093 渓谷へ
二日後。
ウェイトリーとマリーはボーンタイラントの疾走で風になり、昨日の内に最寄りの町へ。
明けて翌日である今日、朝の早すぎない時間にハンガーベイル渓谷の入り口に敷設されたルドルファス氏が指揮する陣地へと訪れた。
近場までボーンタイラントで乗り付け、目につかない位置で降ろしてもらい徒歩での陣地まで歩き、見張りと思われる領兵に声をかけた。
マリーを見てやや引きつった顔を浮かべる見張りの兵にルドルファス氏のところへと案内された。
やはりこの陣地の構築も強行軍であったのか、若干の疲労を滲ませるルドルファス氏は、それでも快く迎えてくれ。
「よく来てくれた。随分早かったんだな。今日の昼か、夕方あたりになるのかと思っていたが」
「お疲れの時間を長引かせるのも悪いかと思いまして」
「……助かるが、俺のことは気にしなくていい。だが、問題の調査や原因の解決は早いに越したことはないからそこは素直に感謝する」
「いえ、お気になさらず。それで、現地の雰囲気はどうですか?」
「そうだな……。今のところ地竜が出てきたということはないし、それ以外の魔物の襲撃らしい襲撃も受けてはいない。だが、気の抜けるような場所ではないな」
「そうですか」
「まぁ貴殿のように大森林へと躊躇なく入っていけるほどの実力ならば、それほど危機感は感じないのかもしれないがな。
長引けば警戒に当たっている騎士たちも疲弊するだろうことを考えて、ここに陣を張っていられるのは一週間といったところだろうな。
そちらの調査はどうであった?」
「あー。えーっと、いいニュースと悪いニュースがあります」
「悪い方には何となく察しはつくな……。いいニュースとは?」
「修正点の正確な場所が割り出せたので、長期的な原因の排除は今日中にも終わらせることができます。
それから大森林へと逃げたからか、或いは別の原因か、地竜の姿が少なくなっていて、それ以外の魔物の数もそう多くはないですね。渓谷の広さに対して、かなり数が少ないように思いますので、ここから魔物が大集合して暴走することはまずないでしょう」
「それはずいぶんといいニュースだな。……それで、悪いニュースは?」
「全長およそ三十メートルの地竜と思われる個体を確認しました」
「冗談だと言ってくれ」
「事実です」
「マリー殿の幻影魔法だと言ってくれ」
「事実です」
「……もうドラゴンはこりごりだ」
魂まで抜け出てしまうのではないかと思うような深いため息を吐いて、ルドルファス氏は何もない虚空をぼんやりと見つめた。
「放置は可能か?」
「そのあたりの調査はこれからですかね。今確認できているのはそれがいる巣の場所と寝ている姿だけです。
ただ、これは憶測の域を出ないのですが、可能なら討伐したほうがよいかもしれません」
「理由を聞かせてくれ」
「地竜や他の魔物が減っている原因が、その巨大な地竜であるならば、捕食されたからと見るのが妥当だと思いました。
なので、このまま放置すれば、捕食しやすい魔物がいなくなり、腹を空かせるようなことになれば、どこに行くかはともかくとして、ハンガーベイル渓谷の外へ出るのではないかと考えました」
「……十分に考えられるな」
「大森林の方へと向かうなら、大森林の危険度が上がる程度で済みそうな気がしますが、もし大森林以外へと向かうとなれば、かなり大きな被害が出ることが予想されます。
もちろん、ベンゲル辺境伯領ではなく隣国に向かうという可能性もあるので、被害がどこで出るかはわかりませんが」
「三十メートル級のドラゴンを倒すとすれば、国に大規模な支援を要請する必要があるな……。
それまでは出てこないことを祈り、叶わずともせめて隣国にと願うしかない。
……隣国へ向かうという可能性に掛けるというのは、余りにも不義理で無様な話だが、それに縋るしかないとはな」
自分の力の無さ、いや人類の無力さか。
あまりにも自身が非力であると思い知らされたかのように苦々しい顔をして、そんなことを口にするルドルファス氏。
そんなルドルファス氏をさておいて、ウェイトリーは平然と目的を口にした
「実は倒そうかと思ってまして」
「……今なんと?」
「その地竜を倒そうかと思ってまして」
「……可能なのか?」
「それを可能にするための調査と作戦の如何によって、ですが。
まぁ―――」
一度言葉を区切ってから、いつも通りの真顔、或いはぼーっとしたような顔でウェイトリーははっきりと口にした。
「倒すことは可能ですよ」
信じられない内容を話した後に、それよりも信じられないことを平然と言ってのけるウェイトリーに、ルドルファス氏は、おそらくこの男は正真正銘頭のどこかがイカれているに違いないと確信した。
「聞いた話が本当なのであれば、到底可能とは思えない」
「まぁ大きくて強靭であっても地竜は地竜ですし、おおよそどこで戦っても地形的にも不利じゃない。
なにより、レドニクスみたいに大空を凄まじい速度で飛ぶということも無いでしょうし、一瞬で蒸発するようなブレスを撃ってくるってことも多分無いので、状況さえ整えれば倒せると思いますよ」
「レド、ニクス」
何気なく抉られるトラウマであった。
なお、ウェイトリーは対人ランキング、シーズン平均ランク一位の男が駆るヴァルファードレドニクスに対しての勝率は驚異の六割を叩きだしていた。
これは、他の対人ランキング上位三十名の中で最高の勝率であり、ランキング一位の男が、平均シーズンランク二十四位 シーズン最高ランク八位のウェイトリーに対してガチガチに対策を組まざるを得ないほどの驚異的な数字であった。
なお、試合自体の勝率でいえば、三割をやや割る程度になる。
また、ウェイトリーはエルダリア世界でも指折りの龍の討伐経験もある。
そんな“ドラゴン狩り”に一家言あるウェイトリーからすれば、大きくて強靭な地竜“程度”は十分に対処可能なドラゴンであるといえた。
ただ、ここで言っても戯言にしか聞こえないだろうと、ウェイトリーは話を切り替えた。
「まぁこの際、対処できるかできないかは置いておきましょう。
とにかく自分は、今日は調査に時間を使って、巨大地竜の隙を見て修正点を修復してきます。
地竜への対処を保留にするにしてもこれを修復して置かないと、どんどん強力になって、どうあがいても手を付けられないということにもなりかねませんので」
「そう、だな。それはこちらではどうにもならない以上、お願いする」
「はい。では早速渓谷の中に行ってきます。一応、日が暮れる前には戻ろうとは思っていますが、調査の状況によっては夜中であったり、明日の朝ということもありますので、ご留意ください」
「ああ、心得た」
そうして、ルドルファス氏に小さく会釈をしてから、ウェイトリーはマリーを伴って陣地を後にし、ハンガーベイル渓谷へと足を踏み入れた。
しばらく円形台地を目指しながら歩いて、その途中で見かける薬効植物や香辛料として使われる植物などを拾いながら、散歩感覚で二人は渓谷を進んでいた。
「にしても主さま。それほど地竜のお肉に興味があったんですか?」
「いや、別にそうでもないよ。うまいと思うし興味はあるけど何が何でもってほどではない。今手持ちにいる地竜でもうまいし」
「の割には倒すのは決定事項みたいに言ってるように感じましたが」
「そのつもりだね」
「もしかして愛着の沸いた辺境伯領は俺が守る! みたいな正義感に目覚めたんですか?」
「ないけど。いやまぁ全くないわけではないけど、必ずしも俺が対処する必要はないとは思ってるよ」
「ですよね。でしたらまたどうして?」
「いや、マリーさん食いたいんでしょ?」
「めっっっっっちゃ食べたいです」
「だよね? ならまぁ狩るよ」
「え、え? なんですか? 私の為ですか? やだなぁもう主さまったら~」
「めんどくさ」
「照れなくてもいいじゃないですかぁもう。そんなに私の気を引きたいんですか?」
「まぁ世話になってるなとは思ってるけども」
うりうりと肘でウェイトリーをつつく、すこぶるめんどくさいマリーに眉間にしわを寄せ目を細めつつも答えるウェイトリー。
そして、急にめんどくさいムーブをやめてマリーは問いただした。
「それで? ホントの理由は何なんですか?」
「いやいや、マリーさんが食いたいって言ったからって理由はホントだよ」
「それだけですか? 理由としては弱くないですか?」
「別によくないか? 日頃の恩返しも兼ねてってんで。まぁ他に思い当たるようなプレゼントもなかったしちょうどいいかと思ったんだが」
「プレゼント?」
「誕生日だったろ? 二日前」
「あー、全く忘れてましたけど九月七日は私の誕生日ですね。もしかして焼肉パーティもそうですか?」
「肉が想像以上にうまかったのももちろん理由だが、喜びそうなもんが飯しか浮かばなかったからな。
一応、なんかよさそうなもんはないかと領都の店をいくつか回ったんだが、コレというものが見つからなくてな」
「主さまのそういうところは嫌いじゃないですよ。言ってくれればよかったのに」
「はっ」
ウェイトリーは乾いた声だけを上げて、特にそれ以外のことは口にしなかった。
「相変わらず私のプロフィールに詳しいのにちょっと思うところがないではありませんが」
「それは余計な一言だな」
「プレゼントも、女性に三十メートルのドラゴンというのはどうかと思いますよ」
「それは全くもって言い返せないな」
「まー誰にでも用意できるようなものではない特別なプレゼントと言うことで及第点としてあげましょう。
ちゃんと食べられる部位が多くなるようにしてくださいね」
「爆弾を食わすのはダメか。一番手っ取り早いんだが」
「ダメですよ。内臓系も食べてよし錬金術の素材によしなんですから」
「まぁ誠心誠意真心こめて可食部が多くなるように狩らせていただきますよ」
苦笑いしながら肩を竦めるウェイトリーにマリーは楽しそうについて行くのであった。




