032 幽霊屋敷
時間は進み夜。食事時もとうに過ぎた頃。
幽霊屋敷の前にフードと帽子を深くかぶった二人組が立っていた。
「『簡易解錠』」
ウェイトリーが『簡易解錠』のインスタントスペルを唱えれば、さしたる抵抗もなく門扉にかけられた鎖の錠前は開き、二人は静かに敷地内に侵入した。
防犯意識の高い衛兵が感づかないとも限らないため、入ったのちに同じような形で鎖と錠前を掛け、元に戻す。
出る時も同じことをすればいいし、何ならジャンプして飛び越えられなくもないので、異変を察知されるリスクは可能な限り減らしておこうという腹積もりだ。
二人はそのまま進み、屋敷の正面入口へ。
ウェイトリーが布をあてつつ扉に手を掛ければ、鍵などはかかっておらず、やや重い扉が小さくギィという音を立てて開いた。
これ幸いと二人は門扉同様静かに素早く屋敷内へと入った。
「これでバッチリ不法侵入ですね」
「バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」
「バレると思いますよ。今からやろうとしていることを考えると」
「そんときゃしらばっくれよう。証拠は残さないようにするし」
件の幽霊屋敷の中だというのに、この二人は特に変わらずいつも通りであった。
大きな屋敷はそうしないといけない決まりでもあるのか、エントランスには大きな階段がででんと待ち構え、価値の如何はわからないが人物を象った彫像が一対置かれている。
花瓶や棚、額縁、そしてシャンデリア。
どれもこれもホコリをかぶっており、どれもこれも色褪せている。まともに清掃するならなかなかの手間がかかりそうであるし、いっそ全て捨てて新しいものを入れる方がいいかもしれない。
床にもホコリはしっかり積もっており、この上を歩けば、しっかりと侵入の証拠を残すことになるだろう。
実を言えばウェイトリーもマリーも、両者が歩いても足跡つかないのだが、それでも足跡以外の痕跡が残らないとは限らない。
「マリーさん。床の掃除だけお願いできるかな」
「そうですね。不自然なくらい床だけ綺麗にしておきましょう」
「床だけ完璧に清掃すれば、そういう怪現象ということで片付けられるしちょうどいいな」
「本気で言ってます?」
「半分はね」
ならば話は簡単だ。
怪現象ということで有耶無耶にしよう!
とんでもなく馬鹿げた発想であった。
もちろん、侵入の痕跡はあっても個人が特定できなければいいという意味である。
マリーが指を一度、円を描くように振って、そこから床の壁際を指さし、それを反対の壁へと向かって動かせば、床一面にあったホコリはその痕跡を発見できないほどに綺麗に消え去った。
「それホントに生活魔法なの?」
「ただのクリーニングですよ」
「俺のと性能違い過ぎない?」
「生活魔法も使いようですよ」
得意げな顔のマリーに呆れたような顔をしたウェイトリーは、気を取り直して、ターゲットがいる二階の寝室を目指すべく、正面にある階段へと向かう。
階段を上がり、二階の廊下へ。
そこは、ホコリこそかぶっていたがある程度整頓されていると言えたエントランスとは違い、ひどい散らかり様であった。
割れた壺や花瓶が散乱し、不自然な方向で燭台が壁に突き刺さっており、花瓶などをおいていたであろうミニテーブルがへし折れて転がっている。他にも千切れたカーテン、原型をとどめて居ない椅子だったであろう木片、もしかしたら石像だったかもしれない石くれ、五体バラバラに散らばった甲冑などなど。
それはもう見るも無残な廊下であった。
件の寝室はこの先にある。
こうなっているのはあらかじめ知っていたが、まぁひどいもんだなと思いつつ、特に気負うことなく自然にその廊下へと踏み入れ、寝室へ向かった歩く。
すると、待ってましたと言わんばかりに、散乱していた様々なものがカタカタと音をたてはじめ、時を置かずしてそれらは宙へと浮き上がる。
それらの残骸が、侵入者である二人へと殺到し、直撃は免れないと思われた、その刹那。
「止まれ」
ウェイトリーが静かに一言そう呟けば、それらすべての物品は、凍り付いたかのように動きを止めた。
さも当然と言うが如く、ウェイトリーはその残骸の中を進み、マリーがそれに続く。
ついに寝室へと二人がたどり着いても、それらの残骸が動き出すことはなかった。
「キネシス」
ウェイトリーは今しがた見た光景を真似るように、布をあてて開くよりも痕跡が残りにくいのではないか、と念動の生活魔法を使ってドアに触ることなく、ドアを開き、寝室へと足を踏み入れる。
そこには大きなダブルベットとチェストテーブル、そしてそのテーブルの上におかれた四十センチほどの女の子の人形が置かれていた。
ウェイトリーは迷うことなくその人形へと向かい、話しかける。
「さて、君がこの幽霊屋敷の怨霊なわけだが、話すことはできるかな?」
人形は語らず沈黙を続けている。
はたから見れば、少々頭のおかしい人に見えなくはないが、ウェイトリーには何となくだが話せない気配を感じ取っていた。
ならば、とバックパックから幾枚かの紙とえんぴつを取り出し、人形の前へと置いた。
「文字を書くことを許す。言いたいことがあるなら聞こう」
そう告げれば、えんぴつはひとりでに宙を舞い、紙へと文字を書き始める。
「“なにをした”」
「大したことはしていない。ただ命じただけだ」
「“わからない”」
「俺はデッドマスターだ。それなりのアンデッドに対して命令する力がある。そして君はそれなりのアンデッドだったというだけだ」
「“ずるい”」
その一言が、あまりにもその通りだなと思いウェイトリーは笑ってしまった。
話が通じるならばいくらか思うことがないではないと会話を続ける。
「さて幽霊屋敷の君。君はなんでこの幽霊屋敷で暴れている?」
「“ここは私の家”」
「元住民か?」
「“今も住んでる”」
「なるほど、それは確かに。質問を変えよう。そうなる前はここに住んでた人間か?」
「“人間だったことはない”」
「もとからその姿だったと?」
「“気づいたらこの姿だった”」
「主さま、よろしいですか?」
「なんかあった?」
「その人形の目、おそらく魔石ですよ」
その人形の目には一見してただの黄色と紫のオッドアイに見えるのだが、よく見てみれば、色石を覆うようにして白目が入った眼球になっており、その色石がどうも光と闇の魔石のようであった。
いまいち魔石の属性に確信が持てないのは、アンデッドとして変質したせいか、厳密には光でも闇でもない魔石になっているように感じられるのである。
「なるほど? 依り代になる要素があってそうなったわけか。詳しく調べてみない事にはわからんけど、前の住民が買った人形に君が宿ったか、住民が何かしたといったところか。
この辺、ちょっと亡霊関係の事件が起きやすいようだし」
「外の小規模修正点の影響でしょうか?」
「おそらくそうだね」
「“なんの話?”」
「あぁすまない。ちょっと原因にあたりがついたといったところだ。
さて、君に聞きたいことは概ね聞けたわけだが、特に他に言いたいことがないなら、冥府送りにするが、どうかな?」
そう問いかければ、えんぴつが驚いたようにふらつき、何となく必死そうな感じで紙へと文字を書く。
「“命だけは助けて”」
「それはギャグかなにかか?」
「なかなか面白い人形ですね」
「“いきなり人に家に入ってきて、冥府に送るとか、ひとでなし”」
「まぁその通りっちゃその通りだから返す言葉がない」
「私ちょっとこの人形好きかもしれません」
そう言われてもなぁ、とウェイトリーが困っているとえんぴつがさらに動く。
「“言うことを聞くから命だけは助けてほしい”」
「うーん。まぁ人形を持って帰ることくらいはできるだろうけど……」
何が都合が悪いのかといえば、この後にウェイトリーは銀の葬灰を使う気でいるのだが、それを使えば巻き込まれて一緒に冥府送りになってしまうのではないかと悩んでいる。
自宅に持っていけば、或いはある程度離れたところに持っていけば巻き込まれることはないだろうが、あまり出入りするのも面倒くさい、もとい、見咎められる可能性がある、そういった心情だ。
ウェイトリーがほとほと困った、どうしたものかと考えていると、端末が振動し、インフォメーションが表示される。
『アンデッドを調伏しました。契約しカード化が可能です。契約しますか? はい/いいえ』
表示された内容が一瞬呑み込めなかったが、考えてみればゲームでも倒したアンデッドのカードを入手することがあったことを思えば、これはそれに近いものなのかもしれないと理解した。
或いは『仲間になりたそうにこちらを見ている(命乞い)』といったところか。
しかしウェイトリーは、いきなりカードに変えてしまうのは礼儀に掛けるかと、ひとでなしなりに考えた結果、一応説明して見ることにした。
「わかった。君が俺と契約して力を貸すというなら命だけは助けてやる」
「その言い方はどうかと思いますが」
「“それでいいです”」
「あいいんだ」
「じゃあ、『はい』っと」
そうすると、人形は一度黒い光へと変わり端末へと吸い込まれ、リンカーコールパックの時と同じように漂白したカードが一枚、宙へと浮かび上がった。
それを手に取れば、ほどなくしてカードの内容が現れ、イラストに描かれていたのは先ほどの人形であった。
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[Cu]ポルターガイスト R
必須条件:なし
発動コスト:なし
リキャスト:非戦闘時 5分
[物体浮遊][物理ダメージ無効][浄化耐性]
人形を依り代に発生したポルターガイスト
領都レドアの幽霊屋敷にいたポルターガイスト
両の瞳が光と闇の魔石でできていたせいで浄化に耐性を持つ
人形を依り代としているが 人形を物理的に破壊されても効果はない
人形ありきで個として存在しているが 厳密にはあまり関係ない
あくまで生まれるときに人形が必要であっただけという話
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「あー、そこそこ強そう」
内容を確認して、それをそのまま召喚すれば、人形が宙にふわりと浮き、二人の周りをふらふらと回った。
その後、紙とえんぴつも宙を舞い、一言“よろしく”とだけ書かれた。
「悪いけど、ここから引っ越してもらうよ」
人形はウェイトリーの前で止まるとこくりと頷くと、そのままあたりを漂いながらふわふわと着いてきた。
それを確認してウェイトリーはカードケースから一枚のカードを取り出した。
「発動」
そういって握りしめるように拳を丸めたウェイトリーの手の中には、銀色に輝くきめ細かな灰が握られていた。
それを指の隙間から少しずつ零すようにしながら、寝室のバルコニーへと向かい、テラスドアを開けようとすると、ドアはひとりでに開いた。
どうやら、後ろを漂う人形が察して開けてくれたらしい。
ウェイトリーはそのままバルコニーへと出ると、握りしめた灰をそのまま外へと撒いた。
きらきらと光る灰は風に漂い、庭や屋敷へと降りかかり、ほどなくして見えなくなる。
何も起きなかったかといえば、そのようなことはなく。
この屋敷を包んでいた重苦しい空気と、迷い彷徨う者たちの気配がゆっくりと消えた。
まるで至るべき場所を思い出したが如く、それらはあるべき場所へと向かって行った。
薄い月の夜に、見えるものなどないのだが、それらが去っていくのが見えたような。
そんな気がした。
ウェイトリーは両手をパンパンとはたきながら、室内に入るとまたしてもひとりでにテラスドアが閉まった。
全く便利な自動ドアである。
「さて。床掃除してから帰ろうか。めっちゃ灰を撒いた後だけど」
「効果を果たして消える灰でよかったですね」
「まったくだよ」
二人は手分けしながら床掃除しつつ、およそ屋敷中の床が綺麗になったのを確認してから、静かに素早く屋敷を出て、錠前を開け、門を通り、錠前を閉めた。
そのあとは、フードと帽子を深くかぶりなおし、隠密効果を最大にして誰にも見咎められることなく自宅へと戻っていった。
なお、確かに誰にも見つかってはいないのだが。
浮遊する人形が追従しているのはものすごく目立っていたのは間違いないだろう。




