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デッドマスターはあんまり動じない  作者: 八神 黒一
4章 不人気依頼担当冒険者
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075 育成方針の話し合い

 ドラゴンブレス事件から一週間後。

 何となく集まる場所となっているアーシアのポーション工房。

 

 そこで、濃縮率をかなりの確率で十倍にできるようになったアーシアが、濃縮の最終試験かつ冒険者ギルドへと卸すためのポーションを生産しており、倍率チェックにウェイトリーは付き合っていた。

 

「今度はどうですか?」

「これも大丈夫だな」

「よーしよしよし。今何回連続成功ですか?」

「これで七十二回目だな。目標は百回連続ってのも無茶を言うと思ったもんだが、なんか普通に行けそうな感じだな」

「私めっちゃ集中してますよ、これ初めからになったら何日か寝込みそうだし……」

「まぁその気持ちはわからんではない」


 濃縮の最終試験として出された課題が、濃縮率十倍の下級ポーションを連続百回成功させることであったのだ。

 無論、一日でできる量ではないのだが、昨日の内に五十回、そして今日は朝から始めて現在二十二回目の成功を収めたところであった。

 五十回のポーション製作はアーシアには難しかったはずなのだが、昨日の五十本が終わった時点でもアーシアはまだ余力を残していた。

 アーシアの魔力制御が格段に、いや常軌を逸した上達をしており、その結果、生活水魔術で出す水などで発生する魔力ロスが格段に減り、錬金鍋の中で稼働させる魔力も何度も使いまわせるようになっていた。

 魔力の扱いに精通してきたことによって回復量も増えているようで、それが事実上の消費軽減にもつながっていた。

 また保有する魔力量も爆発的に増えていて、最初に出会った頃のアーシアと比べれば、総量はその五倍ほどにまで増えていた。

 

 ウェイトリーは、何となくやってることがマリー染みてきたなこの少女、と内心思いつつ、そのうちその辺の魔力を利用しだしたらいよいよだな、などと考えていた。


 そのマリーはというと、今はテーブルの上で、リーネリア嬢と一緒に『猫』を作っていた。


 ドラゴンが火を吹いたあの日。

 アーシアの工房にて、マリーが披露したのは、ドラゴンブレスの惨劇ではなく、この世界に存在する有名な童話の再現であった。

 幻影で再現された登場人物たちを動かし、投影されたホログラムのような幻影たちが劇を行うというもので、劇と一言で言っても、それはもはや再現された箱庭世界のようであった。

 それを見たアーシアとリーネリア嬢は大層感激して、他の劇もとせがんだが、それは自分でできるようになりましょう、とリーネリア嬢への課題を出した。

 まずは、幻影を出せるようになるところから。

 靄や湯気のようなものでいいので、それを任意の場所に出して置けるように、というものであった。

 使うのは火と水の生活魔法で、それらを応用して、陽炎や蜃気楼のような現象を疑似的に再現するのだという。

 その程度であれば、リーネリア嬢はいともたやすく成功させた。

 もとより才能があり、長年の身体強化で魔力の扱いに長け、生活魔術のおおよそ全てを不自由なく使える程度にマスターした成果がいかんなく発揮されたといったところだろう。

 

 その次の課題が、指定された形、箱型の四角であったり、ピラミッドのような三角であったり、ボールのような球体などを、その湯気や靄に生活光魔術を使って投影するという課題であった。

 

 これには、やや苦戦したものの、何とか食らいつき、簡単な造形やサイズ変更であれば、自由にこなせるようになっていった。

 最初につまずいたのはそれらを複数出せるようになること、そしてそれらに任意の色をつけることであった。

 これがどうにもうまくいかず、その日はそれでお開きとなった。

 

 翌日、教育方針は無理のない範囲でリーネリア嬢の思うとおりにお願いする、という内容をベンゲル辺境伯と話し合い、ウェイトリー達も無理のない範囲で、他の依頼などをこなしたりそれ以外のことに時間を使いながらでいいので期間一杯教えてやってほしいとのお達しであった。

 

 再開した複製と着色の習得に数日を費やすこととなったが、何とかそれにも成功し、ようやっと思い描いたような形を作ることとなり、リーネリア嬢が題材に選んだのが、猫であった。

 本人曰く、カラスとかなり悩んだそうなのだが、アーシアと一緒に遊んだ猫に決めたそうだ。

 

 テーブルの上には、マリーの作った本物と見まがうような猫とリーネリア嬢が必死になってそれを真似たやや歪で不格好な猫と、それをのんびり眺めるゴーストキャットが鎮座していた。

 

「魔力はもう少しやわらかく使わないと次が難しくなりますよ」

「で、ですが、そうするとすぐに解けてしまって、あぁ! か、顔が……」

 

 猫の頭が膨張して、耳が消えて、それを修正して元に戻して、そうすると今度は尻尾が消えて、あぁ、あぁ! という声が小屋内に響いては消えてを繰り返していた。

 

「頭のパーツ、胴のパーツ、尻尾のパーツという風に作るのではなく、頭から尻尾までを一つとしてまとめるようにしてみてください。そうすれば部分ごとに解けるのを予防できますから」

「わ、わかりました……!」

 

 リーネリア嬢がドラゴンの威を借りて薙ぎ払うのはまだまだ遠そうであった。

 

 

 アーシアの七十五本目の成功を一区切りとして昼食がてら休憩することを提案したウェイトリーに全員が賛成して、休憩となった。

 

「リーネちゃんは、幻影モドキ以外だと、どういった魔法を覚えたいと思っているんですか?」


 あらかじめ調理して持ち込んだカエルと鶏卵の他人丼の昼食を振る舞い、それに好評を得て、食後の一杯でのんびりとしたところでマリーがリーネリア嬢へと問い掛けた。

 食べたことのないおいしい料理に幸せそうに舌鼓を打ち、大満足でお茶を嗜んでいたリーネリア嬢は、やや真剣な顔をして、口を開いた。

 

「これは、お父様に相談して、もう少し考えた方がいいのではないかと言われたことなのですが」

 

 そう前置きを入れてから自身の考えを口にする。

 

「私は、正面を切って魔物と戦えるようになりたいです」

「おや? それはまた大胆な考えですね」

「ヘン、でしょうか?」

「そういうわけではありませんが、リーネちゃんがそのように考えていたとは想像が付きませんでした」

「武家に生まれた矜持、ってところか?」


 さして驚いた風もなく問いかけるウェイトリーにリーネリア嬢は静かに頷いた。

 

「私もベンゲル辺境伯家の者です。ベンゲル家はこの国において、ノアルファール大森林の魔物からの守護を預かる家系です。

 自身を守り、家族を守り、民を守り、国を護る。

 それは代々続くベンゲル家の誉れでもありますし、私の憧れでもあります」


 そう語るリーネリア嬢の瞳に宿る色は強く、ベッドに腰かける今にも折れてしまいそうな少女はどこにもいなかった。

 

「ウェイトリーさんのお陰で身体が万全となり、身体を動かす自由を得た今、私も父や兄のように、そうありたいという願いがあります」

「なるほど。なかなかの意志を感じますね」

「いいんじゃないか? 止める辺境伯の気持ちは理解できるが、結局、リーネ嬢の思うとおりにお願いするって言ってたのは、辺境伯としても根底にある思いは同じってことじゃないか?

 まぁ、無理のない範囲でと強く言っていたところにまだ未練を感じるが」

「ですねー。しかしそれではなかなかのハードスケジュールになりますよ?」

「覚悟の上です」

「いいでしょう。護衛の皆さんにはやや胃の痛い思いをしていただくかもしれませんがご了承ください」


 いきなり矢を向けられてビクっとした護衛騎士二名は、えっそれはいったいどういう、という顔をしたが、マリーはニコニコ顔で答えなかった。

 そんな護衛騎士たちを無視して今後の育成プランを話し始めた。

 

「身体強化魔術は細かいテクニック程度しか教えることができませんし、これは幻影モドキを練習する過程で魔力制御力が向上すれば比例して向上するはずなので、……そうですね。

 主さま。近接戦の訓練を積むべきかと」

「まぁ必要だろうな」

「次に雷。これは今回は応用性の方を重視します。雷撃を飛ばしたり雷を落とすような魔術はこの依頼が終わるころに自習用の魔導書を作っておくので、それで覚えてください。

 今回覚えていただくのは、雷を応用した索敵系魔術や相手の行動を読み解く魔術、それから雷撃の自身への強化転用魔術ですね」

「わかりました」

「最後に氷ですが、これはもろもろのことを考えて、凍結武装にしようと思っています」

「凍結武装、とはなんでしょう?」

「氷魔術を使って自身の使用する武器や防具を組み上げる魔術ですね。身体強化の相性を考えるとこれが最適のように思えます」

「遠距離攻撃の類は、全部後々の魔導書か?」

「そうですね。放つタイプの攻撃魔術は魔力使用の効率化を突き詰めてから行った方が威力も効果も段違いですからね」

「そうなのか。まぁ当面の遠距離は凍結武装ってので作ったナイフなり槍なりを投げればいいか」

「凍結武装は戦闘での打ち合いに堪えうる強度で組み上げるのが基本ですから、その強度のものを正確に投げつけられるのであればそのまま脅威になりますからね。

 それに、教えるにしてもその方がお得意でしょう?」

「まぁな」

「ただ、今回のプランにはいくつか越えねばならない問題があります」

「それは、なんでしょう?」


 リーネリア嬢が不安そうに聞いた。

 

「今回のこれはリーネちゃんの優れた身体強化を軸に置いた、それをさらに押し上げるための育成プランです。

 そしてそれはつまり、身体強化での接近戦を主に想定しています。

 なので、もし接近戦がダメダメだとプラン変更をせざる終えません」

「なるほど……」

「それから、凍結武装の話をしますと、これは氷で作る武器ですので、理論上あらゆるものをあらゆる重さで作ることができます。つまり敵対する相手によって相性のいい武器を使い分けることができるということでもあります」


 マリーは広げた掌の上に、手のひらサイズの氷で作られた複数の短剣や直剣、短槍に長槍、突撃槍、斧に大斧、メイスにハンマー、大鎌、盾と大盾などなど、様々な武装を作って見せた。


「これの一番の問題は、武器の使い分けなど可能なのかという問題です」

「まぁ普通は得意な武器種一本、ないしそれをフォローするサブの武装を一つ二つ嗜む程度に覚えるのが普通だよな。

 騎士が剣をメインに使うとしても、合戦で戦う場合に槍に持ち変えることもあるし、いざという時のために短剣を使えるようにしてる、といった場合だな」

「それと同じ程度に使えれば御の字ではありますが、理想を言えばあらゆる武器を使いこなせる武芸百般であることが望ましいですね」

「武芸百般、ですか……」

「とまぁいろいろ言ってきましたけど、これは近接戦が多少でもものになって、ちゃんと使えるレベルの氷の武器が一つでもものになればあとは本人の努力と工夫次第でどうとでもなるので、いいんです」

「はい?」

「実を言うと、一番の問題は雷なんです。雷撃を放つ魔術を覚えるのは適性があれば結構簡単なんですが、応用となると途端に難しいです。

 特に雷の応用はうまく扱えなければ自身に被害がありますからね。今あげた中では実は最難関なんです」

「な、なるほど……」


 やりたいと言っては見たものの、これは思っていたよりも遥かに大変そうだぞ? というのをひしひしと感じて若干顔が引きつっているリーネリア嬢。

 それをのほほんと見ていたアーシアであったのだが。

 

「それとアーシアちゃん。私の生徒として、アーシアちゃんにも多少の戦闘訓練はしてもらいますよ」

「うぇ!?」

「畑の薬草だけで作れるポーションには限界がありますし、自分で薬効植物の良し悪しを見つけて調べて活かせるようにならないと創薬錬金術師として大成しませんからね。

 護衛をつけてもらうにしても、自分でも自分を守れるように、少なくとも街の南東の森でお昼寝できるくらいの戦闘能力は身に着けてもらいますよ」

「そ、そんなぁ!?」


 突然の標的変更に助けてウェイトリーさん! っといった視線を送るアーシアであったが、これに関してはフィールドワークの重要性を十分に理解しているウェイトリーも大賛成なので、目を瞑って頷くだけであった。

 ちなみに、南東の森でお昼寝できるくらいの戦闘能力は概ね六等級上位から五等級冒険者ほどの実力になる。

 もちろん、あの森にそんな戦闘力は必要ないし、八等級冒険者が潜る程度の森なのだが、お昼寝できるという部分が難易度を非常に上げていた。

 いくら難易度の低い場所とはいえ、普通は危険地帯と言われるような場所で寝たりはしないからだ。


「と、言うわけで、アーシアちゃんは濃縮の試験が終わったら魔法の訓練をします。そしてリーネちゃんは護衛騎士のお二人と主さまに身体強化魔術を使った接近戦の手ほどきを受けてください」

「やだぁぁぁぁ、薬草育ててそれでポーションだけ作ってたいぃぃぃ」

「ヤダはなしですよ」

「ほれ、哀れな薬草少女よ。さっさと残りの二十五本完成させるぞ」

「アーシアちゃん、頑張ろうね!」

「リーネちゃんのうらぎりものぉぉぉぉ」



 今後の方針が纏まり、それぞれがそれぞれのやることに取り掛かった。

 若干一名、嫌々を隠せていないものもいたようだが。

 なお、嫌々を隠せていない割に、十倍濃縮は完璧で、その日の内にちゃんと残りの二十五本を完成させた辺り、技術の熟達と根の真面目さが発揮された薬草少女であった。

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