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デッドマスターはあんまり動じない  作者: 八神 黒一
5章 ハンガーベイル渓谷の異変
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087 スパイクアルミラージとの乱戦

 事態が動いたのは昼を過ぎた頃であった。

 今までは一か所に集まっていたウサギ集団の半分ほどが、森の方へと引き返していったのだ。

 それを受けて、その場に集まっている人間たちは、このまま森へと引き返して何事もなく終わるんじゃないか、という期待を膨らませていた。

 

 しかし、世の中はどうやらそううまくはいかないようで、森へと向かって行ったウサギ集団のおよそ七割程度が森から足早に出てきたかと思うと、残っていたウサギ集団がそれに感化されたようにざわつき、ついにはいくつかのまとまった数で方々へと走り始めた。


 ウサギ集団が森へと向かった時から警戒状態にあった騎士と冒険者はそれに対応するべくすぐ様に行動を開始し、ついにスパイクアルミラージ大森林種との戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 ここに集まっている冒険者は十分にスパイクアルミラージとやりあえる実力を備えたものがほとんどで、ルドルファス氏の指揮する騎士たちももちろん十分に戦える実力を持っている。

 数こそ相手方に大きな分があるが、最初の激突とその後の流れは人間側が優勢であった。

 

 しかし、侮れぬは大森林。そこに住まうスパイクアルミラージ。

 通常の個体であれば余裕をもって対処できる冒険者たちも、大森林種であるスパイクアルミラージに少しずつ傷を負わされており、また、適応力とでもいうべきか、戦うほどにスパイクアルミラージたちは冒険者たちに連携して傷を与え、少しずつ重傷者や戦闘不能者を出し始めていた。

 

 状況を見るに、劣勢とは言わずとも、優勢とは言い難い状況に陥り始めていると言えた。

 

「ナイトスケルトン」

 

 空からその光景を見据えていたウェイトリーは目を開いて、メインデッキへ呼びかけ骸の騎士を呼び出した。

 

「ウェイトリーさん」

「危なそうならフォローする。さっき言ったことは覚えてるか?」

「護衛の二人と、ナイトスケルトン先生と離れず行動し、連携して戦う」

「いいだろう。ナイトスケルトン、リーネ嬢と一緒に頼む」

 

 ナイトスケルトンは右手を握り、それを胸へと当て力強く頷いた。

 

「行ってくるといい。存分に力を使ってこい」

「はい!」

 

 そして、白銀の少女は風のように駆け出し、戦場へと向かって行った。

 

「マリーさん。ここは任せるよ」

「お任せを。主さまも存分に」

「あぁ」


 ウェイトリーはフードをかぶり、ゆったりとした動作のまま、静かに消えるように戦場へと歩いて行った。

 

 

 リーネリア嬢は身体強化魔術を戦闘用へと調整して、護衛騎士の二人とナイトスケルトンを置き去りにする形で戦線へと飛び込み、今まさに押されている冒険者に飛び掛からんとしていたウサギの頭を、深い蒼の直剣にて切り飛ばした。

 

「ご無事ですか」

「ああ! 助かった!」


 押されていた冒険者はすぐに建て直し、その間をリーネリア嬢がフォローする。

 ポーションを呷り建て直しを完了した冒険者が見たのは、向かってくる三頭のウサギの頭を鮮やかに刎ねるリーネリア嬢の姿であった。

 冒険者は感心したように声を上げた。

 

「嬢ちゃん! 凄腕だな!」

「先生がいいので」

「ソイツは羨ましい話だ!」


 冒険者の男も負けじとアルミラージを倒しながら、周囲の状況を確認した。

 

「こっちは多少マシになったか」

「私は他の場所に行きますが」

「ああそうしてくれ! 嬢ちゃんのお陰で助かった! 終わったら一杯奢らせてくれ」

「まだお酒は飲めないので」

「マジかよ!?」

「では」


 そういって合流した護衛とナイトスケルトンと共に他の冒険者たちの元へ向かいながら、行く手を阻むスパイクアルミラージの首を落としていく。

 しかし、移動の隙を付くかのように飛び込んだスパイクアルミラージが完全な死角よりリーネリア嬢へと飛び掛かり、その鋭利な角が突き刺さらんばかりに肉薄する。

 気配に遅れて気づき、すぐさま対応しようと体を捻ろうとした時、その角が一本の剣にまるでからめとられたかのように軌道を変えられ、そのまま地面へと突き刺さった。

 そして、その突き刺さったウサギの首を無慈悲にナイトスケルトンが一刀のもとで切り捨てた。

 

「助かりました」

「……。」


 ナイトスケルトンは、自身の目に手を当てて、隠すような動作をしたあと、指を稲妻を象るように振ってからリーネリア嬢を指さした。

 一瞬、何を伝えているのか理解できなかったが、訓練にて何度も教えを乞うていることが幸いしたのか、すぐに伝えていることがなにかわかった。

 

「電流探知魔術ですか?」

「……。」


 ナイトスケルトンは頷いて、それを使っておくようにという意思を込めて頷いた。

 

「入り乱れた現状では難しいかもしれませんが……」

「……。」


 今度はまず自分を指さし、スパイクアルミラージの対処に当たっている護衛騎士二人を順番に指さして、今一度使うようにという意志を込めて頷いた。

 

「連携ですか? フォローする?」

「……。」


 胸に手を当てて力強く頷くナイトスケルトン。

 それを見て信頼できる先生の言うことならばと、リーネリア嬢は電流探知魔術を発動した。

 無数に入り乱れる強弱様々な反応に、やや混乱はするが、少しすれば、ウサギと人間の差をちゃんと理解できるようになり、またそれは周辺一帯で死角になる部分でもおよそ感じ取ることが出来ていた。

 

「よさそうです」

「……。」

「ありがとうございます。行きましょう!」

「……!」


 頷くナイトスケルトンと護衛騎士の二人を連れてリーネリア嬢は押されている冒険者をフォローしたり、数が多い場所へと斬りこんだりとを繰り返すのであった。


 その姿を見た多くの冒険者が勇気づけられ力をもらい、負けてなるものかと奮い立ったのは言うまでもなかった。



 対してウェイトリーはというと、完全に空気となっていた。

 まるでそこに誰もいないと言わんばかりにウサギからも冒険者からも認知されず、ウサギの小集団にアンデッドロックを放ってばらけさせ、手が空けばスカルピアサーを投げ、傷が酷い冒険者がいればそれに簡易修復(インスタントリカバー)を使い、手が空けばスカルピアサーを投げ、いい感じの集団に対して葬焔を放って焼き払い、手が空けばスカルピアサーを投げ、結構な重症と思われる冒険者に修復(レストア)を使い、手が空けばスカルピアサーを投げてを繰り返していた。

 この間、誰一人としてウェイトリーを認識できていなかった。

 そのせいで回復された冒険者はややパニックになるものすらいた。

 

 なぜ、ウサギにはもちろん、冒険者にすらウェイトリーは認知されていないのか。

 その秘密は、ウェイトリーが持つ複合スキルの一つにある。

 それは『天地一心』と呼ばれる隠密系でもやや風変りで強力なスキルである。

 普通、隠密スキルといえば、姿を見つけることができなくなったり見えなくなるスキルである。

 だが、このスキルの本質は見えなくなることではなく、見えているのに認識できなくなることにあった。

 そこにあることが自然なもの。

 例えば森の中の草木、例えば荒野の岩、例えば川の水や泡、例えば街中の群衆の中の一人、例えば空間に満ちる空気や風。

 誰もがそこにあるのは不自然ではないと思ってしまう、無意識下にあるこれは警戒するべきもの、対処すべきものであるという認識を外してしまうスキル。

 故に、厳密にいえばウサギたちも冒険者たちもウェイトリーのことは見えている。

 ただ、それを個人とは認識できないし、岩や木などと差があるとは思えないのだ。

 それこそが『天地一心』という隠密系最強とすら言われるスキルの正体であった。


 ウェイトリーはまるで散歩でもするかの如く戦場を練り歩き、人類側が有利になるように行動を起こし、ナイフを投げ回復を投げ魔術を投げを繰り返す。

 

 大混乱に陥ること必至なためアンデッドを大量に出すわけにはいかない今の状況でウェイトリーができる最適解であった。

 

 片眼を瞑り、俯瞰視点で戦場を見る。ヤバそうな冒険者にフォローを入れつつリーネリア嬢を確認すれば、それはもう暴れに暴れているのを確認出来て、うーん、と一言。

 

「こっそりと参戦すればと言ったんだけどなぁ。スーパー目立ってるなリーネ嬢。まぁあの容姿であの暴れっぷりだもなぁ、そりゃ無理な話か」

 

 連携も様になってきている、いや、むしろどんどん洗練されて行っているようで、ナイトスケルトンや護衛騎士の二人との息のあった討伐は見るものを魅了してやまない。

 見惚れてやや危ない冒険者もいるのが少しばかり困ったところであった。

 

「それ以上に士気も上がってるみたいだが、なっと」

 

 スカルピアサーを投げつつ、フォロー業務に勤しむウェイトリーであった。

 

 

 リーネリア嬢の活躍と冒険者たちの奮闘、そして問題らしい問題なく討伐を続ける騎士とルドルファス氏。

 人類側に完全に形勢が傾き、あとは時間の問題か、と思われたそんな時であった。

 大森林より、強烈な気配と共に駆けだしてきた黒い影が、状況を一変させた。

 

「ファングウルフだ!」

 

 いち早くそれを察知した冒険者の男が叫び、その魔物の存在を伝えれば、人類側に緊張が走る。

 その声を上げた冒険者の一党にそのファングウルフは素早く駆けより、目にもとまらぬと言わんばかりの速度で爪を振り、牙を剥いた。

 あまりの展開ではあったが、辛うじて致命傷は避けたが腕にがっつりと噛みつかれ、その冒険者は振り回されるようにして投げ飛ばされた。

 

「くそ! 生きてるか!?」

「わからんが、それどころじゃねぇ!」

「おいおい嘘だろ!? まだ出てくるぞ!」

 

 そう声を上げた冒険者は大森林から無数にやってくるファングウルフの群れに戦慄する。

 大森林のファングルウルフは群れをつくり、大森林での生存競争を続けている。

 それが、辺境伯領の冒険者と騎士へと襲い掛かった。

 

 ウサギよりも大きな脅威を前に気合いを振り絞り立ち向かうが、各所で被害が増していた。

 阿鼻叫喚といった様相の中、一つの冒険者パーティへと噛みつかんと襲い掛かったファングウルフがいた。

 最前の位置にいた冒険者は死を覚悟する牙にさらされ、明確に終わりを感じたその瞬間。

 深蒼の大盾が冒険者と狼の間に突き立てられ、その死の牙の脅威を押し返すものがいた。

 

「そう容易く、砕けると思わないでください!」

 

 気合一声、直剣から槍へと持ち変えたリーネリア嬢がファングウルフへと槍を突き出した。

 しかし、阻まれ押し返されたと見るや素早く身を翻したファングウルフには深く突き刺すことは出来ず、浅い刺し傷を残す程度にとどまった。

 

 ファングウルフはリーネリア嬢を即座に脅威とみなし、すぐに三頭ほどが集まり、三方から一斉に攻撃を仕掛けた。

 正面から、右から、左から。

 真正面はリーネリア嬢が全力で止めるとしても、両サイドは如何ともし難い。

 その光景を見ていた冒険者たちは自身の盾となった少女の終幕を感じ、そうはさせぬと一頭でも体を張ってでも止めるべく動いた。

 だが、それでももう一方はどうにもならないと思われた。

 

 盾で何とか押し返し、冒険者が決死の覚悟でファングウルフを受け止め、そして覚悟を決めて片腕で受けるべく槍を持つ手を突き出し、すんでまで迫った牙がリーネリア嬢に触れるその刹那。

 フリーと思われたその狼の身体は不自然に硬直し、その場に釘付けとなった。

 

 リーネリア嬢は目を見開きつつも、すぐさまそれに止めを刺すべく槍を振り、狼を薙ぎ、頭に槍を突き刺した。

 

 すぐに残っている二頭へと視線を戻すリーネリア嬢であったが、そちらは既に終わっていた。

 盾に押し返された狼はナイトスケルトンに首を落とされ、冒険者たちが止めた狼は護衛騎士の二人が止めを指していた。

 

 何とかその場を死者無しで切り抜けたリーネリア嬢は、自分の盾となってくれた冒険者に頭を下げた。

 

「体を張って止めてくださり、ありがとうございます。とても助かりました」

「馬鹿なこと言うなよ、嬢ちゃん。そもそも嬢ちゃんが俺たちを救ってくれたんだぜ」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。嬢ちゃんが防いでくれてなきゃ俺たちゃ死んでたぜ!」


 致命傷ならずも大きな傷を負いながらも笑いながらそう答える冒険者たちにリーネリア嬢はバックパックから人数分のポーションを取り出して冒険者たちに渡した。

 

「私の親友が作ったポーションです。かばっていただいたお礼に使ってください」

「いいのか?」

「遠慮せずにどうぞ」

「嬢ちゃんは俺たちの天使サマだな!」


 ポーションを受け取りながら陽気そうに笑う冒険者たちに当てられてリーネリア嬢も笑った。


「すまんが天使サマ、他のところも頼めるか?」

「お任せを。次は狼の首を落として見せますよ」

「そりゃ頼もしいこった!」


 冒険者たちに見送られながらリーネリア嬢は使い慣れた蒼の直剣へと持ち変え、次のファングウルフへと向かって行った。

 

 

「無茶ばっかりするなぁ、もう」


 スカルピアサーを間に合わせたウェイトリーは他の冒険者たちや騎士たちのフォローをしながらリーネリア嬢のフォローも忘れてはいなかった。

 

 リーネリア嬢の活躍により、士気を取り戻した冒険者たちの奮闘ものあり、群れとは言っても人類側の人数に対してそう多くはないファングウルフたちはほどなくしてすべて打ち取られ、スパイクアルミラージも大半が討ち取られ、ごくわずかな数が大森林や周辺地域へと逃げって行った。

 逃げた数からみても、現状町や村には騎士や冒険者たちが配置されているため被害になるようなことはまずないと言えるだろう。

 

 これにて、スパイクアルミラージのスタンピードは終息したのであった。

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