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デッドマスターはあんまり動じない  作者: 八神 黒一
3章 おいしい薬草はただの草?
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052 何もない場所

 アーシアのポーションを売りに出すべくギルドへと向かい、それをちゃんと売れる環境を作るため領主に会おうという話になった日から四日ほどが経った。

 相変わらずポーションの教育と、それ以外にも作れるものを増やすべくいろいろな講義が行われているなか、街の中で今、ささやかに、しかし速やかに話題になりつつある噂がある。


 曰く、ある商会に夜な夜な使い潰された哀れな女給の霊が出る、というものと。

 曰く、深夜の商業ギルドには騙されて死んだ商人の幽霊が現れる、という二つであった。


 この街では、亡霊や亡者に関する話題はタブーである。

 故にこそ、この手の話題は殊更避けられ、しかしだからこそ燃え盛る火の手のように広がっていく。


 そんな件の商会に、ウェイトリーは一人やってきていた。

 商会の名はベルルーガ商会という。


 商会の中は、なんというか、やや閑散としていたため、訪れたウェイトリーにすぐに気が付いた店員が、声をかけようとして、その人物が誰であるか認識して、侮蔑と警戒をにじませながら話しかけた。

 

「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件ですか」

「あぁ……。実はポーションの件で、こちらの所会長殿にお話をさせていただけないかと思い、参上させていただいた次第です」


 やや憔悴したような、焦りを感じさせるような雰囲気を放ちながら言うウェイトリーに店員は、まぁそうなるだろうさ、とほくそえみつつも、それを表には出さず対応を続けた。


「そうですか。商会長は多忙な身であるので確認を取ってまいります。少々、お待ちください」

「どうぞ、よろしくお願いします……」


 ウェイトリーは暗い表情を隠すかのように頭を下げ、顔を俯けた。


 五分、十分、そしてそろそろ十五分になるかという時間が経過したころ、先ほどの店員が戻ってきてウェイトリーに告げた。


「商会長がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」


 それに静かに付き従うように進み、ウェイトリーは一つの部屋に招かれた。

 開かれた扉かな中を見れば、件のベルルーガ商会長が席に着き、顎をしゃくりながら入るように促した。


 それに愛想笑いを浮かべつつ、ペコペコと頭を下げながら入室するウェイトリー。


「貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます、ワタクシはウェイと―――」


 そのように挨拶を続けていたウェイトリーがとたんに凍り付き、ベルルーガ商会長でも案内した店員でもない部屋の隅の空間を、目を見開き凝視していた。

 そこに何か驚くべきものがあるわけでもない。特になんということのない本棚があり、窓にかかったカーテンがある程度で、本当に別段変わったものはない。

 

 しかしその場所を凝視して固まったまま何も言わないウェイトリーを不審に思い、その場所を商会長と店員は見るが、やはり何もない。

 やや苛立った商会長がウェイトリーに声をかけた。

 

「おい貴様。さっきからなんだ?」

「え? あぁ! こ、これは申し訳ない。なんと、言いますか。そ、そう! 緊張してしまいまして。は、ハハ、お恥ずかしい」

「儂も暇ではないのだ、さっさと要件を話せ」

「は、はい! 要件というのはポーションのことです。以前仰られたようにポーションを……」


 ウェイトリーはベルルーガ商会長と話しているというのに、気はそちらではなく部屋の隅の方へ向いており、チラチラとそちらを伺いながら、気もそぞろに商会長へと話をしていく。

 

「ぽ、ポーションを是非、ベルルーガ商会様に買い、買い取っていただけ……」

「貴様、先ほどから何を見ている?」

「い、いえ! 何も見ていませんとも!」

「嘘を言うな! 先ほどから部屋の隅をチラチラと見おってからに。今誰と話しているのかわかっているのか!」

「も、申し訳ありません! で、ですがワタクシはただ恐ろしく……」

「恐ろしい?」

「いえ! なんでも、なんでもありません。お、おやめください! どうか、どうか……」


 事ここに至って、ウェイトリーは完全に部屋の隅へと謝っていた。

 流石にここまで来ると何か尋常ではないことが起きているのではないかと思い始めた商会長と店員は薄気味悪く思いつつもウェイトリーへと尋問する。

 

「お、おい貴様、先ほどから謀りおって。冗談ではタダでは済まさんぞ」

「す、すいま、いえ、申し訳ありません! や、やはりポーションの話はなかったことにさせてください」

「なに? 貴様自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「なにを? 何を言ってるのかですか? 解っていますとも! こここ、こんな場所で」

「こんな場所?」

「いや、いえ! すいません! ととにかく、やはりお話はなかったことにさせてください。……あの、し、失礼ですが、教会の聖職者にお知り合いなどはいらっしゃらないのですか?」

「教会? 何のことだ?」

「もしお知り合いがいるのであればすぐにでも……、ひ、ヒィ、わ、私はこれで失礼させていただきます! どうかご容赦をっ」

「お、おい待て貴様、おい!」


 そういって居ても立っても居られないといった風情でウェイトリーはその場から転がるように逃げ去っていった。

 途中からウェイトリーは部屋の隅から全く視線を離さず、その場所を見続けていた。

 

 ただ逃げ去っていくウェイトリーを見ていた商会長と店員は、呆然としながらも、何もないその空間が、なぜか妙な質量をもって暗く感じるような、そんな薄気味悪さだけを感じていた。


 店から必死の形相で逃げ出していった冒険者の話はすぐに話題に上り、噂は確実に広がりを見せていった。

 

 

 

 そしてその日の夜、アンデッドラッズによって録画されたものを二人で鑑賞していたウェイトリーとマリーはというと。

 

「ちょっとわざとらしくないですか? 大げさすぎてふざけて見えますし、これでは主演男優賞は取れないと思いますよ」

「いやいや。これぐらい大げさな方がいいんだって。映画じゃなくて舞台とかって大げさなくらいの方がいいってなんかで聞いたことあるような気がするし」

「なんかふんわりしてますね」

「だって演劇とかのことなんも知らんもん」

「でもこれを人前で最後まで披露できるのはなかなかのものですね」

「それはなんというか……、それを改めて言われるとちょっと恥ずかしいじゃん」

「次のウェイトリー劇場の公演に期待ですね」

「当分次の予定なんてねーよ。あとはウェイトレイスと商人レイスの仕事だし」

「よし主さま。ベルルーガ商会があと何日で営業停止状態になるかで賭けましょう」

「乗った。領主と会うまでには片付けたいな? 言うて商会は領主にとって目の上のたんこぶみたいなもんだし」

「そうですか。では領主と会うまでに営業停止したら主さま、そうでなければ私の勝ちということで」

「いいだろう」

 

 そうして何を賭けるかの話題で盛り上がりつつも、その夜は更けていくのであった。


 お前らはいったい何を使って賭けをしてるんだ、とツッコんでくれるような人物は、ここにはいなかった。

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