074 推定ペテン師の魔法戦
辺境伯邸に隣接する、領兵の訓練場。
ウェイトリー、ベンゲル辺境伯、リーネリア嬢、執事風の男性、そして訓練に励んでいた領兵たちが見守る中、そこでは二人の人物が相対するように立っていた。
ニコニコとした顔のまま自然に立つマリーと、敵意むき出しに短杖を構える十六、七歳ほどの少年こと、ベンゲル辺境伯家長子のルドルファス・ベンゲルであった。
「ウェイトリー殿、これは私の本意ではないのだが、止めなくてよろしいのか」
「どうでしょうかね。マリーはいろいろと魔法行使に関する制限を受けているはずなんですが、本人は大丈夫だと言っていますけど」
「先ほどの話がどうであれ、私は貴殿らに魔法の講師を頼みたいと思っている。別に力を示す必要はないと考えるが」
「でもそれではご子息は納得なさらないのではないですか?」
「あれには私が言って聞かせる」
「左様ですか? でも大丈夫だと思います。マリーほど魔法に精通する魔女――、失礼、魔術師も私は知りませんし、その本人が問題ないというのであれば大丈夫でしょう」
「しかし、事がことであれば相当な怪我を負う可能性も」
「その時は私が治しますよ。得意なので」
ウェイトリーはお決まりのいつも通りの真顔、或いはぼーっとしたような顔でのんびりと言ってのけた。
実際、ウェイトリーが考えているのは、制限受けてるってどういう範囲でなんだ、ということと、マリーさんと魔法戦なんかしてルドルファス氏の心が再起不能にならなければいいけど、ということだけであった。
そもそも、もし仮にこの場でマリーが死んだとしても、リキャスト時間を待ってまた呼び出すだけのことだなという理由もあるにはあるのだが、その前にはウェイトリーは確実に止めるつもりではあった。
ことの発端ともなったリーネリア嬢はというと、心配そうな視線を送ってはいるのだが、送られている視線は兄の方へと向かっている。
実を言うとこれは、怪我無く無事に負けてほしい、という願いであるのだが、躍起になっている兄の手前、それを口にすることはなかった。
なぜリーネリアがマリーの勝利を疑わないのかといえば、それはマリー本人の実力を知るからではなく、マリーの中にある魔力を見ることができるからでもなく、マリーが常に周囲一帯に漂わせている全ての魔力がマリーの支配下にあることを理解できてしまっているからである。
その魔力を的確に捉える瞳は、今まで父が寄越した魔法を駆使する医者や聖職者、はたまた高名な魔法使い、そして父や兄にもない、あまりにも異常な光景を、ずっと見ていたのだ。
「ルールは魔法の打ち合いだけにしましょう。近接戦は私には難しいので」
「いいだろう」
「では辺境伯様、開始の合図をお願いします」
「よいのだな? マリー殿」
「はい」
お互いに合意を取り、始まりの合図を待つ。
ベンゲル辺境伯はええいままよ、という気持ちではあったが、言われたとおりに開始の合図を受け持った。
そして、しん、と張りつめた空気が満ちていく中で、はじめ! というベンゲル辺境伯の声がそこに響いた。
「『焼き尽くせ、紅蓮の火槍』フレイムランス!」
その言葉と共に振り下ろされた短杖に従うように、数にして四本の燃え滾る炎の槍がマリーへと撃ち出された。
これは、何の魔法的防御も持ちえない人間に放たれれば、一本につき五人十人は焼き殺して余りあるほどの威力を持っている。
魔法的防御を持ちえたとしても、容易には防ぎきれないと言わざる負えないほどの優れた魔術であった。
もし、仮に本当にペテン師だとしたのなら、到底防ぎきれるものではなく、そこには一人の焼け焦げた法螺吹き女が出来上がる結果になるはずで、それは明確に殺意とすら呼べるものである。
唯一、温情があるとすれば、槍の速度であった。
その速度は、速くはあるが、両者の相対す距離からみれば、到達前に十分に回避できるだけの速度であった。
あえて避けることのできるようにされた温情でもあるが、その実つまり。
その本性がペテンではないのなら真正面から受けて見ろという挑発でもあった。
対して推定ペテン師の魔術師は、それを見てニコニコ顔を崩すこともなく、未だになんの構えも取ることなく、ただ自然な立ち振る舞いのまま、その火槍を全て受け入れた。
想像される惨劇に、目を背けた数名の領兵たちがいたが、その結果はあまりにもあっけないものであった。
何も起こらなかった。
ただ、それだけであった。
『魔女』は面白そうにニコニコとした顔のまま口を開く。
「今、なにかしましたか?」
「っ!?」
呆然としたのも束の間、すぐに理解不能な現状を切り捨て、矢継ぎ早に短縮詠唱を行い、今度は先ほどよりも遥かに数の多い二十に迫る火の矢を作り出し、それを絶え間なく撃ち放ち始めた。
それを見ていたウェイトリーは普通に感心していた。
威力重視のフレイムランスを防がれたので、継続的に魔術を当て続けることで変化がないかを確かめるために戦術を変えたのだろう。
正直、目の前であんなんされたら心折れるよな、という状況を瞬時に立て直してその戦術へと切り替えられる心持の良さは普通に素晴らしいと思ったのだ。
ウェイトリーはその一連の流れを見て安心していた。
あぁこれならあの少年が心折れることはないだろうな、と。
無数に生まれ瞬間的に存在する矢は二十を超え、それらを絶え間なく放ち続ける。
放たれた矢は寸分の狂いもなくマリーへと殺到している。
だが、なんの変化も起きない。
当たったと思った瞬間からそのすべてが搔き消えているようにしか見えない。
そんな光景であった。
だが、そんな光景に違う景色を見ているものがいた。
リーネリア嬢である。
彼女は、魔力を色として認識して見ている。
兄の放った火の槍も矢も全て、見えていた。
それを難なく絡めとり、魔力へと分解していくマリーの操る魔力さえも。
そして。
絡めとられ、分解した魔力が全てマリーの支配下に置かれ、その総量を放たれた魔法の分だけ増やしていっていることも。
その光景を見て、理解した。
もしこれが摂理と理合というものを理解するものと、しないものの差であるとするならば。
この試合は。
あまりにも無意味だ。
必死に戦い諦めず魔法を放てば放つほど『魔女』の操る魔力は増えていく。
しかし、その攻防が止んだ。
おや? といった雰囲気でマリーは問い掛ける。
「終わりましたか?」
「……どうやらペテン師ではないようだ。それは謝罪しよう」
ルドルファス氏は素直にマリーへと頭を下げた。
それを見て、案外素直ですねー、と思いつつも興味なさげに聞いてみる。
「そうですか。では終わりにしますか?」
「意地がある。自身でも愚かなことをしたと理解しているが、最後まで付き合ってほしい」
「いいでしょう。悔いなきようにどうぞ存分に」
そういってニコニコ顔に戻ったマリーを見て、今一度頭を下げた後に、改めて杖を構えた。
ルドルファス氏は今度はその場に立ったまま魔術を使うのではなく、マリーの周囲を回るように走りながら、火槍、風の刃、水弾、土杭などをあらゆる方向から続けざまに、全てタイミングをずらす様に巧妙に放っていった。
違う角度、違う属性、違うタイミング。
魔術で行えるありとあらゆる可能性を考慮して攻撃を続ける。
可能な限り同じ場所に威力も属性も違う魔術を放ち、また連続して同じ場所に高い威力のものを集中させる。
考えうる全ての攻撃を放った。
それでも。
『魔女』は動くことも、そしてそれらの魔術を見てすらもいなかった。
だが、全ての魔術は霞の如く搔き消えた。
再び立ち尽くすこととなったルドルファス氏は、意を決して、魔術の詠唱を始める。
「『其は火、何人を焼き尽くし、焦土と変える紅蓮。其は炎、一切を灰に、無に帰す烈火。其は火焔、永劫消えることなき紅蓮、永劫尽きることなき烈火。』」
爆発的に魔力が高まり、周囲の温度が上がったのかと錯覚するほどの魔力が放出されていく。
「『我、其を統べし者。一切無尽、万物灰燼と化せ。』エウレフタ・イグニオン!!」
瞬間、凄まじい熱量が放たれ、それは津波のように質量を持った炎として、マリーを飲み込んだ。
飲み込んだ、かに見えた。
そのように見えた瞬間、全てが嘘だったかのように掻き消えた。
焼けるほどの熱はもはやなく、そんな魔術など初めから誰も使っていなかったかのように周囲に空気は澄んでいた。
ルドルファス氏が立ち尽くす、静寂の中、マリーは手を叩きながら声を掛けた。
「その歳でここまで魔術が使えるなら、十分達者ですし、辺境伯様も優秀なご子息をお持ちで鼻が高いでしょう。
今のを無傷で防げる魔物は、なかなかいないでしょうね。もちろんいないとは言いませんが」
ひとしきり褒めた後、『魔女』は言葉を続ける。
「全ては出しきれたと思うので、これで終わりにしましょう」
誰もが、それは終わりの合図だと思った。
「なので」
『魔女』が謡う。
「最後に、少しだけ。“私たち”の“世界”を見せてあげましょう」
マリーが支配下に置いた、この場に満ちる全ての魔力が、震えた。
“何か”が編み上げられていく。
それが魔術なのか、魔法なのか。
はたまた、別の何かなのか。
最初に起こった変化は、訓練場の上に発した魔法陣であった。
それは、数奇な文字と形で作られた魔法陣ではあったが、ただ、その中央には牙を剥く龍の意匠が施されていた。
それを見たウェイトリーはというと。
「あー、吐きそう」
余りにも見覚えのありすぎる“負け筋”に口を押えて苦い顔をしていた。
「さぁ! 今日は力を貸してもらいましょう! 『召喚:ヴァルファードレドニクス』!」
それは、EWOにおいて、総合対人ランキング最上位、毎シーズン一、二を争う『ドラゴンファング』クラス最強の男の代名詞とも言われる、無窮の天にて最強を誇る天窮龍。
その名も高き、レジェンドキャラクターユニット『ヴァルファードレドニクス』である。
魔法陣より現れた、大きな翼に勇壮なる体躯。
空の支配者たる天上のドラゴンの威容は、その場にいる全てのものを震撼させた。
「薙ぎ払いなさい!『壊滅の息吹』!」
ドラゴンはその無双の口蓋を開き、龍威を知ら占めるべくその力を開放する。
全てのものが死か、或いは終わりを幻視した。
なんならウェイトリーすらも。
それは『ドラゴンファング』クラスのクラス専用スキルのレベル十にて使用を許される最強無敵のドラゴンブレスであった。
龍威は全てを飲み込み、全てを塵へと返すべく薙ぎ払われた。
その光に全てのものは飲まれ、どうしてこんなことになったのか、と考えることすらできなかった。
が、光が収まれば、自身に何も起こっていないことに気が付いた。
そこに『魔女』のおちゃらけた声が響いた。
「まー、これただの幻影魔術モドキなんで、ただの幻なんですけどね」
そういうや、圧倒的な存在感を放っていたドラゴンは風に吹かれて消えるかのように、歪んで薄れて、何事もなく消え去った。
「さて。力試しはこの辺でお開きですね。辺境伯様、リーネちゃんの教育方針の話に戻しましょう」
「いや、マリーさんや。この空気からそうはならんと思うよ」
「そうですか? 今の私は攻撃魔法は何も使えないので、今のが精々ですけど」
「一連の流れがあまりに身に覚えがありすぎて、死んだかと思ったぞ」
「いやー、一度はやってみたいって思ってたんですよね。主さまは思ったことありませんか?」
「めっちゃ思う。忌々しいことにあれを撃たれる側だった俺は特にな。
撃つ方はさぞかし気持ちいいんだろうなと何度思ったことか」
「実際めっちゃ気持ちよかったですよ」
「いいなぁー。この際幻影でも全然いいわ」
心底うらやましいといった風に告げるウェイトリーに、ふっふっふ、と笑うマリーであった。
そんな中、いち早く正気を取り戻していたリーネリア嬢が話しかけてきた。
「あのー、マリーさん、ウェイトリーさん。ちょっと……、みな、話ができるようになるまでに多くの時間が必要そうなので、お話の続きは明日ということにして、アーシアちゃんのところにでも行きませんか?」
「そうですか?」
「父にも、それと立ち直れるかわかりませんが兄にも時間が必要だと思いますので……」
ルドルファス氏は、口をぽかんと開けて、へたり込んで気絶していた。
これなら大丈夫だろうと思っていたのに全然そんなことなかったことについて、ウェイトリーは魂が抜けて昇天してしまわないことを切に願った。
「ではそうしましょうか」
「お願いします」
「家の方針はともかくとして、リーネちゃんは何から学びたいですか?」
「私が、ですか。そうですね……」
リーネリア嬢はしばらく考えこんでから、思いついたことを口にした。
「できれば、適性のある全てで何かしらをものにできればと思うのですが……」
「ほうほう」
そう言った後、なにやら少し照れくさそうにしながら、要求を口にした。
「その……、今しがた見せていただいた、幻影魔術モドキ、ですか? を、お教え願いたいのですが」
「あーいいですよ。あれは魔力制御のいい練習になりますし、見た目の精度はともかく実はただの生活魔法の範疇ですからね。
リーネちゃんも薙ぎ払いたくなりましたか?」
「あ、憧れが無いと言うと、嘘になります……」
俯いてモジモジしながら言うリーネリア嬢は年相応でたいへん可愛らしかった。
「じゃあ教えてあげましょう」
「……いいなぁ」
「主さまは天墜滅焔雨でいいじゃないですか」
「そんなもん撃つ機会ねぇよ」
そんな風に話しながら、魂の抜けたままになった辺境伯家の面々を放置して、ウェイトリー、マリー、リーネリア嬢の三人はのんびりとその場を立ち去って行った。
余談だが、訓練場は四方を壁で囲まれた露天の広場であるため、そこに巨大なドラゴンなどが現れれば、街中至る所からその姿を見ることができたはずなのだが、街は何事もなかったかのようにいたって穏やかであった。
というのも、マリーは幻影を作るのと並行して、それを訓練場外からは見えないようにする魔術も同時に展開していたのだ。
そのおかげもあって、超特大やらかしとはならず、大やらかし程度で済んだのであった。




