027 ポーションを納品しよう
「戻りました」
昼時を二時間ほど過ぎた頃、二人はギルドへと戻り、エリナ職員へと声をかけた。
「おかえりなさい、お二人とも。依頼はどうでしたか?」
「無事恙なく。十五匹仕留めてよさそうなのを十匹見繕っておきました」
「お疲れ様です。確認は解体場で行いますので、依頼表を持って奥へどうぞ。
解体場の職員に依頼表と依頼品を見せて納品証明をもらってきてください」
「了解です」
言われたことに従い、ロビー横の通路を通り解体場へと赴けば、そこには以前もいたグラッツギルドマスターが道具の手入れを行っていた。
入ってきた二人に気づいたギルドマスターは手入れをほどほどで止め、二人に声をかけた。
「よお符術師。依頼の確認か?」
「そっす。土ウサギの納品で」
「おーおー、不人気依頼に励んでいるとは感心だ」
「朝の争奪戦はちょっと無理っすね」
「冒険者たるものあれも嗜みってもんよ。俺もごめんだがな」
「ってなわけで楽しい不人気依頼っす」
「ぶっちゃけて言えば評価の関係で不人気依頼をやってる冒険者の方がランクが上がりやすいんだがな」
「誰だって報酬がいい方がいいってのはわかります」
「それが実情ってやつだな。さて、依頼表とウサギを見せてみろ」
「うっす」
依頼表を渡し、机の上に納品予定のウサギを並べていく。
ギルドマスターは筋骨隆々とした豪快な見た目に反し、丁寧に獲物の見分を行い、十匹すべての見分を終えれば、さらさらと依頼表に確認のサインと評価を書いた。
「相変わらずいい仕事だ。抵抗した痕跡がねぇから肉に血も回ってねぇだろ。それにその後の処理も完璧だな。料理にするなら上等すぎるくらいだ」
「あざっす」
「あとお前、倉庫ではやってくれたな。ずいぶんと助かったよ。また頼む」
「こっちもめちゃめちゃウマイ仕事なんでぜひ」
サインの終わった依頼表を受け取り、ギルドマスターに別れを告げ、受付へと戻り、右から左へと言わんばかりにエリナ職員へと依頼表を渡した。
「はい、確認しました。納品数は十、品質は優ですね。基本報酬が千ドラグ、納品数が満額で三千ドラグで、計四千ドラグです。お確かめください」
銀貨四枚を受け取り、土ウサギの依頼は無事に終わった。
そして問題のブツの時間である。
「エリナさん。ポーションを中級と下級をとりあえず五本ずつ作ってきました。お渡しするので確認お願いできますか?」
「ありがとうございますマリーさん。ではまず一本ずつお願いします。
鑑定の魔道具にて効果効能と品質を確認して、ギルド規定に見合うものであれば全て買い取らせていただきます。
五本とのことでしたが、今後納品数は増やすことは可能でしょうか?
ポーション納品の依頼は二十本で一件と数えさせていただいているので、今回は買い取りだけになってしまいますが」
「数ですかー。まぁどちらにしても『これ』が規定に見合うものかどうかによると思いますし、まず鑑定していただけませんか?」
「それもそうですね。では少々お待ちください」
「(南無)」
ニコニコ顔のマリーから目を反らし、ボソっと呟いたウェイトリーは何となく知らないふりをしてギルドの入り口あたりをぼんやと眺めていた。
渡された深蒼の中級ポーションと深緑の下級ポーションを持って受付奥へと消えたエリナ職員は、しばらくして泡を食ったようにして戻ってきた。
珍しいことにいつもキリっと決まっている眼鏡がずれている。きっとこういうのは萌えポイントだろう、そうに違いない、とウェイトリーは現実逃避を続けていた。
「こここ、これ……」
「眼鏡ずれてますよエリナさん」
「いや! そんなことはどうでもいいんです! ちょっとお二人とも、二階の応接室までいらして下さい!!」
そういってエリナ職員は二人の案内を別の職員に任せ、自身は解体場の方へと小走りに向かって行った。察するにギルドマスターを呼びに行ったのであろう。
普段は落ち着いた知的美人のエリナ職員の慌てっぷりに、まばらにいる冒険者から視線を集め、どうしたのだろうか、と思いつつも案内を任された職員は二人を二階の応接室へと案内して、部屋を出て行った。
マリーは座り心地のよさそうなソファーに座りながら終始ニコニコ笑顔を崩さない。さながらいたずらが成功した子どもといった様相であった。
ウェイトリーはマリーが腰かけたソファーの背もたれの後ろ側から立ったまま体重を預けつつ、ため息交じりに話しかけた。
「案の定だったなぁ。マリーさんがあんなの出すから」
「普段クールなエリナさんが慌てているのはなかなかギャップがあっていいものでしたね」
「趣味が悪い」
「悪いことをしたわけじゃないのでいいじゃないですか」
「それは相手が決めることじゃないか?」
「ですかね?」
「だと思うよ」
「怒られたら謝りましょう。それで、どれくらいで買い取ってもらえますかね?」
「まぁギルド的にはかなり欲しい商品だろうけど、まず買い取ってもらえるかは微妙に疑問だが」
「ホントにポーション不足ならそれはないでしょ」
「通常のポーションの相場としては下級が二千から四千前後で、中級は九千から一万五千って所らしいが、この街はポーション不足のせいで高めらしい。
だがそれはあくまで副次効果の類が一切ない場合に限るからなぁ。具体的には下級のプラスなしで品質五のものが平均的なものでそれが三千らしい」
「詳しいですね」
「昨日薬屋の前を通った時に店の前に店員がいたから聞いておいた」
「なるほど。仮にその値段で二百本扱いで売れた場合、五本あるので三百万ですね。まぁ販売価格で売れるわけはないでしょうが」
「販売価格で売れないだろうってのはそうだけども、品が品だけに実際はもっと高値で売れる可能性が大いにあるわけだが」
「中級が一万二千だとしたら、同じく五本で一千二百万ですね。白金貨案件ですねこれ」
「さらに何等級の依頼か知らんけど下級、中級合わせて二千本分を二十で割って百件分の依頼達成になるわけだ。
報酬がいかほどかは知らんけども、仮に肉の時と同じだとしたら、それだけで金貨一枚分だ。非常識なのは間違いないな」
「主さまもそうでしたもんね」
「シカ肉より時代はポーションだな」
「値崩れ不可避だと思いますけど」
「薄めなきゃ保管スペースもポーション一本分で品質低下無効の消耗品って値崩れすんのかね?」
「さぁ?」
そんな話をしていれば、多少落ち着きを取り戻したエリナ職員と、グラッツギルドマスターがそろって部屋へと入ってきた。
ギルドマスターは対面の席に座り、苦笑するようにして言葉を吐いた。
「やってくれたみたいだな」
「うちの連れがすいません」
「別に悪いと言ってるわけではない。ポーションに困ってるウチとしては大歓迎なんだが、モノがモノなだけにな……」
豪快な見た目で困った顔を浮かべるギルドマスター。
同じような顔で伺いを立てるようにエリナ職員が口を開く。
「あの、マリーさん。つかぬことをお伺いするのですが、だれか高名な魔女に師事したとか、龍賢者の学院などの最高峰の学院に通ったことがおありなのですか? 或いは、本当に魔女なのですか?」
「魔女印でしたか? は、持ってませんよ。師匠は腹が立つことに誰もいないので独学といえるかもしれませんが、学校はそれなりに有名な場所を卒業しています」
「……一応補足すると、そこのマリーさんは俺たちがいた場所では『七元の魔女』って呼ばれてて、そのそれなりの学校という名の、魔法使いの最高学府を歴代最優秀主席で卒業してましたよ」
「まー勉強はそれなりにできましたね」
ウェイトリーはいつも以上の真顔をしていた。
「『七元』というのは聞いたことがありませんね……」
「『七元』は属性元位ってのを七つ持ってるって意味で、というか一つ持ってるだけでもとんでもない称号なんですけどね。普通は」
エルダリア世界において『元位』とは、一つの根源属性を完全に掌握・応用できる者のことを指す。
例えば根源第一属性、火の元位であれば『火元』となり『火元の魔女』などと呼ばれたりする。
二属性ならば『火水元』などと呼ばれることもあるが、これが二つ以上になった場合『二元』、『三元』というように呼ばれることもある。
が、そんな奴はまずいないとされている。
ゲーム的に見れば、もし単一元位持ちの魔女ならそれだけでレジェンダリークラスのキャラクターユニットになれるスペックであり、マジシャンズカレッジクラスの切り札的レジェンドキャラクターは大体単一属性元位持ちである。
もちろん、人類種で召喚獣などのモンスター的なカードでない場合はであるが。
ウェイトリーはそういった内容を思い出しながらも、言ってもしょうがないな、とかいつまんで話すことにした。
「まぁ平たく言うと七属性使いこなすめっちゃ魔法がうまい魔女って感じっすかね」
「残念ながら今は諸般の事情で各種生活魔法と勉強したただの錬金術とかくらいしか使えないんですけどね」
「嬢ちゃんはただの錬金術でこんなとんでもねぇポーションを持ってくるのか?」
「……属性元位から格は落ちるんですけど、術式元位っていうそれぞれの術式を極めたものが持つ称号も持ってますよ、その自称それなりに勉強できる魔女は」
「随分と褒めていただいて光栄ですね」
「はい」
ウェイトリーは感情の籠らない声で一言呟いた。
今までの話を聞いたギルドマスターはもはやなんといっていいか分からなくなり、思ったことを素直に口にした。
「……なんか俺ら盛大に担がれてないか?」
「それか、ギルドの鑑定の魔道具が壊れていたかですね。
……むしろそうであった方が心は平穏であったかもしれません」
二人して遠い目をするギルド職員に対して、それはともかくとマリーは本題を切り出した。
「それで、ギルドはどれくらいで買い取っていただけますか? 値段によっては材料も手間もぼちぼちがかかるのでこれっきりになりますけど」
「材料費は結構かかってる感じか」
「質はともかく量はいりますね」
「うーむ。ギルドとしては喜んで買い取らせてもらう方針だが、値段は今一つ決めかねてる」
「原因を聞いてもいいっすか?」
「何本に薄めるかだな。依頼の達成数の件もある。そのあたりはきっちり詰めておきたい」
「であれば二百本扱いでかまいませんよ。その後ギルドが何本に薄めて売ってもこちらは気にしません。
正直に言えば、千本も二千本も瓶詰したくなかったので濃縮して持ってきたんです。
その作業をそちらでしていただけるのであれば、後は本当にどうとでもしてください」
「なるほど、な。では二百本として扱わせてもらおう。値段はどの程度をご所望だ?」
「差し支えなければギルドショップで扱っているポーションはどのくらいで仕入れているんか教えてもらえませんか?
それと上昇補正なし品質五の下級ポーションを納品した場合の買い取り額を教えてください」
「エリナ」
「はい。現在、大手商会から購入しているポーションの仕入れ値は一本当たり約二千八百ドラグですね。ショップではものによりますがおよそ三千三百ドラグで販売しています。
これは上昇補正平均+二、品質五、副次効果なしですね」
「結構ギリギリな値段っすね、それ。下手したら採算取れないんじゃ?」
「まあな。正直に言ゃぁかなり足元見られてる。が、ギルドとして揃えておかんわけにもいかんからな」
ギルドマスターは苦し気な顔をして言う。
「次に先ほどの内容のポーションの買い取り価格は千五百ドラグです。それに追加して二十本あるなら依頼報酬として三千ドラグですね」
「なるほど。では一本当たり三千ドラグでどうですか?」
「いいのか? 効果を考えればもっと払うこともできるが」
「こちらももろもろ無理を通している自覚はありますからね。瓶の用意と瓶詰をする職員の人件費を考えたらまぁ妥当な範囲でしょう。
別に絞れるだけ絞ろうと思っているわけでもありませんし」
「ソイツは助かるよ」
先ほどの苦し気な表情から一転、ギルドマスターは朗らかに笑う。
「マリーさんにお聞きしたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「魔力水、とはどのようなものを指すのでしょう? 一般的には魔術で出した水のこと言いますが、なにか特別な、錬金術などで作る水ですか?」
「魔力水の作り方ですか。煮沸した綺麗な水に粉末状にしたの無属性魔石を入れて一晩放置したらできますよ。
割合は水に対して三パーセントくらいでしょうか。
水に魔力の許容量があるので多めに魔石を入れておけば、必要な分だけ溶けて後は底の残るので次の水で使えばいいと思います。
あと魔術で出した水なら煮沸はなしで魔石の量を減らせますね。入れる桶なり鍋なりは綺麗に洗ってから使ってください」
「詳しくありがとうございます」
エリナ職員は聞いたことを一言一句違えずにしっかりとメモを取った。
「中級はギルドショップになかったように思いましたけど、取り扱ってないんすか?」
「ん? ああそうだな。緊急用の備蓄がある程度で仕入れてはいない。何とか領主にも手を回してもらってるが、難しいみたいでな」
「なるほど」
「中級なんですけど、キリもいいですし、一本一万でどうですか?」
「むしろそれならありがてぇなくらいだな。逆にいいのかそんな値段で」
「かまいませんよ」
「ギルドマスター、マリーさんは八等級冒険者なので七等級の常設納品依頼は受けられない決まりですがどうしますか?」
「そうだったな。すまんがこいつは決まりでな。五十件分の報酬を買い取り金に上乗せするから依頼の達成はなしにしてくれ」
「それは仕方ありませんね。でも評価は欲しいです」
「心配しなくても六等級くらいまでの評価は十分稼げてるよ」
「それなら問題ありません。七等級に上がったらまた納品すればいいだけですしね」
「そうしてくれ」
「あーそうですそうです。一つ条件として、今すぐじゃなくてもいいので支払いは現金でお願いします。
私達銀行口座を持ってませんし、今のところ作る予定もありませんから」
「それくらいはお安い御用だ」
「よろしくお願いします。ではこちらが残りのポーションです」
鑑定に出した以外のポーションをそれぞれ四本ずつテーブルに並べ、ギルドへと受け渡した。
エリナ職員はそれを丁重に確認し、一つ頷いて清算した内容を告げる。
「では先ほどの値段交渉の結果を反映させていただき、八等級常設依頼、下級ポーション二十本納品の報酬三千ドラグを千本分五十件として換算し、依頼報酬が十五万ドラグ、買い取り金額が三百万ドラグで三百十五万ドラグ。
次に依頼達成はありませんが、報酬八千ドラグが五十件分と換算し、四十万ドラグの上乗せ。買い取り金額が一千万ドラグで一千四十万ドラグ。
合計して一千三百五十五万ドラグになります。当冒険者ギルドとしても一度の出費では最高クラスの出費ですね」
「それはまぁ困った話っちゃ話だが、このイッパツでギルドは大助かりの大儲けだ。ここはぐっとこらえて払おうじゃねぇか。
何よりあのいけすかねぇ商人連中に足元見られねぇで済むのがいい」
「ギルマスは銀行にお願いします。この規模の決裁権限は私では致しかねますので」
「おうともよ。ちっくらいってくらぁ。あー硬貨の指定はあるか?」
「白金貨ではなく大金貨十枚と金貨三十五枚と残りでお願いします」
「ああわかった。金は銀行の払いにもよるが明日か明後日になると思うぞ」
「わかりました」
「んじゃぁありがとな嬢ちゃん。またいい具合の時に頼む」
そういってグラッツギルドマスターは部屋を出て行った。
「お二人には驚かされてばかりですね」
「恐縮です」
「案外こんなものだと思いますよ?」
「そんなことはないとは思いますが……」
「主さまもそのうちまたやらかしますよ」
「ぼくァ、チミと違って常識人だからそういうやらかしはしないんだよ」
「……主さまが常識人? もしかしてギャグのつもりですか? だとしたらセンスがないですね」
「ひどい言われよう」
「お二人とも常識人ではあるとは思いますが常識的かと言われればそれは無いと思いますよ」
「ハッキリ言われちゃいましたよ」
「まぁしょうがないと思う。常識的に考えて」
「あそうそうエリナさん、同じような内容の上級ポーションも作れると思いますが―――」
「払えません」
「ですかー」
「マリーさんや。舌の根も乾かぬうちにそれはないと思うよ」
そんな話をしながら応接室をでて、もろもろの依頼完了の処理などを受付で行ってもらい、エリナ職員へとあいさつを済ませてギルドを後にした。
「お金の心配は全て吹き飛びましたがどうしますか?」
「どっか家でも借りるか?」
「それはいいですね。宿暮らしも全然悪くありませんが、できないこともありますしね。部屋で薬草煮込むわけにもいきませんし」
「半年くらいの賃貸だな。明日エリナさんに聞いてみよう」
「エリナさん便利すぎますね」
「NOって言わなさそう」
「コンシェルジュじゃなくてギルドの受付嬢なんですけどねー」
「あぁそれとお金もらったら図書館にも一回行ってみよう。まぁ今からでも行けなくはないが」
「それは確かに。依頼もぱーっとやりましたし、また読書ですかね」
「図書館ともなると数日で済むもんでもないだろうし、そっちはぼちぼちでだな」
明日の予定に今後の予定、それから今晩の食事の予定を考えつつ二人は街を歩いていくのであった。




