025 魔石屋
「あぁ、ちょっと人生に迷ったガキンチョがいたので家まで送ってただけですよ」
既定のごみを集め終え、依頼の報告し二千ドラグの報酬を受け取った普段通りに真顔、或いはぼーっとしたような顔のウェイトリーにエリナ職員が問えば、帰ってきたのはそんな回答であった。
「それはその……、事故に遭った少年の?」
「ん? どう死んだかは知りませんけど、よくわかりましたね」
「マリーさんにもお話を伺ったので」
「あぁなるほど。まぁ職業柄そういうこともするんですよ。職務みたいなもんですね」
「そうですか。……それでその少年は」
「迷わずいけましたよ」
「……それはよかったです」
何となくしんみりしているエリナ職員にウェイトリーは苦笑した。
「まぁそんなに気にしないでくださいよ。新しい幽霊屋敷ができることもないですから」
「そうなっては割と洒落にならないので、本当によかったです」
ウェイトリーが茶化して言えば、エリナ職員も普段通りの様子に戻った。
この際にと、気になっていたことを聞いてみることにした。
「そういえばその幽霊屋敷の依頼って、俺が受けることも可能なんですかね?」
「もしかするとウェイトリーさん以上に適任な方は居ないかもしれませんが、六等級から五等級に格上げされた依頼なのでウェイトリーさんがこの依頼を受注することは不可能ですね」
「依頼を受けずにこっそりと侵入して幽霊屋敷を探索するのはどうですかね?」
「ギルドとしては回答に困る質問ですが、規則に照らして言えば、それ自体は可能です。
危険な場所に不用意に踏み込まないようにという注意を無視して踏み入るのであればどのような目に遭っても冒険者の自己責任になります。
またその結果として異変が活性化、または悪化した場合はかなり厳しい厳罰があります。
それから異変の完全な解決となったとしても報酬はお支払いできず、依頼の自然消滅となります。
最後に、本件の場所は他人の所有する家屋なので場合によっては不法侵入となり、王国法で裁かれることもありまえます」
「それは手厳しい。まぁ妥当オブ妥当ですけど」
「なので可能な限り早く六等級になっていただくのが最短ルートかと思います」
「どれだけ頑張っても二か月は先ですし、試験もあるんでなかなか厳しいっすね」
「そうですね。現状、屋敷に入らなければ目立った害はない状態なので、無理をしない程度に冒険者として活動し、順当にランクを上げていただくのがよろしいかと」
「そうみたいですね」
そんな話をしていれば、資料室からマリーが下りてきた。
手には二日で書きまとめた用紙の分厚い束を持っており、よく見れば麻紐で綴じられていた。さながらそれは装丁されていない新しい一冊の本のようであった。
「お疲れマリーさん。ずいぶん書いたね」
「全二百十二枚の四百二十四ページの大作ですよ。薄くて丈夫な紙で助かりました」
冒険者ギルド併設の提携ショップで購入した紙は、印刷用の普通紙と和紙の中間のような出来の紙で、値段も安く、書き心地も申し分なかった、
なかなかに質のいい紙だが、材料も荒れた土地でも簡単にすくすく育つ『カペノキ』または『カーペ木』と呼ばれる雑木を使い、製紙の魔道具を使った大量生産品らしく、この植物紙が広く出回っており、どこでも同じような値段で買うことができるようだ。
「あのマリーさん。差し支えなければ見せていただいても?」
「推敲も校正も済んでないざっとまとめただけのものでよければ、どうぞ」
丁重に受け取り、内容を確認するエリナ職員は、ざっと目を通しただけでも解るその内容の出来の良さに思わずうなった。
その内容とは、資料ごとの要点や注目すべき点、覚えておくべき点、そしてそれらの関連項目への索引など。このページの一枚一枚がそれぞれの本一冊一冊で知るべきことをまとめてあるのだ。
資料室の資料の持ち出しは基本的に禁止であるため、持ち出してはいないかの確認のために見ただけのはずだったのだが、このまま読みふけってしまいそうなほどよくできた本であった。
おおよそ全てマリーの手書き文章であることを確認したエリナ職員は、受け取った時と同様に丁重にマリーへとその本を返した。
「大変すばらしい内容かと思います。もしよろしければ仕上げが終わり完成したときにじっくりと見せていただけませんか?」
「いいですよ。二、三日はかかると思いますけど」
「ぜひともよろしくお願いします。楽しみに待っていますね」
「主さま、私作家として食べていけるかもしれません」
「そりゃいい。俺前職は雑誌編集関係だったからぼちぼち手伝えるよ」
「これからはマリー先生と呼んでくださいね」
「わーマリーせんせー。締め切りは昨日ですよー」
「よし作家はやめましょう」
『締め切り』という恐ろしい魔物を前に、余りにも素早い決断であった。
普段通りのコントを披露していればエリナ職員が口を開いた。
「お二人はまだなにか調べたいことや、読みたい本などはありますか?」
「あるといえばありますけど、まぁ多少の常識程度は身についたんじゃないかとは思います」
「でも読めるなら読めるだけ読みたい気持ちもありますね」
「であれば、街の中心街に図書館があるので行ってみるのもいいかもしれませんね。
王都ほどではないですが、ギルドの資料室とは比べられないほどにいろいろと資料や本、図鑑や物語などがありますよ」
「そりゃいいっすね」
「入館料は金貨一枚と銀貨一枚です。ですが金貨は退館時に返却されますので実質銀貨一枚の入館料ですね」
「本の破損とかの対策で先に金を預かっておくのと払えるかどうかの確認ってわけですね」
「そうですね」
「まぁしかし、しばらくは依頼をやろうかと思いますよ。明日の九等級でなにかおすすめとか注意とかありますか?」
「いい条件の依頼をご要望でしたら朝の依頼張り出しで依頼を探すのがベターですね。時間は大体朝の七時頃ですので注意するのは時間でしょうか。
特に条件問わずというのであれば、また明日ご紹介できますよ。
ただ九等級依頼は街の外に出向くものがほとんどですので、時間の見積もりが明確でないのであれば、それなりに早い時間から依頼を受けた方がいいですね。
それから昼に街に戻らないのであれば軽食や水などそれなりの用意などはしておく方がよいかと思われます」
「なるほど」
「時間の見積もりに関しては、依頼を受ける際にどの程度かという指標は出せますのでまたお聞きください」
「了解です」
翌日の依頼のあれこれの確認も済ませ、全ての要件が終わったのを仕切りに、エリナ職員に別れを告げ、二人はギルドを後にした。
時間的に夕食にするには随分と早い時間で、さて時間的にどうしたものかとウェイトリーが考えていれば、マリーが行きたい場所を提示した。
「主さま、魔石屋に行きましょう」
「なんでよ。魔石十分にあったでしょ」
「他の属性のものも欲しいんです。特に今は無属性が欲しいです。
なんですか無属性って。
そんな属性があったら私『死』属性を極める前に『八元』になっちゃいますよ」
「なんで元位はとれるもの見たいな言い方をするかな。普通は取ろうと思って取れるものじゃないぞ」
「どう考えても『死』属性より簡単ですよ。というか『生』『死』属性より難しい属性なんてありませんよ」
「他の六属性に謝った方がいいと思うよ」
「そんなことはどうでもいいんですよ。とにかく魔石です」
「まぁかまわないけども」
「ちなみに、主さまからもらった魔石はもうありません」
「なんでよ。どうしたんよあれ。一個一万五千くらいするんだぞあれ」
「構造を調べてたらほどけて消えちゃいました」
「マジかよ。お札で焚火するより悪質じゃんか」
「でももっとほどきたいんですよ」
「もったいなくない?」
「でもなかなか楽しいですよ。ふあーってなったと思ったサァーって消えるんですよ」
「頼むからなんか別のストレス解消法を見つけてくれ」
「いやいや。あれはやめられませんね。かなり魅力的です」
「まぁ……、なんか魔道具作ったり、魔道具の燃料とか電池扱いでよく使われるくらい一般的に使われてるみたいだから安いのもあるっぽいし、せめて安いのでやってね」
「それは場合によりますね」
「ダメだこりゃ」
処置なしとばかりに顔に手を当てるウェイトリーをマリーはニコニコとした顔で手を引いて歩く。
しかし東西大通りに差し掛かるあたりで足を止めた。
「魔石屋ってどこにあるか知ってます?」
「商業区三番通りだな。東西大通りから三番通りの入り口あたりにある」
「流石に調べてますね」
「まぁね。知ってもいたし、今日は店の前も通ったよ」
「ゴミ拾いどうでした?」
「まぁ……、うん、街歩き目的が無かったら別にやりたい依頼じゃないな。普通に大変」
「そうですよね。報酬は?」
「二千ドラグ」
「あー、公園のお掃除ボランティア活動でお金がもらえてうれしいという具合ですね」
「少なくとももう一度やろうとは思わんな。街を歩く目的があるなら普通に歩く方がよっぽどいい」
「それはそうでしょうね」
「街がきれいになるやりがいはあるかもしれんけどね」
「そんな気概があるんですか?」
「いやまったく」
「なら街の美観は他の冒険者に任せましょう」
「だな」
そんな話をしているうちに件の魔石屋の前へとやってきた。
目を輝かせながら店へと入店するマリーに続いてウェイトリーは中へと入り、店内を見渡せば、小指の先程度のざるに入れられた無色の魔石がまず目に入り、そこから順にビー玉くらいの大きさ、五百円硬貨ほどの球形の大きさと分けてざるに盛られており、料金は量り売りのようであった。
離れた位置には、色とりどりの魔石がそれぞれの色ごとに分けられかごに入れられていた。こちらも量り売りのようだがビー玉大のものから小さめのピンポン玉ほどのものと、サイズは分けられていないようだ。
どちらにしてもグラム当たりで値段を図るようで、無色の一番小さいものは百グラムで千ドラグ、ビー玉サイズは百グラム二千ドラグ、五百円玉サイズは百グラム三千ドラグとなっていた。
色とりどりの、赤、青、緑、茶の魔石はそれよりも高くサイズ問わず百グラムおよそ四千ドラグほどだが、値段応相談と書かれているところを見れば杓子定規というわけでもないようだ。
ざっと見て、店内にある見て触れられる位置にある魔石はそれらと、少量の亜属性、または複合属性の小さい魔石が並べて置かれている程度であった。
マリーが興味深そうに眺めるのを見ながら考えを巡らせば、これは品ぞろえが悪いというより高級品になりえるものは店主に言って見せてもらうのだろうと察しがついた。
「とりあえず、無色の魔石はそれぞれ三百ずつ買いましょう」
「二万弱ならまぁ」
「それから各属性も二百ずつくらいは欲しいですね」
「いやあの」
「あと店主さんにいって、ほかにも魔石が無いか見せてもらいましょう!」
「金貨一枚だ。金貨一枚の範囲で納めてくれ。それ以上は出しません」
「そうケチ臭いこと言わずにぱーっと買ってくださいよ」
「最近マリーさん物買いすぎ。食料はまぁいいとしてもただ消費するだけに買うには高価すぎる」
「失礼な。それも歴とした研究ですよ。それに明日は九等級依頼で街の外に行くワケですし、ポーションを作るのに使えそうですよこれ」
「にしてもとりあえずは金貨一枚分、十万ドラグあれば十分じゃないか? 十分だと言ってくれ」
「しょうがないですね。でも可能な限り存在する属性全て欲しいのでそれで足が出る分には追加予算を申請します」
「それは足の出方による」
予算申請の攻防の初戦を終え、マリーは魔石を吟味して秤に乗せて買うものを選んでいく。
ウェイトリーはそれを横目に見つつ、店の店主がいるカウンターの方へと歩き寄った。
「ご店主、少し質問してもいいか?」
「どうしましたかな」
「いろいろな魔石があるが、属性はどの程度の数あるのかを知りたい。連れが属性の数を揃えたいと言っていてな」
「なるほど。基本は無属性と地水火風の四属性ですな。
そこに亜属性である雷や氷、木や鉄などの属性がありますな。
ほかにも複合属性、今あげた属性が混ざった属性魔石などがありすな。こちらはそれぞれの属性の組み合わせの数だけあるのであげればキリがありませんな。
さらにこれは、融合複合魔石と結合複合魔石という二種類がありましてな。二つの魔石がただ引っ付いただけに近いものを結合魔石、調和し昇華されたものを融合魔石と呼びますな。
そして、単属性でありながら価値の高いのが光と闇の魔石でありますな。現在知られているのはそのあたりですな」
「随分と多いな。なぜ光と闇は価値が高いんだ?」
「光は傷や病を癒す効果を付与したり高めたりする触媒として使われますからな。闇は魔道具との親和性が高くコア魔石に使用されることが多いので価値が高いのですな」
「なるほどな。亜属性と複合を除いた七属性は全てこの店で買うことはできるか?」
「質を問わないのであれば全て取り揃えておりますよ。亜属性もそれなりに。複合魔石もいくらかはありますが、おそらくどの魔石屋にもすべての複合魔石を取り揃えているという店はないでしょうな」
「聞いた話だとそうだろうな。組み合わせが多すぎる。店に出ていない属性の魔石で、光と闇だな。一番安いものと、その一つ上くらいの値段のものを見せてもらえないか?」
「いいですぞ」
店主は店の裏にいる従業員に指定された魔石を取ってくるように言い、ほどなくして光と闇の魔石がカウンターに並べられた。
大きさはどちらも同じようなもので、小さいものがビー玉ほどで、その一つ上がそれより二回りほど大きいものであった。
「これで値段はいくらくらいだ?」
「小さい方が一万五千ドラグほど、大きい方が三万ドラグほどでございますな」
「だそうだぞ、マリーさん。どうするるんだ?」
「大小どちらも両属性欲しいです」
「それでほぼ金貨一枚なんだが」
「誤差ですよ誤差」
属性と無属性は大きさ別にそれぞれ購入用の小さな麻袋に入れた魔石をカウンター置きつつ、数は少ないとはいえ置かれている亜属性魔石や複合属性魔石をさらにカウンターに並べ、ニコニコ笑顔でマリーはそう宣った。
それを見たウェイトリーは、目を細めてざっと値段を考えてみたが、金貨一枚どころか二枚、三枚にも届きそうに見えた。
ニコニコ顔のマリーに抗議の視線を送れば、全くの無意味と言わんばかりにどこ吹く風。
その魔女はしたたかであった。
「はぁ……。金貨二枚で足りますかね?」
「清算いたしましょう。少々お待ちください」
店主が魔石の中身を確認しながら袋から開けつつ再度秤に乗せて計量し、袋に戻すという作業を続け値段を一つ一つメモに取っていく。
告げられた値段は……。
「合計で二十六万二千二百ドラグですな。いかがなさいますかな?」
「少し足が出てしまいましたね?」
「出た足が長すぎるだろ」
「二千二百ドラグしか足出てないじゃないですか」
「いつから予算二十六万になったんだよ……」
ため息を付きつつ、ウェイトリーは金貨を三枚カウンターに置いた。
「二百ドラグはまけておきますぞ。おつりは三万八千ドラグで」
「ありがとうございます」
「お嬢さん、よい彼氏をお持ちですな」
「ええ。自慢の主さまです」
主と言われて少しキョトンとする店主はすぐに表情を戻し、特に言及せず購入の礼を告げた。
「お買い上げありがとうございます。またご入用でしたらいつでもお待ちしておりますぞ」
店主に見送られながら二人は店を出た。
店を出たウェイトリーはため息を付きながらマリーに苦言を呈した。
「できるだけご入用にならないようにしてくれよ」
「それは研究次第ですね」
「やっぱ研究職に金持たせるのは気を付けないとな」
「思いがけぬブレイクスルーが生まれるかもしれませんよ」
「頼むぞブレイクスルー」
そんな戯言を交わしつつ、二人は本日の夕食の店を話し合いながら、飲食店の立ち並ぶ通りへと向かうのであった。




