038 不審な男
街に戻った二人は時間もいいころ合いということで、そのままの足で屋台街へと繰り出し、食べたいものをいくつかの屋台で見繕って、丸テーブルに複数の椅子がおかれた食事スペースへとついた。
アーシアの畑の話や午後の予定をどうするか、魔石の研究という名のカラ消費はやっぱりよくないと思うなど、話を二転三転あっちへこっちへと散らかしながら話を続けていれば、二人の席へと一人の男が近づいてきた。
その男は小奇麗な服装に身を包んでいて、しかしそれだけで何か特定の職業についているということが察しにくい服装であった。着慣れて居そうな雰囲気から少なくとも肉体労働ではなさそうだということを察する程度か。
顔つきは可もなく不可もなくといった感じで、表情は一見穏やかそうな笑みを浮かべているように見えるが、やや陰湿そうな色が浮かんでみるような気がする、そんな男であった。
「少し話をしたいのだが、いいかな?」
「はぁ? 俺たちにですか? まぁどうぞ」
ウェイトリーはいつも通りの表情で、男に返答する。
その返答を聞き、男は空いている席へと腰かけ、左手で右の手首を一度揉むようにした後、指を組むようにしてから話を始めた。
「最近、冒険者ギルドで質のいいポーションが相場より安い値で売られているのは知っているかな?」
「ええ、知ってますよ。自分も冒険者なんで」
「ギルドが最近ポーションを大量に仕入れたらしくてね。どうやってそんなに多くのポーションを仕入れたのか気になっているんだよ」
「そうなんですか。まぁ八等級の俺としてはポーションが安く売られるならそれに越したことはないって思うんですけどね。
そちらさんは商人さんかなんかで?」
「そんなものだ。それでいろいろと話や噂を聞いたり、関係者に探りを入れてみたんだが、どうにも要領を得ないし、どこかの在庫が動いたという話も聞かないんだよ。おかしいと思わないかい?」
「確かにそりゃ妙な話ですね」
「だろう? でだ、そんな中気になる話を聞いてね。どうも君たちが最近冒険者ギルドにポーションを売ったという話を聞いたんだが、それは本当かな?」
柔和な顔のままやや視線を鋭くした男にウェイトリーは特に表情を変えず、あぁそのことか、というような雰囲気で答えた。
「あー売りましたよ。連れが錬金術の心得がありましてね。森で拾ったものを使って作ったポーションを」
「そうかそうか。なぜ商業ギルドを通して売らなかったんだ?」
「商業ギルド? いやそりゃ所属してませんし商人じゃありませんからね」
「どうやって作ったかは知らないがあれだけの大量のポーションを売るなら冒険者ギルドに売るより商業ギルドに売るのが筋ではないか? その方が何かと利もあっただろうに」
「大量? あー……、あぁ? なんか言ってることがよくわからないんですけど」
「売ったんだろう? 冒険者ギルドにポーションを」
「そりゃ売りましたけど、なぁ?」
ウェイトリーがマリーの方へと視線をやって、続きを促せば心得たと言わんばかりにマリーが口を開く。
「確かに私が作ったポーションを冒険者ギルドに売りましたけど、売った数は高品質な初級ポーション五本と中級ポーション五本だけですよ。
それに品質は売られているものよりも高いものを売ったので、大量に取引されているものとは違うはずですよ?」
「なに?」
男が不審げな表情をして、組んだ指をほどき、また同じように左手で右手首のあたりを揉んだ。
「それ以外にポーションを売ったりはしていないのか? 本当に大量のポーションは売っていない?」
「それ以外には売ってないですね。そのうちまた売る予定はありますけど、それも前回と同じ量の初級五本、中級五本ずつですよ。
あー初級は数本程度は増えるかもしれませんけどね」
男はしばし考え込んで、一つ思い出したことがあったというように口を開く。
「その売った五本のポーションは普通の量か?」
「量? それはどういう? まさか、ポーション五本ってのは実は樽五個分って意味かって話ですか?」
「そうだ」
「えっ、本気で言ってます? フツー、ポーション五本って言ったらこのくらいの瓶を五本ですよ」
ウェイトリーは人差し指と親指を広げてサイズを示しながら、表情ではアンタ頭は大丈夫か? と言わんばかりの表情をしながら言った。
男はやや苦い顔をしながらその確認を行った。
「……本当か?」
「本当ですよ。大体どうしてそんなアホな方法を使ってまで売った数をごまかす必要があるんですか」
「というか気になったんですけど、冒険者ギルドにポーションを売ったら不味いっていう決まりでもあるんですか? さっき商業ギルドに売るのが筋って言ってましたけど」
「そんな決まりはないが、流通を司っているのは商業ギルドだからな。在庫が大きく変動するような取引は商業ギルドを通すのが筋だろう」
「それって初級中級五本ずつの取引でもそうっすかね?」
「いや……、そんな小口の取引は普通はしない」
「じゃああのー、俺らにこれ以上何が聞きたいんすかね?」
そう男に聞けば、男は口を閉じて、席を立った。
「どうやら私の勘違いで邪魔をしたようだ。失礼する」
「はぁ。まぁ、お仕事頑張ってください」
気の毒そうな雰囲気を出して言えば、男は柔和な表情を消して、立ち去って行った。
それを見届けながら、ウェイトリーは指さし確認をするように、男の背中へと人差し指を向けてジッとその背中を見つめた。
それによってサイドデッキから一枚のカードが使用されていた。
男が十分に立ち去ったのを確認してマリーが少しニヤリとして口を開いた。
「面白そうなことになってますね」
「面倒ごとの間違いじゃないか?」
「あの人なんだと思います?」
「ギルマスが言ってた足元見てたっていう商人一派の一人かその先兵ってとこだろうな。まぁそのうち分かるだろ」
「『亡者の目印』使いましたね?」
「目を付けられる方が悪い」
「耳の痛い話ですね」
はぁーやれやれと言わんばかりに肩を竦め手を広げるマリーにいつもの表情をしたウェイトリーが言った。
「右手、なんか使ってたと思う?」
「使ってたでしょうね。街に来た時に使われていた魔道具の魔力波長と似た作りをしていたように思いますけど」
「嘘発見器か。まぁそんなところだろうと思ったが」
「主さまったらなかなかのトークスキルですよね」
「そんなことはない。嘘を付かないように話してただけだ」
「それならなんで正直に話したって言わないんですか?」
「そりゃ俺なりの誠意ってやつだ」
「なかなか面白いギャグですね」
「ギャグのつもりはないよ」
食べ終わったものを片付けながら、ウェイトリーはさて、とつぶやいてから立ち上がった。
「今日の予定は家に戻って作戦会議だな」
「畑のことも商人のこともちゃんと考えておいた方がよさそうですね」
そうして二人は特に寄り道などはしたりせず、真っすぐに家へと戻った。
家に戻り部屋の隅の棚に置かれた人形にお茶と数枚のメモ用の紙と鉛筆を用意し欲しいと告げれば、人形はふわりと浮きあがり、キッチンではお湯が沸き始めメモ紙と鉛筆が空を舞い、机の上へと収まった。
何事もなかったかのように二人は席に着き、話すべき内容を書き出していった。
まず優先すべきは先ほどの男、並びにその関係者であろう商人関係の話であった。
「ぶっちゃけ現状では保留といえば保留なんだよな。その問題って」
「まぁ相手が明確ではありませんし、現状では何をされたというわけでもありませんからね」
「とはいっても、なんかあれはそのうちやってきそうな気配はあったよな。
なんというか、今までのポーション利権をなんとしても取り戻したいというような感じじゃないか、あれ」
「そもそもなんで私達ってバレたんでしょう? ギルドに内通者でもいるんでしょうか?」
「うーん。それに関してはいないんじゃないかと思ってる」
「どうしてですか? 漏れるならギルドから漏れてる方が自然ですけど」
「ギルドから漏れてるならなんで五本が二千本になったかのカラクリを知っててもおかしくないと思うんだよな。
仮にそっちが完璧に秘匿されていたとしても、ポーションを売った日に八等級依頼を百件分こなしたことになってるんだから、そっちでバレてもおかしくないはず」
実際にポーションの取引が行われたのは応接室で、その場にいたのはグラッツギルドマスターとエリナ職員の二人のみ。
あの二人は、冒険者ギルド職員という使命に忠実かつ公正なのは間違いないので、それを脅かされるようなリスクは必ず避けるはずである。
であるならば、不用意にポーションの出所を告知されていることはないはずだ。
他には瓶詰めを行った職員などもいるはずだが、そのあたりも信用のおける職員を使っているはずである。
しかし、ギルドの詳しい運営形態やシステムはわからないが、ポーション納品依頼の達成のことはもしかしたらある程度知られてしまってもおかしくないのではないかとも思える。
こればっかりは実績や評価などを忠実に守るギルドとして、闇から闇へ依頼をやったというグレーな依頼達成実績にしてしまうわけにはいかないのではないか。
もちろん下っ端職員すべてが知ることができるというわけではないだろうが、ある程度の権限や地位にある職員なら確認することくらいはできそうなものである。
そのあたりにもしスパイがいるならば、売った本数が五本であっても、二千本分の納品が行われている事実を知ってもおかしくない。
以上のことを踏まえれば、冒険者ギルドの中に明確な内通者がいるとは思えないというのがウェイトリーの結論であった。
「言われてみればそうですね。あの人は私達が売ったというのは知ってるけど、正確な数や仕組みまではわかってないみたいでしたし。
でもあの人が知らされてないだけで、情報の大本を持ってる人はいてもおかしくはないと思いますけど」
「ありえなくはないな。まぁ俺も内通者の可能性が絶対にないとは思ってないけど、それよりも他の可能性の方が高いんじゃないかって思ってる」
「といいますと?」
「人はおかしなことや不思議な事、それから珍しいことがあるとよく覚えているもんだし、それを人に話すこともあるって話だ」
「はぁ?」
何となく遠回しな言い草に胡乱気な目をしてマリーはウェイトリーへと視線を送った。
「マリーさん、俺がなんか変なことしてるって、エリナさんに話聞かれたんだろ?」
「ありましたね」
「それってなんでだと思う?」
「なんで? あの時は確か、不審な行動をとっていたとの情報がどうのといっていた気がしますが」
「つまり俺はある意味通報されてたわけだ。しかもそれをしたのはおそらく冒険者だな。エリナさんに行きついたところを見るにおそらく間違いない」
「それはそうでしょうね。私何度か見たことありますけど、エリナさんって他愛ない相談なんかにも無下にせずちゃんと対応するんですよ。冒険者から結構慕われてますよね。
そりゃ美人ですし、あれだけ丁寧かつ完璧な仕事で、その他もろもろいろんな相談にも乗ってくれるんですから当然ですが」
「そんな頼れるエリナさんがポーションを握りしめて血相変えて眼鏡がズレているのを気にせず誰かさんを応接室に連れ込んだ日があったな?」
「……そんな印象的な日があれば、私だって覚えてますね」
「あの時間帯のギルドは冒険者が少ないが、いないわけじゃないからな。そしたらその日の酒の席なんかで言うわけだ。『今日エリナちゃんの珍しい姿を見たぜ』ってな」
「何とも可能性の高そうな話です」
ものすごく納得したというように深くうなずいたマリーを見て、あくまで想像でしかないウェイトリーも多分そうなんじゃないかなと半ば確信していた。
「まぁ漏れたことはこの際かまわないさ。別に隠してもいないしな。問題は実際のカラクリまで明かされた結果、相手さんがどういう行動を取ってくるのかってことなんだよな」
「まずは商業ギルドに売れって言ってくるのが最初ですかね。さっきもやたらといってましたし」
「商業ギルドもなんか怪しさはあるな」
「それを蹴ったら、店舗での薬草類の購入の拒否なんかでしょうかね。アーシアちゃん以外からは買ってませんけどね。それから系列店での入店拒否とかでしょうか」
「その程度で終わるならほっときゃいいだけだな。なんも困らん」
「このあたりで止まらないとなると……、圧力は多分難しいですよね。どこに掛けるんだって話になりますし」
「領主って線もあるけど、そっちはなんかギルマスと仲良さそうな感じがあるんだよな」
「これ以上となると誘拐か闇討ちくらいしか思いつかないんですが」
「なんと過激な。その前にもっとあるだろ。例えば家を荒らされるとかさ」
「メアリーが守ってる家を荒らすんですか?」
用意ができたティーポッドに入れられたハーブティーとカップが宙を漂いそれぞれの前へとゆっくりと降ろされ、ポッドからゆっくりとカップへと注がれた。
スマートスピーカーならぬ、ホームセキュリティならぬ、ポルターガイストのメアリーである。
「まぁ無理だろうな」
「そうですよ。ただでさえ幽霊屋敷も放置されていたのに、その時より確実にパワーアップしてるメアリーを突破して家を荒らすなんてどう考えても無理筋です」
仕事を終え、中空を漂っていたメアリーが傘立てのようなものに無造作に突っ込まれている剣や槍を器用に浮かせて見せるのを見て、ね? というような顔をするマリーに違いないなと頷くウェイトリー。
「メアリーを突破できないのに、俺たちに直接来る誘拐闇討ちの方も無理筋だと思うけど」
「それはそうですね」
「でもそこまで行くと流石に鬱陶しいから対処はするかな」
「ですね。そこから私達以外に矛先が向くと流石に対処に困りますからね」
「ならまぁ保留というか様子見だな。関係者の特定くらいはやっておいて、何かしら仕掛けてくるなら人死にが出ない程度に灸をすえるか」
その結論を持ってひと段落として二人はハーブティーに口を付けた。
一息ついて、話題はアーシアの畑へと移っていった。




