092 誕生日
冒険者ギルド会議室での会議から三日後。
ウェイトリーはアーシアの小屋のすぐ前に椅子を出してそこに座り、眠っているかのように目を閉じたまま微動だにせず、声を掛けられなければ言葉も話さないという状態を三日ほど続けていた。
もちろん、だらけて寝ているわけではなく、レイブンレイスの視界共有を使ってハンガーベイル渓谷の航空偵察を行っていた。
大森林東部に広がるハンガーベイル渓谷はかなりの広さを誇り、雄大な岸壁と浸蝕によって彫られた渓谷の様相は、魔物さえいなければ観光地としてなかなかの名所になるであろうそんな景色であった。
しかし、そうはならず、危険な魔物が複数おり、相応の戦う力や隠れる力などを持たぬままその谷へと踏み込めば、文字通り生きては帰れないだろう生態系が確認できた。
異名こそ『地竜の巣』と呼ばれているが、それ以外にも頑丈な岩を身に纏って擬態しているカニの魔物ロッククラブや、黒光りする硬質な殻を纏い強力な鋏と尾針をもつサソリの魔物オブシディアンスコーピオン、体長四メートルほどの大きさを誇り岸壁に巣を作り獲物を襲う鳥の魔物ハンターホーク、そしてこの渓谷の代名詞たる地竜アースドラゴン。
ほかにも油断できない魔物はいるが、この辺りが脅威度が高い魔物であろうということが、ここ三日での調査で判明した。
また、オールレンジスキャンを放った調査の結果では、無数に開いた横穴には魔物が潜んでいることも多いが、鉱物資源がそのまま露出している場所も多くあるようで、天然の鉱山とも言える場所となっていた。
植物相でいえば乾燥地帯に主に生える豆類やサボテンの薬効植物、非常に高値で取引される赤黒い色をした激辛トウガラシなどが見受けられた。
調査は順調といえば順調なのだが、まだ判明していないことが二つある。
一つ目は、これはいいことなのか悪いことなのか判断は難しいが、“リソース”の影響を強く受けたと思われる強力な魔物は発見されていなかった。
この場所に多くいる魔物はどれもチェックしたが、空から見える範囲やオールレンジスキャン内の反応を見る限りではそういった個体は発見できていなかった。
いるかいないかわからないので、いないという可能性もあるが、何とも確定し辛い悪魔の証明のような状況であった。
そしてもう一つは、修正点の正確な位置であった。
マップ上に光点にて表示されている以上見つからないというわけはないのだが、その場所を上空から見た限りでは見つけられなかった。
というのも、その光点のある場所は、引きで見れば谷の中にあるエアーズロックとでも言おうか、円形の台地を構築する岩壁の中心部のあたりを光点が指し示していた。
推測するに、おそらく修正点の場所は岩壁の内部、近辺の穴から繋がる先の、さらに下った地下あたりにあるようなのだ。
岩壁の厚みからか、オールレンジスキャンの適応範囲ではその修正点がある場所までスキャンが届かず、ちょっとどうしたものかと考えていた。
しかし、場所を知らない事にはどうにもならないなと、せめて地下まで通じて居そうな穴を外から解かった範囲でピックアップし、レイブンレイスに無理を言って洞窟内を飛んでもらった。
レイブンレイスも、もちろんウェイトリーの召喚したキャラクターユニットであるため『完全暗視』を備えている。
視界という意味では問題はないが、如何せん不慣れな場所での飛行は難しいようであった。
洞窟内であれば、今は手持ちにいないコウモリのアンデッドか、陸上系の偵察アンデッドを使うのが安定であるので、正直遠距離から行える調査はこの辺りが限界かなとも考えていた。
この辺りが、三日目朝までの範囲で解かった内容であった。
もどかしさにため息交じりに目を開いたウェイトリーの近くに来ていたマリーが声をかけた。
「うーん、広い」
「うまくいってないんですか?」
「いやまぁ……、正直、うまくはいってると思うよ。レイブンレイスを飛ばして調査できることは調べ尽くしていると思う」
「ということは、いつも通りに後は現地調査をする段階ですね。なにが不満なんですか?」
「いや、不満ってわけではないんだけど、修正点の正確な位置も洞窟の地下っぽくてわからなかったし、いるかもしれないリソース個体も見回った限りでは見つからなかったんだよ。
それがなんとなくままならんなぁと思っただけだ」
「妥当に考えるなら、強い個体はその地下の修正点がある場所にいるんじゃないですか?」
「シカはなんか違うところにいたからなぁ」
「あれはあの場所の草木を食べつくしたからじゃないですか? 思えばあそこだけ不自然に禿げ上がって固まった地面でしたし」
「言われてみればそうだな。初め見たときはイベントありそうな場所だなって思ってて、修正点だったからこれのせいかと思ってたけど、よくよく考えてみたら、あそこにシカの王様が居座ってたんだな」
それを聞いて納得したという風に頷いたウェイトリーは、なおのこと修正点の場所を見つけられていないことを歯がゆく思った。
そんな折、レイブンレイスから一つ、気になる場所を発見したとの報が入った。
確認するべく再び目を閉じたウェイトリーは、その光景を見て、おやおや? と呟いた。
それは、円形の台地からほんの少し離れた、谷底にあった洞窟であった。
ただし、その大きさが、他の洞窟の非ではない大きさの洞窟であり、緩やかに地面を下るように傾斜した洞窟であり、レイブンレイスが優に飛んでいけるほどの洞窟であった。
すぐにその洞窟を発見したレイブンレイスにその中を飛行して調査できないかと打診すれば、了承の意を返すや否や、そのまま洞窟へと飛び込んでいった。
緩やかに傾斜する洞窟には、天井部にギザギザのものがこすりつけられたような跡があり、逆に床部分は何かが引きずられた、或いは這ったかのように見える跡が残されていた。
しばらく暗闇の中を飛行するレイブンレイスの視界を借りたままその洞窟を進めば、やがて大きく開けた空間へと行き当たった。
完全な円形というわけではないが、直径およそ四百メートルほどの空間が広がり、その地下空間の中心部にて、ついにハンガーベイル渓谷の中規模修復点を発見した。
そして。
その場所で悠々と寛ぐ、全長およそ三十メートルほどと思われる巨躯に、大きく発達し巨大化した顎を持つアースドラゴンの姿も発見した。
「あー」
「なにか見つけましたか?」
「マリーさん、大正解」
「当たっちゃいましたかー。地下まで行けたんですか?」
「修正点がある場所の上の周りを調べてもらってたら、バカでかい洞窟があるのを見つけてな。
レイブンレイスも十分飛んでいける広さだったからそのまま飛んで行ってもらえば、修正点とバカでかいアースドラゴンがセットで発見できたよ」
「どれくらいの大きさなんですか?」
「頭から尻尾までで、多分三十メートルくらいだな」
「おっきいですねー。倒せます?」
「今の手札では無理じゃないか?」
「無視して修正点だけ修復できそうですか?」
「それは問題ないと思う。レイブンレイスも察知されてないみたいだし、俺がこそっと行くのは可能だろう」
「じゃあ無理して倒す必要はなさそうですね」
「かもな。あのクソデカ地竜くんめちゃくちゃリソース抱えてそうだけど」
「そう言われると倒した方がいいかもしれませんね」
「どうなんだろうな? 魔物に吸収されたリソースは倒した方が世界にとっていいのか、はたまた魔物に吸収されてる時点で既にどっちでもないのか」
「端末で回収したらめちゃくちゃDPもらえるってことはあるかもしれませんよ」
「ドラゴンに捨てる場所なしだぞ? スーパーもったいないなそれ。ギルドでの清掃業務で今のところDPは困ってないからなぁ」
「錬金術の素材としてもそうですね。お肉の味はどうなんでしょうか」
「ドラゴンの肉は、肉の中でも最上級のものらしいぞ。うまくないヤツもいるらしいが、少なくともハンガーベイルの地竜はウマイらしい」
「というか主さま、地竜持ってるんですよね? ちょっと肉を切り出して食べてみましょうよ」
「そうだな。それでウマイならクソデカ地竜くんは絶品かもしれん」
「じゃあ主さまはどうやって倒すか考えておいてくださいね」
「飯の話が絡むと、まぁそういう結論になるよな」
ウェイトリーは少し離れた場所で地竜を取り出して、やわらかそうな部分を切り出すか、と考えてみたところ、あれコレ俺のナイフ通るの? という至極真っ当な疑問に行き当たり、物は試しとナイフを突き立てて見たが、当たり前のようにナイフは通らなかった。
「ダメじゃんね」
「どうにかならないんですか?」
「斧、でどうだろうか? それかノコギリかツルハシ」
「どれも解体用の道具ではなさそうですね」
「あ、あのウェイトリーさん、それは……」
少し離れた場所とはいえ、普通にリーネリア嬢の視界の範疇であったため、突然現れた地中に興味津々といった風に近寄ってきた。
その姿を見止めて、あぁリーネ嬢に頼もう、と思い至ったウェイトリーは。
「リーネ嬢、切れ味の鋭さを追求した解体包丁みたいな武器を作れないだろうか」
「えっと……、出来なくはないと思いますが」
「ちょっと頼めないか? 解体して肉を食おうかと思ったんだが、切り分けに使えそうな道具がなくてな」
「はぁ。やってみましょう」
そういってリーネリア嬢はもはや慣れた手つきで、深い蒼でできた鋭く大振りなナイフを作り出した。
「これでいかがでしょうか?」
「少し借りるぞ」
その凍てつく解体ナイフを借り受け、再び地竜へとナイフを突き立ててれば、今度は辛うじてナイフが通り、できるだけ簡素に皮の一部を剥いで、肉の部分を切り出した。
切り出されたブロックはおよそ五キロといったものだった。
「血抜きとかしてないけど、どんなもんかね」
「焼きとゆでを試して素材の味を確かめましょう! それで美味しかったらちゃんと血抜きしてからギルドで解体してもらって、お肉は引き取りましょう。あぁ、血も集めておきましょう。いい素材です」
「んじゃいったんこいつはしまっておいてだな」
ウェイトリーは脇腹を切開された地竜を再びカードへと戻して、『野営地』を発動した。
それを見て、慣れた手つきでかまどに錬成炭をくべ、指を一振りしてマリーが火の準備を終えた。
かまどにそのままセットされている金網の上にスライスした地竜の肉を数枚乗せ、同じく近くにセットされている調理なべに水を張り、沸騰を待った。
水が湧くのを待っている間にも、炭火であぶられた地竜のスライスが筆舌に尽くしがたい芳醇な香りを放ち始め、居合わせた全員がゴクリと喉を鳴らした。
焼きあがったそれを、それぞれがウェイトリーとマリーが箸で、リーネリア嬢がフォークで受け取り、それぞれが口に入れた。
「はぅ……。美味しい……」
「はははははっ」
リーネリア嬢が貴族令嬢がしていいギリギリの顔でとろけ、ウェイトリーは真顔のままとても愉快そうに笑った。
「主さまがおいしすぎて壊れましたね」
「地竜ヤバイ」
「語彙力もなくしちゃいましたか」
「よし。リーネ嬢、アーシアを呼んできてくれ。今日は焼肉パーティだ」
「お任せを!」
バビュンという速度でリーネリア嬢はアーシアの家へと駆けだしていった。
その後、小屋の近くで開催された焼肉パーティは、護衛の二人にアーシアの家族も交えての宴会と化した。
ウェイトリーは足りなくなった肉を地竜から山ほど補充し、マリーは地竜肉をより美味しく食べるためのタレを錬金術で作り、挙句には地竜しゃぶしゃぶのためのつけダレまで用意してそれを振舞っていた。
「マリー先生! このタレの作り方を教えてください!」
「レシピ本に書いておいてあげましょう。ちょっと変わった調味料もいりますが、それの作り方も載せておきます」
「ウェイトリーさん。私はあとどの程度努力すれば地竜を狩ることが出来るでしょうか?」
「自分で狩りに行くのか? 兄ちゃんに怒られるぞ」
「この味の前では些細なことです」
「まぁ……、そうだな……。あ、ちょうどナイトスケルトンたちが地竜を倒したときの映像があるから見るか?」
「見たいです!」
そして、洗練された連携により為す術なく討ち取られる地竜の映像にリーネリア嬢は大興奮し、護衛騎士の二人も唸り声を上げていた。
地竜焼肉パーティは大盛況のまま終わるのであった。




