026 土ウサギ狩りとポーション作り
翌朝、冒険者ギルドにて。
そこは戦場のような様相を呈していた。
もちろん戦場ではないし、争っているわけでもない。
いや争ってはいるかもしれない。
そこでは多くの冒険者がそれぞれのランクの掲示板の前へと群がり、我先にと割のいい依頼へと飛びついていた。
よい依頼を手に入れたことに喜び、また取れなかったことに悲しみ、また冒険者たちの波へと向かう。
その人がひしめきあう光景はさながら、祭りの賑わい、魚市場の競り、はたまた乗車率百二十パーセントの満員電車といった具合でった。
そんな光景をウェイトリーとマリーは離れた位置から、唖然とするような、はたまた懐かしいような、或いはどこか達観したような面持ちで見つめていた。
日本人、元出版関係勤務のサラリーマンもどきのウェイトリーでも、この波へとジャパニーズチョップ連打を繰り出し突撃しようとは全く思えなかった。
「冒険者ってこんなにいたんだな」
「夜のロビーでも結構いると思いましたが、非じゃありませんでしたね」
冒険者になって数日と日が浅い二人ではあるが、普段は昼のど真ん中といった時間にギルドに顔を出すなかなかに舐めた冒険者なので、もしかしてこの仕事向いてないかもしれない、などと思っていた。
「ロビーでなんか飲むか」
「ですね」
そして騒乱が落ち着くまで時間を潰すべく、二人はロビーの席に着き、飲み物を注文するのであった。
それから一時間ほど待っていれば、騒乱も落ち着きを見せ、多くの冒険者は依頼へと向かっていった。
読んだ本の内容を話し合ったり、ウェイトリーの小ボケを処理したり、マリーの魔石乱用に釘を刺したりと時間を潰し、受付の空きができたのを見計らって、もはやおなじみとなっているエリナ職員へと声をかける。
「俺らこの仕事向いてないかもしれません」
「ですね」
「おはようございますウェイトリーさん、マリーさん。あの中に飛び込むのは、そうですね。向き不向きはあるかもしれません」
「向く人いるんですか?」
「割のいい依頼を受ける方は、それなりに似通っているので、おそらくいらっしゃると思います」
「すげぇや」
「次からは九時ごろから来ましょう。アレに混ざるくらいなら割の良さなんてどうでもいいです。主さまが突撃するなら止めませんが」
「俺だってやだよ。九時五時でいこう」
「七等級以上の冒険者になればかなりマシになりますよ」
「なくなるわけじゃないんですね」
「それは四等級以上ですかね」
「中堅も世知辛い」
「ランクが上がれば争奪戦をしなくても相応に稼げますので、あまり割のいい依頼でなくとも積み重ねていくことをお勧めします。
不人気依頼をやっていただけるとギルドとしても大変助かりますし」
「エリナさんの本音はそこにあると見ましたね」
「お二人には期待しています」
エリナ職員の見事な業務スマイルにウェイトリーは苦笑した。
「それで、本日はどうされますか?」
「九等級の不人気依頼とやらを聞かせてもらえますか」
「もちろんです。おすすめは土ウサギの調達依頼ですね」
「ウサギ?」
「屋台で串焼きに使うウサギ肉の調達です。期限は明日までなのでそろそろ冒険者の誰かをせっつく必要があったんですよ」
「なんで不人気なんですか?」
「土ウサギは魔物ではない普通の動物で、生息地は広く、街を出て東の草原に行けばすぐに見つけられます。
ですが、それなりに警戒心があり、動きはすばしっこく、すぐに住処の土の穴に潜ってしまいます。なので、数が揃えづらいのがまず一つ。
二つ目は南東方面にある森に行けばホーンラビットという魔物が生息していて、そちらは好戦的で向かってくるので比較的に倒しやすく、肉の味もほとんど変わらないと言われています。なのでホーンラビットの方が簡単に狩れて楽であるというのが二つ。
最後に危険性はなく見た目がかわいらしいのでなかなか仕留めづらいという三つが不人気依頼の理由ですね。
ただ繁殖力が強く農作物を荒らすこともあるので全く害がないというわけでもありませんし、被害に遭った農家さんは蛇蝎の如く嫌っていますが」
「味同じならホーンラビットの方でもいいんじゃ?」
「そこは依頼主さんのこだわりですね。なんでもその依頼主さんが言うには土ウサギの方が肉がやわらかくてほんのりと甘みがって屋台で使っているタレとよく合うんだそうです。
私もその屋台の串焼きを食べたことがありますが、美味しいのは確かです。ただそこまでの違いがあるのかまではわかりませんでしたが」
「まぁ依頼は依頼って事っすね」
「そういうことです」
「他にはどんなのがあるんですか?」
「常設依頼の薬草採取ですね」
「ヒナ草ですか? それなら結構そこらへんに生えてるから簡単に稼げそうですけど」
「依頼で出すものは品質基準が相応に高いんです。ギルド規定で定められた品質基準で七以上のものでないと数として数えられません。少々ややこしいかもしれませんが、冒険者ランクとは逆で最低が一で最高が十の十段階評価です」
「ちなみにこの薬草だとどれくらいの品質評価になりますか?」
マリーが取り出したのは、つい先日薬草売りの少女から大量購入した薬効の低い薬草であった。
それを受け取ったエリナ職員が状態の確認を行うと、首を振ってマリーへと返した。
「これは品質で言えば一、良くて二ですね」
「ですか」
「とまぁこういったものが多いと依頼達成とはいかないのです。そういった見分けができるならばまだマシですが、そもそもよく似た違う草という場合もありますし、報酬も高くはありません。
この辺りではどこも薬草の質が低く、そのせいでポーション作りに適さずあまり作る人が居ないのですよ」
「まぁ植物は地域差ありますよね」
「先ほど挙げた南東の森の中であれば規定に見合ったものも見つかりはしますが多くはありません。それに森に行くならもっと割のいい依頼がありますからね。
とはいっても常設依頼としておかないと最低限の在庫の確保もままなりませんから」
「ちなみに依頼の本数って?」
「一件十五本ですね。こちらは常設依頼で受注は不要ですので、見つけたら持ってきていただけると助かります」
「目に付いたら持ってきますよ。ポーションに使うかもしれませんが」
「そちらの方が助かるのでその場合はポーションの納品をお願いします」
「今日は外で何本か作ってくるので鑑定してみてください」
「外でですか? わかりました。期待していますね」
なんで外? と言いたげな顔をしたが、あまり気にしても仕方がないとばかりに頭を切り替えた。
早くも慣れてきたともいう。
「じゃあ俺は土ウサギを狙うか。どの程度押さえて来ればいいんすかね?」
「五匹以上で十匹程度までですね。それ以上は傷む前に売り切れないそうです」
「ならまぁ十数匹押さえてきて、よさそうなのを提出しますかね」
「ウェイトリーさんの符術ならそれがいいかもしれませんね。ですが、数をそろえるのはなかなか大変かもしれませんよ」
「悩める農家さんのために多少生態系変えてきてもいいですが」
「あー、いえ、そうですね。……そうでしたね。ほどほどでお願いします」
受けてる依頼が依頼のため、ランク相応の冒険者を相手にしているような気がしていたエリナ職員だったが、相手は非常識にも七百キロクラスのシカを三十数頭一気に売却するような相手であることを思い出し苦笑しつつごまかした。
「処理は血抜きをしておく程度でいいですか?」
「そうしていただけると助かります」
「了解です」
「ではエリナさん、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
エリナ職員に見送られ、冒険者ギルドを出て東西大通りを通り東門へ。
門でギルドカードを見せ、数日ぶりに街の外へと出た。
雲の少ないいい天気で、背の低い草原をそよぐ風がなかなかに心地よい。
しばらくは街道沿いに進み、近くにある川へと向かって道を外れた。
川へと向かう道すがら、ターゲットである土ウサギが遠くに見える。
何を言うでもなく、右手の二本の指を二度握るように素早く動かし、発動させたスカルピアサーを無音で投擲する。
走る刃はウサギの首筋へと吸い込まれ、いともたやすくその命を刈り取った。
「まずは一匹だな」
「相も変わらず見事な腕ですね、主さま」
「傷まないように首にナイフ入れてから川に沈めよう」
息絶えたウサギを拾い、目的地の川へと到着する。
そこから川を少し遡り、やや開けた砂利の川辺を起点にして動くことにした。
ウェイトリーは川へと向かい、先ほど仕留めたウサギを流されないように大きめの石である程度の囲いを作り、ロープを足に結び付けてから、首筋にナイフを入れて、噴き出す血を川に流しながら水底へと沈めた。
「主さま、野営地と錬金セットをお願いします。あと森で集めた薬草類のカードを見せてください」
「あいよ」
言われたとおりに野営地と初級錬金術セットを展開して、薬草系などの資材カードを全て渡した。
「私はここでウサギを見つつ、ポーション作ってますね」
「よろしく。適当なところで上げておいてくれ。次は五匹くらい狩ってくるよ」
「お昼は今のウサギを使いますか」
「まぁそれもいいかもね。味がいいらしいし」
「シカほどじゃないんじゃないですか? よっぽどおいしいなら不人気依頼になってないですよ」
「それもそうか。まぁ頼む」
「お任せください」
そうしてマリーは川でポーション作りに、ウェイトリーは原っぱでウサギ狩りに出かけていくのであった。
時間にして一時間で一度、狩った七匹のウサギを野営地に戻り同様の処理をして川に沈め、続く二時間で追加の八匹を仕留め、依頼の分を選別するには十分だろうと結論付けた。
肉付きがいいものを依頼用にして、それ以外のものは自分で食べるために確保することにした。
これには資料室にて読んだ解体の手順を参考に、実際に解体をやってみようという目的があった。レベルが下がったままの解体などのスキルを戻すのにもちょうどいいはずだ。
ウェイトリーが意気揚々と真顔のまま野営地に戻ると、魔女帽子を深くかぶった不気味な女が大鍋をかき回しているという、なんというか、ね〇ね〇ね〇ねといた感じだった。
「ただいま、魔女のおばあさん」
「おばあさんは流石に失礼です」
「はたから見ると不気味な魔女感がすごかったよ。これでヒッヒッヒってな感じの笑い声が聞こえようもんなら通報してたかもしれん」
「そういう主さまは生贄の調達はうまくいったんですか?」
「追加で八匹だな」
「愚問でしたね」
そんな話をしながらマリーは大鍋をかき混ぜるのをやめ、刻んだゴボウのように見える木の根をぽいぽいと放り込み、追加でライムのような柑橘系の香りのする実を輪切りにしてぽいぽい、さらにすり鉢の中に入っていた白い砂のようなものをざーっと鍋へと流し込んだ。
「それ……ポーション作ってるんだよな?」
「そうですよ」
「人が飲むんだよな?」
「そうですよ」
「口当たりは悪そう」
「錬金術で均一化するのでそんなことはないですよ」
「なんか俺の知ってる錬金術の方法とマリーさんのそれはかなり差があるんよな。ちなみにゴボウとライムみたいのはわかるけど、砂みたいなのは何」
ゴボウのようなものは、『デハケ』というらしい滋養のある植物で、植物図鑑には健康にいい食材として掲載されていたが、スキルの恩恵によって知りえた効果では体内の毒素を排出するようなデトックス効果があるようである。
毒消しとして使えるというほどではないが、長期的に食べていれば健康になるというのも頷ける効果であった。
ライムのようなものは『スメスの実』と呼ばれており、香りはいいのだがとにかく強烈な酸味があり渋みも強く、そのまま食べるのは適さず、絞って数滴をフレーバー程度になら辛うじて使えるかなといった木の実だ。使用方法ではレモンやゆずなどとも近いと言えるだろう。
しかし悲しいかな、普通にレモンもオレンジもあるようで、この木の実は全く人気がない。市場で売られるようなこともないようだ。
だが悪い部分ばかりではなく、やり様によっては酔い覚ましや目覚ましには使えるようだ。
まぁ目が覚めるほどすっぱいともいう。
「砕いた無属性の魔石ですよ」
「あぁそういえば使うって言ってたね」
「薬効の薄い薬草を大量に煮詰めつつ、足りない魔力素を補うために使ってます。
エルダリアでは自分の魔力でやってましたけど魔石を使う方がずいぶんと楽です」
「後付けで素材の効果を上乗せするのホントズルいわ。それもはや品質関係ないじゃん」
「これくらいは当然のようにできないと術式元位なんて夢のまた夢ですよ」
「いや普通の人はだいたい夢の話なんよ」
「話を戻しますけど、だからこそこの薬草は悪くないですよ。
薬効は魔石の後付けで乗せられるので、薬草自体の味の良さが完成後の口当たりを邪魔しませんから、かなり飲み口のいいすっきりとした仕上がりになりそうです」
「まぁそのあたりは信用できるな」
「仕上げてしまうのでしばらくお待ちください」
そういって作業に戻るマリーをぼーっと眺めていると、なにやら魔力が渦巻き、鍋の中をぐるぐると回り始めた。
魔力量自体は生活魔法レベルの全然大した量ではないのだが、その流動性、魔力の渦巻く速さがどんどんと鍋の中で加速して、しまいには到底目で追えないレベルの速さで駆け巡っている。もはや早すぎて動ているのかもわからない。
どう考えても普通の錬金術を逸脱してるし、逸脱した錬金術師でも白目になるような状況になっていた。
しばらく感情を失った真顔、いや無表情をしていたウェイトリーは、ふぅと息を吐きひと段落したとでも言いたげなマリーを見つめていた。
「これで完成ですね」
「鍋は無事か?」
「そんなヘマはしませんよ。もう少し大きいか頑丈だと楽ではありますが」
そんなことを言いながら、大鍋の七割ほどまで満ちていた水かさは一割以下まで減っており、その底に溜まっている液体を掬ってポーション瓶に注ぐ。
それをマリーはウェイトリーに手渡した。
非常に美しい濃い青色をしたポーションは、色の濃さで一瞬わからなかったが不純物などがなく綺麗に透き通ったものであった。
受け取ったウェイトリーはその情報を読み取り鑑定すれば、あちゃーというように顔に手を当てた。
「マリーさんやりすぎだわこれ絶対」
「じゃあ主さまは瓶詰千本近くしたいんですか?」
「いや……、それは確かにしたくはないけども、いくら何でもこれは……。エリナさんひっくり返るんじゃないか?」
「在庫不足って言ってましたしちょうどいいでしょう」
「あと付属効果が深度こそ並みだけどエルダリア基準でも普通に強い。こんな山ほど効果乗せちゃまずいでしょ」
「そこら辺の雑草レベルで作れるんですからしょうがないじゃないですか」
「そこら辺の雑草でこんなもんできてたまるか」
ウェイトリーが読み取った情報を便宜上、EWOで使われていたアイテム表記にすると、このポーションはこんな感じであった。
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中級濃縮200倍ポーション+10 品質10 レアリティSR
[HP回復:中+10][毒効果回復:深度4][気つけ・目覚まし][酩酊回復]
[深度3体内状態異常耐性:1時間][品質低下無効]
詳細
中級効果のポーションで換算して200倍の濃度を持つポーション。
これを綺麗な水で200倍で薄めることにより
濃縮状態ではない上記効果を持つポーションに変化する。
また魔力水で薄める場合、同じ効果のまま300倍まで薄めることが可能。
さらに綺麗な水で300倍、魔力水で400倍に薄めることで、
付属効果は同じで回復効果を+5まで落とすことができる。
これ以上に薄める場合、付属効果は失われ回復効果が大幅に低下する。
補足として
薄めずに飲んでも中級ポーションの200倍の効果はなく
回復量は薄めた一本と同量である。
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「これをエリナさんがおいくらで買い取ってくれるからで今後ポーションを作るかどうかは考えましょう」
「仮に二百本分で売れたら俺はもうヒモになるよ」
「私は別にかまいませんが、主さま本当に終わりますよ?」
「労働は大切! 労働は尊い!」
「それはそれで問題あるような気もしますけど」
「早速俺はウサギの首筋に切れ込みを入れる業務でもしますかね」
「では私は下級ポーションとその他もろもろを作ることにしましょう」
ウェイトリーからしてもあまりにも非常識な錬金術を続ける宣言を見なかったことにして、いそいそとウサギをカードから取り出して、沈める準備を始めるのであった。




