061 カエルの湖
およそ一時間後。
ボーンタイラントに乗った二人は、三百メートルほど離れた件の湖を臨めるやや高い丘のところまでやってきていた。
「酷い景色ですねこれは」
「湖にカエルがいるっていうか、カエルの湖って感じだな」
周辺一帯を支える水瓶たるその湖は、至る所にカエルが存在し、見えている水面よりも明らかにカエルの面積の方が広く、下手をすれば視界不良も合わさってここが湖には見えないほどにマッドバブリングトードで埋め尽くされていた。
また、湖の外の周辺にも無数のカエルが跋扈していた。
地面は想像していたよりも酷くぐちゃぐちゃのドロドロで、まき散らした白っぽかったり泥水色っぽかったりの泡で見るに堪えない。
「そして大合唱される『かえるのうた』がまた酷い。酔っぱらったおじさんだって歌姫に思えるくらいですよ」
「録音して耐久動画を作って動画サイトに投稿したらいろんな意味でバズりそう」
「もはやそれはカルトですよ」
「聞いてるヤツは全員SAN値ゼロだな」
ウェイトリーは今夜は悪夢にうなさるかもな、と思いつつも、この丘の辺りには居座るカエルがいまのところいなかったので、この丘の上にフィールドセット『野営地』を発動した。
建てたままのテントや組んだままのかまど、焚火用に積んでおいた薪などがそのままの形でその場に現れる。
雨の中なので、かまども薪もなんの意味もないが、テントは本日の宿となる。
マリーはそのテントの中にいそいそと入ってみたが、げんなりした顔で出てきた。
「野営地の結界効果では騒音は防いでくれないみたいですよ」
「マリーさんって防音魔法とか使えないの?」
「持続範囲効果系の魔術ってどう誤魔化しても生活魔術の範疇を超えるんですよね。
私たち明日の朝にはバッチリSAN値ゼロですね」
「んー。位置を変えるかべきか……」
ウェイトリーはしばしうーん、と思い悩んだあと、あっ、と一言呟くとマリーにある提案を持ち掛けた。
「今、風魔石って持ってる?」
「ほどほどにありますよ」
「たしか錬金鍋で風魔石を固められるんだろ? それで風魔石を合成して大き目の風魔石を作る」
「それから?」
「防音結界の刻印術を刻めないか?」
「主さまは天才ですね。早速やりましょう」
ウェイトリーは『簡易工房』も展開して作業をマリーに委ねた。
「私はここで作業をしておきますので、主さまは存分にボリュームを絞ってきてください」
「ご近所騒音トラブルの解決は大家さんに言ってくれ。じゃぁ行ってくる。目指せ六等級」
ウェイトリーは『野営地』から出つつ、かぶったままのフードのつばを少し弄りながら、構築して来た編成を確認する。ブーツの効果で足場はあまり左右されないとはいえ、主だっては元々から水場に強いアンデッドを多く積んできた。
現場の状況的に想定して組んだ編成で問題ないことの確認もできたため、それらを景気よくまとめて召喚していった。
「気やがれ野郎共『パイレーツゾンビ』『パイレーツスケルトン』『パイレーツレイス』」
それぞれを五体ずつ、とある海賊団の乗組員たるアンデッドたちを召喚していく。
ゾンビは青いバンダナに薄汚れた海賊らしい服装にクラシックなピストル、スケルトンは赤いバンダナに同じような服装とカトラス、レイスは黄色いバンダナに同じくな服装と短杖。
彼らは死しても海を征く幽霊海賊船の乗組員。
その特性で水場では戦闘力が上昇する効果がある。もっとも、一番戦闘力の恩恵を受けられるのは『船上』ではあるのだが、そればかりは仕方ない。
ニ、三週間に一度程度のギルドの生ごみ倉庫の処理にておいしく稼いだDPで複製された期待の水場適正アンデッド達だ。
「ゾンビとスケルトンは陸地の奴らをやれ。レイスは湖上のヤツだ。回収はこっちでやるから気にしなくていい。
死骸が高く売れるからあんまり傷付けるなよ。銃の乱射、カトラスのなます切り、魔法の乱発はやめろよ」
それを聞いた乗組員アンデッド達はおどけたようにケタケタ笑う。
ウェイトリーはこういうのにはちゃんとわからせておく必要があるというのは心得ている。
「あんまり目に余るようなら、切り刻んでサメの餌にするからな?」
そういってウェイトリーはまたしても三種のカードを発動させる。
『ゾンビシャーク』『ボーンシャーク』『ゴーストシャーク』をそれぞれ二体ずつ。
現れたのは中空を悠々と泳ぐ腐肉と骨、そして霊体のサメだった。
ウェイトリーの周りをゆっくりと泳ぐサメたちの内ゴーストシャークを撫でながらウェイトリーが真顔でわかったな? と問い掛ければ、ケタケタ笑いをやめて真面目にコクコクと頷いた。
「じゃぁ行け」
そう声を掛ければ、港町の略奪でもするかのように剣や銃や杖やらを掲げてパイレーツアンデッド達は駆けだしていった。
それを見届けてからウェイトリーはサメたちに湖で死んだカエルを岸に運んでくるように指示を出した。腹が減ったら適当に食ってもいいが、運ぶときはくれぐれも大きな傷をつけないように頼むと伝えれば、海賊たちとは違い非常に素直に従ってくれる。
サメたちとは一緒に深海を彷徨った仲であり、そのあたりはかなり安心できるというものであった。
「残骸がそろってて、ついでに船長もいれば、アイツらももう少しマシなんだがな」
ため息を付きつつ、ウェイトリーは次のアンデッドの準備をする。
とはいっても、ここからはいつも呼んでいるスケルトンやゾンビである。こちらは海賊たちが倒したカエルの回収と整理役だ。
呼び出した回収要員には、状態が酷いものを除いて一か所に集めて、普通に使えそうなものは五体をひとまとめにして固めておいてくれと指示して現場に放った。
そして最後にナイトスケルトンを呼び出して、タイラントと一緒に野営地周辺に来るようなのがいれば処理を頼むと言い残して、ウェイトリーも丘を下って行った。
「まずはいつも通りに」
右手の指二本を素早く二度、開いて閉じるを繰り返すことで発動させたスカルピアサーを適当なカエルの額へと投げつける。
突き刺さった骨のナイフは想定通りに脳天を貫き、致命傷を与えられるかを確認してみたが、ちゃんと急所まで刃が届いていたらしく、そのカエルはもはや騒音を奏でることはなかった。
それを見届けて、よしよしと小さくうなずいて、ウェイトリーは次々とカエルの額へとナイフを投げていいく。
鮮やかなりしその骨刃は、全てにおいてカエルの眉間を外すことなく貫いていった。
だが、余りにも的が多すぎるために、流石にスカルピアサーのリキャストタイムに引っかかり弾切れを起こすほどであった。
そのために、今回はちゃんと魔術師らしく、魔法らしいカードも積んできていた。
「『アンデッドロック』」
手をかざしながら、そう呟けば、死属性と土属性の二重属性の鋭い岩塊が飛翔し、カエルに風穴を開けた。
「あらら。威力が高すぎるなこれ。生活魔法と違って威力絞ったりできないしなぁ。これじゃあ俺がサメの餌だよ」
想定よりもカエルが柔いため、額から体を貫通して地面に突き刺さるという結果になっていたことをどうしたものかと考えつつ、リキャストが戻ってきたスカルピアサーを投げ放っていく。
これではスカルトマホークも同じような結果になりそうだな、と思いつつ、フリークラスの方である『ファストロック』を撃ってみた。
こちらは、貫通するほどの威力はなかった。
だがそれでも威力は十分だったのか頭の辺りは潰れて十メートルほど吹き飛んで行った。
「うーん、やめとくかぁ」
ウェイトリーのステータスは魔法系クラスらしく割と真っ当に魔法攻撃力が高いので、コモンレアリティのフリークラススペルでもそれなりの威力が出てしまう。
威力が出るのは悪いことではないが、そのそれなりの威力は現状では持て余す威力であった。
おとなしくリキャスト時間を調節しつつ、傷口が最小限となるスカルピアサーを投げていくことにするのであった。
一時間ほどした頃、ふとウェイトリーは回収を頼んでまとめて置いておくようにと頼んだ場所を見てみれば、結構な数が並べられているのを見て、これはこのまま置いておくのはスペース的に不味いやつだな、とナイフを投げる的当て作業を切り上げて、五体ひとまとめの資材カードを作る作業に移行した。
それから二時間経ち、資材カードにした枚数が五十枚を超えたのを確認して、総員に討伐を終了して回収作業に移るように指示を出した。
最終的に資材カードにした枚数は六十八枚。選定から漏れたものが七十一体であった。
良品のカードを分けて置いて、選定から漏れたものをB級品とC級品に仕分け、それらも五体ひとまとめ。
それらの選定からも全て漏れたものは端末機能で回収した。
結果として、良品六十八枚、B級品四枚と四体のものが一枚、C級品がちょうど八枚、回収が七体となった。
つまり倒したカエルの数は四百十一体であった。
おそらくはサメたちが多少は食べたことを考えると、実際はもう少し倒しているかと思われる。
分厚い雨雲に覆われて太陽を見ることはできないが、日が暮れはじめて暗くなってきたころに、戦闘と回収に当たった全てのアンデッドをカードに戻し、ウェイトリーは丘の上の野営地へと戻ってきた。
「お疲れ様です、主さま。ずいぶん減りましたね」
「ここから見ると一目瞭然だな」
丘の上から振り返り湖を見れば、足の踏み場もないほどひしめき合っていたカエルはおよそ半分ほどになったのではないかという程度まで減っており、感じる『かえるのうた』の音圧もそれなりにマシになっていた。
それでもまだ十分にうるさいのだが。
「どれくらい狩りました?」
「四百弱だな」
「これもう狩る必要ないですよね? それなら帰ればよかったんじゃないですか?」
「それでよかったかもね。まぁ今から帰っても街門は閉まってるけど」
現状の時刻は午後七時前ほどで帰り着くころには八時頃になる。
そもそも領都レドアの街門は午後六時から七時くらいで閉まるので、既に開いてないだろう。
「それでもこの近辺で野営する必要はないですよね」
「まぁ領都付近まで戻って野営すればいいといえばいい」
「帰りませんか? 一応言われてたものは作りましたけど」
「うーん。一応明日の朝、この辺どうなってるか確認したいからここで一泊しよう。
多分数時間でこんなに大量に狩られることはこの時期には無いと思うから、悪影響がないか気になる。
今日のことでここから残りのカエル全部逃げ出して周辺に被害を出したらそれはそれでマズいし」
「でもそれって方々に逃げられたら止められなくないですか?」
「そん時は集落が近い方向を重点的に潰して、間に合わなさそうなところはマリーさんに伝令に走ってもらうしかないな」
「その時はタイラント貸してくださいね」
「……ちょっと狩りすぎたかもね」
「ちょっと、でも、かも、でもなく狩り過ぎだと思いますよ。雨季終わりの冒険者に恨まれるかもしれません」
「それは何も知らないふりして黙ってよう。まぁ周辺に被害が出ない方がいいということでここはひとつ」
「やっぱり主さまはやらかさないと気が済まないんですね」
「いやいや待て待て。やらかし回数の多さではまだマリーさんのが上だろ」
「私はポーションだけじゃないですか」
「アーシアもそうだし、ポーションの値段もそうだろ? あと墓の池を浄化したポーションもやらかしの一つでしょ。エリナチェック入ったんだから」
「主さまだって、シカの大量納品に幽霊屋敷と墓地、それから特大のやらかしでリーネちゃん治してるじゃないですか。
それに今回のこれは明確にやらかしですよ」
「墓地とリーネ嬢は依頼とか了承を取ってからやってるからノーカンだろ」
「でもやらかしなのは間違いないですよ」
なお、これに加えて、ウェイトリーは墓場でヤバい水草を栽培しているがこれはまだ誰も知らない。
「もはや、やらかしチキンレースだな」
「というか私は主さまに召喚されているので、私のやらかしは実質主さまのやらかしですよ」
「それは言ってることめちゃくちゃじゃないか?」
そんな割とどうでもいいことをだらだらと駄弁り倒しながら、その日の夜は終わっていくのであった。




