069 六等級依頼「グラスウルフの群れの根絶」
橋の崩落による不整脈ダムの一件から一週間。
顛末の話。
あの日から二日ほどかけて、ようやっと雨脚が収まり、三日目にはついに晴れ空が広がった。
そこから案の定、浄水施設での土砂や瓦礫残骸撤去などの依頼が冒険者ギルドには舞い込んできていた。
しかし、ウェイトリーもマリーも、そして『黒鉄の盾』の面々も参加はしなかった。
というのも、雨季明けで依頼を待ち望んでいた冒険者たちが活動を始め、九、八等級冒険者たちが大挙して土砂の撤去に乗り出したからであった。
肉体労働系の依頼はもとよりそれなりに報酬がよく、またこの依頼は領都から出されたいわゆる領主案件。報酬が普通の肉体労働よりもよく、また人員を多く必要としたことによって大人気依頼となったので、不人気依頼担当冒険者であり、洪水対策の特別依頼でホクホクであるウェイトリーは遠慮したのである。
ちなみに『大岩』と『崩れた城壁』は既に解除済みである。
さらに、七、六等級の冒険者たちはカエル狩りに出かけて、まさに冒険者再始動といった状況であった。
ディル冒険者の話によれば、どのようにしてあのサイズのカエルを運搬するのかといえば、魔法袋を持っていない冒険者にはギルドから魔法袋のレンタルがあるのだという。
正直、あの大きさのカエルを持ち帰る労力を考えればそこそこ高い売却報酬程度では割に合わないのではないかと思っていたウェイトリーも、それなら納得であった。
その『黒鉄の盾』の面々は、雨季が空けて行商を再開するなじみの商人の護衛依頼で既に街を立った後で、ウェイトリーとマリーは、アーシアの元へ講義に出かけたり、久々にやってきたリーネリアに魔法を教えたり、図書館に通ったりという一週間を過ごしていた。
そんな雨季も開けて夏空を感じる空を窓の外に見つつ、ややのんびりとした朝を過ごしていた。
「主さま、この辺りの夏はそこそこ暑いらしいですよ」
「“ナツ”い“アツ”がやってくるわけだな。俺らには関係のない話だ」
灰色賢者装備にはある程度以上の暑さと寒さをカットする効果があるためである。
「ですねー。ですがそういうところにこそ商機ありですよ! というわけで、暑い夏にピッタリの特製暑気払いポーションと、クーラーポーションです!」
「はいはいやらかしやらかし」
「これがあれば一部屋の温度をまる一日ほど四度下げることができ寝苦しい夜も安心で、飲む方は熱気をある程度遮断して体温を調節することで半日ほど体感温度を涼しく保つことができます」
「もうめちゃくちゃ売れそう」
「夏用ポーションで一儲けですよ!」
目を輝かせながら言うマリーに呆れたような視線を送りながらウェイトリーは苦言を呈した。
「金には困ってないだろ。暇に飽かしてヤバイポーションばっかり作るのはどうなんだ?」
「いやいや、これは素材研究と実験の延長ですよ。アミゲネイのドクダミ部分以外の利用法を考えていたら、氷魔石と合わせていい感じになりそうなのを思いついたんですよ」
「あー、ドクダミ部分以外捨てるらしいしな。それに葉だけなら雨季以外も取れるみたいだし。まぁなおのことハネメドレンジアと見分けつんだろうが」
「有意義な時間ですよこれは」
「単に面白そうな素材があって試してみたかっただけでしょ」
「何か不味いんですか?」
「いや不味くはないけど、それを表に出すとやらかしカウント一でしょ」
「そうは言いますけどギルドにはクーラーみたいな魔道具あるじゃないですか。案外そこまで有用じゃなかったりしませんかね?」
「どうかな。どこにでもそういう魔道具があるわけじゃないし、コストによっては魔道具回すより安く済むってんで売れる可能性は大いにあると思うが。
というより、間違いなく売れるのは飲む方だろな」
「ちなみにこれ、回復力は下級ポーションのプラス十と同等です」
「それだけで売れそうなもんだが、むしろない方がいいかもな。それで回復効果のせいで値段が上がるとリピート率が減りそうだ」
「あーそうですねー。それなら回復力をプラスなしまで落としてその分、還元率を限界まで上げますか。
そうすれば回復力は最低レベルですが、その他据え置きで精製できる本数が二倍くらいになりますよ」
「ちなみにどんなもん?」
「これです。濃縮してないものなのでそのまま飲めますよ」
渡されたのは水色の液体にキラキラとしたラメのようなものが混ざったものと、うす緑色の液体に同じくキラキラとしたものが混ざったものであった。
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マリーさん特製 暑気払いポーション+10 品質10 レアリティLR
[範囲5][熱気遮断][温度低下4度][過剰低下防止20度]
[効果時間:24時間][品質低下無効]
詳細
暑い夏はこれで決まり! 部屋を涼しく快適に!
生活風魔法の大本の魔法である「エアブロウ」を魔改造し
高純度氷魔石に「フィールドエンチャント」の刻印を刻んだものを
材料にして作られた非飲用ポーション(飲んでも害は無い安心設計)
部屋の中に撒くことで一瞬で気化し
室内温度を数分で四度低下させ その状態を24時間保つ
そして体に不調を出さないために室温が20度以下にはならないリミッター付き
また この効果を打ち消す場合は「うちけしポーション」を使用すること
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マリーさん特製 クーラーポーション+10 品質10 レアリティLR
[HP回復:小+10][熱気耐性][冷感][体温調節][携行保水効果]
[熱中症回復・予防][効果時間:12時間][品質低下無効]
詳細
暑い夏はこれで決まり! 熱い現場もこれで快適!
ヒナ草とアミゲネイの葉やアジサイの花の部分などと
高純度氷魔石を材料に作られたポーション
飲むことで熱気に対する耐性と身体からごく微弱な冷気を発する
さらに体温を適切に調節し 熱中症予防
さらに水分の不要な漏出を12時間防止する
普通の下級ポーションとしても運用できる汎用性を備える
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「……なんとまぁ」
暑気払いポーション、魔石も大気中の魔力から自分で作っているし魔法をポーションに込めるのは術式元位級のスゴ技というだけで素材なし、原価が実質瓶代しかかかってないのがヤバすぎる。
クーラーポーションは素材はそれなりに必要ではあるみたいだが、付いている効果が凄まじい。夏場とりあえず飲んでおけば暑さにやられることは皆無だろう。甲子園球児たちに飲ませてあげたい。
……などなど、言いたいことが無限にあふれてくるウェイトリーであったが、何から言っていいかわからず、結果出た言葉が、なんとまぁ、だけであった。
「これが流行れば冬に逆の効果を持つポーションを発売して荒稼ぎです!」
「やめなされやめなされ。というか冬にはおらんよ俺ら」
「そうでしたね。なら耐寒ポーションは王都で売りますか」
「ポーションでもめるのはもう勘弁してくれ」
「んー季節柄を反映したポーションいいと思うんですよね。期間限定商品みたいな感じで」
「コンビニじゃあるまいし。季節限定ドリンク概念はポーションにいらんだろ」
「味は巨峰とか、奇をてらってドリアンとかにしますか」
「どっちも手に入らだろ。まさか味すら魔石みたいに作り出すつもりか?」
「いやー流石に無理ですねー。風味付けは現物に頼る方が遥かに楽ですからねー。大体、味を再現するくらいなら、そういう味だと錯覚する幻覚作用を組み込んだ方が百倍楽です」
「怖いこと言うなよ……」
ちょっとマリーが作ったフレッシュハーブティーが怖くなったウェイトリーであった。
新薬、いや新ポーションの製作に取り掛かっていたマリーの作業が終わったため、出かける準備を整えて、二人は冒険者ギルドへと向かって行った。
「ウェイトリーさん、いい不人気依頼があるのですが」
「いい不人気依頼ってなんですか?」
ギルドに到着し、受付に座るエリナ職員と挨拶を交わすや否や、いい不人気依頼なるものを急に勧められた。
「現状、雨季が明けたことでギルドにはいろいろな依頼が殺到している状態なのですが、その中でも速やかな解決が望まれる依頼が何件かあります。
ですが、そう言った依頼で特に割のいいものは早々に捌けていき、ほどほどに割のいい程度の依頼は残ってしまうんです」
「それで、いい不人気依頼、ですか。急いでるのにそれじゃ困りますね」
「通常時であればそれでも緊急性が高いとして、依頼報酬もやや高いため、不人気にはなりえないのですが、この時期、特に今期は土砂の撤去とマッドバブリングトード討伐が重なり、多くの依頼が不人気状態となってしまっている現状です」
「なるほど」
「なので、そう言ったことにあまり頓着しない冒険者の方をせっつく必要がギルドにはあるわけなんですが」
「まぁよほどのことが無い限りは行きますよ」
「大変助かります。依頼は六等級依頼のグラスウルフの群れの討伐になります」
「緑色の体毛で草原や林なんかを転々とするオオカミ系の魔物ですね。オオカミ系の魔物にしてはぼちぼちウマイっていう」
「そうですね。雨季が空けて活発化したグラスウルフの群れが畜産業を営む村の家畜を襲い、被害が出ているそうです。
魔物による家畜被害であれば、ある程度は領からの補助が得られますが、このままでは被害は大きくなり、最悪人的被害も考えられるため、早急な解決が求められています」
「グラスウルフが七等級クラスの魔物なのに六等級扱いなのはそう言った背景ですか」
「その通りです。生半可に減らすだけではなく群れの確実な根絶が目標になります」
「エリナさん、そういうのって領兵の仕事なんじゃないですか?」
「今期の雨季がもたらした被害があまりに大きく、各地で交通網の断絶、川や農業用貯水池の氾濫、土砂崩れ、浸水や洪水での家屋被害、そして魔物の活性化などで、領兵はあと倍の数いても手が足りないほど忙しいという状況のようです」
ベンゲル辺境伯領の領兵たちは、辺境伯の政策により、村の開拓支援などを行うことで、スラム街や浮浪者を出さない事業を行っている。
そのため、辺境伯領の領兵は大森林からの魔物の警備と対応に加え、非常に手慣れた農業支援と土木工事や建築の技術を持っている。
昨今の長雨で壊れた各種インフラや住宅のケアにてんやわんやの大忙しの状況にあるのだ。
「あー、辺境伯領の領兵が戦闘もできるし開拓系も強い部分が、逆に何でも出来過ぎるせいで仕事が山盛りになっちゃったワケですね」
「ギルマスの話によれば、領主様はもう数日はまともに寝ていないようで、隈が酷いことになっていたとのことでした。
あの程度で倒れる男ではないからあと一週間はちゃんと仕事するだろうとも言ってましたが」
「領主さまってのはたいへんだなぁ。そしてギルマスが酷い」
「おそらくは一週間以内にはある程度負担を軽くしてあげたいという照れ隠しでもあると思いますがね」
人ごとのようにつぶやくウェイトリーに、なんとなくそういった気配を感じているエリナ職員の談である。
「と、そういった事情がありまして、冒険者ギルドにそういった依頼が多数寄せられているわけです」
「多数? ちなみに、オオカミの依頼は何件ほど?」
「現状では三か所で三件ですね」
「あー。それじゃまぁ古い順に片っ端から片付けますか」
「主さま、これハネメドレンジアが使えますよ」
「というと?」
「ハネメドレンジアには魔物が全く近づきませんからね。その性質をポーションに落とし込んで対魔物用の獣避けポーションを作りましょう。
無毒ですがハネメドレンジアの香りがすればオオカミも、それ以外の魔物も寄ってこないと思います。
濃度を調整してひと月程度持つように調整して、討伐が終わった後に撒きましょう」
「別の群れによる再度の被害を防ぐわけだな。それでいこう」
「ならまずは採取ですね」
「そうだな。エリナさん、アジサイ園の方角に被害を受けてる村はありますか?」
「二件ありますね。アジサイ園、からですと、真北に一つと領都寄りの南東方面に一つですね。どちらからになさいますか?」
「どっちも受けることは可能ですか?」
「どちらも? そうですね……。わかりました、今までの実績を鑑みて緊急性を要するとして許可いたします」
「ちなみに最後のもう一件はどのあたりに?」
「これは領都を挟んで反対の東方向ですね」
「ならそれは明日ですね」
もろもろの状況を確認し、依頼表を受け取り、短く挨拶を交わしてから、二人はギルドを立ち去った。




