083 普通の錬金術
翌日。
同じくアーシアの小屋へとやってきていたウェイトリーは、リーネリア嬢の訓練をナイトスケルトン、ヘビーナイトゾンビ、それから護衛騎士の二人に任せて、アーシアに普通の錬金術を教えるために、小屋の中でテーブルについた。
「ウェイトリーさんって、ホントに錬金術使えるんですか?」
「疑う気持ちはまぁわかるけどもな。ただ、俺が使えるのは普通の錬金術でアーシアほど達者じゃないのは事実だよ。
だがまぁ、見てもらった方が早いだろうからやって見せよう」
そうしてウェイトリーはアーシアに売った、まな板代わりに使われていた錬成盤をテーブルに置いて、その上に、大森林で採取した品質が九あるいわゆる薬草のヒナ草一本と水の入ったポーション瓶を並べた。
「うわぁすごい。いい薬草ですねこれ」
「大森林で採取した奴だからな」
「味はどうですか?」
「アーシアの薬草ほどウマイというわけではないが、苦みもえぐみもそれほどないよ。薬効は最高クラスだけどな」
「いいなぁ……。いずれは味以外も勝ちたいですね」
「それはアーシアの努力次第だ。さて、この素材を見て俺が何を作ろうとしているかはもちろんわかるな?」
「魔石はないですけど、下級ポーションですよね?」
「そうだ。じゃぁちょっと見ててくれ」
そうして、錬成盤の端に両手をあてて、盤面に刻まれた方陣を起動して、下級ポーションの錬成を行った。
錬成盤の上に置かれた薬草はほどけるように光となって、水の入ったポーション瓶と交わり、時間にして十秒ほどで、美しい緑色の液体の入ったポーション瓶だけが錬成盤の上に残った。
「えっ」
「できたぞ」
「え、早すぎでは?」
「まぁ錬成盤を使った錬金術はこんなもんだ。魔石の話があったけど、魔石の代わりに自分の魔力を使って錬成している。後は錬金術のスキルレベル、いや技術習熟度ってところか」
「こんなに早く作れるなら鍋で作る意味がないんじゃないですか?」
「いやそんなことはない。これで作れるのはレシピが確定させているものかつ、画一的なものしか作ることができない。
それに、薬草の品質が直でポーションの品質に直結するから、例えばアーシアの薬草を使って錬成すると良質なポーションにはならないんだ」
「あーそれは厳しいですね」
「まぁレシピの調整である程度対応できるといえばできるんだが、なんというかまぁ、良質な素材を使ったごり押しとか、大量生産用だな。
とにかく急いで数を用意したいときとかには有効かもしれない」
「なるほどー」
「……まぁ、実を言えばマリーさんやアーシアレベルなら大量生産でも鍋でやった方が早いかもしれないんだけどな」
「そうなんですか?」
「多分な。あとはそうだな。メリットがあるとすれば、この錬成盤一枚あればどこでも錬金術を使えるのはメリットと言えるかもな。
俺みたいな冒険者兼業錬金術使いは出先の野営地なんかでちょちょいとってことも無いとは言えんからな」
「ほうほう」
「まぁアーシアからしたらポーションを錬成盤で作るメリットはほぼないと思っていい」
「じゃあ私は何を教えてもらうんですか?」
「ポーション以外のものの作り方と、物質変形なんかの技術と、それから簡易錬成だな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね? メモ取ります」
いそいそとマリーから習った講義の内容などを書き留めているノートを取り出して、聞いた内容を書き始めた。
内容のメモが取れたのを確認してからウェイトリーは続きを話し始めた。
「今日はとりあえず、一番簡単かつめちゃくちゃ便利な『錬成炭』を教えよう」
「れんせーたん?」
「炭だ。錬金術で作る木炭だと思えばいい」
「木炭ですか。普通の薪より高くてあまりウチでは買いませんね」
「でも木炭のが煮炊きに使うにしても、冬場の暖を取るのに使うにしても使い勝手がいいだろ?」
「それはそうですけど」
「それが錬金術で簡単に作れたらめっちゃうれしいってならん?」
「なりますね!」
「というわけでだな、今回用意したのは街で買ってきた普通の薪の束だ」
そういってウェイトリーはバックパックの中から薪を取り出して錬成盤の上に並べた。
「そして、錬成炭を作るのに必要なもう一つの素材は普通の灰だ」
「灰? かまどの後に残る灰?」
「そうだ。この灰は基本的にどんなものでも構わない。今回は買ってきた薪を灰にして持ってきたから、それを使う」
そうして同じくバックパックから壺に詰められた灰を取り出して、薪の隣に並べた。
「分量はだいたい薪二本につきアーシアの手で灰一握りってところだ。灰が少ないと錬成が失敗するが、多くても灰が多少無駄になるだけだから、気持ち多めに見積もった方がいいかもな」
そういってウェイトリーは錬成盤の上に四本の薪を並べて、壺から灰を二度ほど掴んで薪の上に掛けた。
アーシアがふむふむ、と頷くのを確認してから、ポーションの時と同じように手を当ててから錬成を開始する。
すると、薪と灰が輝いて混じりあい、シュルシュルと二割ほど縮んで薄い黒色をした木炭へと変貌した。
ウェイトリーはそれを両手にとって軽く打ち合わせれば、キン、キンという澄んだ音が響き渡った。
「おぉー!!」
「これで元の薪の大体二倍から三倍は長く燃えるから、これなら大したコストはかけずに、普通の薪を燃焼効率のいい錬成炭に変えることができるし、薪に向かない木材でもある程度は燃焼効率のいい炭に変えられるから、覚えておくとかなり便利なはずだ」
「これ、私もすぐできますか!?」
「一番簡単なレシピだからできると思うぞ。やってみるといい」
そうして、アーシアの方へと錬成盤をずらして、手順を教える。
それに従ってアーシアは薪を四つ並べて、灰を二握りと少しを掛けて、錬成盤に手を置いた。
「これで、どうすれば?」
「出来上がるものを何となくでもいいからイメージしながら錬成盤に魔力を流してみてくれ。出来上がったこれを見ながらやるのもいいかもな」
「わかりました!」
そうしてアーシアが錬成盤へと魔力を流せば、ウェイトリーがしたのと同じように方陣が光り、薪と灰が輝いて混じりあって、いともたやすく錬成炭へと変わった。
「おぉー! 結構簡単ですね!」
「普通は何回か失敗して錬金術スキルを高めるんだけど、一発成功はもはや驚かんな。流石はマリーさんの生徒だ」
「わーい! これってどれくらい一気に作れるんですか?」
「錬成盤に素材が乗せられる分とそれに必要な魔力があれば、理論上、どれだけでも一気に作れるぞ」
「え? じゃあ薪の山を一気に錬成炭に変えることもできるってことですか!?」
「薪の山と必要な灰を乗せられる大きな錬成盤と魔力があればな。……いや、魔力は魔石を錬成盤にいっしょに乗せればある程度肩代わりできるかもな」
「この錬成盤じゃ小さいですね」
現在使っている錬成盤は五十センチ四方のもので薪をうまく積んだとしても、せいぜいが一束程度で山と言えるほどは詰めないであろうサイズであった。
ややガッカリとするアーシアだが、ウェイトリーはそれを否定するように口を開いた。
「錬成盤は別にこれと同じような鉄板である必要はないんだ。デカいシーツに同じ魔法陣を書けば、それでも機能する」
「そうなんですか!?」
「あぁ。ただ、シーツだと畳んだり汚したりして魔法陣がズレたりすれば発動しなくなるんだけどな。それにこの鉄板は魔力伝導率がいいから、使う魔力が少なくて済むというメリットもある」
「なるほど……」
「ぶっちゃけて言えば、魔力効率は結構落ちるんだけど、正確に魔法陣を描けるなら地面にクソデカイ魔法陣を書いても機能するから、薪の山をまとめて錬成炭に変えるならそれでもいいかもな。
この錬成盤でやる四、五倍程度は魔力がいるだろうが、錬成炭はそもそもそんなに魔力を必要とせず作れるし足りない分は魔石でカバーもできるだろうからな」
「なるほどー。でもこれ結構細かいから書くのは大変そうですね……」
アーシアは錬成盤に描かれている魔法陣を見ながらそう口にした。
「まぁそうかもな。しかし小さく描くよりもデカく描く方が写しやすいのは確かだぞ?」
「あーそれはそうですね」
「俺が知ってる錬金術師は、自分のアトリエの床に水晶絵具っていう魔力伝導効率のいい塗料ででっけー魔法陣を書いてそれを使っていろいろ作ってたぞ」
「そういう人もいるんですね」
「他には、上等なシーツみたいな布に魔法陣を刺繍したものを持ち歩てる錬金術師もいたな」
「それも便利そうですね」
「まぁもし大量の錬成炭を一気に作りたいなら何かしらやってみればいいさ。というかなんで大量に欲しいんだ?」
「え? だって冬場とかあれば便利じゃないですか。お母さんも喜びそうだし。
でも便利だからって言っても、何回も薪ばっかり錬成するのはめんどくさそうだし、一気に出来たら楽だなって」
「ホントマリーさん似てきたな……」
やや呆れたウェイトリーは一度、話を切ってから、次の内容を話し始めた。
「よし。これがまぁいわゆる一般的な錬金術の初歩だ。ここからはちょっと踏み込んだ普通の錬金術を教えていくぞ?」
「はーい。えーっと、物質変形、でしたっけ?」
「そうだ。使うのはこれと、これだな」
そういってウェイトリーは鈍い鉄色のインゴットと、白銀のインゴットを取り出した。
「こっちが鉄色のが普通の鉄で、こっちの白銀のがミスリルだ」
「ミスリル? へー初めて見ました」
「どっちも街で買えたものだが、ミスリルってバカ高いんだな。五キロインゴットで七十万ドラグもしたわ」
「めちゃくちゃ高いってのは聞いたことがありましたけど、そんなに高いんですね……」
「魔法金属は洒落にならんってのを初めて知ったよ。まぁそれはいい。
物質変形はその名の通り物の形を変える錬金術だ。木や石でも可能ではあるんだが、金属が分かりやすいしやりやすい方だから今回はこの鉄とミスリルを使う」
「どうやるんですか?」
「ちょっと見ててくれ」
そういってウェイトリーは鉄のインゴットを錬成盤に乗せて、両手を錬成盤に当てて少し首を回してから集中して魔力を流した。
方陣が光り、鉄のインゴットが一度輝いたかと思うと、鉄のインゴットがとろけたようになって雫型となった。
アーシアは驚いたような顔をしながらそれを眺めていれば、ウェイトリーはその流体化した鉄を流動させ、スプーンとフォークの形へと成形した。
形が出来上がった後、ウェイトリーはゆっくりと手を放して、そのスプーンとフォークを手に取った。
「まずまず、かな」
二つを打ち付けて強度を確認してから、それをアーシアへと差し出した。
「おー、すごいですね」
「わかりやすいかと思ってこの形にしたけど、これただの鉄で普通に錆びるから食器には向かないんだけどな」
「じゃあなんでこの形にしたんですか……」
「鉄って魔力伝導率がそこまでよくないからな。複雑な形にするのは難しんだよ」
「そうなんですか? じゃあ……、腕輪とかはどうです?」
「いいぞ」
そういって今一度錬成盤に手を当て、残っていた鉄の雫をアーシアの腕に合いそうな大きさの腕輪型へと加工した。
なんの装飾も飾り気のない腕輪ではあったが、一応は腕輪の形にはなった。
「おー」
「まぁこれが物質変形だ。モノの形を変える錬金術だな」
「これも私にできるんですか?」
「試してみるといい。やり方は、錬成盤を通して魔力で作りたいものを形作るイメージだな。
ただ鉄はかなり難しいから、アーシアはミスリルでやった方がいい」
そういってウェイトリーは武骨な腕輪を残して、スプーンとフォークを錬成盤に乗せて、雫へと戻し、一つになった雫をインゴットの形に整形しなおしてから、鉄のインゴットをミスリルと入れ替えた。
「やってみるといい。最初は少ない量で大雑把な形を作るようにして見るといいだろう」
「やってみます!」
ふぬぬぬ、と謎の声を上げながらアーシアは錬成盤へと手を付けて、ミスリルへと魔力を流していく。
問題なくミスリルは雫へと変わり、そこから半分ほどをウェイトリーが作った武骨な腕輪と同じように形作った。
やや、不格好にはなってしまったが、同じような大きさと同じような形に整形できていた。
「驚いたな。これも一発か。流石はマリーさんが認めるだけのセンスの持ち主だな」
「すごかろ?」
「すごいすごい。天才錬金術師だな」
「ふふーん!」
得意げな表情になったアーシアはウェイトリーに聞いてみた。
「ウェイトリーさんは、ミスリルならどれくらいすごいのが作れるんですか?」
「えぇ? いやぁ俺は生産職じゃないからなぁ……。あんまり芸術的なものを要求されても困るんだが……」
「マリー先生が見せてくれた劇みたいにすごいの作れないんですか?」
「無茶言うなよ……」
「なんか作ってくださいよぉ~」
ニヤニヤしながらウザ絡みするアーシアにウェイトリーはげんなりした真顔で答えた。
「メンドクサっ。……あんま期待すんなよ?」
そういってウェイトリーはアーシアに代わり錬成盤へと手を当てて、一度目を閉じて長考した後、残りのミスリルの雫を加工し始めた。
それは先ほどと同じような鉄の腕輪であった。
しかし、一目見て明らかに違った。
芯になる腕輪部分にツタがやわらかく巻き付くようなデザインで、芯の部分にはヒリカハチスの花を象ったレリーフとポーションの瓶と火にかけられた鍋、それから水が流れるようなモチーフとそれに対をなす様に堅い岩のようなモチーフも彫り込まれていて、極めつけは芯に沿うようにゆったりとつけられた継ぎ目のない繊細なチェーンであった。
それを作り上げて、長く深い息を吐いてから錬成盤から手を離して、ウェイトリーは完成した腕輪を持ち上げてアーシアへと渡した。
「俺のセンスだとこの辺が限界だ」
「想像してた百倍すごいのが出てきた!?」
驚愕と共に受け取ったそれをじっくりと見るアーシアは、この腕輪に彫り込まれているレリーフは全て自分に関係するものだというのがわかり、それがたまらなくうれしい気持ちになった。
呆然と、自分にとってかけがえのないほど素敵な腕輪をしばらく眺めて、アーシアはおずおずと顔を上げた。
「……あのぉ、ウェイトリーさん」
「やるよ。そんなに気にいるとは思わんかったが」
「ホント、ですか?」
「まぁそれをインゴットに戻すのもなんか忍びない」
「うれしいです。ありがとうございます。……あでもミスリルって高いんじゃ」
「別にかまわんよ。俺もそれなりに稼いでるからな」
「ホントにホントにいいんですか?」
「いいよ」
「やったぁ! あっ、あの、これ、もう一つ作れますか?」
「もう一つ? まぁまだ半分残ってるし作れるが……。あぁ、リーネ嬢にか」
「そうですそうです!」
「辺境伯令嬢が喜ぶようなもんかねコレ」
「絶対喜びますよ!」
「わかったわかった。じゃあリーネ嬢を呼んできてもらえるか?」
「わかりました!」
そういってその腕輪を持ってアーシアは小屋の外へと駆けていった。
その後ろ姿を苦笑しつつ見送りながら、ウェイトリーはリーネリア嬢のモチーフに相応しい意匠を考えるのであった。




