023 十等級依頼
翌日朝。
予定していた通りの時刻にギルドに訪れた二人は、受付に座るエリナ職員と挨拶を交わし資料室に直行した。
特に前日と変わることなく各々が資料を読み進め、およそ三時間ほどした辺りでウェイトリーは全ての資料に目を通し終わった。
「マリーさん、俺の方は終わったから、なんか簡単そうな依頼に行ってくるよ」
「あー了解です。私はここで待っていますね」
「昼飯くらい食べなよ?」
「もちろんです」
「それじゃあ夕方頃に」
「はい」
マリーを資料室に残し、二階から受付前にやってきたウェイトリーは、エリナ職員に声をかけることにした。
「こんにちは」
「こんにちはウェイトリーさん。資料室はもうよろしいんですか?」
「全部覚え終わったのでおいおい読んでいきますよ」
「そ、そうですか……。それで、本日はどのような御用ですか?」
「依頼をなにか受けようかと」
「かしこまりました。どのようなものがよろしいですか?
張り出されているものから選ぶというのもできますが、こちらからご紹介することもできます」
「あぁー、紹介してもらえたらありがたいです。
んーいきなり八等級になっちゃったんで十等級と九等級を一、二回はやっとこうかと思うんですけど、なんかいいのありますかね?」
エリナ職員はファイルを開きながらいくつかの依頼に目を通していく。
「そうですね。ウェイトリーさんにおすすめがあるとすれば……、古い倉庫の清掃などはどうでしょうか。昨日のクリーニングを見る限りよさそうですが」
「悪くないですね」
「他は……、ウェイトリーさんは肉体労働はどうでしょう?
建築現場の荷物運びになりますが報酬は十等級の中でもいいですよ。力と体力があれば技術は必要ない依頼ですが」
「シカを解体するときに一人でも引きずれたんで、それなりに力はある方だと思います。あとゾンビとスケルトンを呼んでいいなら俺一人で二十人分は働けますよ」
「……それは流石に不味いかと。建物が建つ前から曰く付き物件になってしまいます。それにこの街では曰く付き物件というのは既に困ったものがあるのでより印象が悪いかと」
エリナ職員は困ったような顔をしてそういった。
「幽霊屋敷でもあるんですか?」
「中心街の辺りにありますね。領主様が教会へ浄化の要請を出したそうですが、うまく祓いきれないらしく、巡り巡って退治の依頼が冒険者ギルドに回ってきました。領主様からの依頼なので報酬もよかったのですが、誰もうまくいってません。
誰の姿も形もないのに、椅子が落ちてくるわ棚が倒れてくるわ、挙句の果てには刃物まで飛んでくる始末だそうで、怪我をするどころか人死にが出かねないそうです」
「なるほど。それはまた」
「そういったわけで曰く付きの物件というのはこの街では殊更嫌われる傾向にあるんです。なので市街地でアンデットを出すのはよほどのことがない限り控えた方がよろしいかと」
「ですよね。あーでも荷運びなら一回カードにして一気に運ぶって方法も使えるかもしれないっすけど」
「それは……、アリかもしれませんね。もちろん現場責任者の監督は必要でしょうが。
他は……、街のゴミ拾いなどですね。街中に落ちているゴミを籠一杯分拾う依頼ですね」
「あぁ、街歩きはしたかったんでそれがちょうどいいかもしれません」
「今ご紹介できる十等級の依頼はこの辺りですね。いかがしましょう?」
「じゃあその中で一番古いか困ってそうなのがあればそれにしようかと思うんですが」
「であれば倉庫の掃除ですね。貸家業を営む方が依頼人で、高齢のため倉庫整理と清掃が難しく、定期的に清掃依頼が来ますね。
ギルドでも冒険者が貸家を求めるときにの案内をさせていたたくことがある方なので行っていただけると助かります」
「じゃあそれで」
「はい。ではこの依頼表をこちらの住所の方にお見せください。作業内容は依頼主に聞いていただいて、終わったら作業完了の証明をもらってきてください」
「了解です」
「よろしくお願いします」
そういって内容を締めくくったエリナ職員にウェイトリーは小さくうなずいて返し、ギルドを出て依頼人の住む住所に向かった。
標識を見つつ、道行く人に尋ねつつ、道を間違えて引き返したりをしつつ歩くこと約十五分弱。
場所は南東の住宅地で、やや外壁寄りの辺りであった。
指定の住居の前にある庭には、椅子に腰かけた人の好さそうな老人が日向ぼっこをしており、ウェイトリーはその老人に声をかけた。
「失礼、ここは冒険者ギルドに倉庫清掃の依頼を出した依頼主のご自宅でしょうか」
「ん? ああそうじゃよ。冒険者さんかね?」
「冒険者ギルドで倉庫清掃の依頼を受けてきた冒険者です」
「そうかそうか。それはよかった。もう依頼を出して一週間じゃったからね。別に急ぐ依頼ではないが、人が来んと困っておってね。
大した報酬の仕事じゃないからしょうがないとは思っておるんじゃがね」
「あぁ報酬。そういえば報酬額とか聞いてきませんでしたね」
「変わった冒険者じゃね、おぬし」
「まぁ仕事はさせてもらいますよ」
「助かるわい。案内しよう」
そういって立ち上がった老人に連れられ、老人がいた家の二軒ほど隣にある倉庫の前へとやってきた。大きさは冒険者ギルドにあったスプラッター倉庫よりやや大きいくらいのサイズで、中を開けて見せてもらうと、倉庫は三分の一ほどが埋まっている程度で、それほどものが多いというわけではなかった。
聞けばこのあたりの老人の貸家で使う家具や食器などの品をまとめてしまっている倉庫らしく、今はそれなりに家を貸しているのでそれほどモノが無いらしい。
老人は掃除の手順を説明し始めた。
「まずはね、中にあるものを一回外に全て出してほしいんじゃよ」
「なかなかの大仕事っすね」
「そうじゃね。もう老人には難しいわい。
それから倉庫の中を掃除してもろうて、出したものも汚れをはたいてもろうて、それからまた中に戻してほしいんじゃよ。
冒険者さんは力仕事は大丈夫かね? ひょろっこいっちゅうわけでもないけど、屈強っちゅう感じには見えんけど」
「自分、魔術師みたいなもんなんで、術で外に出しますよ」
「そうなんかね? まぁ方法はなんでもかまわんでな。頼めるかの?」
「お引き受けします」
「ほいじゃぁよろしく頼む。わしぁここで座っとるから何かあれば聞いておくれ」
老人は倉庫の入り口付近に置いてあった椅子を倉庫の前の離れた位置に置いて、日向ぼっこを再開した。
それを見届けた後、ウェイトリーは倉庫の中へと入った。
中はホコリ臭く、空気も淀んだいかにもな倉庫であった。今強い風でも吹き込んでこようものなら、上から下までホコリのカーニバルでウェイトリーは漏れなくホコリまみれになるだろう。
言われた手順に従い、まずはものを外に出す。
ある程度のまとまっている木箱などを外に出したときに崩れないよう位置を調整した後、まとめて資材カードに変えていく。
様々な棚にバラしてあるベッド、椅子とテーブル、大きな木桶や水瓶などの家具類もカードに。最後によくわからない木彫りや雑多なものが詰め込まれた籠などもカード化して、二十分もすれば倉庫の中は空っぽになった。
その後一度外に出て、倉庫前のスペースに資材化したカードを順番に発動して並べていけば、たちまちに第一工程は終わりである。
「早いもんじゃね、冒険者さん」
「最近こればっかりやってるんすよ」
「便利なもんじゃね。掃除用具はいるかね? 出してきたものの中にあるがの?」
「そっちも術でやるんで大丈夫ですよ」
「便利な冒険者さんじゃね、おぬし」
二十分、一度も外にものを出していなかったのを心配していたようだが、老人は得心がいったといった表情でその様子に声をかけた。
ウェイトリーもやれやれと苦笑したように言葉を返し、作業へと戻る。
倉庫内の清掃はギルドの倉庫と同じ要領で隅から丁寧に四角くクリーニングをかけていき、それが終われば同じ手順でピュリファイドをかけていく。上から下まできっちりと二十分ほど仕事をこなせば、ホコリ臭さなど皆無な清浄な空間が出来上がっていた。
一応淀んだ空気もすっきりとしているが、空気の入れ替えも行うべきかと思い、ブリーズブロウを最大出力で回せば、大きい扇風機の強風程度の風が倉庫内の空気をかき混ぜて換気を行う。
ウェイトリーは、意味あんのかなこれ、と思いつつも五分ほど各所に風を吹きつけ、こんなもんかなというところで送風をやめた。
今一度外に出て、老人に中を確認してほしいと頼んだ。
中を確認した老人は満足そうにうなずいて問題なしと太鼓判を押し、それを確認してウェイトリーは外に出したものの掃除に取り掛かる。
とはいっても、やることは倉庫の中とそれほど変わりなく、それぞれにクリーニングをかけていくだけで問題なかった。
様子を見ていた老人は感心したように声をあげる。
「ホントに便利な冒険者さんじゃね、おぬし」
「本業じゃないんですけどね。掃除屋の方が向いてるんすかね」
「さぞ繁盛するじゃろうて。わしも頼みたいしの。まぁおぬしは冒険者をしておる方が稼ぎそうじゃがの」
「そうですかね?」
「そうじゃろうとも。或いは商品が運びやすかろうて、行商人も悪くないかもの」
「交渉事がうまくできるかは全然自信ないっすね」
「なら冒険者がよさそうじゃな」
「そうっすね。中に入れる前に気になる場所とかあるなら整えますけど」
「そうかい? じゃあ少しばかり言うように頼む」
「うっす」
しばらく老人のつきっきりで細かい指示をもらいつつ、荷物を並べ替えたり箱の中を入れ替えたりとしながら、再びカードにして中へと運び込み、中で微調整しつつ言われたとおりに並べて行けば、およそすべての工程が一時間半ほどで終了した。
「ご苦労様じゃった。ずいぶんと早く丁寧な仕事で助かったわい」
「いえいえ。じゃあこれにサインを」
「うむ」
差し出された依頼書に老人は慣れた手つきで自身のサインを書き、評価項目の備考に大変優秀な仕事であったと補足を書いたあと、依頼書を返した。
サインが書かれているのを確認してウェイトリーは依頼書を懐へとしまった。
「では自分はこれで」
「うむ。もし機会があればまた頼む」
「あーギルドに怒られなければいいですよ」
「いつでも不人気依頼じゃから大丈夫じゃよ」
「ならまぁ大丈夫っすね。多分半年はこの街にいると思うのでそれまでに」
「冒険するのが冒険者じゃものな。あいわかった」
老人と別れの挨拶を交わし、ウェイトリーはギルドへと戻った。
行きと違い、ちゃんと道を記憶しているので、今度は十分かからない程度でギルドへと戻り、エリナ職員へと依頼書を渡した。
「無事終わりました」
「お早いお戻りですね。あの手際なら納得ですが」
「あれくらいならまぁこんなもんかと思います」
「冒険者証もお預かりします」
依頼書の内容を確認して、受け取ったギルドカードへの情報入力を済ませつつ、エリナ職員はギルド評価に『優』をつけた。
冒険者側には告知されていないが、ギルド評価は基本的に『優(三点)』『良(二点)』『可(一点)』の三段階評価である。ギルド評価のボーダーは概ね必要達成依頼数の二倍のギルド評価がボーダーになっており、普通にこなすだけの『可』であれば達成数の二倍ほどこなす必要が出てくるというわけである。
普段の態度、確認された能力、そして依頼人からの仕事の評価で今回の評価が決定したわけである。
「こちらが今回の報酬の五千ドラグになります」
「報酬額聞いてなかったの現地に行ってから気づきましたよ」
「そうですね。報酬額より困っていそうなものとおっしゃられたので、私も言いませんでしたね」
「まぁ移動込みの二時間程度で五千なら悪くないっすね」
「あー、そういう考え方もあるかもしれませんね。普通はこの依頼は半日はかかるくらいの依頼ですが」
「依頼人も言ってましたけどぼちぼち割に合わないっすね」
「十等級は概ねこんなものですがね。
より大変な荷運びや瓦礫撤去などの建築や土木工事関係であれば、半日で一万ドラグほど、朝から晩までの一日で一万五千から二万程度ですね。
その分くたくたになるほど大変で、場合によっては怪我もします。
この辺りは平均的な九等級の依頼、下手をすれば八等級依頼の報酬より多いですね」
「なんかそれを毎日受ければ月で結構稼げそうですね」
「このあたりの仕事は週に三日ほどある程度ですね。それに大変ですが稼げるのでそれなりに人気です。
今日はまだ人数に余裕がありましたが、ほとんどは朝の段階で募集一杯になることがほとんどです」
「わかる気はします。俺も土木工事は得意といえば得意なんで受けるのもよさそうなんですけどね」
「そうなんですか?」
「穴掘るのは得意なんですよ」
「……デッドマスタージョークは控えていただけると」
何となく意味を理解したエリナ職員は苦笑いをにじませながら苦言を呈した。
「いやいやそれもありますけど普通に塹壕とかトンネルを掘る方ですよ。
知り合いに城の周りを三重に囲う塹壕を一日で用意しろっていう無茶ぶりとかをされたり、敵城の奇襲のための地下トンネルを数時間で掘りぬけとか言われたりしてたので慣れちゃって」
「無茶ぶりが過ぎませんかそれ? ……そしてそれもあるっていうのは聞き流させてください。
……というか城、ですか? ウェイトリーさんは宮仕えをしていたんですか?」
「あぁいや、宮仕えの経験はないですね。知り合いが建てた城の防備を固めるのに協力してたって感じですかね?」
ウェイトリーがしているのは当然EWOの話であり、ウォーアーキテクトクラスメインのイベントである、『攻城戦イベント』での出来事の話である。
「城主に知り合いがいる、と?」
「まぁそうなりますかね? でも随分と遠い場所なんでもう会うことはないですけどね。
なんかマズかったりします?」
「いえ、もしかして貴族の縁者なのかなと思いまして」
「生まれも育ちもごく普通の一般庶民ですよ」
「仮に貴族の係累であっても問題はありませんけれどね。……あくまで表向きはですが」
「まぁ何となく察しはします。でも俺は本当にただの一般庶民の流浪人なんでそのあたりは大丈夫ですよ」
「ただの一般庶民の流浪人に死霊符術師という方はそういないと思いますが、そういうことにしておいた方が平和なのでそうしておきます」
コホンと一つ咳ばらいをして、エリナ職員は話を変えた。
「それで、今日、この後はどうしますか?」
「えーと、思ったより早く終わったんでまずはマリーさんを連れて飯ですかね。
多分マリーさんはまだかかると思うので、俺はもう一件十等級を受けて明日は九等級を受けてみようかと」
「わかりました。ではその時になったらまたお声かけください。
ですが、荷運び依頼の方は開始時刻が昼の一時からになっていますので、そちらを受ける場合はお早めに」
「ゴミ拾いの方に行くつもりなので大丈夫です」
「わかりました。では後ほど」
エリナ職員に別れを告げ、ギルド二階の資料室へ。
変わらず左手で本を開き右手で何かを書き込んでいる姿勢のマリーを声をかけ、本日は屋台広場に行ってみようということになり、昼食を取るべく、屋台広場へと繰り出すのであった。




