062 カエルの取引と地図
防音結界による完全なシャットアウトにて騒音被害にも悪夢にもうなされずに一夜を過ごせた翌朝。
レイブンレイスによる夜通しの監視報告によれば、懸念されたような大規模な移動や行動変化は見られず、むしろ数が減った分カエルたちは悠々と過ごしているようであった。
もはや忌々しいとしか形容できない大合唱も音圧は下がったもののしっかり健在である。
朝イチに聞く重低音の濁声大合唱にウンザリしたようにマリーが呟いた。
「さっさと帰りましょう」
「そうだな」
一応、数日は広い範囲でレイブンレイスに監視を任せるつもりだが、早急に対処しなければならないようなことはなさそうと判断し、いそいそと『野営地』を片付け、ボーンタイラントに乗り込んだ。
行きと同じくおよそ一時間で領都レドア周辺にまで戻り、徒歩十五分ほど離れた人目に付かない場所でタイラントを戻し、そこからは歩いて領都へと向かった。
街門を通るべく冒険者証を衛兵に提示し進めば、ちょうど朝の依頼張り出しから依頼に向かうと思われる若干名の冒険者たちとすれ違いながら街門をくぐった。
ウェイトリーは、この冒険者活動が控えめになる時期にもちゃんと働く勤勉な冒険者もいるんだなぁ、としみじみとしながら、普段勤勉に冒険者活動をしていないせいで美味しい依頼に食いついてカエルを乱獲した自分たちが言えた義理ではないな、と苦笑した。
ギルドへの報告は昼前くらいでいいだろうということになり、一度二人は家へと戻ることにした。
テントの中では服や体を乾かしてはいたとはいえ、昨日今日と雨に濡れっぱなしということもあり、一度風呂にでも入ってサッパリしたいとはマリーの談で、さりとて風呂が好きでも嫌いでもないウェイトリーもこれには同意した。
あらかじめメアリーに意志を伝達すれば、帰り着くころにはちゃんと温かい湯舟が用意されていたのは便利というほかなかった。
マリーに先を譲りつつ、生活魔法のクリーニングとウォームブロウにて服と体を乾かしてからどかりとソファーに座り込み、メアリーの用意したハーブティーを飲んで一息付けば、どうせこの後また出かけるんだし風呂入るのめんどくせぇな……、という意識が首をもたげてくるものぐさウェイトリーであった。
結局、ウェイトリーは全部終わって帰ってきたら風呂に入ることにして、しばらく時間を過ごして十時ごろ。
冒険者ギルドが朝の依頼の混雑を終え、依頼から帰ってきている冒険者も昼を食べている冒険者も少ない時間帯に二人はやってきた。
「おはようございます、ウェイトリーさん、マリーさん。昨日、依頼に出ると聞いていましたが、まだ行ってなかったんですか?」
「今朝帰ってきたところです」
「はい?」
「昨日行って、狩りをして、一泊して、今朝戻ってきました」
「そう、ですか……。えーっと、件の湖を往復ですか? あの、馬などの移動手段を?」
「まぁそんな感じです。そういうのも呼べるので」
「なるほど。それならわからないでもないですね」
何となく納得したエリナ職員であったが、よもや馬替わりが二足歩行の巨大ワニ恐竜などとは欠片すらも思っていなかった。というか想像できるものなど居ようはずもない。
「成果はいかがでしたか? 一日、というか聞いた限りではそれほど狩りに時間があったとは思えなかったのですが」
「四百ほど。でも納品できそうなのは三百四十くらいですかね」
「……えっと、どうも聞き違えたようなので、もう一度お願いできますか? 四百とか三百四十とか聞こえたような気がしたのですが」
「あってますよ。五体一セットのカード六十八枚あるんで三百四十体です。ちょっと状態がよくないのを含めれば四百弱ですね」
「はははっ」
エリナ職員はこの雨の湿気が立ち込めるギルドでとても乾いた声で笑った。なおそこに感情は介在していない。
営業スマイルを張り付けたまま、受付カウンターから席を立ちつつ、エリナ職員は告げた。
「少々、そのままお待ちいただけますか?」
「あっはい」
見た目だけなら完璧な営業スマイルのままエリナ職員は受付横の通路を奥に進み、解体場の方へと歩いて行った。
「はい、やらかしカウント一ですね」
「これは甘んじて受けよう」
しばらくして、表情が普段通りに戻っているエリナ職員に連れられて解体場の方へとやってきた。
そこには当然のようにいるだろうと思っていたグラッツギルドマスターが待ち構えていた。
「お前らはもう少し穏便に物事を進められねぇのか?」
呆れてものも言えんとでも言わんばかりの顔で開幕そう言われたウェイトリーは両手を上げて降参とでも言うようにしながら苦笑した。
「まあいい。カエル被害が減るならそれが一番だ。冒険者二人で滅茶苦茶やってるってことを除けば最高の結果だ。
しかしずいぶんな討伐数らしいがランク上げ急いでんのか?」
「まぁ一応、九月ごろまでにハンガーベイル渓谷に行くのに後ろ指を刺されない程度のランクにはしておこうかなと」
「なんだそういうことかよ。思ったよりマトモな理由じゃねぇか」
「一応、冒険者ギルド所属冒険者なんで、危険地域への無断侵入を繰り返すのはよくないかなぁと」
「その心がけには感心だ。……必要なら全くそんなことを気にしないことを除けばな」
「それは必要なんでしょうがないっすね」
「しょうがなくはねぇんだよなぁ、普通はよぉ……。まあいい。それで? 湖の状況はどうだった?」
「行ったときは湖なのかただのカエルの群れなのかわからんような感じでしたけど、今朝見た感じだと、半分かそれに届かない程度にはなっていたと思います。
どの程度周辺地域に散らばってるかまでは調べてませんけど、少なく見積もっても三割から四割は確実に減らしたと思いますよ」
「重畳だ。それだけ減ってりゃ今年は周辺地域への被害が少なくて済みそうだ。よくやった」
「あざっす」
「よし、んじゃしこたま狩ってきたって言うカエル見せてみろ」
「うっす」
ウェイトリーは分けてしまっていたカードの束を取り出しながら、解体台の上に並べながら説明した。
「だいたい全部処理らしい処理もしてない死体を五体一セットにしてあって、この一番多いのが良品で、全部で六十八枚。
こっちのがB級品で、多少傷が目立つヤツで、四枚と四体まとめのが一枚。
最後に結構傷が目立つC級品が八枚ちょうどっすね」
「あー、全部で……四百ちょいってとこか?」
「ウェイトリーさんの話通りなら四百と四体分ですね。討伐依頼と納品依頼を良品だけで見積もっても、七等級依頼百二件分の依頼達成になりますね。
これに加えて少なくとも討伐依頼は六十体分の六件が加算されるので、百八件分の依頼達成になりますね」
「頭割りで五十四件ずつで問題なしですかね?」
「いえ、この依頼はパーティ依頼なのでお二人にそれぞれ百八件という形になります」
「あー、なるほど」
「もし仮に良品すべてが買い取り不可だったとしても、四百体で討伐依頼四十件に当たるので、七等級の依頼達成数には届きますね」
「この時期なら被害が本格化する直前くらいってんで評価も普通よりよくつけてるからな。お前らは査定がどうであったとしても今日から六等級だ。
まぁお前らはそこらの冒険者より評価稼いでるからそもそも問題ねぇと思うがな」
「私たち最悪六等級も厳しいかもって言ってたのに以外と早く終わりましたね」
「九月までに五等級もワンチャン狙えるかもな」
思わぬ五等級への光明が見えたことでやや盛り上がりを見せる二人の会話に、エリナ職員が補足を入れた。
「六等級の依頼達成数は五十五件で、六等級には手っ取り早く数をこなせそうな依頼が今のところありませんので、コツコツとこなしていただくしかありませんよ」
「九月無理だな」
「無理そうですね」
それを聞いて諦める速さは驚くほど早かったのであった。
「大体からして普通はそんなにぽんぽん上がらねぇよ。
さて、んじゃ査定すんぞ。つっても全部見てたらいつまで経っても終わらねぇから、そうだな。適当に十枚ほど抜いて、それが問題なしなら、良品のは全部問題なしでいい。
それ以外のは、そう数があるわけでもねぇから確認だけならそう時間もかからねぇだろ」
「わかりました」
そういってグラッツギルドマスターは六十八枚の山からランダムに十枚抜きとって、他の解体場職員へと渡した。
ここの職員は、以前にシカを大量納品したときのチェックに参加しているものがほとんどで、それからもシカを復元して解体するというのも行っているため、戸惑うことなくグラッツギルドマスターの指示に従って確認作業に当たった。
グラッツギルドマスター自身も一枚発動してカエルの見分を始めた。
「ほう? あの投げナイフっぽい傷のもあるが、今回はいろいろな手を使ったな。
頭を剣で割ったヤツに、こいつは、この辺りじゃ珍しいが銃創か。フィルビア連邦のあたりでよく使われる武器だな。
王都にでも行けば魔法銃を使うヤツもいるが、お前もそうだったのか?」
「今回は七割くらいアンデッドに任せたんで、そいつらの武器っすね」
「……お前のアンデッドは銃まで使うのか。何でもありだな」
「まぁ結構原始的な銃ですけどね。謎のパワーで再装填しますけど、単発装填の……フリント、ロック? とかっていう形の銃らしいです」
ウェイトリーはあまり銃器に詳しいというわけではないが、ウェイトリーのEWO時代の『ミリタリーアームズ』クラスをこよなく愛するフレンドがそのようなことを言っていたというおぼろげな記憶だけで話していた。
正直、早口で専門用語を言われても半分くらいしか聞き取れないし、聞き取れてもあんまりよくわからない。
なんとか耳が滑るのを我慢したのを今でも覚えている。
ちなみにだが、本物のフリントロック式の銃であったのなら昨今の豪雨の中では撃つこともなかなか難しいという事実にはウェイトリーは気づいていなかった。
そのあたりは本当に謎パワーと言わざるを得ない。
その後、ウェイトリー達が良品と判定したものは全部位問題なく買い取り可能との査定となり、無事納品依頼達成と相成った。
ウェイトリーはその結果を受けてからテキパキと召喚されたカエル小山をカードに戻す作業を行い、続いてB級品、C級品の査定も行われた。
B級品は三体ほど規定に見合わないのではないかというものがあったが、あまりの四体から数を補って、四件分の達成となった。良品扱いで買い取り可能な一体を個別にカードにして、残りの選外となったものも別のカードにしておいた。
C級品は残念ながら全て納品依頼としては受理されなかったが、部分的に使える場所があり、納品依頼達成とはならずとも買取金額はそれなりに付くという結果であった。
「Cはバラしてどの程度使えるかを査定しなきゃなんねぇから少しばかり時間がかかるぞ。だがそれ以外の分はカードでの納品で上乗せで払っていい。値段の判断はエリナに任せる」
「了解しました。では……、そうですね。
この時期の質のよい状態なら一体あたりおよそ一万三千から一万六千ドラグですので、一体につき二万ドラグの解体手数料なしでいかがでしょう?」
「まぁそんなもんだろうな。Cは確認のためにすぐにでも解体せざる負えねぇから手数料はもらうぞ」
「お金には困ってないのでご随意にどうぞ」
「そりゃあんだけポーション卸してりゃそうだろうよ」
得意げに言うマリーにグラッツギルドマスターは苦笑しながら答えた。
「では、清算させていただきます。
マッドバブリングトードの買取金額を一体あたり二万ドラグを三百六十一体で、七百二十二万ドラグ。
続いて討伐報酬が十体で二万ドラグですので、三十六件で七十二万ドラグ。
それから納品依頼が五体で一万ドラグですので、七十二件で七十二万ドラグ。
合計して、八百六十六万ドラグでとなります」
「白金貨ならずか」
「主さまもまだまだですね」
「お支払いは大金貨八枚、金貨六枚、大銀貨六枚でよろしいですか?」
「それでお願いします」
「では受付にて依頼達成処理を行った後にお支払いしますので、受付までどうぞ」
「Cの査定は明日には出せるから、明日も一回受付に顔出せ」
「了解っす」
エリナ職員の後に続いて受付へと戻り、依頼達成の処理のために冒険者証を渡し、処理をしてもらっている間に報酬を受け取った。
それを懐にしまっているうちに、冒険者証の処理も終わり、返された冒険者証には六等級を示す表示へと切り替わっていた。
これで終わりかなと、ウェイトリーが思っていたところエリナ職員が口を開く。
「ウェイトリーさん、明日、倉庫の処理業務の依頼をお願いできませんか?」
「あぁーそろそろでしたね。いいですよ」
「お願いします。雨季で冒険者の活動が抑えられている影響で解体業務は減っているのですがそろそろいっぱいになっているそうですので。
最近、ギルドにお越しになっていませんでしたが、お二人も雨季休業か、それともなにかなさっていたんですか?」
「んー、アーシアの教育に付き合ってたってのもありますけど、ちょっと賭けに負けたせいで、大森林まで素材採取ツアーに出かけていたもので、五日ほど留守にしてましたね」
「五日で大森林に? それは……。ちなみに、大森林まではどの程度で到着なさるんですか?」
「走っていけば一日くらいですかね」
「はい?」
「本気で走ればそれくらいで着くみたいです」
「冗談ではなく?」
「主さまは馬よりも倍以上早く走るみたいですよ。笑っちゃいますよね」
ホントに可笑しいよねー、といった雰囲気で話すマリーに、いや何言ってのこの人といった表情を引きつった笑みでなんとか誤魔化しているエリナ職員であった。
「そう、ですか。その……、大森林はいかがでしたか? かなり危険な森ですが」
「浅い場所で五等級、中頃で四、奥地で三等級って評価に恥じない場所でしたね。
自分たちが暮らしていたブリッツムースが大量発生していた辺りは中頃あたりだったてのもこっちの資料を読んだり、改めて森を散策してて気づきました。
そう考えるとシカ連中ホントよく頑張ってたと思います」
「今回はどのあたりまで行かれたんですか?」
「どのあたりと言われば、もちろん奥まで行ってキッチリ、マップを埋めてきましたよ。
採取は実りの多い結果でしたが、魔物がもううじゃうじゃこれでもかといるもんで大変でした。
おちおち採取もしてられませんよ」
「あの、ホラ話だと言っていただけませんか?」
もはや懇願だった。
だが現実は無情である。
「実話ですよ。依頼と関係なさそうでどうしたものかと思っている魔物の死体がそれなりの数カードになってるんですが」
「そ、そのお話はギルドマスターに話してもよろしいでしょうか?」
「むしろそうしていただけると助かります」
「あと、大森林の詳細な地図をお持ちなんですか?」
「あー、まぁ、そうですね」
「そ、それも見せていただけると大変、大変に助かるのですが」
「んー、いいんですけど、なんというか……。ちょっと人に見せられるようにするので数日は欲しいですかね?」
ウェイトリーの地図、いやマップは端末の中にしかないので当然であった。
余談なのだが、ウェイトリーの持つスマホ型のEWOシステム端末は、設定メニューに端末自体の実体化と半実体化というものがあり、基本的には半実体化状態である。
この状態だと、この世界の人間やおそらく生物には見えてもいなければ触ることもできないようになっていた。
これは、ウェイトリーが生ごみ倉庫を片付けている時に、職員と話したときに気づいて、設定やヘルプなどを確認したところ判明したことである。
端末設定を変更すれば見せることは可能といえば可能なのだが、ある意味でこの端末はウェイトリーの心臓ともいえるものなので、よほどのことでもない限りは実体化するつもりはなかった。
まぁ実体化させて、仮にどこかに落としたり無くしたりしても、手元に呼び出す機能が備わっており、壊れたとしても半実体化して元に戻り、許可なくしてウェイトリー以外の誰にも操作できないようになっているので、どうなるということでもないわけだが。
「そ、それでもかまいませんので、ぜひお願いできませんか?」
「かまいませんよ」
やはり大森林を臨む地域で一番大きな冒険者ギルドであるレドア支部としてはそういった情報は喉から手が出るほど欲しいのかもな、などと思いながらウェイトリーは快く了承した。
それからは特に新しい話題を話すでもなく、くれぐれも地図をよろしくお願いしますという言葉を聞いてから、別れの挨拶を告げてギルドを後にした。
出る前にはしっかりとギルドショップで製図に必要になりそうなものを揃えておくのも忘れなかった。
昼食時というのもあって、どこか適当な店にでも入るかと話しながら歩いて店へと入り、昼食を済ませてから、家へと戻っていった。




