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デッドマスターはあんまり動じない  作者: 八神 黒一
2章 異世界情緒金稼ぎ
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022 地図狂い

「お二人とも、まだいらしたんですか!?」


 資料室入り口で声をかけるエリナ職員の声にウェイトリーは本から顔を上げた。

 端末に視線をやれば時刻は夜の七時半を回った頃。ここに入った時間は昼の一時より十数分程度前の頃だったのでおよそ七時間近くの時間が過ぎ去っていた。

 

「おはようございます?」

「まだこんばんはの時間です。朝までいる気ですか」

「許されるならそれもいいかと」

「許されません」

「だそうだよマリーさん」

「あと五分ください。今読んだところをまとめちゃうので」


 左手で開いた本に目を通しながら右手で何かを書き続けているマリーは、顔も上げずに二人にそう答えた。

 

「五分大丈夫です?」

「大丈夫といえば大丈夫ですが……、それ以上は困ります」

「ここが閉まる時間を聞いておけばよかったですね」

「厳密に決まっているわけではないのですが、大体七時から八時の間に閉めることになっていますね。

 明日以降はその、お気を付けください」

「明日かぁ。俺はあと二、三時間もあれば読み終わるんですけど、マリーさんどのくらいいりそう?」

「少なくとも六時間くらいは欲しいです」

「それじゃあ明日は別行動だな」

「何をお読みになられたんですか?」

「えーっと、厳密にはまだなにも読んでないんですけど、薬草とか採取品関係のもの以外は全部見ましたよ」

「それはどういう……」

「内容は覚えたのでそれの精査はそのうちって感じです。

 採取品とか実地検証もしたいですし、魔物の生態観察も現物みたいんで。

 それよりちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

「な、なんでしょう?」

「この国の地図どころか世界地図なんてものまであったんですけど、これって正確なものなんです?」

「地図ですか? そのはずですが」


 ウェイトリーが気になって仕方がなかったのが地図だった。

 それも妙に精巧に描かれていて、正しいことが描かれているように思える地図である。

 少なくとも、この国のベンゲル辺境伯領のあたりは、ウェイトリーが調べ、知る範囲の地図情報とほぼ狂いなく一致している。

 その上大陸図が描かれた世界地図まで存在していると来たものだから、大層驚かされていた。


「大概は地図って軍事情報だったりするような気もするんですけど、こんなオープンで知られていていいんですか?

 というかどうやって大陸図なんてものを作ったんすかね」

「そうですね。たぶんどの国も本当は隠しておきたい情報だと思います」

「それはどういう……」

「時にウェイトリーさんは、龍、ドラゴンはご存じですか?」

「あまりいい思い出はありませんけど、知ってます」

「思い出……? いえ、聞かなかったことにします。

 そのドラゴンの中でも頂点に位置する一体に『宙漂龍』と呼ばれる古龍がいます」

「宙漂龍?」

「空を漂い浮かぶ龍ですね。一年から二年に一度程度このあたりでも見ることができます」

「てことは危ないってわけじゃないんですね」

「はい。言葉も交わすことができ、基本的に温厚で人類種族などを襲うことはありません」

「それでそのドラゴンがなにか?」

「そのドラゴンには別名があり、またの名を『地図狂い』と呼ばれています」

「ちずぐるい」

「宙漂龍は大陸のおよそ中央に位置する山に大きな神殿のような館を持っていて、名を『宙漂龍の製図工房』といいます。

 そこで高さ二十メートル幅三十メートルほどの巨大な大陸地図壁画を書き続けています。

 実際はもう完成しているといってもいいのですが、定期的に世界を見回って変わった場所なんかを少しずつ更新しているようです」

「なんじゃそりゃ」

「それだけならなにも問題はないんですが、重要なのは宙漂龍は工房を訪れるすべてのものに地図を公開しています」

「なんでまたそんなことを」

「自慢、したいのだそうです」

「あぁ……、そういう」

「世界のおよそほとんどの街や街道、関所に要塞、小さな村の位置までが、少なくとも二年以内の正確な情報がその地図には記されていて更新され続けています。その上、誰でも見ることができます」

「軍事情報もくそもないっすね。

 でも、隠したい国なら妨害したり、或いはその地図を燃やしたり壊したりはできるんじゃ?

 世界を漂っているっていうなら不在の時もありますよね?」

「そういったことを行った国は、一度の例外もなく、地図からその国名を消しました」

「嘘でしょ。そんなことをすれば討伐隊とか出てもおかしくないような」

「宙漂龍が国を亡ぼすときは、まず最初に消える国の首都近郊に『汝らの国は七日後には地図に存在しない』と刻まれた大きな石板というか岩塊が降ってきます。

 それから七日後に、その国の首都に無数の流星が降り注ぎ、すべてが更地に変わります。

 対象となった国が完全に滅んだと宙漂龍が認識するまで流星はその国に降り注ぎます。

 その間、宙漂龍は世界のどこを探しても見つかりません」

「無茶苦茶すぎる。どうして見つからないんですか?」

「空よりさらに高い星の海にいるからだそうですよ。

 何度目かの過去に消えた国の隣国の騎士が宙漂龍に直接訪ねたそうです」

「答えてくれるんだ……」

「その話が出回って以来、誰も宙漂龍の地図に手出しができなくなりました」

「でしょうね」

「ですが先にも述べた通り基本的には温厚で話も通じるので、今ではその山の周辺には不干渉地帯として街が出来上がっていて、各国の騎士や密偵が常に地図を監視しています。

 もちろんどこの誰であっても地図に手を出させないため、または何かあった場合に自国の無実を主張し下手人の国を名指しするためですね」

「なるほど。地図が簡単に見れた理由も、大陸図がある理由もよくわかりました」

「お役に立てたようでなによりです」

「面白いお話を聞かせていただいてるうちに私の方も終わりました」


 話の中ほどから資料のまとめ作業を終えていたマリーが声をかけた。

 それを聞いてエリナ職員は一つ頷くと二人に退室を促した。


「それはよかったです。では鍵を閉めますのでご退室を」

「明日は朝から利用できますか?」

「朝の八時には利用できますよ。私が開けておきます」

「ありがとうございます」


 資料室から出れば、小さく聞こえていたホールの喧騒が二人を迎える。

 ホールでは仕事を終えた冒険者たちが多く集い、酒を飲み、飯を食い、依頼の話で盛り上がり、或いは馬鹿話で盛り上がっていた。

 

 喧噪の中階段を下り、そのホールを見渡しながらマリーはエリナ職員へと尋ねた。

 

「ギルドのご飯っておいしいんですか?」

「そうですね。味は少し濃いめですがおいしいですよ。ただ若干、四番通りの飲食店と比べれば割高ですね」

「なるほどなるほど。主さま、今日はギルドで食べてみませんか」

「いいんじゃない? 席も空いてるみたいだし。なんか暗黙の了解とか独自のルールとかないですよね?」

「殴り合いの喧嘩は自己責任かつ外でお願いします」

「しませんよ」

「エリナさん、もしお仕事終わりでしたら、主さまが奢りますよ」

「シカマネーが火を噴きますよ」

「ありがとうございます。ご相伴にあずかりたいところなのですが、まだ少々業務が残っていますのでお気持ちだけいただいておきます」

「そうですか、残念です」

「ではごゆっくりどうぞ」


 そういうと笑顔を一つくれてエリナ職員は受付カウンターの中へと戻っていった。

 

「振られちゃいましたね主さま」

「俺がフラれたみたいな言い方やめて?」

「やっぱり主さまの終わってる部分が―――」

「ホントにやめて?」


 そんなやり取りを挟みつつ、ギルドの食事に舌鼓を打ち、ほどほどのところで宿に帰ってその日を終えた。

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