084 刻印とエンチャント
アーシアに普通の錬金術を教え始めてから五日後。
おおよそ集中する必要がある作業が終わったとのことで、本日は久しぶりにマリーを伴ってアーシアの小屋へとやってきたウェイトリーは、もはや定位置となっているテーブル席に付いて、この一週間のことをぼんやりと思い出していた。
ミスリルの腕輪を作ったことで教え損ねた最後の技術である簡易錬成は、主に錬金術を使って素材を簡単に加工する技術であり、それは植物類の乾燥であったり、物体の粉砕であったり、混合物の選別であったり、鉱石類の金属抽出であったりであった。
これにもアーシアは特に苦とすることなく恙なく実行することが出来ていた。
そのため、もっぱら錬成炭の錬成と、もう一本用意したミスリルインゴットを使った物質変形を練習していた。
その物質変形もそれなりに成長しており、大まかな形や造形は綺麗に形作ることができるようになっていた。
しかし、アーシアはウェイトリーが作った腕輪のような洗練されたレリーフのようなものも作ってみたいらしく、過濃縮の検証の傍ら、ミスリルに真剣に向き合っていた。
そんな一週間だったな、とウェイトリーが思いを馳せていると、アーシアが久々にやってきたマリーへとウェイトリーが作った腕輪を見せていた。
「マリー先生! これ見てくださいコレ!」
「おや? これはどうしたんですか?」
「ウェイトリーさんが作ってくれたんです! リーネちゃんとおそろいで!」
「おやおや。それはよかったですね。ちょっと良く見せてもらえますか?」
「どうぞ!」
そういって腕につけたそれを掲げながら見せるアーシアの手を取って、腕輪を真剣に眺めるマリーは「ふむふむ」と呟きながら、何かを考えているようであった。
「いいデザインじゃないですか主さま」
「安直にそのまま形にしただけだぞ」
「いえいえ。それぞれが何を表しているかもしっかりわかりますし、レイアウトなどもバランスがとれていていいじゃないですか。
こういうところは出版業の賜物ですか?」
「レイアウトなんかのバランスはある程度そうなんだろうな」
「いいじゃないですか。刻印やエンチャントもしてあげればよろしかったのに」
「刻印もエンチャントも俺には難しいよ。刻印なんて爆発物しか作ったことないし、そういうのはマリーさんのが適任でしょ」
「このデザインに私がメスを入れるのはなかなか根性がいりますね」
「腕輪の内側には何も彫ってないからそっちなら入れやすいと思うぞ」
「なるほど。これはまた手の抜けない案件ですね」
「えーっと、なにかするんですか?」
アーシアがやや不安そうな顔を浮かべるのを見てマリーは微笑みながら問題ないと告げた。
「いえ、傷ついたり壊れたりしないように保護を掛けたり、ついでに防御魔術を発動できるように裏側に文字を彫るだけですよ。変にいじったりはしないので安心してください」
「そんなこともできるんですか?」
「エンチャントは錬金術に関係する技術ですね。魔法袋なんかはほぼ同じ技術で作られてますよ」
「おーそうなんですね」
「あーマリーさん、オートアジャストってつかないか? 教える流れで作ったせいでサイズを今でちょうどいいように作っちゃったから成長するとそのうちに身に着けられなくなるんだが」
「お任せください。ついでに盗難防止も組み込みましょう」
「頼んだ俺が言うのも何だが、なんでそこまで組み込めるかね……」
「それは当然私が刻印術の術式元位も持っているからですよ」
「はいはい元位、元位」
ウェイトリーはもうお手上げだなとでも言わんばかりに手を上げて肩を竦めた。
そんな話をしているとリーネ嬢もやってきたので、腕輪を持っているなら見せてほしいとマリーが言った。
アーシアと同じく腕に着けていたそれをマリーに掲げ見せると、マリーはこれまた「ほうほう」と言いながらそれをじっくり眺めた。
「剣と大槌、槍と盾、それに雷と氷のモチーフ、それからこれは……、もしかして氷仙桔梗ですか?」
「よくわかったな?」
「むしろ主さまこそよく氷仙桔梗なんて知ってましたね? 幻の植物ですよこれ」
「アーシアのをヒリカハチスにしたからな。リーネ嬢のも幻の植物でリーネ嬢に合いそうなものを考えたらそれに行きついたんだよ」
「もしかして実物を見たことあるんですか?」
「採取もしてたし持ってたこともあるよ。こっちに来るときのもろもろのせいで、今はもうないけどな」
「うわーもったいな羨ましい!」
「あの、マリー先生。その氷仙桔梗というのはどういったものなのですか? 普通の桔梗とはなにか違うのでしょうか?」
「氷仙桔梗は、言うなれば桔梗の魔力変異種ですね。非常に強い氷の属性を秘めていて、不老の薬効があるとも言われる花で、採取できる場所は寒い地域の冬の雪山だけと言われています。
蒼く透き通った美しい花弁をした花で、まるで桔梗の形をした氷の結晶のようだと聞いています」
「そんな感じだな」
「そのような花があるのですね。いつか見る機会に恵まれるとよいですが、この辺りでは難しいでしょうね」
「そうですね。このあたりの地域は比較的温暖な地域ですし、見るのは難しいでしょうね。
そもそも、寒い地域の冬の雪山ならすぐに見つかるというものでもないんですよ。加えて、以前発見されたという場所であってもまた見つかるかと言われればそんなことはないそうですし」
「まさに幻の植物なのですね」
「私にとっても憧れの植物の一つです。よもや主さまが持っていたことがあるとは知りませんでした」
ジト目で睨んでくるマリーの視線を素知らぬ顔で躱しながら、ウェイトリーは話を戻した。
「リーネ嬢も来たなら、刻印とエンチャントを済ませたらどうだ?」
「そうですね。刻印もエンチャントもモノが出来ているのであればそう時間はかかりませんからサクっとやってしまいましょう。二人とも、少しの間腕輪を貸してください」
そうして二人から腕輪を受け取った受け取ったマリーは、テーブルへと着き、腕輪の内側を指でゆっくりとなぞって感覚を確かめてから、周辺の魔力を微細精密に操り、繊細で細かくも美しい刻印文字を内側に刻みつけていった。
腕輪一本につきおよそ五分程度で作業を終えてから、腰に着けている資材カードを収納しているポーチからテニスボール大に固めた無属性魔石が十個ほど入ったカードを取り出して発動し、腕輪一つに付き一つのテニスボール魔石を使って刻印を発動させ定着させた。
「これで『致命傷防御』『深度10毒回復』『深度10精神異常回復』『所有者登録』『登録者余剰魔力蓄積』『盗難防止』『サイズ自動調節』が済みましたので、エンチャントもやっちゃいますね」
次にテーブルに置いてある錬成盤の上に腕輪を二つ並べ、そのテニスボール魔石を四つほど一緒に錬成盤に乗せた。
そして、気負った様子もなく錬成盤へと手を当てて、錬成盤を起動。
光り輝く方陣に魔石が解けるように吸い込まれ、いっそう光りが強くなり、パッと光ったかと思うと、魔法陣の光は消えていた。
それを確認して腕輪を持ち上げてじっくりと確認してから、「よし」と一言呟いて頷いた。
「できましたよ。二人ともつけてみてください」
そう言われた二人はその腕輪に腕を通そうとすれば、一瞬スっと大きくなり、驚きつつも腕を通せばちょうどいいサイズになるように腕輪が縮んでピッタリと腕に収まった。
「す、すごいこれ!?」
「こんなことができるんですね……」
「エンチャントは『自動修復』と『不壊』にしておいたので、腕輪の魔力が完全になくなってしまわない限りは傷なんかは勝手に直りますし壊れませんよ」
「ま、魔力?」
「つけている二人が普通に回復する余剰魔力を吸収して腕輪に魔力をため込む機能があるので、つけてれば問題ありませんよ。
もちろん、魔道具を使う要領で腕輪に魔力を流しても貯蔵できます」
「あの、文字を彫った方はなんだったんでしょうか?」
「えーっとですね、簡単に言うなら、致命傷になる攻撃に対して相応の強度で勝手に障壁を展開する機能と、毒を回復する機能、精神系攻撃を回復する機能、所有者登録した人の魔力を貯蓄する機能と、登録者の許可なしで腕輪を付けたり持ち去ったりが出来なくなる機能と、付けるときに大きくなったり縮んだりしてわかったと思いますけどサイズを自動で調節する機能が付いてます」
「えぇ……」
的確な魔術指導と、幻影とはいえ勇壮なるドラゴンで人々を薙ぎ払うほどの技術を持つ魔女のいうことを信用しているがゆえに、何がどうしてそんなものをポンと用意してくれているのだと言わんばかりの、非常に困惑した表情でリーネリア嬢はマリーを見た。
「リーネ嬢の反応は正しいぞ。この魔女はやっぱりおかしい」
「防御重視ですしかなり手心を加えた方ですよ? 『自動迎撃』や『増幅触媒』も、『貯蔵魔力放出』と『攻撃魔法術式』も乗せませんでしたし、『持続回復』や『スタミナ回復』もないですし、ステータス上昇系効果も乗せませんでした、他にも乗せられるところでいえば―――」
「オーケーわかった。節度を守ってくれてありがとう」
「とにかくすっごいパワーの腕輪ってことですね!」
「いえいえアーシアちゃん。普通のお守り程度のアクセサリーですよ」
「んなわけあるか」
「こ、こんなものをいただいてしまってよろしいのでしょうか……」
「気にしなくていいですよリーネちゃん。二人のことは生徒としてとても気に入っていますし、腕輪の代金も主さま持ちです。
この程度のプレゼントなら気にする必要皆無ですよ」
「あの、ウェイトリーさん、腕輪のお値段は」
「いらんよ。ミスリルの地金程度なら別に大した額じゃない」
「リーネちゃん、ミスリルのインゴットの半分ずつだから多分三十五万ドラグくらいだよこれ」
「……そんな値段で到底買えるような品じゃないと思うのですが。そもそも、ウェイトリーさんの素晴らしい彫金だけでも百万ドラグは下らないと思いますが」
「そういってくれるのはうれしいが、別に俺くらいの錬金術使いならこれくらいはそう難しくないからそんなに持ち上げないでくれ。
ぶっちゃけて言えば、デザインやセンスもマリーさんが作った方がいいものができると思うぞ。
二人も見たろ? あの幻影魔術の劇とか」
「あれはすごかったですね!」
「確かにすごかったですが」
「それに防御周りの装備はそれなりの日常生活でも戦う上でも持っているに越したことはない。
護衛のお二人としても防御系の装備は、願ったりかなったりなんじゃないか?」
そういってちらりとウェイトリーが護衛騎士二人に目をやれば、二人は深くうなずいていた。
「というわけで気にせずもらってくれ。……正直、今マリーさんが用意してるモンの方がもっとヤバいのは間違いないから」
「それはいったいどういう……」
「ささ、今日も張り切って訓練始めていきましょうか!」
手を大きく二度叩いて、有無を言わせぬニコニコ顔でマリーがそういって話を強引に打ち切り、二人はそれぞれの訓練に励むのであった。




