071 六等級依頼「行方不明冒険者の捜索」
「行方不明の冒険者、ですか?」
「はい」
オオカミの依頼を片付けた日から一週間。
雨季が空けて活性化した様々な魔物による被害を受けている農村からの依頼を片っ端から片付けて回り、急ぎで解決の必要があるようなものも概ね片付き、土砂の撤去やカエル狩りに興じていた冒険者たちも戻ってきたこともあって、いい不人気依頼はほとんどがその姿を消していた。
そんな中、エリナ職員から告げられた依頼は、冒険者仲間とその家族による、未帰還冒険者の捜索依頼であった。
内容を聞いたところ、十五日ほど前、六等級冒険者が一人、七等級の採取依頼に出て戻っていないのだという。
場所は、領都から西に徒歩四日ほどの場所にある山林地帯で、ちょうど雨季に旬を迎える『レスマチェリー』というなかなかの値段で売れるサクランボの採取依頼であったそうだ。
比較的発見しやすいのだが、その山林地帯は魔物の生息域でもあり、戦う力がない一般人ではいささか分け入るのは難しい地域らしい。
とはいえ、等級でいえば八等級相当の地域らしく、非冒険者の猟師などであれば普通に入れる程度の難易度で、七等級冒険者ならまだしも六等級冒険者が遅れをとるような魔物は生息していないらしい。
「その冒険者は普段はなじみの冒険者たちとパーティを組み、依頼に当たっているのですが、雨季の休暇中に少しでも稼ぎたいとのことで、危険度の低い地域での採取依頼を受けて単独で行動していたようです」
「どんな理由だったかは聞いても?」
「八月ごろにその冒険者の奥さんが子供を出産する予定らしく、少しでも蓄えを作っておきたかったみたいです」
「あー、なるほど」
「距離でいえば徒歩で四日ですし、そもそも近場までは二日ほどで到着する乗合馬車が出ています。
それに乗っていったという証言もあることから、現地には間違いなく到着しているはずで、そこから考えると十五日も音沙汰がないのは、何かあったと考えざる負えないとなりました」
「そういうのはギルドが判断するんですか?」
「そういった場合もありますが、今回は冒険者のパーティとその奥さんからの捜索依頼ですね」
「その冒険者のパーティは今どうしてるんです?」
「現地での聞き込み調査などを行ったようですが、山に入った以上の証言を得られず、山の捜索も行ったようですが、発見には至らなかったようです」
「ふむ……」
現状の内容を理解し、難しい状況だな、とウェイトリーは小さく呟いた。
エリナ職員は説明を続ける。
「それでもあきらめがつかなかったようで、今回の依頼となったようですね。冒険者には様々な能力や才能を持つ人がいますので、探索能力に優れた冒険者や、もしくは単純に頭数を増やしたかったのかもしれません。
私が担当した依頼ではなかったのですが、こういった依頼は、ウェイトリーさんが適任なのではないかと、推薦を出させていただきました」
「まぁ適任でしょうね」
「ただ……、この依頼もいわゆる不人気依頼ではあるのですが、今までのように不人気になる理由が大きく異なりますので……」
「そもそもの捜索の難易度、それから“もしも”の時の報告、トドメに関係者への状況説明ってところですか」
エリナ職員は冷静な表情を装っているが、沈痛な表情を隠しきれてはいない顔で静かに頷いた。
対してウェイトリーは、相も変わらずの真顔、或いはぼーっとしたような顔で普段通りに答えた。
「じゃぁその依頼に行ってきますよ」
「よろしいのですか?」
「放っておくのも気の毒ですしね。適材適所ってもんだと思います」
「よろしくお願いします」
依頼を受けたウェイトリーとマリーは準備もそこそこに街を出て、一路西へと向かった。
ボーンタイラントが走ること約二時間。
山林と大きな湖の近くにある小さな街へと到着したウェイトリーたちは、依頼表に書かれた宿へと向かった。
その宿の食事場にて、件の冒険者のパーティと無事会うことができた。
初夏の晴れた日差しが燦々と照り付ける中、そこに集まる面々はどんよりと暗かった。
無理もない話であった。
ウェイトリーは、言葉には気を付けつつも、同情や憐憫などが滲まぬよう務めて事務的にその冒険者の身長や体格、髪色や目の色などの容姿や身に着けていた武器や防具、それらの色や形、その他の持ち歩いていそうな道具類などの装備品に至るまで、可能な限りの聞き込みを行った。
最後に、街で聞いたという目撃情報などを聞いたが、ギルドよりも多少はディティールが細かい程度で大した差はなかった。
話を聞き終えたウェイトリーは、見つからなくても明日の同じような時間に捜索の報告にここに来るという旨を告げ、宿を出た。
そのまま街を出て、山の入り口に立って、レイブンレイスたちの偵察を待った。
「なんというか、お通夜といった感じでしたね」
「まぁ、十中八九生きてはいないだろうからな」
「死体を見つけたらどうしますか?」
「そうだなぁ……。大金貨何枚か試してみるかなとは思うが、死んだのが十日前だと難しいかもな。仕様がどうなってるかはわからんが」
「引けますか? 生と死の極致魔術のもう一つにして、完全蘇生の大魔術」
「さぁな」
しばらく山を眺めながら、偵察とオールレンジスキャンを重ね掛けした結果、山林地帯に生息する魔物に強力なものがいないのは確認できた。
そしてレスマチェリーのなる木であるレスマブロッサムの位置も確認できた。
そもそも、オールレンジスキャンに本人ないし、その死体がヒットすればそれで終わりであったのだが、現状その反応は見受けられない。
件の冒険者は街でちゃんとレスマブロッサムの位置の聞き込みを行い、そのための登山ルートなども把握してから出かけているというのも判明しているため、まずはそのルートを辿ってみることにした。
「ヒットなしだな。桜の木まで行ってみよう。一応、マリーさんも注意深く見ておいてくれ」
「了解しました」
ウェイトリーはゴーストキャットを二体放って、周辺の探索を命じつつ、マリーを伴いレスマブロッサムまでのルートを進むことにした。
道程は順調そのもので、やや藪深いところもあったが、既に手を入れらた後であり普通に通ることができた。
左手のほんの少し離れた場所から小川のせせらぎが聞こえ、鳥たちの鳴き声が耳に心地いいくらいだ。
道には真新しい冒険者らしきものの痕跡こそあれ、件の冒険者らしいものはなかったが、前方右斜面が小規模ながら崩れておりそれに巻き込まれて折れたらしい木のギザギザになった切り株などがあった。
よもや土砂崩れに巻き込まれたりなんかはと思い、その周辺にくまなくオールレンジスキャンを使ったが、地中の深い部分に純度の低いごく少量の鉄鉱石などがヒットした程度であった。
ついには特に痕跡らしいものを発見できずに、レスマブロッサムが幾本か生えているポイントまでやってきた。
場所はそれほど高くはない山の中腹ほどで、木々の隙間から見える景色の中に、通過して来た街とそのほど近い場所にある大きな湖が見て取れた。
そのレスマブロッサムの木やその周辺をくまなく探したが、特に痕跡らしい痕跡はなかった。
しいて言えば、チェリーほどんどなく、森に棲む鳥が食べたものと、おそらくは人が採取したのではないかという痕跡が伺えた程度であった。
ウェイトリーはそれを確認してしばし考え込んだ。
「これを見る限り、採取はしたのかもしれませんね」
「かもな。他の人間の可能性もあるといえばあるが、その冒険者も採取できていた可能性が高い」
「辺りに魔物なんかの痕跡もありませんね。争った痕跡も皆無です。この辺りにはいなさそうですね」
「そうだな。そもそもオールレンジスキャンに当たりが無いから、いないだろうってのはそうなんだが」
そんな話をしていたところ、その場所にやってくる気配が二つあった。
ウェイトリーはそれを確認して、ちょうどいいかとその気配が近づいてくるのを待った。
ほどなくしてやってきたのは、二人組の冒険者であった。
「あんたらか? ルーカスを探すのに協力してくれてるっていう冒険者は」
「あぁ。そちらは依頼主の一党で間違いないか?」
「そうだ。……その、なにかわかったか?」
「今のところは何も」
「そう、だよな……。悪いな、わざわざ来てもらったのに」
「仕事だ。かまわない」
あきらめムード漂う二人組に特に気にした風でもなくウェイトリーは答えた。
そのままもどうかと思い、ウェイトリーから話を振ってみることにした。
「その冒険者の痕跡はともかくとして、この山に入って変わったことや気になったことはなにかないか? ほんの些細な変化や違和感なんかでもいいんだが」
「ん? いやどうだろうな……。一番のがあるとすりゃぁ、道の途中にあった小さな土砂崩れじゃないか?」
「あれか。道に近いようだが、道からは外れていたな」
「そうだな。もしやと思ってあの辺りも探したり、掘り返したりもしたが何もなかった」
「そうか。他にはないか?」
「うーん……。いや、思い当たらねぇな。その土砂崩れで木が倒れてたってくらいか。まあ土砂崩れの範囲だな。もちろん木の下にもいなかったし」
「あの切り株か。……ん? 道に倒れていた木を撤去したのか?」
「ああ。通るのに邪魔だったし、なんかあるかもしれねぇと思ったからな」
「そう、か」
「悪いな。あんま参考になりそうなことが無くて」
「かまわない。今はルーカス冒険者を見つけることに注力しよう」
「助かるよ。じゃあ俺らは行くよ」
「あぁ」
そういって冒険者の二人はさらに奥へと分け入っていった。
二人が行ったのを見届けて、ウェイトリーはポツリとつぶやいた。
「あの冒険者たちが倒木を片付けたなら、その倒木は最近できたことになる」
「間違いなく今期の雨季ということですね。あの土砂崩れの向きから考えて、道にかかるように倒れていたのも伺えますね」
「仮に、帰り道であの土砂崩れが起きて、巻き込まれたりはしなかったとしても、道が塞がっていたとしたなら、普通は避けて通るよな」
「探してる人は一人ですからね。何本も倒れている倒木をどけるなんてことはしないでしょう。数人がかりで、目的があるからどけるのでもなければ、普通は迂回しますね」
「その場合、崩れた斜面がある方ではなく、その逆側を通る」
「木の根元の方が通りやすいと考えないとも限りませんが、崩れた斜面に近い方を普通は避けるかと思います」
「時期はあの豪雨が続いた時の真っただ中だな」
ウェイトリーは目を瞑って、レイブンレイスの目を使い、山の全景を眺めていた。
そして、数羽のレイブンレイスを特定の場所へと向かわせ、オールレンジスキャンを発動した。
しかして、その結果は。
「見つけた」
「流石ですね。どこに居ましたか?」
「この山にはおらず、あの倒木があったであろうポイントのすぐ近くには川が流れてる」
「……湖ですか」
「そうだ」
「となると……」
「試してみようじゃないか」
ウェイトリーは端末を取り出して、取り出した五枚の大金貨の内一枚回収した。
リンカーコールパック。
そのカードにまつわるものや出来事に深く関係し、使用頻度、そして状況に即して必要と思われるカードを呼び出すことのできる特別なカードパック。
今この瞬間求められるものは、たった一枚と決まっている。
端末の操作にて漂白されたカードが一枚、端末から飛び出し上部にてゆっくりと回転する。
それを手に取り、徐々に色を帯びて、顕わになったその内容は。
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[As]魂命蘇生 LR
必須条件:INT400 『デッドマスター』CLv10 以上
発動コスト:CC150 または MP1500
リキャスト:6時間
[蘇生][HP大回復][肉体再生][蘇生後一分間 体内・精神状態異常無効]
[肉体の一部 又は魂必須][死後三日以内限定][種族不問]
生を統べる者こそ 死の全てを覆すものなり
教会のそれとは異なる『生・死属性』極致魔術の一つ
限られた時間の中で魂を留めた死体を
今一度 定命の摂理へと舞い戻らせる
完全なる蘇生は わずかな時間の間 その完全性を保ち
遍く全ての魂は 生きとし生けるべき魂である
――――――――――――――――――――――――――
ウェイトリーは、まぁそうだろうな、という意味を込めてため息とは言えないような長い息を吐いた。
「引けませんでしたか?」
「引けたよ。まぁこれもめちゃくちゃ使い込んだカードだったし、こっちに来て今ほど欲しいと思ったこともなかったしな」
「効果は?」
「死後三日以内の死体を蘇生する」
「……それでは難しいですね」
「そうだろうな」
正直に言えば、EWO時代であれば死後一分以内であったことを考えれば、大幅な延長である。
対象は基本的に死んだプレイヤーになるので、一分もそこそこ長い方だろう。
それが大幅に延長され三日。
されど、三日であった。
予想していたウェイトリーも、最悪引けないことすらある思っていたマリーも、それ以上に思うことはなかった。
特にその冒険者と関りがあるわけではなく、あくまで依頼を受けただけの捜索依頼。
これ以上シリアスになり様がない。
「引き上げに行くか」
「そうですね」
口調は変わらずいつも通りであったが、山を下る二人の足は、登る時よりも重かった。
マリーに連れられ、宿にいた二人の冒険者が湖の前までやってきた。
見つかったとの報を受け、その場所までやってきたもの、そこには何もなかった。
一体どういうことだという目でマリーを見た冒険者たちであったが、待つようにと言われて、渋々その時間を過ごした。
しばらくして、湖からフードをかぶったウェイトリーが、何かを右肩に担いだまま上がってきた。
ギョっとした顔をして上がってきたウェイトリーを見たが、担いでいるものが件の探し人であることを理解して、一人は崩れ落ち、もう一人は呆然として立ち尽くした。
そこへ、山にいたはずの冒険者たちも向かってきた。
レイブンレイスに手紙を持たせて連れてくるようにと頼み、誘導を促したのであった。
その状況を理解して、山の中腹にてウェイトリーと話した冒険者が絞り出すようにして声をかけた。
「ルーカス、か?」
「だと思う。少なくとも聞いていた特徴とは一致する。済まないが、確認してくれ」
そういって、ウェイトリーはその冒険者が持っていたギルドカードを話しかけてきた冒険者へと渡した。
物言わぬ亡骸となった冒険者を陸地へと横たえ、その冒険者が着ていた雨合羽替わりのマントをその上にかぶせた。
「死体を、確認したい」
「頼む。だが、あまり顔は見ない方がいいぞ」
「それは」
「見るなとは言わない。だが、魚がどういう場所から口をつけるかを心得てから、気を強く持って見た方がいい」
「……わかった」
そういって、その場所を離れたウェイトリーは、ルーカス冒険者の死体の有様を確認し、あまりにも見違えたその姿に息を飲みつつも、見間違えようのない風貌に目元を押さえ黙り込んだ冒険者を見守っていた。
しばらくはかかりそうだなと感じたウェイトリーは、湖に散らばっていた剣やナイフなどの装備品やバックパック、道具袋に魔法袋など、可能な限り集めてきたものをバックパックから取り出し、近くに並べた。
それが終わり次第、ウェイトリーは小さく、街の酒場で待っているから終わったら声を掛けてくれ、と言い残して、マリーと共に去っていった。
二時間ほど経った頃。
酒場でとりとめのないことを駄弁っていたウェイトリーとマリーの元に、遺体の確認を行いたいと申し出た、山の中腹でも話した冒険者がやってきた。
「ずいぶんと待たせちまったな」
「かまわないさ。ちょうど山の幸を堪能したいと思っていたところだ」
普段よりも明るい表情で既にカラの皿を指しながらそう言うウェイトリーに男は苦笑した。
「ルーカスを見つけてくれてありがとう」
「探すのは得意なんだ。それに、仕事だ。気にしなくていい。……できれば、生きてるルーカス冒険者を見つけてやりたかったがな」
「そうだな。俺もそうしてやりたかったよ」
「まぁ、今は割り切れんこともあるだろうが、葬儀だのなんだのが終わったら、酒でも手向けてやればいいんじゃないか? 冒険者の流儀だと聞いたが」
「葬儀か。冒険者でちゃんとあげられるのはありがたいことだな。そうするよ」
「依頼表、いいか?」
「もちろんだ」
ウェイトリーが渡した依頼表にちゃんと見つかった旨を正しくサインしてから、依頼表を返した。
そこで、その冒険者が疑問に思ったことがあったのか、そのことを口にした。
「なぁアンタ。ルーカスの手持ちが妙に多かったんだが、なんか知らないか?」
「ん? さぁな? でも多かったんなら、葬儀代にでもして、残った分は奥さんにでも渡してやればいいんじゃないか?」
「いや、そんな額じゃ―――」
そんなレベルの金額じゃないと言おうとした冒険者に、片目を瞑り、しれっとした態度でそう言ってのけるウェイトリーに、依頼主の冒険者はある可能性を思いついた。
「もしかしてアンタ……」
「さてマリーさん。依頼も終わったことだしレドアに戻ろうか」
「そうですね。お仕事終了です」
「じゃあな、依頼主さん」
そういってウェイトリーとマリーは依頼主の冒険者を残して、酒場から立ち去った。
領都へと帰る道すがら、マリーは気になったことを聞いてみた。
「それで? いくらほど包んだんですか?」
「リザレクが安くついたからな。想定していた残りの四枚ほどだ」
「それはまた、ずいぶんと包みましたね」
「あっ、こういう時って四の付く数字を包むのは不味かったかな?」
「それってご祝儀の時じゃないですか? 見舞金や香典でもそうですかね?」
「冠婚葬祭は全部そんな感じじゃないの?」
「まーそれはそうかもしれませんね。四は避けるみたいなそういう風習こっちにもあるんですかね?」
「さぁなぁ?」
「まーデッドマスターからの贈り物なら四でもいいんじゃないですか? そもそも贈ったって言わなかったじゃないですか」
「それもそうだな」
行きと同じ二時間ほどの時間をかけて、二人は領都へと戻って行くのであった。




