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デッドマスターはあんまり動じない  作者: 八神 黒一
2章 異世界情緒金稼ぎ
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024 迷子の少年

 昼食を済ませ、ギルドに戻るなり早々に資料室へと帰っていったマリーを見送り、ウェイトリーは予定していた通りゴミ拾いの依頼を受けた。

 ギルドから背負い籠と長いトングのようなものを渡され、指定された地区のごみを拾うよう指示を受ける。

 指定された地区は街を東西に二分する南北大通りを渡った北西側の、主に商店街や職人街が広がる一帯である。今泊っている宿や、昨日訪れた市場などもこの地区にある。

 

 市場は昨日行ったということもあり、主に職人街の辺りをうろついてみることにした。

 歩いてみれば、鍛冶工房からは威勢いい金づちの音が響き、細工ものを扱う工房の表には精緻な看板細工が掛けられていたり、木工家具工房からは豊かな木の匂いが鼻孔くすぐり、魔道具を扱う工房からはウィンドウに飾られた最新のコンロの魔道具が輝いていたり、と大変活気がありにぎやかな場所であった。

 そのせいもあってか、受けた依頼の成果もほどほどに上々であったのはご愛敬といったところであろう。


 目に楽しく、耳に小気味よく。

 時に陳列された商品に感心し、真顔でごみを拾い集めて歩けば、ほどなくして背負い籠の腹もいい具合に膨れてきたようだ。


 そろそろ引き返しながら拾う方向に切り替えるかな、とぼんやりと考えていれば、ふと、細い裏路地でぼんやりと佇む十歳そこらの少年が目に留まる。

 ウェイトリーは特に考えることもなく少年へと話しかけた。

 

「やぁ少年。君はこんなところで何をしてるのかな」

「え? あぁー、兄ちゃんだれ?」

「ゴミ拾いの冒険者だ」

「てことは低ラン冒険者だな」

「いかにも俺が低ラン冒険者のウェイトリーだ」

「いや知らねぇけどさ」

「んで? 少年はこんなとこで何してんの?」

「いやぁ……、別になんでもねぇけど」


 少年は歯切れ悪く、或いはバツが悪そうに答えをはぐらかした。

 

「さては少年、パパからもらったクラリネットを壊した口だな?」

「なんだそれ」

「じゃあママに言われた買い物をサボった口だ」

「別にちげぇけど」

「なんか欲しいもんでもあんのか?」

「別にそれもねぇけど」

「じゃあどうしたんだよ。キンタマついてんならハッキリ言えよしゃらくせぇ」

「急に口悪くなったな低ラン冒険者!?」

「こちとら低ラン冒険者だぞ。口調なんてこんなもんだ」

「いや別にカンケーねぇじゃん」

「いいから話してみろって。俺は低ラン冒険者だが、お前よりは歳食ってるからぼちぼち役に立つような立たないようなことを言えるからよ」

「どっちなんだよ……」


 少年は呆れたような、或いは馬鹿らしくなったような、そんな表情をしてから少しして、話し始めた。

 

「……実はさ、情けねぇ話なんだけどさ」

「おう」

「妹が迷子になっちまってさ。それを探してる間によ……」

「お前も迷子になったんだな?」

「ハッキリいうなよ低ラン冒険者……」

「ガキがよ。迷子ならハッキリ言えハッキリと。しゃーねぇ、お前んち探してやっか」

「別にいいよ」

「いいワケねぇだろうよ。俺は天下無敵の正義の低ラン冒険者だぞ。ガキは憧れて当然だろ」

「いや低ラン冒険者には憧れねぇよ」


 ウェイトリーは少年の頭をぐりぐりと撫で笑いながら言い、少年は今度こそあきれ返ったように冷静に言葉を返した。

 

 話を進めるべく、ウェイトリーは片眼を瞑りながら少年に問いかけた。


「んで? お前んちどんな感じの家?」

「あ? いや……、まぁ、赤い屋根で、家の前にベンチがあって、二階」

「窓の数は?」

「ん? えっと……、一階が表と裏に一つづつで、二階が表に二つと裏に一つ」

「街の南東あたりの住宅街か?」

「なんとーって方角だよな? わりぃけどわかんねぇ」

「家から一番近い大通りの看板には『NS』か『EW』のどっちが書いてある?」

「あーそれなら多分NS。家の表通りを左にいったらある大通りの看板がそうだったと思う」

「家の裏は外壁側を向いてんのか?」

「そうだよ」

「わかったわかった。んじゃ行くぞガキンチョ」

「ガキンチョじゃねぇよ低ラン冒険者。あと頭触んな、もげる」

「もげるわけねぇだろ」


 少年の頭をぐりぐりしながらウェイトリーは今朝行ったばかりの住宅街の方へ向けて歩き出した。


 道すがらごみを拾いつつ、ウェイトリーは少年へと話しかける。

 

「お前、妹は大事か?」

「あ? 当たり前だろ。おれは兄貴なんだから」

「そうだな。実は俺も妹がいてな。しっかりしてるっちゃしてるんだが、まぁーお転婆で困った妹なんでな。イマイチ目が離せんというかなんというかでな」

「低ランも兄貴なんだな」

「まぁな」

「でもなんかわかるよ。おれの妹はまだそんなに大きくねぇからなんか心配なんだよ」

「兄貴ってのはそんなもんだよな」

「だな」

「まぁその心配してる手前ぇが迷子になってちゃ話にならんけどな!」

「いちいちうっせぇんだよ低ラン冒険者!」

「妹も心配してるだろうな」

「うっ……、まぁそうかもな」

「帰ったら土下座だな。あと親も心配してるだろうからそっちにも土下座だな」

「うるせぇなぁ……、わかってるよ」

「まぁ安心しとけ。俺が一緒に行ってやるから心配すんな」


 普段の真顔が嘘であるかのように底抜けに明るく笑いながら、そんなことを宣うウェイトリーに少年は毒気が抜かれたように、呆れた顔をする。

 でもどこか、少し安心したような顔もしていた。


「でもさ、妹はちゃんと家に帰れたのかが気になんだよ」

「あーまぁそりゃそうだよな。まぁそっちも迷子になってんなら俺が探してやるから安心しろ。俺はそういうのが得意なんだよ」

「低ラン冒険者が言っても説得力ねぇよ」

「ちげぇねぇか!」


 がはは、と笑うウェイトリーの楽しそうな様子を見て馬鹿らしくなったのか、少年もつられて少し笑う。

 

 少年の足に合わせて歩きながら、東西の大通りを渡り、南北の大通りも渡る。


 馬鹿話を繰り広げながら、時折片目を瞑り、迷いなく道を歩いていけば、いくつも家が立ち並ぶ場所の一軒に、俯いた幼い少女が座るベンチがある家が見えてきた。


「あっ」

「あそこだろ」

「お、おう」


 ウェイトリーはしゃがんで少年と目線を合わせて言葉を紡ぐ。


「なぁ少年。もう道に迷うんじゃないぞ」

「わ、わかってるよ。別におれも迷いたくて迷ったんじゃねぇし……」

「そうだな。でもまぁ、どうしても迷っちまって道が分からなくなったら、また低ラン冒険者って呼べ。そしたら俺がまた迎えに行ってやる」

「もう大丈夫だよ」

「ならいい。でも覚えておいてくれ。俺も忘れない。約束だ」

「わかったよ。約束する」


 快活に笑っていたウェイトリーが真剣な表情で目を見て言えば、少年は力強くうなずいて答えた。


「妹が待ってる。行ってこい」


 そういってウェイトリーは少年の背を押した。

 

「あぁ、その……。ありがとな、兄ちゃん」


 ウェイトリーは頷き、それを見届けた少年は俯く幼い少女の元へと駆けて行った。


 少女は、目の前に少年が現れても顔を上げず俯いたままだった。

 その少女の頭を少年が優しくなでてやれば、少女はゆっくりと顔を上げた。


「無事に家に帰れてたんだな。よかったよ」

「……。」


 少女は言葉を返さず、ただ少年の顔を見ていた。


「ごめんな。兄ちゃん迷子になっちゃってさ。でももう大丈夫そうで安心したよ」

「……。」

「もう迷子にならないように。泣かないように強く生きるんだぞ」

「おにーちゃん……?」


 少年は優しく頭をなでて、静かにほほ笑んだ。


 その光景を見届けたウェイトリーは静かに踵を返し、ゆっくりと歩き去った。



 あとに残されたのは、一筋の涙を流す、幼い少女、ただ一人だけだった。

 

 

 

「なぁエリナちゃん、ちょっといいか?」

「はい、どうかされましたか?」


 エリナ職員の元に、一人の中堅冒険者がやってきて、不審そうな顔をしながら話しかけた。


「さっきさぁ、大通りを白っぽい灰色のコートを着て籠背負った冒険者が歩いてたんだけどよ、あれって最近入った新入りだろ?」

「そうですね。今は北西地区のゴミ拾いをやっているはずですよ」

「ソイツがさぁ、なんか一人で馬鹿笑いしながら住宅街の方に歩いて行ったんだけどさ。アイツなんかヤバイ薬でもやってんじゃないか?」

「そ、んなことは……、無いと思いますが」


 エリナ職員は確信を持って否定できないと困り、少し言い淀む。


「いやなんかさ。こう妙に自然に誰かと話してる風で笑いながら歩いてるんだけどさ。周りにそれらしい人がいねぇのよ。なんか薄気味悪くてさ」

「なる、ほど。その件につきましては本人と関係者に直接話を聞いて確認します。情報ありがとうございます」

「あぁ別にいいよ。いつも世話になってるしさ。なんかヤバそうならギルマスとかに相談したほうがいいぞ」

「場合によってはそうさせていただきます」

「おう、じゃあな」


 冒険者はそう告げると手を挙げながらギルドを出て行った。

 

 しばし、考え込むようなしぐさをしたエリナ職員は、受付に座る他の職員に少し外す旨を告げ、資料室にいるマリーの元へと向かった。

 

 中では依然変わらぬ姿勢を貫き資料を読みふけっているマリーがおり、エリナ職員はマリーに話しかけた。


「お忙しいところ申し訳ありませんマリーさん。少しお伺いしたいことが」

「主さまがなにかやらかしましたか」

「えぇと……、やらかしたかどうかは定かではないのですが、不審な行動を取っていたと情報がありまして」

「不審なですか、それはどういった?」

「なんでも、一人で馬鹿笑いしながら歩いていた、という話を伺ったのですが」


 それを聞いたマリーは、今まで一切止めることなく動かしていた手をピタリと止め、本から顔を上げた。

 

「人違いではなく?」

「白っぽい灰色のコートを着て、籠を背負った冒険者とのことでしたので確かかと」

「籠? あーゴミ拾いですか、昼に言ってましたね。とすればゴミを探して街を歩いていたと」

「はい」

「馬鹿笑い、ですか。なるほど……」


 マリーはしばし目を閉じて考えながら、口を開く。


「エリナさんは街の事情にどの程度詳しいですか?」

「事情ですか? 内容にもよりますが、職業柄それなりに詳しい方かと」

「ではお聞きしたいのですが、最近、特に一月以内に、街中で子どもが死亡するような事故や事件はありませんでしたか?」

「子どもの死亡事故ですか? ……そういえば、三週間ほど前に南西地区三番通りで、馬車の暴走に十歳の男の子が巻き込まれた事故があったはずです」

「じゃあそれですね。相も変わらず主さまらしい」


 マリーは納得がいったというように、穏やかで優しい顔をして笑った。

 エリナ職員は、まだ短い付き合いながらも普段は明るく朗らかに笑うマリーが、あまりしないような表情をしているように思った。

 多くの人や冒険者を見てきたエリナ職員は、その笑顔に強い信頼と深い尊敬が感じられるような、そんな気がした。

 

 一瞬その顔に気を取られたエリナ職員は、話の詳細を聞くべく口を開く。

 

「何となく、ウェイトリーさんの職業が関係しているような気はするのですが、詳しく伺っても?」

「詳細は主さまに聞かなければわかりませんが、多分適当にしか答えないでしょうね。

 ですが、大まかな話で言えば、未練を残して死んだ少年の魂が現世を迷っていたので、その道案内を務めたのだと思います」

「未練を残して死んだ少年の魂、ですか?」


 困惑を浮かべるエリナ職員に対して、真剣な表情をしたマリーが言葉を紡ぐ。


「デッドマスターは『命を尊び死を重んじる』職業です。生者と死者の狭間に立ち、生と死を司るのがデッドマスターです。

 主さまがデッドマスターたらんとするために守るものの中に『冥府の戒律』と呼ばれる警句のようなものがあります。

 その一説に『魂の安寧を願うべし』というものがあり、主さまは未練を残し彷徨う魂を見かけて放っておくことは絶対にありません。

 未練があるならばその未練に寄り添い、果たせぬ未練だとて見捨てず付き合います。最後にはなにがしかの方法で必ず迷える魂を冥府へと導きます」

「では、今回はその少年を導いていた、と?」


 いまいち半信半疑といった表情をしたエリナ職員にマリーは苦笑しながら言った。

 

「やっぱり信用できませんか?」

「いえ……、はい、そうですね。ゴーストやレイスといった亡霊が形となった魔物などがいるので、人の魂が彷徨うというのがないとは言いませんが……」

「まー実際見えないものはそうですよね。正直なところ私は存在を感じ、輪郭が分かる程度なのでハッキリと明言できるほどの説得力は持たせられないんですよね」

「それでもいることはおわかりになるんですね」

「ですが、主さまは違います」


 自身の不明瞭な感覚ではなく、明確な信頼でもって言葉を紡ぐ。


「普段ほとんど真顔の主さまが、馬鹿笑いしていてたとなると、きっとその子を不安がらせないためにそうしていたのだと思います。

 そういったことでもないとまずしない顔ですからね」

「確かに普段のウェイトリーさんからは想像もできませんね。……やさしい方、なんですね」

「私が誰よりも尊敬する主さまです」


 真剣な表情で語り終えたマリーの説明に、得心がいったと頷きエリナ職員が答える。


「よくわかりました。ありがとうございます。

 一応、ウェイトリーさんにもお伺いしようと思うのですが、問題ないでしょうか?」

「全然いいと思いますよ。ただ主さまはあまりそう言うとを話さないので真面目に答えるかは疑問ですが」

「わかりました。ではマリーさん、お時間いただきありがとうございます」

「いえいえ、かまいませんよ」


 そうすると普段通りにニコっと笑いマリーは資料の海に潜っていった。

 エリナ職員は資料室を後にして、ウェイトリーに聞くべきことを考えつつ、受付へと戻っていった。

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