060 七等級依頼「マッドバブリングトードの討伐と納品」
今後の予定と教科書作りをした翌日。
その日は前日と同じような内容でアーシア、リーネリア嬢ともに教えることとなった。
それに加えて、今後どのようなことを覚えたいかや生活魔術でやりたいことなどはないかなどをリーネリア嬢にヒアリングしたところ、まずはお茶をちゃんと入れられるようになりたいとのことだった。
だが、それとは別に、これから数日はアーシアの小屋には来れないのだという。
なんでも、身体が完治したことを王都の屋敷を取り仕切り、貴族的交流の一切を担っている母親に連絡したところ、急いで戻るという連絡があり、その母親が戻ってくるのが明日かその翌日辺りなのだという。
母親が領地の屋敷にいる間は出来るだけ家族でいようと考えているため、たまにしか遊びに来ることができないとのことだった。
それについて、魔法を習い始めたところなのに申し訳ないと、リーネリア嬢が謝罪するが、それならそれで、ウェイトリー達も冒険者家業をぼちぼち再開する必要があったので、謝る必要はなくちょうどよかったと言って、作ったばかりの教科書をリーネリア嬢に渡した。
リーネリア嬢はその教科書を大層喜んで、ここに来れない間はこれを使って自習しておきます、という話であった。
そしてアーシアはといえば、完全に暗礁に乗り上げていた。
本人はやる気十分で試行錯誤を繰り返しながら感覚をつかもうとしているが、なかなかその糸口をつかめないでいるようであった。
それすらも楽しそうにやっているのだから大したものだが、これはまだ数日かそれ以上はかかるのでないかという見通しだ。
そんなこんながあり、その翌日朝。
二人はギルドにて、エリナ職員に比較的短期間で依頼の達成効率が良くて、評価がいい感じでもらえるような都合のいい七等級依頼はないかとダメもとで聞いてみたところ。
「ありますよ」
エリナ職員は至極当然にNOと言わなかった。
「あの、聞いておいて何なんですけど、そんな都合のいい依頼があるんですか?」
「あります。しかも不人気依頼です」
「どういう内容なんですか?」
「七等級マッドバブリングトードの討伐、およびその素材の納品が現在ちょうど回数無制限での依頼となっています」
「カエルかぁ」
「マッドバブリングトードはこの時期に川の上流にある湖で大量発生します。長雨の影響で活動域が広がり、湖付近にある集落に被害を出すのが季節的な問題となっています」
エリナ職員はマッドバブリングトードについて説明した。
大きさはおよそ一.五メートルから二メートルほどで、ぶよぶよとしたヒキガエルのような魔物である。春ごろに繁殖期を迎え、それがちょうど成長して活発に活動するのが今頃らしい。
雑食性で川の魚や周囲の植物、それから農作物にも被害を出すらしく、場合によっては羊やヤギなどの家畜、人間の子供、時には成人した大人すらも丸のみにするらしく、毎年この時期には一人か二人は行方不明者が出るという。
ほかにもその体と数で畑を踏み荒らされたり、分泌するねばねばの泡で周辺を汚染することも問題となるらしい。泡や体に毒があるわけではないのだが、単純に生臭く、泥交じりで汚らしい泡がずっと残るので非常に不快なのだ。
七等級の魔物としては非常に弱く、単独ならば八等級クラスといって差し支えない程度の強さらしいのだが、問題になるこの時期は数百から、多くて千を超えるカエルが湖を埋め尽くさんばかりに発生しており、足場が悪く、雨で視界も悪い中、周囲に無数のカエルがいる状態で戦うのはかなりの危険を伴うのだという。
カエルの能力を過小評価し、勇んで金稼ぎに勤しむ七等級冒険者や、自身の能力に慢心した六等級冒険者すらも餌食になり帰らぬ人になることがままあるのだそうだ。
図鑑を見て知識として知っていたが、エリナ職員による実害などの説明を聞けば、なるほど不人気依頼になるのも頷けるというものである。
「毎年、領都の騎士、領兵ですね、などの派遣も行われますが、どちらかといえば、集落付近の警戒と討伐が主で、湖への討伐に出ることはほとんどありません。
これは装備の関係で、足場が悪い場所では戦力を生かしづらいところに原因があるそうです」
「鎧を着こんでいけば下手すれば足元が沈みますからね」
「そうですね。冒険者もそもそもこの時期は雨で活動が消極的になっていますし、場所もよくありません。
マッドバブリングトードの狩りが本格化するのは雨季が明けてからですね」
この時期は現場の状況は最悪の一言だが、雨季が空ければ視界も晴れるしぬかるみに足を取られることも少なくなり、活動範囲が湖周辺のみとなり警戒する範囲を湖方面のみに絞ることができ、何より活動範囲の縮小で餌が少なくなったため全体的に能力や戦意などが落ちるため非常に戦いやすいのだそうだ。
これだけ聞けばいいことばかりのようにも思えるし、実際稼ぎ時で多くの冒険者が討伐に参加するのだが、餌の不足で痩せてきている個体なども多いため、一番素材として価値の高い時期は外れていると言えるのだ。
「でも被害が一番出るのはこの時期で、ホントはこの時期に行ってほしい、と」
「素材の価値も今頃が一番いいという理由もあります。なのでトード狩りが得意な冒険者などはこの時期に狩りを行ってそこそこ稼ぐという方もいますね」
「そもそもこのカエルってなんの素材がいいんですか?」
「まずは肉ですね。この時期のトードはかなり味がよく、鶏肉に似た触感ですが鶏肉よりも美味しいです。
次に泡を発生させる泡腺。これは適切な処理を行えば良質かつ高級な石鹸や洗髪薬になります。
次に皮、撥水性と弾力に優れる皮なので防水シートや雨合羽、食料の保存袋などいろいろな用途で使われます。
あとはそれほど大きくはないですが水属性の魔石が取れますが、これはオマケ程度ですね」
「数が多いなら、結構稼げるんじゃないですかそれ?」
「そうですね。ある程度数を収められればかなり割の良い稼ぎになると思います。ただどうしても大きいのですし、ここから徒歩で二日ほどの距離で周囲の集落でも半日ほどの距離。
それに近場ではトードの多さで野営などは不可能ですので、どうしても難しいですね」
「なるほど……」
「なのでこの時期は、十頭の討伐の証明で七等級一件、およそ五頭分の素材の納品で同じく七等級一件として、現状は無制限にこなすことが可能です。
これであれば最初に伺った内容に沿うかと思います」
「最高ですね。それなら数日以内に六等級も夢じゃありませんよ主さま」
「いいかもな。十頭狩って納品フルで三件分。二百も潰せば依頼六十件分だ。不人気依頼らしいことを考えればそれで十分六等級になれそうだ」
その会話を聞いてやや焦ったような顔でエリナ職員は苦言を呈した。
「あの……、勧めておいてなんなのですが、ギルドにもキャパシティーがあるので大量納品は」
「カードのまま納めますよ」
「大量納品をお待ちしております」
打って変わって掌を返し、微笑みながらそう告げたエリナ職員はしたたかであった。
「それじゃあ俺たちは準備をしてから早速出ますね」
「成果を期待しています。ですが十分にご注意を」
「わかりました。ありがとうございます」
そうしてギルドから出て、一度家へと戻り、マリーは現地で食べるご飯を作り、ウェイトリーはレイブンレイスに現地の調査に派遣し、周囲の状態を想定してデッキの構築を組みなおしていた。
もろもろの準備を整えて、一緒に作っておいた昼食を食べ、メアリーに留守を頼み、領都を後にした。
降りしきる雨の中、領都を離れて十分ほど歩いたところでマリーがこんなことを口にした。
「主さま。雨降ってますし、パパっといってパパっと終わりにしましょうよ」
「というと?」
「おぶって走ってくださいよ。特急電車に乗せてください」
「やだよ。しんどいし」
「別にいいじゃないですかーそれくらい」
「それよりもっといい方法がある」
そういって、街道から外れてからウェイトリーはデッキから一枚のカードを抜いた。
「よっしゃこい、『ボーンタイラント』」
ウェイトリーが何気なく呼び出したそれは体高およそ五メートルを越える骨の恐竜であった。
だが恐竜というよりは二足歩行するワニといった感覚を覚えるのはその頭がワニにほど近いらであろうか。
それは凶悪そのもののような顎を開き、声なき咆哮を上げた。
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[Cu]ボーンタイラント SR
必須条件:なし
発動コスト:MP600
リキャスト:破壊後 15分
[衝撃無効][高機動]
タイラントレックスの骨から生じたスケルトン
強靭で重厚な骨が象る二足歩行のワニのような恐竜
発達した顎と口蓋に並ぶ常軌を逸した乱杭歯は
一度噛みついた獲物を食いちぎるまで離さず
対象が死に絶えるまで走り続けるのをやめない
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そのあまりにも恐ろしいはずの獰猛な意思を持つ骨格標本にウェイトリーは軽い感じに声をかける。
「すまんタイラント、ちょっと湖まで乗せてくれ」
ボーンタイラントはその見た目とは裏腹に言われたことを正しく理解し、頭を下げて乗るのを促した。
ウェイトリーとマリーはいそいそとボーンタイラントの頭の上へと乗り、それを確認してボーンタイラントはゆっくりと立ち上がった。
そしてウェイトリーが行く道を指示すれば、最初はゆっくりと、次第に速度を上げ、トップスピードになるころには全力疾走の競走馬よりも早く駆けていた。
上に乗るウェイトリーもやや呆れているマリーも特に落とされたりということもなく道を進んでいく。
「こんなの見られたら決死の討伐隊が組まれますよ」
「どうせ見つからんよ。この雨だし、隠密効果は適応されてるし、足音もブーツの効果で消えてるし」
「足跡もついてないんですよねコレ。どうかしてますよホント」
「俺は常々言ってるけど、デッドマスターの装備の中でも『足無し』はダントツのぶっ壊れ装備だと思う。
デッドマスターだと紫魂一式と墓掘り一式と冥衣一式の三強って話だし、まぁ間違いでもないけど、この三つは足装備もシリーズ装備だから『足無し』履けない時点で正直ありえないんだよな。
確かに効果は強いけど『足無し』を切るほどではない」
ウェイトリーが足無しと呼ぶのは、そのまま『亡霊の足無しブーツ』という今も、というか常に装備している足装備である。
レアリティはレジェンド。効果は『膝下以下の不利な地形効果と地形ダメージと落下ダメージを無効化する』というもので、ステータス補正は『VIT+10』。
隠し効果的な要素で、足音がならず、足跡がつかなくなるという効果がある。
つまりは高所から飛び降りなどで移動を補佐し、地形の悪い場所でもちゃんと踏ん張ったり歩いたり走ったりできるという移動補助装備である。
レジェンドクラスの足装備としては驚くほど低いステータス補正に、肝心の効果もキャラクターの攻撃力や戦闘力に直接影響を及ぼさない効果と来て、移動や探索、素材採取になら使うのはアリだが、戦闘で使うならウェイトリーが今あげたような足装備を含むシリーズ一式装備の影響で採用するほどではないという評価の装備であった。
あった。
ウェイトリーがランキング戦で見せた戦術の多彩さをもってその評価を大きく変え、またイベントのレイド戦でもその効果の異常さをいかんなく見せつけたためダントツのぶっ壊れ装備にまで評価を押し上げた装備である。
さらには落下ダメージ無効の部分を仕様の範疇で悪用していたためメンテナンスでナーフが入るほどの事態に持ち込んだのもこの男である。
やったことは数多ある。
沼地に変えるフィールドセットを使用することで自分だけ高機動かつデッドマスターのクラススキルの恩恵で他のキャラクターユニットも高機動で戦闘を行ったり、悪路でも滑らない特性を生かして壁を走ったり、ミスディレクションと隠密スキルを応用して姿を消した足音・足跡なしで全力疾走して暗殺を試みたり、巨大なモンスターの薙ぎ払い攻撃をジャンプして足裏で受ければノーダメ(メンテで修正済み)をやったり、修正された仕様を検証してまたノーダメになったり(再度メンテで修正済み)、自身が吹き飛ばさた時に最初に衝撃を受けるのが足裏なら叩きつけられる分のダメージはノーダメだったり(非常にグレーだが仕様範囲内)、打撃・質量系物理攻撃を蹴り系攻撃スキルを用いて接触することでほぼ無効化してノーダメになったり(なんと修正されてない)。
「これから行く場所でも大いに役立つ装備ですよね、足無し」
「じゃなかったらいくら達成数稼げるといっても行かないしな」
「森歩きでも全然疲れませんし、私も大満足の装備ですよ」
「もう足無しと灰色賢者一式がない生活は考えられんな」
よそから見れば恐怖以外の何物でもない光景を作り出しながら、上に座る二人はのんびりとそんな話を繰り広げていた。




