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デッドマスターはあんまり動じない  作者: 八神 黒一
5章 ハンガーベイル渓谷の異変
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085 緊急依頼「魔物氾濫の兆し」

 マリーが腕輪への刻印とエンチャントを行った日から三日後。

 八月も終わりへと近づいたこの日、ウェイトリー、マリー、アーシア、リーネリア嬢、そして護衛騎士の二人は二度目のフィールドワークの為に冒険者ギルドへとやってきていた。

 今日は、前回のフィールドワークを思い出しつつ、ギルドでの手続きなども二人に行わせるつもりでギルドへとやってきたのだが、ギルドの雰囲気がいつもとやや違うことにウェイトリーはすぐに気が付いた。

 混雑は過ぎた朝の時間帯ではあるのだが、冒険者の出入りがせわしなく、受付カウンター付近にも普段よりも多くの人が行きかっていた。

 これを見て、雨季の時にあった川の氾濫のような緊急事態状態にあるのではないかとウェイトリーは察した。

 

「二人とも、どうにもギルドの様子がおかしい。今日は二人に手続きをしてもらって前回と同じような探索をするつもりだったが、場合によってはそれはなしってことにしてくれ」


 何となく雰囲気の違いを察していた二人は静かに頷いて言葉に従った。

 

 ウェイトリーは、できればエリナ職員に話を聞きたいが、と視線を巡らせたが、受付の対応に当たっているため今は話を聞けそうな感じではないと判断して、それほど急いでもいなさそうな冒険者を捕まえて話を聞いてみるかと思っていたところ、併設された食事場の脇にある二階の階段からグラッツギルドマスターが一束の書類をもって降りてきた。

 グラッツギルドマスターは入り口近くにいるウェイトリー一行を目に留めた後、目線で少し待てと言わんばかりの視線を寄越してから、受付カウンターへと入っていった。

 数分して出てきたグラッツギルドマスターは真っすぐにウェイトリー達の元にやってきてから口を開いた。

 

「話をするから上まで来てくれるか」

「ここじゃできない話っすか?」

「そうでもねぇが、場合によっちゃな」

「了解っす」


 特に異を唱えることも無くグラッツギルドマスターに従ってギルド二階にある応接室へと赴いた。

 

 ギルドマスターが「掛けてくれ」というのに従って、添えぞれが席に着いたのを見てから状況の説明が始まった。

 

「まず端的に言やぁ、魔物氾濫、スタンピードの兆しがありとみなされた」

 

 それを聞かされたアーシアはとても驚いた顔をして、リーネリア嬢はスッと目を細めた。

 ウェイトリーとマリーは特に変わった様子はない普段通りの表情であった。

 

「だが、まだ兆しってなところでどこかの村や町に被害が出たってわけじゃねぇ」

「つまり今ギルドがてんてこ舞いになってるのは、それぞれの村や町の防衛や、討伐の割り振りで忙しいってわけっすね。

 氾濫ってのは、やっぱり大森林っすか? 地図を調べた時はそんな感じはなかったはずっすけど」

「黒森なのは間違いねぇはずだ。

 話は大森林東部の森の際に、スパイクアルミラージの黒森種が複数たむろしているってのを近くの町の冒険者ギルドに所属する冒険者が発見してな。

 そのギルドもすぐに討伐の依頼を出して冒険者に対応させようとしたんだが、改めて討伐隊が出向いた時にはこれまた数が増えててな。

 現場の判断でこのまま討伐に当たるのは危険で、かつスタンピードの可能性ありってんで、辺境伯領の冒険者本部であるここに緊急依頼って形で舞い込んできたのが、朝の張り出しの頃ってところだ」

「今のところそのウサギ集団が動き出しそうな気配はないんすか?」

「そのはずだ。だが、数はまだ増えてるって聞いてる」

「……なんか変な話っすね」

「そうだ。変な話なんだよこれは」

「なにが変なんでしょうか?」

 

 リーネリア嬢は二人が感じた違和感の正体が分からず、それを確認するため疑問を口にする。

 

「普通、魔物のスタンピードが起こるなら森の中で大群になった結果、外にあふれ出して大体は特定の方向にまとまって邁進するってのが常なんだが……」

「少しずつ森の外で集まるのは不自然だということですか?」

「そういうこったな」

「なるほど……」

「まるで、生息域を追われた個体がなんとか森の近くで集まってるって感じっすね」

「……符術師、こいつぁもしかしてお前が言ってた案件なんじゃねぇか?」

「関係あるかもしれないっすね。近いですし」

「地竜の巣からの影響が出ているということですか?」

「まぁまだ何とも言えないと言えば言えないけども、可能性は無きにしも非ずって感じだな」

「グラッツおじさま、お父様には?」

「ロイドももう動いてる。ルドルフの坊主も出張ってるはずだ」

「お兄様も?」

「あぁ。冒険者の討伐隊と合同で騎士隊の現場責任者として出向いてるはずだ」

「そうですか」

「まぁあの兄ちゃん、マリーさんとやりあってたのを見る限り、スパイクアルミラージに遅れをとるような感じじゃなさそうだし、適任だろうな」


 再起不能になってなくて心底よかった、と思ったのはウェイトリーの心の内にだけ秘めておいた。

 説明がひと段落といったところでギルドマスターが本題を話し始めた。


「んでよ、符術師。お前も現地に行ってくれねぇか」

「いいっすよ。討伐の協力と、その後の調査って感じっすか?」

「そうだ」

「了解っす。ちょうど物資の買い込みもある程度終わってたんでこっちとしても渡りに船って感じっすね」

「お前、大森林にまだ用事あったのか?」

「ちょっと知り合いにお礼の品を届けに行く用があるんすよ」

「……あの知り合いか」

「そっす。あーギルマス、もしいい酒を持ってるならお金は払うんでいくつか譲ってもらえないっすか?

 酒場でそれなりに仕入れたんすけど、コレってのはなかなかなくて」

「そんないい酒持ってねぇよ。そういうのはロイドに言え」

「そんな気軽に言えるわけないじゃないっすか」

「お前がそういう良識を持っててよかったよ」


 話がひと段落したところで、ウェイトリーは二人に数日程度は自主練を言い渡そうと思い口を開こうとした、その時であった。

 

「ではウェイトリーさん、現地でどうすればいいか、道すがら教えてくださいね」

「は?」


 とはリーネリア嬢の言葉であった。

 

「行くつもりなのか?」

「もちろんです。この領を守るのはベンゲル家の使命ですし、今は冒険者としても活動しています。当然行きます」

「いやぁ、リーネ嬢ちゃん、流石にそれはロイドも許可出さんと思うぞ?」

「こっそり行きます」

「俺に言っちまったらこっそりにならんだろ……」

「グラッツおじさまは私が現地へ行ってから、お父様に報告してください」

「んなことしたら俺がロイドに絞められるわ」

「お願いします、グラッツおじさま」

「いや流石に……」

「グラッツおじさま」

「あのなぁ……」

「グラッツおじさま」

「少しは話を聞け」


 その攻防をやり取りする中で、押され気味で劣勢なグラッツギルドマスターはちらっとウェイトリーを見たかと思うと、妥協案を口にした。


「符術師が面倒みるなら考えてもいい」

「俺っすか」

「そもそも今お前は教育依頼を受けてるところだろ」

「まぁ別にいいっすけども」

「いいのか?」

「真面目な話をすれば、今のリーネ嬢ならスパイクアルミラージ十頭程度がまとめて襲ってきても、一人で何とかできるんじゃないかって気もするんですよね」

「……マジでスーパー魔法剣士に育ててんじゃねぇかよ。まぁそれならいい。ロイドには俺が言っておく」

「ありがとうございますグラッツおじさま」

「あんまり無茶するんじゃねぇぞリーネ嬢ちゃん。符術師も目を離すなよ」

「うっす」


 そちらの話はひと段落ついて、ギルドマスターは今度はアーシアへと話を向けた。

 

「そんでよ、アーシア嬢ちゃんにも話があるんだよ」

「私ですか?」

「あぁ。て言うのもな、スパイクアルミラージならそこまで大きくはならんだろうが、それなりの被害が予想されるだろうからな。下級と中級のポーションの増産を頼みてぇんだが、それは可能か?」

「下級ポーションならちょっと使い勝手は悪いかもしれませんが、百倍濃縮の練習でできた三十倍とか四十倍と五十倍濃縮のが結構いっぱいありますよ」

「ありがたい。この際、多少使いづらくても全然かまわねぇ。中級はどうだ?」

「すぐに出せる在庫はあんまりないです。でもたくさん作れるくらいの素材はありますから作ろうと思えばいつでも作れますよ!」

「そりゃいい、……ってかもう中級も作れるんだな」

「上級も作れますよ!」

「……こっちも大概だな」


 呆れたような顔をしながらマリーへと視線をやるグラッツギルドマスターであったが、そこで何かを思いついたのか、今度はマリーが口を開いた。

 

「というか、アーシアちゃんも現地に行けばいいんじゃないですか? どうせ怪我人が出るのは現地なんですし、ここで作って運ぶより、現地で作ってそのまま渡した方が手っ取り早いと思いますよ」

「え゛っ」

「あー、ギルドとしちゃそれでかまわねぇが、そんなこと出来んのか?」

「私の生徒ですから道具さえあればそこいらの野原だって立派な工房ですよ」

「そうか……。ならまぁ、臨時物資補給役のギルド職員をつけるから、金勘定はそいつに任せて、ことが無事終わったらギルドでまとめて払う形でいいか?」

「助かります。現地でお金のやり取りはちゃんとした人がやらないともめ事になりかねませんしね」

「あの私の意見は」

「アーシアちゃんもいっしょに行こ」

「えぇぇぇぇ……」

「すまんが頼む、アーシア嬢ちゃん」

「わかりましたぁ……」

「よし。じゃあ馬車もこっちで用意する。時間はどの程度欲しい?」

「一時間ほどで」

「わかった。東門のところに用意しておくから、この依頼表をギルド員に見せてくれ」


 手早く手元で依頼表を書き上げて、それに自身のサインを入れてからグラッツギルドマスターはウェイトリーに渡した。

 それを受け取りつつも、ギルマスって筋肉モリモリで解体場で仕事してるわりに書類仕事めちゃくちゃ早いな、とその手際に感心していた。

 

 それから、各々が準備に取り掛かり、特に問題らしい問題もなく一時間後に領都を発った。

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