047 七等級昇格試験
魔石による薬草の品質効能変化の検証をした日から四日後。
冒険者になってから三十一日。七等級昇格試験を受けられる日がやってきた。
二人は結局、六等級冒険者との実践形式での対人戦を選び、その旨を三日前にギルドへと報告した。
準備や相手の用意などにもっと時間がかかるかとも思ったが、たまたま相手方の予定が開いていたのか、はたまたあらかじめ話を通していたのか、日程は受けられるようになったその日に試験と相成った。
昨日のうちに二人は今日の為の準備を行っており、マリーはニコニコとそれはもう楽しそうにいろいろなポーションを山ほど作り、うぇいとりーはおてがみをかいておりがみをしていた。
ギルドにやってきた二人はいつも通りにエリナ職員のいるカウンターへと向かった。
「ようこそ、ウェイトリーさん、マリーさん」
「こんにちは」
「ちょっとお久しぶりですねエリナさん」
「そうですね。最近マリーさんはポーション職人を育てていると伺っていますが、進捗のほどはいかがですか?」
「アーシアちゃんはやる気十分で、あと筋もいいですね。薬草が自家栽培なのもモチベーションにつながってるのかもしれません。
近いうちには普通に納品依頼で受け取ってもらえる品質になると思いますよ」
「それはすごい。ですが、納品依頼は冒険者さんにお願いするものなので、普通に売り買いする範疇に留まると思いますが」
「あーそうですね。冒険者ってポーションの納品だけをやってたら不味かったりします?」
「不味くはありませんが、それだけで七等級以上の昇格は難しいですね。どうしてもある程度は戦闘能力も求められますので。
錬金術師として普通にポーションを卸していただく契約を結ぶ形の方がいろいろと双方にとって都合がいいかと思います。
もちろんアーシアさんが戦闘もある程度こなせるというのであれば冒険者になっていただくことももちろん可能ですが」
「考えてみれば錬金術師たるもの素材採取と自衛くらいは出来ないといけませんね主さま」
「それは今後の努力目標だな。今は錬金術に集中させておいた方がいいだろう。
あと素材採取は自分で行くのが望ましいが、それこそ冒険者ギルドに依頼したり、どこかから買うのも普通にありだと思うぞ」
「もちろんギルドではそういった依頼も受け付けておりますのでご安心を」
「ですかー。まぁ今はいいですね」
「それよりそろそろ本題に入ろう。先輩冒険者方を待たせるわけにもいかんしな」
「そうですね。では訓練場の方へご案内しますので、どうぞ」
エリナ職員はカウンターから出て、ギルドの奥にある訓練場へと二人を導いた。
そこは、普段であれば、それなりの数の冒険者が汗を流している場所なのだが、今日は端の休憩用のベンチに数名が腰かけて試験見物としゃれ込んでいる連中と、ちゃんとした装備を身に纏った四人の冒険者、そしてその冒険者たちと話すグラッツギルドマスターと四十代ほどのギルド職員が見て取れた。
エリナ職員に連れられてやってきた二人に気づいたグラッツギルドマスターが声を上げた。
「おう、来たか符術師。それと錬金術師の嬢ちゃん」
「どもっす」
「ご無沙汰ですねギルドマスターさん」
「符術師とは結構会うが、嬢ちゃんはそうかもな。最近新人育成を頑張ってるって聞いてるぞ」
「期待しててください」
「楽しみだな。
……さて、今日は七等級昇格試験だ。ギルド規定で評定員資格を持った二人の職員と、対応する相手役の冒険者のリーダーの三人が試験官だ。
まぁおめぇらに言っとくことがあるとすりゃぁ、やりすぎるなってことくらいだ。いいな?」
「うっす」
「ケガ一つさせませんのでご安心を」
「そうしてくれ。んで、こいつらが今回おめぇらの相手になる五等級冒険者のパーティで『黒鉄の盾』だ」
そういって紹介された一党から、代表者として一人の男が前に出て挨拶をした。
「紹介に預かった『黒鉄の盾』のリーダーをしている、ディルだ。普段は主に護衛依頼を受けている」
「ご丁寧なあいさつ痛み入ります先輩。八等級冒険者のウェイトリーです」
「同じく八等級のマリーです」
「今日はお時間いただき、ありがとうございます」
ウェイトリーは失礼にならないようにと、礼儀正しく頭を下げた。
それを見てディル冒険者は普通に困惑した。
「いや、そんなにかしこまらなくていいぞ。もっと気楽でいい」
「そうですか?」
「噂や話をそれとなく聞いている。相当できるともな?」
「まぁそれは……、ほどほどですかね。
それより、ちょっと気になったことがあるんですが、ディル先輩は五等級冒険者ですか?」
「ああそうだ。俺たちパーティは全員五等級だ」
「……試験は六等級と聞いていたのですが」
「その辺は気にすんな。適材適所だ」
グラッツギルドマスターがさも当然と言ったように言えば、言っても詮無いことかとウェイトリーも気にしないことにした。
「んじゃ試験内容を言うぞ、符術師と嬢ちゃんは一人ずつ試験だ。それから相手する『黒鉄の盾』は三人だ。ここまではいいか?」
「……いいんだろうか? 人数が三倍なんすけど」
「まぁ対人戦では相手が徒党を組んでることが想定されるからな。そういうもんだ」
「はぁ、わかりました」
「んでまず明確な合格条件としては、三人の無力化、或いは五分以上の戦闘維持だ。
だがまぁこれは普通にできるもんじゃねぇから、試験官三人で動きの良さや判断の良さを評価するのが普通だ。わかったか?」
「わかりました」
「だがまぁ、合格条件つってもなんもわからんじゃ話にならんから物言いをつけることもあることは初めに言っとくぞ。
おめぇらは何するかわからんからな」
「うっす」
「信用ないですね主さま」
「マリーさんの方だと思うよ?」
「そんな馬鹿な」
「おめぇら両方だよ。まぁ話はそんなとこだ。わかったか?」
「了解っす」
「わかりました」
「ならどっちから試験を受けるか決めてくれ」
「じゃあ俺からで」
そうウェイトリーが言えば、対戦相手の三人を除いた人員が壁際まで離れた。
「いつでもいいぞ!」
グラッツギルドマスターの宣言を聞いて、ウェイトリーは相手の三人へと話しかけた。
「では先輩方。よろしくお願いします」
そう言いつつ、ウェイトリーはメインデッキから一枚カードを抜いた。
あえてわかりやすく、やや大げさに。
カードを右手の指で挟んだまま手を横に広げながら、一言、呟いた。
「来い、ナイトスケルトン」
そう言葉が聞こえた時、カードが消え、そのすぐそばに、やや古めかしい鎧姿の精悍な騎士、いや皮もなければ肉もなく、そして命すらない、赤く光る眼窩がだけが爛々と輝くナイトスケルトンが現れた。
冒険者たちはあらかじめ聞かされていた。
相手が死霊術を使う術師であると。
召喚された骨の騎士を見たギルドマスターから、特徴も聞いていた。
だが。
いざ前にして、自分たちが握る訓練用に刃の潰された模擬剣で一体何ができるというのか?
あまりにも、恐ろしい。
冒険者たちは、いまだ身じろぎ一つしないその騎士から目を離せないでいた。
しかし彼らも五等級まで登ってきた冒険者である。
たとえ相手が恐ろしくとも、立ち向かう勇気も、退く勇気も持ち合わせている。
周囲に目を配り、だが騎士から目を離さない。
あの騎士がどのように動いたとしても、対応して見せる。
たとえ、訓練用の剣であたとしても、むしろ相手がスケルトンならば斬撃よりも打撃の方が有効なはずと己を奮い立たせ、立ち向かう覚悟をした。
そんな中。
冒険者の内の一人の肩を、背後から誰かが叩いた。
肩を叩かれた冒険者は、自分の心臓が止まったかのように錯覚した。
「先輩。終わりだと思います」
声をかけたのはフードをかぶったウェイトリーであった。
「いつ、のまに……」
「ナイトスケルトンに目が行ったときにこっそりとですね」
「そ、そうか。だが、俺は終わりかもしれないが他の二人が」
「そっちも一応」
「え?」
肩に手を置かれた冒険者が残りの二人の冒険者へ目をやれば、二人の肩と胸に見知らぬ赤い紙が目に付いた。
赤い折り紙をみて、出血のイメージを抱いたのは言うまでもない。
他の二人の冒険者にはそれぞれ、鎧の胸当ての辺りに折り紙の風車と、肩の上に同じく折り紙のツルが置かれていた。
そして、その折り紙には、『心臓を突く』、『首を斬る』とそれぞれ書かれていた。
ウェイトリーの動きを追えたものはマリーを除いていなかった。
これはウェイトリーがよく使う対人テクニックの一つでもある、所謂ミスディレクションというやつである。
わざと注目が向きやすいように大仰にカードを取り出して、手を広げて見せ、その先に目を逸らすには難しいナイトスケルトンを呼ぶ。
その瞬間にフードをかぶって隠密を最大化。
ナイトスケルトンに釘付けになっているのをよそに、ちょっとそこまでといったレベルの小走りで冒険者たちの後ろへ回り、それぞれの場所に折り紙を置いて、最後の一人だけ肩に手を置いて話しかけたのだ。
EWOの対人ランキングにて、普通に厄介なアンデッドを呼んだと思ったら本人が行方不明というまさに今のような状況や、右手で見せびらかすようにスカルピアサーをチラつかせ、体に隠した左手でスカルピアサーを曲射する曲芸で何人ものランカーが犠牲になっているテクニックであった。
冒険者たちは自分の身体につけられていた見たことのない紙の品を見て、全く気付かなかったことに驚愕するしかなかった。
そして、試験官三人とエリナ職員も同じく驚愕していた。
やや不安になったウェイトリーは、試験官たちの方へと声をかけた。
「えぇっと……、どうっすかね?」
「あ、あぁ。いいだろう。
五等級冒険者を相手に目の前で消えられるならゴロツキも盗賊もそれこそそれなりのヤツでも手も足も出ないだろ。俺
はそう思うがどう思う?」
「異論ありませんね」
「自分も異論ないですね。聞いていた以上だ」
「八等級冒険者ウェイトリー、七等級昇格とする」
「あざっす」
グラッツギルドマスターがそう宣言すれば、ウェイトリーは特に表情こそ変わらぬいつも通りの真顔だが、ホッとしたように返事を返した。
「じゃあ次嬢ちゃんだ。いけるか?」
「いつでもいいですよ」
「じゃあ符術師、変われ」
「うっす。あ、その折り紙、こっちで処分しておきますね。え? 欲しい? あぁそれならどうぞ。ただの紙ですけど」
ウェイトリーは折り紙が海外でウケるって本当だったんだなぁ、と微妙に場違いなことを考えながらマリーと変わった。
ちなみにここまでナイトスケルトンは微動だにせずであったが、ウェイトリーと一緒に壁際に並んだ。
若干、視線がこちらに来ているが、ただの視線誘導の為だけに呼んで、そのまま返すのはちょっと悪いかなという感覚で、マリーの試験が終わるまでは出しておこうという感じであった。
ちなみに、気になるから早くしまえという意見が大半であったが、ウェイトリーは気づかなかった。
「よし、次始めていいぞ」
マリーはウェイトリーと同じように三人の冒険者の前に立って、ウェイトリーと同じように挨拶をした。
「では先輩方。よろしくお願いします。……なるべく、気を強く持ってくださいね?」
今度は何をやってくるのだと三人の冒険者は緊張しすぎない程度に強く身構えたが、マリーがしたことといえば、一本の試験管を取り出して蓋を開けて、目の前にぶちまけ、試験管を持った手で人差し指を水平に薙いだだけであった。
それが何なのかわからず困惑した三人の冒険者だったが、わからないがこちらから仕掛けるか、と考え始めた時には、全員がばたりと倒れ伏したのであった。
最後の冒険者たちが感じたのは、やわらかい風が吹いたような気がしただけでった。
そして辺りを沈黙が支配した。
「あれ? なんですかこの空気」
「お、おい、あれ大丈夫なのか?」
「あれですか? 多分呼べば置きますよ。おーい起きてくださーい!」
そういってマリーが手を叩いて声を掛ければ、倒れ伏した冒険者たちがハッとしたように起き上がった。
だが、それはもう後の祭りというやつである。
「はい、無傷で無力化できました。
どうですか? ちなみに、これは効果がすぐに抜けるようにしてますが、数時間起きないように調整することもできますよ」
「あれはなんなんだ?」
「えっと特製瞬間昏倒ポーションを薄めて効果を調整した、瞬間気絶ポーションですね」
「なんで目の前に撒いただけで効くんだ?」
「揮発性を高めてありますからね。それを生活風魔法で飛ばしただけですよ」
「マリーさん。ガス兵器は不味いんじゃないか?」
「揮発してから一分ほどで完全に無害化しますから大丈夫ですよ。
まーその間は吸った人は吸っただけ気絶しますが」
「すまない、少しいいか?」
冒険者たちのリーダーであるディル冒険者がマリーへと声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
「我々はギルドの要請で、君たちの模擬戦を務めるに辺り、特徴などを聞いていた。
その中で、君のポーションの腕の良さも聞いて、毒や麻痺などを対策する魔道具を装備していた。
……それらが機能しなかったのは何か原因があるのか?」
「なるほど。ではこのポーションで効いたのは毒や麻痺ではないんでしょうね。
このポーションはおよそ人が気絶する可能性のある要素を十二ほど仕込んだポーションなんです。
なのでどれかはちゃんと防がれていると思いますよ」
「そ、そんなポーションが……」
「他にも幻覚を見せるポーション、体が重くなって動けなくなるように錯覚するポーション、考えがまとまらなくなってアホになるポーション、喉が渇いて水が飲みたくなって仕方なくなるポーション、一時的に全く目が見えなくなるポーション、べろんべろんに酔っぱらった次の日朝を再現するポーション、それから将来の貯金や蓄えが気になって夜も眠れなくなるポーションなどがありますね」
「最後のヤツは悪辣がすぎる」
「今回用意したものはどれも数分から長くてもニ十分ほどで効果を失うものを用意して来たんですが、気を失うやつが一番精神的ダメージが少ないので最初で効いてよかったです」
ニコニコしな満面の笑顔でそう宣うマリーは、まさしく額面通りの魔女であった。
「あー……、なんか異論あるやつは?」
「……ないですね」
「……自分もない」
「八等級冒険者マリナウェル、七等級昇格とする」
「ありがとうございます」
こうして、二人の昇格試験は幕を下ろしたのであった。
余談だが、ウェイトリーが出したままにしていたナイトスケルトンの戦闘力を見てみたいということで、ナイトスケルトンに刃引きした剣を持たせて『黒鉄の盾』一党は戦った。
結果としてナイトスケルトンは四人相手に二人を戦闘不能扱いにすることは出来たが、健闘及ばずであった。
しかし勝利こそ収めることは出来なかったが驚くほど流麗かつ緻密な騎士剣術を披露するナイトスケルトンがまごうことなき強者であったのは十分に理解できる試合であった。
「なぁ符術師。あのスケルトンたまに訓練所で稽古頼めねぇか?」
「かまわねぇっすよ? なんなら重騎士タイプのゾンビと魔術師タイプのゴーストとかもいますけど」
「お前、マジで便利だな」
「でもギルドの評判とか問題にならないっすか?」
「あー……、どう考えても無理だな」
危うく訓練所に手練れのアンデッド教官が配備されるところであったという。




