072 六等級長期依頼「魔術講師の斡旋」
行方不明の冒険者の捜索依頼から四日後。
二人は辺境伯邸へと赴いていた。
話は二日ほど前に遡る。
アーシアの工房にて講義を行っていた時にやってきたリーネリア嬢は、テキストとして渡した生活魔法の教本をおよそマスターしたことを聞き、その現状を確認して、その言葉が嘘ではないことをしっかりと確認できた。
生活水魔法を使ったお茶の淹れ方もずいぶんと上達しており、リーネリア嬢手ずから淹れたお茶を振舞われたウェイトリー、マリー、アーシアの三人は、全員が十点合格の札を上げた。
まだまだお茶の作法や美味しい淹れ方の練習は続けると語るリーネリア嬢であったが、それはそれとして、魔法などの技術について、次なるステップアップをしたいと考えているらしく、それをベンゲル辺境伯と相談したらしい。
その結果、紆余曲折を経ることにはなったそうだが、攻撃魔法などを含む、更なる魔法の教育の許可を得たらしい。
それについて、ギルドにて正式に依頼を出すので、ぜひ受けてほしいとのことであった。
内容は、およそふた月ほどマリーをメインに、ウェイトリーを含めたパーティにリーネリア嬢の魔法指導の指名依頼であり、その依頼を受領したのが昨日のこと。
そして現在に戻り、その打ち合わせのために、二人は辺境伯領主邸へとやってきていた。
領主邸の衛兵に依頼を受けて参上した冒険者であることを告げれば、丁寧な対応の下、しばし待つように言われ、時間を置かずして見知った顔の執事風の壮年の男性がやってきて、以前通された応接室へと案内された。
出されたお茶とお菓子に適度に手を付けつつ、待つこと十分ほどでリーネリア嬢を伴い、ベンゲル辺境伯が部屋へとやってきた。
立ち上がって、頭を下げる二人を手で制しつつ、ベンゲル辺境伯とリーネリア嬢は席へと着いた。
「橋の崩落ダムの一件以来だな、ウェイトリー殿、マリナウェル殿」
「その節は動きやすいよう独自の裁量権を与えていただき、ありがとうございました」
「いや。うまく収めてくれて感謝するばかりだ」
「グラッツギルドマスター殿から、長雨の影響で政務にかかり切りであると伺っていましたが、もうそちらの方は?」
「ああ。概ねな。まだ少しばかり再建がなっていない場所もないではないが、ほぼ終息している」
「それはようございました。して、此度のお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?
ギルドでは我々、と申しますかマリナウェルに魔法の講師をとのお話で、リーネリア嬢からもそのように伺っておりますが」
「ああ。リーネはずいぶんと生活魔法が上達していてな。過去、生活魔法の教育もさせていたこともあったのだが、その時はうまくいかずでな。
今にして思えば、あれは身体強化魔法での肉体維持のために力を使っていたからだとは理解しているのだが、それにしてもずいぶんと習得が早いと感じてな。
魔法の師事を受けるのであれば、貴殿らに頼むのが良いのではないかと考えた次第だ」
「なるほど」
「しかし、いくらか問題もある」
「問題、でありますか?」
「リーネには身体強化魔法の才があるのは、今まで命を繋いできたことで証明されているとは思うが、属性鑑定の魔道具を使った鑑定では、どの属性にも適正なしとという結果が出ている。
無論、身体強化魔法などの無属性に属する属性や亜属性などは判別されにくいという欠点もあるのだが、それにしてもな」
「左様でしたか。では、その手のことに詳しいマリナウェルに引き継がせていただきます」
「はい。あの、閣下。私はウェイトリー程、言葉が達者ではないのでいくらか―――」
「いや、そのあたりは何も気にしなくていい。仮にため口で話始めたとしてもなにも咎めはしない」
「ありがとうございます。では、多少普通に話させていただきます。ああそれと、長いと思うので私のことはマリーとお呼びください」
「心得た。マリー殿」
「まずは、その鑑定に使った魔道具を見せていただくことは可能ですか?」
「ああ。用意させてある」
ベンゲル辺境伯のその言葉を聞くや、持ち込まれていた箱を執事風の男性がベンゲル辺境伯へと渡し、その箱を開いて、中にある、丸い水晶を六つの白色の魔石のようなものが囲むように据え付けられた魔道具をテーブルの上に乗せ、マリーへと差し出した。
差し出されたそれをマリーはそのままの状態で見てから、持ち上げて回し見て、ほうほう、と呟いてからテーブルへと戻した。
「なるほど。火、水、風、土、光、闇の六属性をおおよそ五段階で評価する魔道具ですね。
魔力を込めると意識することで適性のある属性に対応する六つの石の光の強さで判別できる構造ですね」
「今のでそこまで解かるのか? それとも以前から知っていたのか?」
「いえ、ただ単にこういったものは得意分野ですので。
しかしこれだと、私はどれも反応しなさそうですねー。使わせていただいても?」
「あ、ああ、かまわない」
「では失礼して」
マリーは水晶へと手を当てて魔力を込めてみるが、据え付けられた白色の魔石はどれもピクリとも反応しなかった。
「まーそうでしょうねー。才能らしい才能がないのが私ですからねー」
「その……、あー、いや」
「本当に教えられるのかが不安になりましたか?」
「なんというか、まあ、……有体に言えばそうなる」
「お父様、それは流石に失礼かと」
「いやわかっているのだがな……」
「いえいえ、だいたいいつもそういう反応をされるのでお気になさらずに。これなら、主さまは全部最低レベルで光りますよ」
「閣下、自分も試してみてもよろしいでしょうか」
「かまわない」
マリーに促され、ウェイトリーがその水晶に手を置けば、宣言の通り全ての白色の石が対応する色に光るのだが、どれもこれも光が弱く、辛うじて全ての適性を有しているとわかる程度であった。
「主さまは“符術師”ですからね。全ての属性に最低ラインで適性がありますから、おそらく“符術師”は全て大体似たような結果になるでしょうね。
もちろん特定の属性に特化していない“符術師”はということになりますが」
この場合の“符術師”というのは、プレイヤーを指すのだろうとウェイトリーは察した。
「もしこの魔道具が、六属性ではなく、生と死を含む八属性であれば、主さまはその二つは最高位の輝きを灯せたと思います」
「リーネを回復させたあの魔術に使われていた属性か」
「はい。そういう意味ではこの魔道具は必要な機能が足りていないということになりますが、それはともかくとして、この魔道具はよくできたものですね」
「龍賢者の学院にある工房で作られたものではあるが、そうなのか?」
「はい。これはおそらく意図的に一定以上でないと光らないように調整がしてあります。
数値でいえば、最低ラインが六で最大が十。
三以上の適性があれば努力次第でその属性の魔術をそれなりに扱うことができますが、その努力は摂理と理合を理解していなければ果てしないものになりますからね。
そういった無暗な果てしない努力をさせないための足切り措置として、このように設定されているんでしょうね。
これには才無き者に無情を言い渡すことで、その者の他の才あることに時間を使わせようという理念を感じますね。
龍賢者の学院は、個人の才能をより伸ばす教育方針だったりしますか?」
「そのように聞いたことがあるな。……魔道具一つでそこまで読み解けるのか」
「魔道具なんてものは、よく作られていればものすごく癖が出るものですからね」
マリーはその魔道具から読み取った学院の理念や合理的で効率的な教育方針に関心しつつも、普段よりも真面目な顔をしていた。
まだ付き合いの浅いリーネリア嬢や、そもそもそれほど付き合いのないベンゲル辺境伯なんかはただ普通の顔をしているように思うかもしれないが、ウェイトリーは内心で、マリーさんの信念とは真逆だな、と思っており、理解はできるが認めるつもりはないんだろうな、と真面目な顔の理由を察していた。
ウェイトリーは、マリナウェルという人物が、できないことをできないままにしておくのは性に合わない人間である、ということをこれでもかというほど知っている。
そしてその結果が、その到達点が四つの術式元位を持ち、根源第一元素から第七元素までを完全に掌握・応用する『七元の魔女』であることを理解している。
地位も名声も思いのままの『七元の魔女』が地方都市の集合墓地で貧乏墓守なんぞをやっているのが伊達や酔狂でないことを誰よりも知っているのだ。




