044 八等級採取依頼「ガセカゴケ」「イセチヨモギ」
薬草の検証準備の日から三日後。
教育と練習の日々を過ごすマリーとアーシアの二人とは別に、ウェイトリーはギルドへと顔を出していた。
「ようこそ、ウェイトリーさん。本日はおひとりですか?」
「そうなんですよ。マリーさんは最近新人教育に忙しいくて」
「新人ですか? それはどういった?」
「ポーションを作れる有望新人を見つけたのでその教育ですね。そのうちこの街在住でポーション作れる人材になると思いますよ」
「それは大変喜ばしいことですね。……ただ、この辺りでは薬草の確保が少々難しいので他所へ行ってしまわないかが心配ではありますが」
「自分で育てた薬草使ってるんで大丈夫じゃないですかね?」
「新人ってアーシアさんですか? それはまた、なんというか……」
あの薬効の薄い薬草を栽培していた少女か、それは大丈夫なのだろうか、と若干不安そうな表情をしたエリナ職員を見て、ウェイトリーはやや苦笑いしながらフォローした。
「まぁ大丈夫なのかって心配なのはわかりますけど、マリーさん直伝の錬金術なんで、ホントにそのうち使い物になると思いますよ。
薬草の品質向上も頑張ってやってますし、本人はポーションで稼いでお屋敷建てるって息まいてましたよ」
「そうなっていただければ街の救世主ですね」
「自分らも半年くらいで次の街へといこうかって考えてますからね。やっぱり街に住んでる人が用意できる方がいいですよ」
「そうですね。半年とおっしゃいましたがウェイトリーさんたちはなにか、目的地や目標がおありなんですか?
この街は大森林が近いので魔物討伐での武功は立てやすい街ですし、金銭も稼ぎやすい街ではありますが」
「あぁ、忘れたことにしたかもしれないんですけど、墓場と同じようになってる場所が他にもかなりあるんですよ。それの修復で世界各地を回る必要がですね」
「あー……、そう、ですね。ちょっと一介のギルド職員には思い当たらない事ですが、大変よくわかりました」
エリナ職員は固まった表情のまま知らないふりをしたようなしてないような答えを返した。
熟練のギルド職員はこの話題は藪蛇の可能性があるというのを十分に理解したため、話題を変えることにした。
「それで、ウェイトリーさんは本日はどのようなご用件ですか?」
「あと一週間もすればおそらく八等級に上がってからひと月経つと思うので、試験の話なんかを聞ければなと思ってきたんですけど、どういった内容かとか何をするのかっていうのは事前に教えてもらえるんですかね?」
「なるほど。試験内容は事前にお教えできますよ。
冒険者の方によって試験内容を選ぶことができますが、主題としては対人戦闘能力を求めるものになります」
「対人ですか」
「はい。冒険者の皆さんが言うところの中級冒険者に当たる七等級からは、依頼者を目的地まで護衛する依頼や、野盗や盗賊の捕縛・討伐の依頼、何かしら施設や場所の警備などの依頼などが増えますので、対人戦闘能力を確認することになっています」
「なるほど」
「ただ、試験の内容を魔物に絞って受けることも可能です。
その場合は基本的に先ほど言いました内容の依頼のほとんどを受ける資格を失います。
この場合は、後々対人戦闘能力の試験を受けることも可能ですが、そういう方はまずいませんね」
「あとから受けるくらいなら最初から受けるでしょうしね」
「試験の内容は、ギルド指定の六等級冒険者と模擬戦をしていただく形が一つ、戦闘職ではない冒険者用にギルド職員を特定の街まで護衛する六等級冒険者のパーティへと一時加入し貢献能力をみる形が二つ、或いは試験を受ける八等級冒険者でパーティを組みギルド職員を護衛して特定の街まで護衛するものの三つになります。
ウェイトリーさんとマリーさんは三つ目がいいかもしれませんね」
「ふむふむ」
聞いた内容を考えながら、どれがいいのかをウェイトリーは考えていた。
というより、一番最初の奴が一番手早く終わってよさそうだなぁ、と考えていた。
「対人戦の模擬戦って言うのは、自分の能力で用意したものであれば何を使ってもいいんですか?」
「殺傷能力が高いものは原則禁止ですが、そうですね。なにかあるんですか?」
「アンデットを呼び出すのは?」
「……問題ありませんね」
エリナ職員は墓地へ行ったときに見た、精悍な騎士でありながら虚ろな眼窩に赤い光りを宿すあのスケルトンを思い出しながら、形式的な問題はどこにもないと判断した。
ウェイトリーは質問を続ける。
「例えばマリーさんが作ったポーションを使ってそれを投げつけて戦う場合などはどうですか?」
「ポーションを? それは可の……、マリーさんのポーションですか?」
熟練のギルド職員にはそれを見逃しては不味いのではないかという直観が働いた。
「殺傷能力が低いものですよね?」
「殺傷能力がゼロで対人能力がハチャメチャなポーションとか作るの多分得意ですよ」
「……問題ないと、思われます。……行為自体は問題ありませんが、試験でどのような判断になるかはその時にならないとわからないかもしれません」
「なるほど。それなら一つ目の試験でよさそうですね」
「そう、ですね……」
エリナ職員は頼む六等級冒険者になんといって頼もうかと、それだけが心労となってのしかかった。
それと同時に、おそらくこの人たちは対人戦でも問題なくこなすのであろうなと、半ば確信していた。
「あぁただ、俺、人を殺すのは相手が悪人であってもちょっとごめんなので、それが不味いっていうのであれば、魔物の討伐の方を受けさせてもらおうかと思うんですけど」
「それは、ウェイトリーさんの職業に関するものでですか?」
「それもありますけど、一番は価値観の違いですかね。ちょっと俺は人は殺せないと思います。
なんというか、そういう場所で育ったので精神的に無理ですね」
「少々意外です。なんと言いますか、ウェイトリーさんは誰よりも死が身近にある職業だと思っていたのでそういった忌避感を感じる方とは思いませんでした」
「まぁそうでしょうね。でも職業的にも人の命はそう容易く奪えるものでもないですし、やっぱ無理なもんは無理ですね」
「厳しい言い方をするようで恐縮ですが、冒険者としていざというときにそれでは困ることもあるかもしれませんよ」
「そんときゃ潔く冒険者はやめますよ。人の生死に寄り添うことはあっても、人殺しにはなりたくないんで」
「そうですか」
「そういういざという時が来ないことを祈るばかりですね」
「誰であっても、それはそうだと思います」
苦笑して肩を竦めるウェイトリーに、エリナ職員はやや冷めた目でウェイトリーを見ていた。
冒険者は甘い職業ではないことをエリナ職員はよく知っている。
自分の命、そして自分の大切なものの命と、対する誰かの命を天秤に乗せた時、そのどちらにも傾かせられないようなものは、必ず、どこかで喪失と痛みを伴う後悔することになる。
そういった出来事をいくらでも知っている。
ウェイトリーは何となくだが、エリナ職員の好感度が下がったような気配を感じていた。
いや、いつも通りの表情がやや冷めて見えるのは気のせいではないだろう。
なかなか手厳しいなぁ、と思いつつも、別にそれでよかった。価値観の違いに理解を求めるつもりもない。
日本人としての倫理観まで捨てる気は毛頭ないのはもとより。
生と死を司るデッドマスターたらんと生きているウェイトリー。
死した人すら『生き返らせる』ことができてしまうデッドマスターが『人を殺す』その意味は、何よりも大きい。
日本人としての倫理も、デッドマスターがもたらす『死』もひっくるめて、ウェイトリーは人殺しなんてごめんだと、心底思っていた。
と、やや空気が冷めて白けてしまったが、ウェイトリーはそれを全く気づいていないかのように、いつも通りの真顔、或いはぼーっとしたような顔で最後の要件を告げた。
「マリーさんのおかげで、依頼の達成数は足りてるんですけど、できるだけ八等級の依頼もやっておこうと思うので、半日程度で終わる人気なさそうな依頼を見繕ってもらえますか?」
「わかりました。そうですね……。南東にある森での採取依頼はどうでしょう。
『咳止めコケ』三百グラムの納品と、『魔素ヨモギ』二百グラムなどがありますが、この辺りはあまり人気がないですね」
「『ガセカゴケ』と『イセチヨモギ』ですね。じゃあそれにします」
「両方ですか?」
「問題ないならどっちも取ってきますけど、片方じゃないとダメですか?」
「いえ、問題ありません。品質はギルド基準で五以上のものになりますのでご注意を」
「了解です」
依頼証にサインを書いて、適当に挨拶を済ませてウェイトリーはふらっとギルドを出て行った。
散歩感覚で森までやってきたウェイトリーは、採取依頼ならちょうどいい使いどころだな、といつものように周囲に気を配りつつ数羽のレイブンレイスを空に上げ、森の入り口あたりに座り込んだ。
レイブンレイスの位置を端末で確認しながら、指示と共にスキルレベルが戻ってきたことにより再び使えるようになったアクティブスキルの名前を口にした。
「オールレンジスキャン」
スキル『オールレンジスキャン』。
範囲内の生物、非生物、採取物、地形、地中、鉱物資源、水源、人工的オブジェクト、あらゆるものを情報として取得する探索スキルの中でも破格の性能を持つ複合・発展スキルの一つである。
これを定期的にレイブンレイスを起点として放てば、ウェイトリーは森に入らずとも、誰よりも森の中を熟知することができてしまう、そういうスキルである。
取得に必要なスキルは『鑑定10』『調査5以上』『感知5以上』『気配察知5以上』 『[学術スキル]5以上』を五種類、の計九スキルを覚える必要がある。
そして、学術スキルは大変な苦行である。
だがオールレンジスキャンはその価値のあるスキルである。
ぶっちゃけて言えばウェイトリーの主力スキルといっても過言ではないスキルであった。
これがギルドの蔵書漁りと図書館通いにてやっとのこと復旧できたのだ。
使わないのは嘘というものである。
レイブンレイスの偵察情報をもとに調べてみれば、『ガセカゴケ』は森の東寄りにある川の源流に近い場所のものが品質が良く、『イセチヨモギ』は森の南側に群生しているようだ。
位置の確認が終わったウェイトリーは背伸びをしつつ立ち上がり、端末から『採取品質向上手袋』と『森の採取カゴ』の二枚のカードを取り出して発動し、それらを身に着ける。
『採取品質向上手袋』はその名前の通りの性能をした軍手のような手袋で、採取した採取品の品質を一つ上げる効果がある。
『森の採取カゴ』は薬草や野菜などの採取品を百キロまでしまって置ける効果があり、さらに収納して置けば効能にプラスのボーナスを得て、品質の低下を防ぐものである。
両方とも採取を生業とするギャザラーの主力装備であった。
カード装備が問題ないことを確認したあと、ウェイトリーはフードをかぶってハイキング気分で森へと足を踏み入れた。
天気のいい森の中、木漏れ日を受けつつ最初の採取場所である川の上流までやってきた。
当然の如く、ここまでに遭遇した魔物はゼロ。
というか目の前にいても相手が気づかず、ウェイトリーも仕掛けなかったからであるが。
道中でもなかなかよさそうな効果がある草花、キノコ、低木、木の根などをぼちぼちと拾い歩きながら、『ガセカゴケ』の採取地までたどり着いた。
『ガセカゴケ』は主に『咳止めコケ』とも呼ばれているコケで、その名の通り咳止めの薬の調合に使われるコケである。
味などはコケ事体に特徴はなく、生育した環境に大きく依存して変わる。そのため 基本的にきれいな水の近くのものが良いとされている。
割かし生命力が強いコケなのでいろいろな水辺に生えるが、流れのない池や沼の近くにあるコケはひどい味がするらしい。
ウェイトリーは採取慣れした手付きで、ナイフを使ってコケを岩からはがしていき、全て取り切ってしまわないように、周辺のいろいろな場所で少しづつ採取した。
生育に問題ない範囲で採取すれば、依頼の必要量よりもそれなりに多くとれて、とても満足であった。
この場所での採取を終えて、次の場所へ向かった。
またしても道中同じようにいろいろな道草を食いながら進み、ようやっと南側の『イセチヨモギ』が群生する場所までやってきた。
『イセチヨモギ』は所謂ヨモギとそう大した差があるわけではない。
もともとのヨモギにもある胃や腸を整えたり、貧血などに効果がある。
だがこの『イセチヨモギ』、通称『魔素ヨモギ』は魔力質の濃い森などに主に群生し、多少の魔力回復効果と、ヨモギ本来の効能が通常のヨモギよりも高いのである。
魔力で強化された高級ヨモギといったところであろうか。
これも取り過ぎない程度に質のよいものを選んで摘んで、この場所での生育に問題ない範囲で採取していった。
だが、これに関してはずいぶんとたくさん取れたが、まだ取っても問題ないほどに繁茂仕切りであったため、適当なところで切り上げることにした。
これで依頼の品二つとも無事採取が終わり、大満足でウェイトリーは帰路に就いたのであった。
帰り道、意気揚々と森の中を行くウェイトリーに、レイブンレイスからの異変感知の報が届く。
木に身を寄せつつ、視界共有を試みれば、二百メートルほど先で三人の冒険者が十匹そこらの緑色の醜い小人、察するにゴブリンと思われる魔物に囲まれていた。
冒険者はいずれも年若い男女で、囲まれているとはいえゴブリン、なぜ多少の傷を覚悟してでも強行突破して逃げないのかと様子を見てみれば、どうやら一党の内の杖を持った少女が足に傷を負い、逃げようにも逃げられない状況にあるようだ。
ウェイトリーは静かに歩調を早め、その集団へと素早く近づいた。
冒険者は自己責任、自己負担の多い職業ではあるし、安易に手を出してはそれがもめ事に発展することも少ないくないというのは承知しているが、ゴブリンの粗末な石斧が、少女を守るように戦う二人の少年の内一人へと振り下ろされんとしたその時には、ウェイトリーの手から白骨の刃は放たれていた。
痛みと衝撃を覚悟した少年も、脳天を貫かれた当のゴブリンも何が起こったのか理解は出来なかった。
だが、次々と飛来する骨刃が、正確にゴブリンの額を貫いていく。
少年と少女はその光景をただ、見ているしかできなかった。
時間にして一分もかからないうちに、冒険者たちを囲んでいたゴブリンは全て死に絶え、そこには呆然と立ち尽くす冒険者たちが残っていた。
ウェイトリーはその冒険者たちに近づき、何も声を掛けず、デッキから一枚のカードを抜いて、少女へ向けて発動した。
カードの名は『修復 (レストア)』。デッドマスターにおける中級回復スペルである。
ウェイトリーは最後まで何も言わず、来た時と同じように静かに立ち去った。
少女はわけもわからないままに足の傷が回復して、痛みが消え去ったことに驚いた。
ここにきてやっと冒険者たちは他に誰かいるということを理解して周囲に目を凝らすが、そこには誰もいなかった。
年若い冒険者たちは灰色の外套を纏うお人よしの姿を終ぞ見つけることはなかった。




