしいって気づいたんだぁ~!」
「アンタは「ヒト」だ!アンタの魂は確かに「ヒト」なんだから!!」
「うーんだめだめ、全然響かな~い!!〈勇者〉ちゃんは知ってるでしょ?この身体、今は「ヒト」形を取ってるだけだって!ボクの本性が、化け物だって!!」
――――だって私達、仲間だもんね
「確かに、アタシは「ヒト」じゃないさ。だけどアンタの気持ちなんて、これっぽちも分かりやしないよ」
突き刺さっていた長槍を引き抜き、そのまま投げ捨てる。
「ん~どうして?私にも〈勇者〉ちゃんが私のことが分からない理由が分からないよ?」
「当たり前だ。アンタとアタシの境遇は確かに似てるけど、確かに違うんだから」
そう言った瞬間、彼女がずっと浮かべていた笑みが、消えた。
「〈勇者〉ちゃんもボクを拒絶するんだ……じゃあいいよ、もういい!〈勇者〉ちゃんがボクを拒絶するってんなら――――」
――――死んじゃえ
「ぎっ!?」
唐突に現れた巨大な腕がアタシを勢いよく殴り飛ばす。
「受け身を――――っ!」
「残念~間に合いませぇ~ん!!」
「ぐあっ!!」
「アハハハッ!!!〈勇者〉ちゃんは私に勝てないんだぁ~!!だって、キミ達は世界の「法」を超えられないんだから!!」
受け身を取ろうと空中で旋回しようとした瞬間、世界の時が止まったかと思えば、今度は空間が割れる。
そして飛んでくるチェスの駒や、けん玉、ありとあらゆる「遊びの道具」が視界を埋め尽くし……
「ああ、もう!自由身勝手の天邪鬼がッ!!」
「最ッ高の誉め言葉だよぉ!!」
一閃では足りない。ならば重ねるまでと、二本の対となる刀が唸りを上げた。
赤黒い雷光と、鮮やかな赫が空を駆け、そして互いの得物が乱れ合い、やがて鍔迫り合いのような形で静止した。
「フラメア!アンタはさっき、アタシが「法」を越えられない、そう言ったよね?」
「アハハッ!だってそうでしょ?〈勇者〉ちゃんにはその「刻限」しかないんだから」
「じゃあ、私がそれだけじゃないって言ったらどうする!」
「何を言って……まさか!?」
「そのまさかだ」
力いっぱいに刀を振り切り、フラメアを吹っ飛ばす。
「これは精霊の力でも、龍の力でもない。アタシ自身が手に入れた「法」」
――――最初で最後のお披露目だ
「私は、「月」になる――――ッ!!」
懐から狐の貌が描かれた面を取り出し、それを被った。
「『月光を剣とせん』ッ!!」
【月夜ノ代権】
面をつけた瞬間、体の深い深い場所から、何かが溢れてくるのを感じる。だが、それは想定内だった。
「【王権】にすらなってない半端な力だけど、これでアンタに、刃が通る」
「アハハハハハハッ!!!やってみなよ!なりそないの半端者!!」
「言ってろ。あとこれから意識なくなるから言うけど!」
思考が加速する。記憶の濁流が全てを飲み込む。
これは走馬灯なのか、命を削り、魂を摩耗させた代償なのか?
分からない、分からないけど。確かなことはある。
両目から血をが溢れてくる。視界が赤く染まる。
「――――こっちに来てから、初めて楽しいって思えた」
ずっと孤独だった。前世でも現世でも。
だからこそ、初めて親友のアンタがとっても眩しくてしかたなかった。
深淵から溢れ出たナニカに精神を心を、包まれていく。
だけど、伝える。狂いきってしまったアンタが。「ヒト」ではなくなってしまったアンタが。どうか、どうか。
幸福で溢れるように。
「あの時、話しかけてくれて、ありがとうっ!」
ただ。感謝を。
意識が暗闇に、沈んでいく。
仮面の力。それは大戦初期に討たれた「戦神」の力が封じ込まれた偉業にして異形の力。人には耐えられず、「ヒト」にすら扱えない力。
だが人であり「ヒト」である私は、この力を扱うことが出来た。
その代償が、残る生命の盃を飲み干すことだとしても。
ああ、フラメア。
アンタは結局、前世での名前、教えてくれなかったね。
――――また、また――てくっ―――くんだッ!
「名前、最後に、聞け、ば、よかった、か……な――――」
夢現と現実の間で聞いたこの声は、果たしてどちらの声だったのだろうか。
そう思考するのを最後に、この世界での私の意識は、消え去った。
++++++
かくして、一人の少年の意志が持たらした物語は終幕を迎えた。
数多の命が散り、そして託していった箱庭は、もうすぐ消える。
だが〈勇者〉は未だ、残っていた。
フラメアは静かに、揃い切った神々に、その繕われた瞳を向ける。
その瞳が揺れる理由を知るものは、もうこの世界にはいない。
だから彼女は、擦り切れた魂を、心を、人の意地を抱え、神々へ、己の口を開いた。
彼女の名は「フラメア」。災厄の日に生まれた魔樹の一体にして、異なる世界の人魂を宿した〈勇者〉であり、遊楽の座を奪った反逆の神である。
人でも、ヒトですらない〈勇者〉が何を成すのか。
その答えはまだ、誰も知らなかった。
数年前に書きたかったものを供養のために書きました。設定は、うん、Twitterにでも吐いてると思う
まあこの終末√も、いつかフルで書いてみるのもアリかもですね
因みに作者が書いてて一番辛かったのは中盤あたりです。普通に泣きそうになった
PS、妙なギャグ描写を抜き、不足した描写を追加いたしました。