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デッドマスターはあんまり動じない  作者: 八神 黒一
5章 ハンガーベイル渓谷の異変
96/333

096 王国最強の騎士

 二十五分。

 渓谷の入り口に堂々と立つウェイトリーは、細く息を吐いた。

 握る手に端末を持ち、その画面にはリンカーコールパックの購入画面で、購入直前で確認のためのインフォメーションである『はい/いいえ』が表示されていた。

 

 閉じていた目を開いて、その画面をぼんやりと眺めて、意を決したように、いや、なんの気負いも無いかのように、そのどちらともいえない曖昧なしぐさで、『はい』をタップした。

 

 もはや見慣れた感がある漂白されたカードが端末上に生成され、そのカードを手に取った。

 徐々に露になるそのカードの内容は、決して裏切らず、正しく求めていたカードであった。

 

 感慨深いような、呆れたような。

 何とも言えない困った顔で苦笑したウェイトリーはそのカードを発動した。

 

 白と黒の光が集い、一つの人型を為した。

 ナイトスケルトンの纏っている鎧にほど近いデザインでありながら、階級上位者を示す意匠の鎧。

 しかしそれは徹底的に実用的で、そしていかに使えば、どれほどのものと戦えばそれほどになるのかと言わんばかりに大小さまざまな傷と破損の数々。

 だが、その鎧は朽ち果てることなくそれを纏うものを守り続けている。

 その歴戦の鎧を纏う猛者は、その鎧に負けないほどの異様を誇っている。

 顔の中心から斜めに肉が削げ落ちたかのような白骨の頭蓋をさらした右目に爛々と赤い光を灯し、およそ血の気の失せ切っている左顔、左目には、死んでいるとしか言いようのない様でありながら、強い力を感じさせる眼光。

 ガントレットに包まれた右腕は死に朽ちた血の気の無い腕。逆の左腕にはその血の気どころか肉も存在しておらず、動く原理すら不明な骨の腕。

 そして騎士用の頑丈なブーツに包まれた足は、腕とは逆に左足が死んだ肉体で、右足が白骨の足。


 まごうことなき死体。

 されど尋常ならざる気配と闘気にあふれる姿は、その姿に反して死なず、不滅の意志を宿していた。

 

「戦場にて死なず。我が剣は不滅なり」

 

 ヴァルファードレドニクスがランキング一位の男の代名詞ならば、ウェイトリーの代名詞はスカルピアサー、或いは墓守術師マリーと言われる。

 だが、決してウェイトリーを語るものが外すことのできない代名詞として語られるカード。

 亡国レミアクレータの王国騎士団長、その人である。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

[Cu]騎士団長 リグレット SR


 必須条件:なし

 発動コスト:MP800

 リキャスト:戦闘終了後 10分


 [王国剣技][不滅][物理ダメージ軽減]


 レミアクレータ王国の騎士団長の不死者


 王国剣技の神髄とは『無限の防御と究極の一』にある

 そのすべてを体得し 示し続ける不滅の体現者

 彼は決して戦場で屈することなく国を守り続けるであろう

――――――――――――――――――――――――――

 

 

「リグさん。ずいぶんと久しぶりな気がするよ」


 ウェイトリーが右手を差し出せば、それを握り握手を交わし、リグレットは答えた。


「で、ありますな。自分としてはもっと早く呼んでいただきたかったところでありますが」

「王国の剣のリグさんをこっちまで呼びつけるのもな、って思ってたんだよ。できれば呼ばない方がいいのかな、ともね。こっちに仕えるべき主がいるわけでもないしさ」

「相変わらず水臭いことを仰る。ウェイトリー殿のところであれば、いかなる時でも駆けつける所存ですぞ」

「馬鹿なことを言うな。リグさんが仕えるべきは俺じゃないだろ?」

「友を助けに行くのに、細かい理由はいりますまい」

「相変わらず義理堅い人だ」

「まあ自分としては、面白そうなことをしているウェイトリー殿の新たなる冒険に杳として呼ばれないことをつまらなく思っていたところでありましたからな。

 マリー殿が羨ましいと思っていたものでありますよ」

「そりゃぁリグレットさん、私は主さま一番の相棒ですからね。当然の権利ですよ」

「うむぅ……。否定は出来んが、それでも羨ましいものはありますぞマリー殿」

「まあまあ。これからはまた一緒ですし、なしにしましょう。またお会いできて私もうれしいです」


 ウェイトリーがしたように右手を差し出して握手を交わすマリーとリグレット。

 しばしの挨拶を交わし、リグレットは本題へと入った。


「して、此度は」

「あぁ。久しぶりの再会に宴会でも開きたいところではあるが、ちょっとばかりデカイトカゲを狩らなくちゃ行けなくてな」

「トカゲ狩りとな。それはそれは。随分と自分向きな場所に呼んでいただけたものですな」

「あと五分もしないうちにここに突っ込んでくる。こっちで盤面を整えるから、リグさんトドメ任せてもいいかな?」

「承った」


 握った右手を胸に当て頷き答えるリグレットにウェイトリーも頷き返した。

 

「マリーさんは周囲警戒と盤面整理。あとはいつも通りに」

「ルドルファスさんたちの方の注意も払っておきます」

「頼んだ。ナイトスケルトンたちの指示を渡しておくからうまく回してくれ」

「了解です」

「さて、と」


 ウェイトリーが背中側で手を組んで胸をはったり、肩を回したりして身体をほぐしている内に、ズシンズシンという地響きが聞こえてくる。

 深く吸い、長く吐く。深呼吸一つ、集中する。

 いつものルーティーンを終えたウェイトリーはいつも通りに呟いた。


「じゃ、やろうか」

「はい、主さま」


 ハンガーベイル渓谷での巨大地竜狩りが幕を開けた。

 

 

 渓谷の入り口はいくつかの谷の入り口が交差するように入り組んだ場所で、それぞれがやや狭く、巨大地竜がかろうじて通れる程度の狭さであった。

 

 開幕は、巨大地竜に追われるように向かってくる少数の通常の地竜やオブシディアンスコーピオンの処理から始まった。

 消えるように走り出したウェイトリーはそれらには目もくれず、その巨体を現した巨大地竜の疾走にスカルピアサーで釘を差した。

 麻痺とスタンによる効果で三秒間停止させることで他の魔物と巨大地竜との間に距離が開いた。

 

 そこに駆け込んだリグレットが向かってくる通常の地竜の前に立ちはだかり、左拳で地竜の横面を殴りつけた。

 その左拳は所詮人間サイズから放たれた拳にどうしてこんな威力が出るのかと言わんばかりの破壊力を発揮し、よろけて隙をさらす地竜の首を、抜き放った剣で一刀のもとに切り捨てた。

 続けざまに近づくオブシディアンスコーピオンへと近寄り、振るわれる人ほどの大きさの鋏を剣で何の抵抗もないかのように受け流し、滑り込むようにサソリの顔の前まで入り込み、強烈な一突きをもって、オブシディアンスコーピオンの脳天を貫いた。

 

 ほんの短い時間で身の丈よりも大きい魔物をなんでもないかのように処理したリグレットは、大きく広がって逃げることができない魔物たちを順番に処理していた。

 ウェイトリーはその間リグレットが処理した魔物を資材化し、戦場の整理を行いつつ、数が減るのを待った。

 

 巨大地竜はというと、突然の麻痺に警戒したのか、走るのをやめ、ゆっくりと谷の入り口に立ちふさがるリグレットの元へと歩きよっていた。

 

 ウェイトリーはリグレットの肩を一度叩いてからその場を離れ、全速力で巨大地竜が向かってきている谷とは別の谷の方へと走っていった。

 

 その光景を後ろから見ていたマリーは、リグレットから逃れ、谷の外への逃亡を図ろうとする魔物をナイトスケルトンたちに指示を飛ばして倒しながら、何をするのかと考えていた。

 

「マリー殿!」

「おや? ルドルファスさん。どうしましたか?」

「ウェイトリー殿は?」

「絶賛戦闘中ですよ。今は仕込み途中みたいですが」

「何か我々に手伝えることはないか」

「逃げなくても大丈夫ですか?」

「事は領の一大事だ。おめおめと逃げるわけにもいかないし、辺境伯家の騎士はたとえ―――」

「わかりました。では谷の外に逃げようとする魔物の処理を手伝ってください。右側はこちらで処理いますので、左側はルドルファスさんたちにお願いします」

「心得た!」

 

 そう言ってルドルファス氏は騎士を率いて、逃げようとする魔物の対処に当たった。

 

「ホントは素直に逃げてほしかったんですけどねー。跡取り息子になにかあったでは辺境伯さんに申し訳ないですし」

 

 まいっか、と思考を切り替えたマリーは与えられた役割に集中するのであった。



 仕込みを終えて戻ってきたウェイトリーは、リグレットに近づいている巨大地竜に一撃を加えるべく、戻ってきた速度のまま壁を駆けた。

 亡霊の足無しブーツは不利な地形効果を無効化し、平らな大地と変わらぬように移動できるようになる装備。

 壁を走る程度のことはそう難しいことではない。

 

 壁を駆け上ったウェイトリーは、資材カードを一枚抜いて、それをすかさず発動した。

 そのカードには、スティンガーデスマンティスの槍剣を長槍に加工したものであった。

 駆け上った崖から飛び降りながら、巨大地竜の頭上に位置する場所に差し掛かった時に、その槍を全力の力でもって脳天へと投げ放った。

 落下速度とスカルピアサーをはじめとする投擲武器の威力を高めるために使われている投擲増幅の指ぬきグローブの効果を得て、凄まじい速度で槍は突き進み、巨大地竜の頭部を貫いた。

 スカルピアサーのダメージでは毛ほどもダメージになっていないかった巨大地竜も、これは流石にたまらなかったのか、その場でのたうつ様に暴れた。

 ウェイトリーは察していたが、ダメージこそあるが、これでは浅い。

 暴れる巨大地竜が頭を振ったことで槍は抜け、頭の上を転がって地に落ちた。

 まだ使い物になるかは怪しいところであろう。

 

 特に気にした風もなく、ウェイトリーはその槍を眺めつつ、かぶっていたフードを取った。

 これにより、巨大地竜は、自分に槍を投げた相手を認識し、生かしてはおかぬと殺意をむき出しにして襲い掛かった。

 それに合わせるようにウェイトリーは駆けだして、巨大地竜の攻撃を躱しながら少しずつ場所を移動しつつ、デッキから三枚のカードを投げて、それらを発動した。

 それは、三頭のサメのアンデッドであった。

 巨大地竜の攻撃を躱すウェイトリーに対してそのサメたちはなにもせず、周囲を漂い、攻撃に巻き込まれないようにだけしていた。

 

 巨大地竜は入り口側から時計回りに少しずつ位置を変えるウェイトリーを追い、それに合わせて入り口に対して垂直になっていった。

 

 それはつまり。

 リグレットに横腹を見せる形で、である。

 

 しかし、やや離れた位置で魔物の処理を終えていたリグレットは剣を構えて動かず、その時を待っていた。

 

 ウェイトリーは回避と誘導を続け、やがて完全に入り口側と地竜がやってきた谷と交差するように垂直の態勢となり、その瞬間にウェイトリーは仕込みを行ったキャラクターに行動開始を通達した。

 

 十秒。なんの前触れもなく一匹のサメが消えた。

 二十秒。またしてもなんの前触れもなく二匹目のサメが消える。

 ウェイトリーはその瞬間を巨大地竜の苛烈な攻撃を躱しながら待った。

 

 そしてその時が来る十秒前。

 麻痺とスタンのクールタイムがとっくに開けているスカルピアサーを投げ放ち、巨大地竜から一瞬の硬直を奪う。

 それと同じくして、信頼するアドバンスドスペルの一つであるカードを起動した。

 

「……。」


 右手を握り大きく構える。

 それに追従するように、大きさにしておよそ五メートルにもなる強大な黒い腕と握りこぶしが出現する。

 『冥府の凶手』と呼ばれる、『冥府の戒律』スキルレベル五にて使用することができる強力なスペルである。

 

――――――――――――――――――――――――――

[As]冥府の凶手 SR


 必須条件:『デッドマスター』CLv10『冥府の戒律』Lv5 以上

 発動コスト:MP400

 リキャスト:10分


 [INT依存大ダメージ][撃破ユニットを葬送][死属性]

 [物理複合・防御無効ダメージ][STR依存ダメージボーナス]


 冥府の番人が用いる非摂理の黒腕の魔術


 戒律を知るものよ心せよ

 全ては命に始まり死に終わるもの

 其は命の始まりを死に終わらせるもの

 しかしてゆめ忘れるな

 命を尊び死を重んじることを

――――――――――――――――――――――――――

 

 硬直した巨大地竜の巨大な大顎を、地面をすり抜ける真っ黒な拳が、強烈なアッパーカットをもってカチあげた。

 

 そして、その時を同じくしてウェイトリーの仕込みが炸裂する。

 

 渓谷を凄まじい速度にて疾走して来たボーンタイラントの強烈無比な突進が、カチあげられた頭部に炸裂し、ほんのわずかではあるが、三十メートルを超える巨体を谷の入り口へと向かって吹き飛ばした。

 

「王国剣技」

 

 完全なタイミングで、完全な位置取り。

 吹き飛ばされる地竜に合わせて強く踏み込み、上段に剣を構えたリグレットは、最後の一太刀を叩きこむべく、ほんの刹那を待った。

 

 その瞬間、最後のサメが消え、リグレットが一瞬、赤とオレンジのオーラに包まれる。

 それは攻撃を躱しながらサメたちを葬送し攻撃力の五パーセントを継承させる『コンバージョンチャージ』を連鎖させていたウェイトリーが、攻撃を放った直後に最後のサメを葬送し『コンバージョンチャージ』をリグレットに放ち、加えて『ステータスブースト:STR』も重ね掛けしたのであった。

 

 これをもってリグレットが止めを刺すに十分な準備は全て整った。

 

「一刀月閃!」


 月輪を想起させるような、美しい軌跡を描いて、不滅なる不死者が振り抜いた剣は、無慈悲に、残酷に、故に有無を言わせぬ破壊力をもって、身の丈に余るあまりにも強大な地竜の首を断ち切った。

 

 鮮やかなる一刀に、エルダリア勢以外、ルドルファス氏や騎士たちは呆然としてその光景を見ていた。


 今この瞬間。

 ハンガーベイル渓谷最強の地竜は死に絶えた。

 

 ボーンタイラントを伴ってリグレットのところまでやってきたウェイトリーは、我らが頼れる騎士団長殿にねぎらいの言葉をかけた。

 

「うまくやってくれて助かったよ」

「なに。あれだけお膳立てされて首の一つも落とせないでは、自分は職を辞すことになりますな」

「相変わらず頼もしい」

「主さま、リグレットさん、それからボーンタイラントもお疲れ様です」

「マリーさんもお疲れ。問題なかったか?」

「こちらはなんとも。それより主さま、一仕事終えたところでもう一仕事お願いしたいのですが」

「なんだ?」

「ドバドバ流れている血がもったいないので早急に集めてください」

「マジかよ」

「リグレットさんもスパっとやったんだからお願いします」

「人使いの荒さは相変わらずであるなマリー殿……」

 

 急かされた二人に加えて魔物対策に加わっていたナイトスケルトンたち王国騎士アンデッド達も駆り出され、流れ出る血を汲む作業に従事させられるのであった。

 

 アンデッド達がいそいそと巨大地竜から流れ出る血液を浴びながら、それを鍋や木桶に汲むクレイジー極まる光景を見てルドルファス氏たちは、凄まじい快挙に興奮する気持ちはともかく、できるだけこの人たちに関わるのはやめようと心から思った。

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