048 流言飛語と魔石屋の謝罪
翌日、ギルドにて。
アーシアの次の薬草が育ったため、今回は下級濃縮ポーション五本のみの売却で二人はギルドへと訪れていた。
売る本数が減った理由は、初級はたくさん売れるが、中級はまだ在庫が十分に残っているというのと、アーシアの練習用の薬草の確保の為であった。
最近は、下級ポーションもおよそ需要は満たせてきたようで、販売速度も緩やかになり常識的な範囲で売れる程度になったという。
一時は町の非冒険者の住民まで買いに来ていたが、それが行き渡ったため落ち着いて、消費する冒険者の購入が主になったということなのだろう。
無事、売却を済ませ、料金を受け取ったマリーに、エリナ職員が気になる情報を口にした。
それは、巷にてこのポーションに関する虚偽の情報やあらぬ噂などが流れているという話であった。
「虚偽情報に噂ですか」
「はい。ポーションの効能が表記よりも劣っているといったものや、非合法の薬草を使って作られているから効果はよくても副作用がある等、ありもしない流言飛語が意図的に流されているようです」
「だそうですよ主さま」
「俺は知ってたよ」
「既にご存じでしたか」
「でも気にしなくていいんじゃないかと思いまして」
「確かにそういった噂では私たちには関係ありませんからね。
噂は全てに信憑性はなく、効果になにも問題はなし。もちろん副作用なんてありません。
仮にその噂話のせいでポーションが売れなくなっても売り上げが落ちるのはギルドですし、既にギルドに納品してお金をいただいてる私たちに影響は薄いですからね」
「まぁギルドの売り上げが落ちれば今後の買い取りが少なくなって、結果的にマリーさんの売り上げも落ちるのはそうだが……」
「もう正直今の段階でお金には困ってませんからね」
割と薄情なことを言う二人にやや困った顔をしたエリナ職員が話を続ける。
「ギルドとしては少々悩ましい話ですが、お二人からすればそうかもしれませんね。
悩ましいとはいえ、冒険者ギルドはポーションで儲けたいわけではないので、必要な方に手の届く値段でポーションを提供できるのであればそれで構わないというのが実情で、ギルドとしてもその噂話などのことは認知していても、対応することはないと言った状況です。
もちろん、それで冒険者が買い控えた結果、怪我などが増えより大きな怪我を負うというようなことでも起きるようなら断固とした態度を取ることになるとは思いますが、現状では様子見ですね」
「では知らないようなら一応伝えておこうといった感じの報告ですか?」
「それもあるのですが、事がこれで済まない場合、ギルドに対してではなくお二人に対して影響の大きい何かしらをしてくる可能性が考えられるので、注意を促すようギルドマスターに言い遣ってます」
「なるほどなるほど。ちなみにギルドは誰がこんな馬鹿げたことをやっているかはわかっているんですか?」
「確たる証拠はありませんが推測の範囲であれば、といった具合です」
「想像は付きますね」
「そうだな」
「なので十分にご注意ください。場合によってはギルドも力になれると思いますので」
「ありがとうございます、エリナさん。もし困ったことがあれば相談させてもらいますね」
その注意を受けつつ、二人はギルドから出た。
今日はアーシアのところに行く前に魔石を買っておこうとウェイトリーが言い、在庫はほどほどにあるが、補充しておくのも悪くはないと了承したマリーを連れだって魔石屋に向かいながら、先ほどのことを話した。
「それで? 主さまはどこまで知ってるんですか?」
「まぁ、噂を流してるのはいつぞやの男で、そいつがベルルーガ商会の子飼のエージェントみたいなもんで、ベルルーガ商会は冒険者ギルドにポーション吹っ掛けてた商会で、そこの商会と商業ギルドの支部長が癒着でずぶずぶでってとこくらいかまでかな」
「ほぼ知ってるじゃないですか」
「ベルルーガ商会の裏帳簿の隠し場所も、商会長の不倫相手も知ってるぞ」
「不正の証拠まで握ってるじゃないですか」
「目を付けられる方が悪い」
ウェイトリーが本当の意味で気にしていなかったのは、最初から最後まで相手が何をしているのかを知っていたし、その証拠を既に持っているからであった。
街の魔道具屋でほどほどの値段で買うことのできる一回記録のみの映像記録用水晶に納められた、今まさにその指示を出したシーンや、噂を実際に流して回るシーンなどが既にウェイトリーの手の中にあった。
ぶっちゃけて言えば盗撮だし、証拠能力があるのかは知らないがこういった記録は取っておくに限る、がウェイトリーの心情であった。
突発的なイベントを踏むことの多かったウェイトリーとしては、検証が後でできる保証などないのだから、気になるところの映像記録を取っておくのは当然の対応であった。
「じゃあ今後どういうことをしてくるかも知ってるんですか?」
「相手が指示を出したことなら知ってるよ」
「なにをしてくるんですか?」
「それはおそらくこれから解るよ」
「はい?」
そういって到着した魔石屋のドアを潜りながら、ウェイトリーは既に何度も訪れているためもはや顔なじみの魔石屋の店主にあいさつした。
「やぁご店主」
「お、おや。こんにちは」
「今日も魔石を買わせてもらいに来たよ」
「そう、ですか……。あの、すいません、少々お話いいですかな?」
「どうしましたか?」
店主は終始申し訳なさそうな雰囲気で、できればこのようなことは言いたくないという表情であった。
しかし意を決して口を開いた。
「今、お二人が商業ギルドで『物資流通を著しく阻害している』という事案で、商業ギルド加盟店に商品の売り控えをするよう要請が出されようとしています。
明日にもおそらくはその要請が出されるでしょう」
「そう、ですか……」
ウェイトリーは少し驚いたような顔をして、まるで今聞いたと言わんばかりに困った風を装った。
「私としてはお二人はとてもよく魔石を購入していただけるお客様なので、このようなことを本当に言いたくないのですが、従わなければ私は魔石の仕入れができなくなり、この商売を畳まざる負えなくなってしまいます。
おそらく、他の加盟店も同様でしょう」
「なるほど」
「このような不義理をしてしまい申し訳ありません」
魔石屋の店主は深々と頭を下げた。
「ご店主が謝ることじゃないですよ。出る杭は打たれるというやつでしょう。気にする必要はありませんよ」
「ですが……」
「店主さん、正式な要請が明日にもと言いましたが、それなら今はギリギリ魔石を買っても大丈夫ですか?」
「えぇそれはもちろん。ですが不義理をする手前、私どもが利益を得てしまってもよろしいのですか?」
「もちろんですよ。ちょっと欲しいものを見繕ってきますね!」
そういってマリーはかつて購入したことのないほどの量を袋に詰め始めた。
無属性も各種四属性もである。
複合や光・闇は店頭には並んでいないのでそちらには手を出さなかった。
もしや全部さらいきるつもりかとも思ったが、そこは他にも必要な客がいるだろうという理性が働いたのか、量り売りされている魔石の全体の三分の二程度でマリーの手は止まった。
「これでお願いします!」
「あの……、失礼ですが、ご予算は」
「これでは足りませんか?」
マリーはスッとテーブルの上に一枚の硬貨を置いた。
それは無く子も黙る白金貨であった。
「お、おお……。白金貨は久しぶりに見ましたな。それなら十分足りますとも」
「ちょっと多いですが、計量お願いします」
魔石の内訳は、微小無属性約ニ十キロ、小無属性約十キロ、中無属性約十キロ、火属性約十キロ、水属性約十五キロ、土属性約十五キロ、風属性約十キロのおよそ九十キロでお値段約二百八十万ドラグであった。
しかし、あろうことか、それではキリが悪いですね、と呟いて残り二十万ドラグ分の水と土の魔石を追加して、キッチリ三百万ドラグ分の支払いとした。
机に置かれていた白金貨をしまって、改めて大金貨を三枚机に置いた。
「これでおつりも必要ないキッチリ三百万ドラグですね」
「大金貨に変えての現金一括払いとは御見それいたしました。
……正直に申しますと、銀行決済であれば対応できましたが、白金貨の釣りを出せるほどの貨幣を店に置いておりませんでしたので、とても助かりますな」
「それはよかったです。明日になると取引停止ですからね」
「……もし、事がすべて解決して、まだ私どもの店をご利用いただけるのであればぜひお越しください」
「その時は後腐れなくまた魔石を買わせてもらいますよ」
「ご愛顧感謝いたします。……ところで、その魔石、随分な量ですが、持ち帰れますかな? なにかご用意いたしましょうか?」
「いえ問題ありませんよ。主さま、お願いします」
「あいよ」
そういってウェイトリーは袋を一度全て店の外へ出してからそれをカード化してしまい込んだ。
わざわざ外に出したのは、店の中で収納するのは店主も気が気じゃないのではないかというささやかな配慮であった。
というか、六、七百キロほどあると思われるシカを根性で引きずることのできるウェイトリーなら、約百キロを運ぶのもおそらく問題なかったと思われる。
そうして二人は去っていき、魔石屋の店主は二人が見えなくなるまで頭を下げて見送った。
アーシアの下へ向かう道すがら、マリーはあれがそうかといった風に口を開いた。
「私たち、お店で買い物できなくなりましたね」
「基本いつも市場で買ってるし、買い溜めてるもんも多いから大丈夫だろ。
市場で買えず大量入荷が難しい魔石さえ押さえておけば、まぁ当分は問題ないだろ」
「ですね。ですが多少は面倒になってきましたね?」
「もう一線ってとこだな。これ以上はこっちもそれなりの対応をさせてもらうよ」
「何するんですか? やっぱり裏帳簿と映像証拠を使って一息に息の根を?」
「いや、どうかな? 出来ればもう少しおバカな方がいいかと思うが」
「お馬鹿な方が? 馬鹿なことをするんですか? あまりお勧めしませんが」
「相手が馬鹿なことをするんだからこっちも馬鹿げた方法で対処する方が面白いんじゃないかなって」
「めちゃくちゃ気になる言い方しますね」
「まぁ、全ては相手の出方次第だな。ちょっとマリーさんにはものを頼むかもしれん」
「なんだか楽しみになってきましたね!」
ウェイトリーは肩を竦めて小さく笑い、マリーは楽しそうに目を輝かせる。
もし二人をよく知るものがこの場にいたのであれば、その相手に同情を禁じえなかっただろう。
おそらくは、この時踏みとどまっておければ、ベルルーガ商会はずっと平穏無事に商会を存続していけただろうにと、この時の誰も知る由はなかった。




