068 アンデッド土木工事
到着した現場はかなりひっ迫した状況であった。
まずの問題が浄水施設へ直撃を防ぐために建てる防波堤、バリケードの建設にほとんど人員を回せていない。
これは単純に危険度が高いことに起因する。
というのも、浄水施設は川に近い位置に建ってるため、現状でも増水した水が多少届いているのだ。
そんな場所にバリケードの建設を行うのは、いつダムの崩壊が起こるかわからない現状、かなり危険であると言える。
そのため、建材は集められているもの、作業を行う人員が限られている今、手を出せない状態になっていた。
次に土嚢づくりの方はというと、こちらはまだマシではあるが、単純に人間が足りていない。
比較的安全なため、領兵と『黒鉄の盾』の面々、わずかな領都民が作業に当たっている。
しかし、水を吸った土を麻袋に詰める作業はかなりの重労働で、それぞれがてんやわんやと作業を行っているため効率的とはとても言えなかった。
現状の把握は概ね済んだウェイトリーは、まず置けるものは置いておけの精神の元、あの忌々しさすら感じていたのに、結果として増やすこととなったカードを発動し、バリケードを建設するのに適切と思われる場所の少し前に並べた。
「『大岩』を増やすのが二枚で済んだのを良しとするか嘆くべきか……」
「今はどうでもいいじゃないですか」
「まぁそうなんだけども」
オブジェクトユニットカテゴリの『大岩』は高さ大体三メートル、幅二.五メートルほどの、ただそれだけの岩で、それこそそこそこの攻撃の盾や遮蔽物にする用途で用いられるカードである。
悲しいかな、本当にただの岩なので、ドラゴンが火を噴き、騎士が鉄塊をスパっと切断し、弓矢で城壁を粉砕し、重機関銃の雨あられで、爆炎魔法であたり一帯吹き飛ばすようなエルダリア世界では、本当に目隠し程度にしか使えない遮蔽物であった。
だが、だが! それでも障害物として、消波ブロック程度の役割は果たせるのである。いや果たせ。果たしてくれ、といった心情でウェイトリーは身の丈よりも大きな岩を六つ等間隔に並べていった。
そしてそのすぐ後ろの位置に、次のオブジェクトユニットを設置した。
「こっちは多少信用できるヤツだ」
次に設置されたのは同じくオブジェクトユニットの『崩れた城壁』。
高さは最長三メートル、崩れて低い位置でも二.二メートルほどで、幅はきっちり四メートル。
崩れていても分厚い壁は岩よりもそれなりの安定感があり、ワンチャンドラゴンブレスも止めるし、一刀両断もされにくい。弓には抜かれる。魔導対物ライフル使いにはカモにされる。魔法はものによる、という信頼がある。
というか、この壁の方が全体的に優秀で使用コストも運用方法もそう変わらないため大岩が死んでいるという事実はある。
唯一STR極振り脳筋ゴリラたちが、大岩は砲弾として優秀とかいうわけのわからないことを言っていた気もするが、ウェイトリーは知らないふりをしていた。
こちらは四枚、可能な限り隙間なく設置した。
一見、このままでバリケードとして問題ないように見えなくもないが、普通の城壁は地面に埋めて作られるものであるが、これは地面の上に置いただけであるため、補強と支えは必要だろう。
さらに大岩や城壁を大量設置するというのが楽なのではと思われるかもしれないが、悲しいかな、ウォーアキテクトでもなければ、オブジェクトユニットは上限十枚までしか置けないのである。
突如として現れた全長にして十六メートルの城壁を見て、少ないながらもその場に居合わせた人たちは、おお! と歓声交じりに声を上げた。
「符術師、お前、それ大量に持ってないのか?」
「残念ながらこれが限界っすね。この壁も地面に埋まってるわけじゃないんで、後ろから支えないと水の勢いで倒れますよ」
「岩は後ろのほうがいいんじゃないか?」
「多分瞬間的な圧力が分散する方が効果があるはずなんで、前に置いて、建材と土嚢で壁を押さえる方がいいと思います。
つっても自分も正直素人なんでその方がいいって言うならすぐにでも変えますけど」
「いや、お前がそういうならそうしよう。道筋ができただけでも万々歳だ。次はどうする」
「呼ぶしかないっすよね、説明は?」
「一応は済ませた。ビビるやつはいるだろうが、やってくれ」
「了解っす」
ウェイトリーはメインデッキケースから、ガバっとカードの束を取り出して、それらを周囲にバラまいた。
そして一つ手を叩いて発動のサインとし、その瞬間、そのカードすべてが全て命亡き死者として立ち上がった。
体長二メートルほどの強靭なパワースケルトン、腐乱した頑丈な身体を持つタンクゾンビ、オーバーオールにシャツと麦わら帽子に鍬を携えた農家スケルトン、ねじり鉢巻きに作業着とトンカチを携えた大工ゾンビ。
それらを各十体ずつの大盤振る舞いも大盤振る舞い。
メインデッキのキャパシティー八十枚の内、岩と壁で十枚、作業用アンデッドを四十枚、それから偵察に使っているユニットに若干数のダム粉砕用カードといざという時のサポート、サイドデッキの半分に作業で使うスコップなどの装備カードを詰め込んだ状態という完全に戦闘放棄状態のデッキ構成であった。
「マリーさん。指揮は頼む。それからもろもろの準備ができたら上に飛んでるレイブンレイスに合図を出してくれ」
「心得ました」
「ギルマスも何人かお願いできますか」
「俺の言うこと聞くのか?」
「聞くように言っときます。俺は土嚢を積める場所の建築を大工ゾンビに指示したあと、ダムの方に向かって破壊の段取りをつける必要があるんで。土嚢づくりと運搬をお願いします」
「や、やってやらぁな!」
そういってウェイトリーはスコップを山ほど取り出して、アンデッドたちに渡し、自身は大工ゾンビたちを連れて、建材の方へと向かった。
もしや使いどころでは? とシカ王国崩壊作戦の時に使った木槍を杭として地面に打ち込むよう指示して、そしてそれを支えるようにまた杭を打たせて、ロープで固定。
その杭の柱を城壁の後ろ一メートルほどに作り、杭と杭の間に板を打ち付け、城壁と平行の溝のようにした。
同じものをどんどんと作るように指示を出して、近くにいた領兵に出来上がった土嚢をこの溝の間に詰めていくようにとお願いした。
領兵は、何がどうなっているんだよもうどうとでもなれ、と言わんばかりの気持ちではあったが、完成への道筋とすべきことが明確になったことに気を取り直し、その指示をギルマスたちに伝えて、自身も土嚢運びへと加わった。
ついでとばかりに、重しになるなら生木でもなんでもいいだろうと、使い道がないまま資材カードとして眠っていた、大森林産の太い丸太を溝の間に何本か寝かせておいた。
「大工ゾンビ、このままでどの程度押さえられそうだ?」
大工ゾンビはやや首を傾げたが、補強はもっとしっかりしたほうがいいだろうという意志が返ってきた。
それを聞いて、できる範囲で補強を行って、できることがなくなったら土嚢づくりと運搬に参加するようにと指示し、ウェイトリーはその場を離れた。
ダム決壊の最速でのリミットは残り二時間半ほど。
ダムの任意破壊は可能な限り早い方が被害が少なく済むはずだが、バリケードがまともに機能するようになるにはあと一時間ほどは時間を要するであろうというのがウェイトリーの予想であった。
橋脚がどの程度耐えるのか。
或いは、雨季が終わるまで耐えてくれればと思わなくもないが、それは余りにも希望的観測だろう。
それに不測の事態を起こしかねない不整脈じみたダムは解消しておいた方がいい。
ウェイトリーはダムとなっている橋があった場所へと向かった。
そこは浄水施設からおよそ五百メートルほど離れた場所で、橋を臨む安全な位置で今も数人の領兵が見守っており、そしてその近くには見知った人物がいることが確認できていた。
その人物に話を通すべく、ウェイトリーはそちらへ足を向けた。
近くにいた領兵に声をかけて、小規模ダムの破壊に手がある冒険者である旨を告げて、領主への取次を願った。
初めから通達が通っていたのか、そのまま領兵は領主の元へと案内した。
「閣下」
「ウェイトリー殿、よく来てくれた」
「ずいぶんと大変なことになっているみたいで」
「ああ。ここの橋はもうずいぶんと前からある橋で、その頑丈さも指折りだったのだがな。如何せん、連日の雨には参ったようだ」
一度、橋があった場所へと目を向けて、それから話を進めるべくウェイトリーへと視線を戻した。
「それで? 状況はどうだ?」
「バリケードはなんとか、一時間ほどでものにはなるかと」
「なるほど。それはいい知らせだな。破壊方法は?」
「デカイアンデッドを叩きつけます。大規模な魔法攻撃よりも物理的な破壊の方が周辺被害は少なるなると思いますので」
「そ、そうか……。その、アンデッドもただでは済まないと思うのだが」
「既に死んでいますし、仮にここでまた死んでもまた呼び出せますのでご安心を」
「そう、なのか。そのアンデッドには感謝せねばな」
「恐縮です。本人にも言っておきます」
それから、どのタイミングでどうやって破壊するかを入念に話し合い、ウェイトリーは助走位置につくため、その場所を離れた。
助走距離は約一キロに設定し、川上の方へと向かった草原へとたどり着いた。
そこで、今回のメインアタッカーとなるボーンタイラントを呼び出した。
「すまんな。最近こんな役ばっかりで」
ボーンタイラントは特に気にした風もなく、頭を下げてウェイトリーを見つめた。
その頭を撫でつつ、ウェイトリーはその時を待った。
そして、マリーが上空へ向かって手で大きく丸を作り、周囲から退避したのを確認して、ウェイトリーも最後の準備を始めた。
「始めるぞ。『ブースト:S』『ブースト:V』『ブースト:A』」
メインデッキから三枚のカード抜き、設定した単語にて、ステータス上昇効果を付与するインスタントスペルを唱えボーンタイラントを強化する。
順に筋力を伸ばすSTR、頑強さのVIT、そして速度のAGIである。
そしてそれが終わり次第、ウェイトリーはボーンタイラントに飛び乗った。
「派手にブチかますぞ」
そう声を掛ければ、ボーンタイラントはゆっくりと立ち上がり、姿勢を低くし、徐々に駆け出し、次第に早く、そして猛烈な速度となって突き進む。
一キロの助走距離をぐんぐんと加速していき、ターゲットである場所が見えてきたところで、ウェイトリーは飛び降りた。
およそ百キロを超える速度のものから飛び降りたとは思えないほどの、速度や加速が急に消滅したかのような着地をしながら、ウェイトリーはボーンタイラントの行く先を見守った。
凶悪な骨の砲弾と化したボーンタイラントは正確無比に指定した場所に直撃し、その衝撃をもってダムの支えとなるものを完全に破壊した。
その瞬間、その場所にたまっていた全てのものが、猛烈な勢いを持って流れ出した。
無数の瓦礫や流木が泥で濁った濁流の中を暴れまわるように巡り、もはや川の領分を超える範囲で流れて行った。
向かう先は予想通りの浄水施設であった。
そして、それほど間を置かずしてその暴力的な濁流はバリケードへと激突し、大岩を飲み込み、城壁をこれでもかと傾かせた。
だが、終ぞ倒れず、傾くだけの状態でかろうじて押しとどめたのであった。
それをレイブンレイスの目で見届けたウェイトリーは、深くため息をついてから、ベンゲル辺境伯のもとへと向かった。
「閣下、無事恙なく済んだようです」
「そうか。重畳だ。……先ほど、凄まじい怪物が堰へと突っ込んだように見えたが、あれが貴殿の?」
「そうですね」
「あれほどのものも呼べるのか……」
「今呼べる中では一番大きいですね」
そんな話をしていると、領兵たちがにわかに騒ぎ出し、何事かと視線を向ければ、泥まみれで肋骨などの骨の間に流木などが刺さっているボーンタイラントが向かってきていた。
衝撃耐性あるだけあって流石に頑丈だな、と感心しつつ、ウェイトリーはベンゲル辺境伯に一言断りを入れてから、そちらへと向かった。
「お疲れ様。よく頑張ってくれたな」
そう声を掛けながら、大森林にて確保していたワンバイトガーパイクを一匹取り出して投げてやれば、ボーンタイラントはそれを上手に口で受け止め、そのまま咀嚼して飲み込んだ。
ゾンビ系ならともかく、レイブンレイスにしてもそうなのだが、一体どこで食い、どこで消化しているのかと気になって仕方ないのだが、まぁ喜んでるしいいか、とウェイトリーはのほほんとした気持ちになっていた。
ウェイトリーが犬に餌をやるかのような気やすさでボーンタイラントと戯れているのを辺境伯や領兵たちは戦々恐々とした様子で見守っていたが、当の本人はそんなことなど全く気付いていなかった。
浄水施設付近は土砂で大変なことになってはいるが、施設自体に損害はなし。
橋は落ちてしまったが、川に大きな影響もなく今回のことの影響が他所に波及することは少ないだろう。
土砂の撤去などの依頼が回ってくることはあるかもしれないが、大惨事にならずにこの場は無事収まったのであった。




