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デッドマスターはあんまり動じない  作者: 八神 黒一
3章 おいしい薬草はただの草?
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054 ウェイトリー劇団

 辺境伯邸にてベンゲル辺境伯とグラッツギルドマスターの話し合いがもたれてから六日後。

 ギルドでの話し合いからは十一日後。

 

 一行はギルド保有の馬車に乗って、辺境伯邸へと向かっていた。

 乗っている人間は、ウェイトリー、マリー、アーシア、そしてグラッツギルドマスターであった。

 そんな中、ウェイトリーは忌々し気に窓の外へ目をやっていた。

 

「チッ、さっさと潰れておけばいいものを」

「賭けは私の勝ちですね。じゃあそのうち大森林での素材採取お願いします」

「遠いからマジで嫌なんだけど」

「賭けの清算は絶対ですよ」

「クソがよー」

「何の話だ?」

「領主と会うまでにベルルーガ商会が営業停止になるかどうかで賭けをしていたんですよ。私が勝ったので主さまは近いうちにノアルファール大森林で素材採取弾丸ツアーです」

「お前らマジでなにしてんの!?」

「……ウェイトレイスにもうちょっと根性入れてやってもらえばよかった」

「おいおいおいおい、今お前何を言った!?」

「いや? 何もねぇっすよ? 俺善良なデッドマスターなんで。ホントホント」

「主さま。今度は商業ギルドの方でも何か賭けませんか? 主さまが勝ったら大森林行き帳消しにしてあげてもいいですよ?」

「クソぉ、足元見やがって……。今度は負けんぞ」

「なんかウェイトリーさん負けそう」

「は? 負けないが?」

「こういうギャンブルで破滅する大人になっちゃダメですよアーシアちゃん」

「おい!? 商業ギルドもお前らか!?」

「やだなーギルマスさん。私たちはなにもしてませんよー。でも多分おそらくきっと悪が滅びたら幽霊の話は消えると思うなー」

「そだね」

「お前らなぁ!?」

 

 今から領主邸に向かうとは思えないようなバカ騒ぎをしているうちに、馬車はゆっくりと止まった。

 ベンゲル辺境伯邸に到着したのだ。

 

 流石にバカ騒ぎは控えて、素知らぬ顔で粛々とウェイトリーとマリーは馬車から降りた。

 それに続きおめかししたアーシアも馬車から降りるのだが、流石に領主邸を前に緊張して来たのか、徐々に顔が引きつり始めている。

 最後に疲れた顔をしたギルドマスターが降りて、馬車の戸は閉まった。

 

「おう、行くぞ。頼むから中でふざけてくれるなよ」

「その辺りは流石にわきまえておりますよ。ギルドマスター殿」

「……そういうしゃべり方も出来んのかお前」

「もちろんですとも」

「調子狂うなァ……」

 

 そう言いつつも、まぁ問題ないだろうと判断してグラッツギルドマスターは歩き始めた。

 出迎えた壮年の執事然とした男性に導かれ、一行は応接室に通された。

 そこで座って待つように言われ、紅茶とお茶菓子が用意される。

 ただの冒険者を相手にするにしてはなかなかのもてなしだろう。

 無論、評判から聞く辺境伯家として半端な対応など取ろうはずもないだろうが、一応はちゃんと客として扱われているというのを確認出来て、ウェイトリーはまずまずかと安心した。

 

 それから待つこと三十分。

 待つ時間の長さですっかりアーシアはガチガチに緊張してしまっていた。

 というのも、グラッツギルドマスターは押し黙り、ウェイトリーとマリーも普段するような適当な会話をほとんどしなかったからであった。

 

 そうしてついに待ち人来る。

 ベンゲル辺境伯がやってきた。

 

「貴殿らか。随分の不遜な物言いをするという冒険者というのは」

 

 最初に差し込んだのはベンゲル辺境伯であった。

 ウェイトリーはゆっくりと立ち上がり、マリーもそれに続いた。

 それを見たアーシアも慌てて立ち上がった。

 

 ウェイトリーは右手を胸に当てながら頭を下げ、慣れたような口調でつらつらと話し始めた。

 

「お初にお目にかかります、ベンゲル辺境伯閣下。本日は貴重なお時間を賜り、誠に有難う存じます」

 

 手慣れた挨拶にベンゲル辺境伯はやや眉を歪めた。

 そしてグラッツギルドマスターに少し目をやり、聞いていた話と違うではないかと、抗議の視線を送った。

 

「あぁ。貴殿、随分と礼儀作法を身に着けているようだが、どこかの家に連なるものか? あぁ。名前も聞いていなかったな」

「これは大変失礼をいたしました。私はウェイトリーと申します。こちらの連れはマリナウェル。

 私共は貴族様方に名を連ねるようなものではなく、家も国も持たぬ流浪の身にあります」

「ほう? それにしてはずいぶんと達者だな?」

「身に余るお言葉です。所詮は平民出の見様見真似の所作ですございますので、目に余る所作もあるやもしれませんが、平にご容赦を」

「……いや、よい。此度はグラッツからいい話ができると聞いている。それに冒険者にそこまでの礼儀作法を問うことはない。気楽にせよ」

「閣下のご温情、大変ありがたく存じます」

「掛けるといい。話をはじめよう」

「はい。では失礼いたします」

 

 ウェイトリーと同じように振る舞いながら、ガチガチアーシアのフォローをしつつ、マリーも席に着いた。

 

 そしてお互いに席に着き、ベンゲル辺境伯がさて何から話そうかと考えるように対面に座るウェイトリーを眺めれば、ウェイトリーはやわらかい表情を浮かべながら、ソファーの上に置いていた、箱を取り出した。

 相応に見目いい箱の大きさは、一辺およそ二十五センチほどの立方体であった。

 

「まずは貴重なお時間をいただきましたお礼といたしました、ささやかではありますが、私共が用意できる中で最良のものをご用意いたしましたので、どうかお納めください」

 

 そうしてウェイトリーはベンゲル辺境伯の傍に控える執事風の男性にその箱を差し出した。

 

「ほう? 中はなんだ?」

「はい。魔石にございます」

「魔石か。拝見しよう」


 ベンゲル辺境伯がそういえば、執事風の男性がその箱をゆっくりと開いた。

 中に掛けられていた質のいいビロードのような布を開いたとき、執事風の男性の時間が停止した。


「ん? どうした?」

「いえ、その……」


 その様子を不審に思ったベンゲル辺境伯が執事風の男性が開いた箱を覗き込むと、ベンゲル辺境伯も同じく停止した。

 

 中にあったのはまごうことなき魔石。

 そう、ただの魔石である。

 その大きさはメロンほどの大きさで。

 美しい真球の形をしており。

 非常に高密度な魔力を内包し。

 属性が『光』であるというだけの。

 なんのことはない、ただの魔石である。


 ウェイトリーはやわらかい微笑みを浮かべながら宣う。


「浅学ながら、貴族様に献上するのであれば『光』の魔石が良いと聞き及んだことがありまして。

 特に辺境一帯の魔物からの守護者たる辺境伯閣下なればこそ、癒しの触媒として価値の高い『光』の魔石を選ばせていただきました」

「そ、う、か」


 ベンゲル辺境伯はこの時点で再起不能なのではないか言うくらいバグっていた。

 しかしそれも無理もない。

 

 もし。もしもこの魔石が“ある程度”の価値で取引された場合。

 辺境伯領の予算にして五十年分ほどの価値がある。

 そもそもそれも“ある程度”で取引された場合である。

 こんなものは世界に存在するわけがない。

 そんなものをよもや競りにでも賭けようものなら値段はまさに青天井。

 誰にも払えないような額になること請け合いであった。


 そんなものを、『今日時間作ってくれてありがとう。これお礼!』くらいの気安さで渡されたのだ。

 バグったベンゲル辺境伯は悪くない。

 何も悪くない。


 そうか、とつぶやくそれ以降なにも言わなくなったベンゲル辺境伯にウェイトリーは心配したように声をかけた。


「閣下? いかがされましたか? もしやその贈り物でご気分を害しましたでしょうか」

「いや。いや」

「やはり嫌でありましたか……。大変申し訳ございません。

 では、そちらはこちらでどこか適当な場所に捨てておきます。大変ご無礼をしてしまい、申し訳ございませんでした」

「アホかぁ!!!」


 正直に言おう。

 粛々と申し訳なさをにじませるウェイトリーとマリーは。

 今のこの状況を。

 

 完全に面白がっている。


 ベンゲル辺境伯ともあろうものから『アホかぁ!!!』を賜り恐悦至極であったのだ。


「おいグラッツ! なんでだ! なんでコイツ等を連れてきた!?」

「……いや、そういう話だったじゃねぇか。……あとその箱の中身、俺に見せるなよ? 知りたくねぇ」

「クソがぁ!」


 いきなりの豹変にアーシアはもうこの世の終わりとでも言わんばかりの顔をしているが、ウェイトリー劇団の小芝居まだ続く。


「大変申し訳ございません閣下! 私共が用意した品がそれほどお気に召さなかったとは。

 そうだ! 砕きましょう! 砕いて粉々にして川に流すのです! そうすれば二度と閣下の目を汚すことはありません」

「ですが、ウェイトリー! それでは閣下の領地の川を汚染してしまいます! それは重大な背信行為です」

「あぁ……。申し訳ありません閣下。どうか私の浅慮をお許しください。平にご容赦を……」

「おい、お前ら。もうその小芝居やめろ。今日は話をまとめに来たんだろうが。状況ぶっ壊してどうする。お前ら実はめちゃくちゃアホだろ」


 グラッツギルドマスターが呆れて軌道修正を図った。

 ただし、顔は窓の方しか向いてないが。


 そしてやっとの思いで再起動したベンゲル辺境伯は顔を右手で覆い隠しながらソファーに深くもたれかかり、その姿は三徹キメたデスマーチ後のようであった。


「……なにが望みだ」

「はい?」

「望みを言え。俺が叶えられることなら叶えてやる。コレにつり合いが取れることは叶えられんがなぁ?」

「あぁ、いえ。それは本当に手土産として持参しただけですので、どうぞご自由に。それを交渉の材料にしようとは考えていませんので」

「……本気で言ってるのか?」

「もちろんです」


 ベンゲル辺境伯が完全に砕けた話し方に変わり、流石にこれ以上公演を続けるのも不作法なのでウェイトリー劇団は終幕して、口調は多少緩めた。

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