018 ブリッツムースの買取
「ウェイトリーさん、質問してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「これは魔術で、えっと符術でしたか。それで倒されたのですか?」
「使いますね。『スカルピアサー』」
右手にカードを取り出しながらそう呟けば、掌の上には一本の骨のナイフが現れる。
それを見た解体職員が、ナイフを少し見せてほしいといい、ウェイトリーが見せれば、解体職員は傷口の形とほぼ同じだから間違いないだろうとお墨付きをくれた。
「これを投げて眉間に?」
「必要であればどこへでも投げますよ」
「そんなら、あっちの壁にあたりに丸太があるだろ? あれに投げてみろ」
指示されたのは壁際に置かれている薪にするであろう丸太で、三、四十センチ大に切られた丸太がいくつか置いてあった。距離にして十五メートルほど。もはや目と鼻の先である。
「じゃあ皮の禿げてるヤツの節の黒いところに投げますね」
そういうや、ものすごく無造作で雑にナイフを投げ放った。ただし音もなく、速度も雑に投げたとは思えない速度でである。
時を置かずして、丸太がスコンという子気味のいい音を立てた。
「魔術で作ったナイフなんで当たって三秒したら消えるんで、刺さった穴で確認してください」
唖然とする職員たちを尻目に、ウェイトリーは何でもないように言い放った。
見分を行っていた解体職員が周囲で見ていた他の同僚に声をかけて丸太を持ってこさせたところ、確かに指定通りの場所に穴が開いていた。
その穴を確認して女性職員は納得したように口を開く。
「確かにこのブリッツムースを討伐したのはウェイトリーさんのようですね。マリナウェルさんもその場に?」
「居はしましたけど、私は周囲を警戒していた程度で、シカを狩ったのは全て主さまですね」
「あるじさま? あー……。いえ、それでも問題はありません」
「エリナ、この二人ならスキップして問題ないだろ。役割分担ができてるならそれでよしだ」
「そうですね。ではお二人は九等級にスキップ昇格とさせていただきます」
「おぉ。よかったよかった」
「こいつはバラしちまうが、どっか欲しい部位はあるか?」
「あー売値がつかない捨てるような部位があれば欲しいっす」
「は?」
解体職員が、コイツはいったい何を言ってるんだ、と言わんばかりの顔をしてウェイトリーに聞き返す。
「いや自分死体が必要で」
「なに?」
「あの、ウェイトリーさんは死霊符術師なのだそうです」
「ネクロマンサーってことか?」
「まぁ分類としてはそうですね」
「それで死体がいる?」
「まぁ骨とか皮とか肉とかで売れないような廃棄する部分があるなら全部欲しいですね」
「なるほど、な。ちょっと待てよ」
解体職員の男はしばし何かを考えてからウェイトリーに話しかけた。
「お前さん、死体なら何でも大丈夫なのか?」
「人の死体はちゃんと弔いますよ」
「馬鹿言うな、魔物と動物だ。どうなんだ?」
「大丈夫ですよ」
「解体場ででる廃棄部分の生ごみがそれなりの数あるが、処理してくれるなら八等級の依頼の一つとしていい」
「マジで? いいんすか?」
「エリナ、かまわんな?」
「いやかまいますよ。ウェイトリーさんはどうやってその死体を処理するんですか」
「それも見せましょうか?」
「えっ」
「おいすまん、ちょっとバラしたいらん骨持ってきてくれ」
またしても他の職員を使いに出し、ほどなくしてバケツに入れられた何かの骨がウェイトリーの前に置かれた。
「これでいいか?」
「いいっすよ」
ウェイトリーは懐から端末を取り出し、死体回収の機能を発動して、骨をさらった。
骨は黒い光へと還元され、バケツについていた血すらもきれいさっぱりと消え去った。
「こんな感じっすね」
「こりゃいい。これならいいだろうエリナ」
「あー、はい。これならまぁ……。あとで依頼書を作っておきますので、認可処理はそちらでお願いしますねギルマス」
「ギルマス?」
「あぁ俺がレドア支部のギルドマスターのグラッツだ」
そういって筋骨隆々の解体職員もとい、ギルドマスターが自己紹介をした。
しばし言われたことの整理が必要だったが、ほどなくしてウェイトリーも飲み込んだ。
「しかしお前さん、これなんの意味があるんだ?」
「死体回収っすか? これやると新しいアンデッドやらを呼ぶ材料になるんですよ。死体は大体何でもよくて、必要なのは概ね量っすね」
「死霊術師ってのはそんなことやってんのか」
「こっちの方の死霊術師は知らないですけど、自分が知ってる死霊術師は近いことはしてますね」
「まあこの際細かいことはいいか。お前さんに依頼を出せば廃棄部分の処理するのに払う金がかなり浮く。八等級依頼で済むならギルドとしては万々歳だ」
「職権を乱用するような発言は慎んでくださいギルマス」
「まあそう堅いこと言うな」
呆れたようにたしなめる女性職員、もといエリナにギルドマスターのグラッツは笑いながらそれをごまかした。
「明日にゃ廃棄部分を集めておくから明日の昼にでもまた来い」
「了解っす」
「さて、コイツの解体と料金だが、明日一緒でいいか?」
「あー自分らこれっぽっちも金がないんで、できれば早めに欲しいんですけど」
「そうなのか。なら三万ドラグは即金でいいだろう。この個体ならどんなに安く見積もっても三万五千は行けるだろうからな。差額は解体が終わったあとに払おう。とはいっても解体手数料に一割もらうから残りはそれほど多くはないだろうが」
「ちなみにシカあと三十頭ほどいるんですけど買い取りっていけます?」
「はァ?」
「これなんですけど」
そういってウェイトリーは用意していた三十枚のカードの束を取り出して見せた。
そこにはシカの死体が精緻なイラスト化されたものが描かれていた。
「おまっ、お前さん、こりゃぁ……」
「あの、これは、先ほどのように出すことができるのですか?」
「できますよ。というか出すだけなら皆さんでもできます」
「あー、値崩れするから今はあと三頭ほどにしておけ」
「じゃあそれで」
「待ってくださいウェイトリーさん。先ほど出すだけなら皆さんでもとおっしゃいましたが、それは本当ですか?」
「できますよ。やってみますか?」
そういって売却予定のカードを三枚ほど分けてエリナ職員へと差し出した。
「ギルマス、お願いしてもいいですか?」
「あ、ああ。そうだな。いや誰でもというならエリナも試しておけ」
「あー、そうですね」
そういってギルドの二人はそれぞれの台へ向かい、ウェイトリーがやったのと同じ手順でカードを置き、『発動』と唱えることで何の問題もなくブリッツムースの死体を召喚した。
「こいつぁいい」
「時間経過もしないとなるとかなりいいですね」
しばし考え込んだエリナ職員をよそに残りの一枚を他の職員に使ってみるようにと指示を出すギルドマスター。
指示通りに召喚できた職員は「おぉ……」と静かに声を上げ、ギルドマスターもそれを見て頷いた。
考え事から帰ってきたエリナ職員がウェイトリーに話を持ち掛けた。
「ウェイトリーさん。よろしければそのブリッツムースを、全てカードの状態で買い取らせていただけませんか?
その状態であれば全て四万ドラグで買い取らせていただきますが」
「いいんですか? こちらとしてはうれしい限りですけど、カード全部が同じものだって保証はないですよ」
「はい。なのでウェイトリーさんには出して見せていただいた後に、もう一度戻すという作業をしていただきたいのですが、いかがでしょう?
大きく欠損していたり使い物にならないほど傷んでいたりしないのであれば、全て解体手数料なしの四万ドラグで買い取らせていただきます。
もちろん料金は査定後すぐ即金でお支払いしますよ」
エリナ職員の思惑としては、価格変動が起きにくいのは魔石程度で、それ以外の素材は現物がそのまま大量にあったところで各種素材を安値で卸すなりことになり、利益率は低いと言えた。
だが、新鮮な状態で、大きなスペースも取らず、保存コストを掛けず長期保存できるのであれば話は別である。
ブリッツムースの肉、しかも大森林産のものは特は味もよく価値があるので、それを月ごとに少数出していくのであれば値下がりするどころかむしろ相場より幾分高く卸すこともできる。
他にも薬品の原料であったり魔術触媒であったりと価値のある角や、下手に手を入れて傷んだりしていない魔術耐性のある皮、そして大森林で強靭に育ったブリッツムースの質のいい魔石。
これらを定期的に市場に供給できるのであれば、一頭四万ドラグでも十分に利益を出せると考えていた。
ウェイトリーとしてもそのあたりのことは察しはついているのだが、これは卸先があり長期的に運用できる場合に得られる利益であることを理解しているため、特に思うことはなかった。
むしろ、即金で百二十万ドラグもらえる方が圧倒的にメリットがあると考えていた。
「それで全て買い取っていただけるならぜひ」
「ありがとうございます。素晴らしいですね符術」
「それはどうも」
なかなか現金なことをいうエリナ職員にやや苦笑い目に言葉を返すウェイトリーであった。
そうして、カード枚数を確認し、最初に台に出した一頭を含めず、テストに渡した三枚を含め三十枚の確認を解体場職員総出でチェックした。
カードの枚数を確認した後、職員にそれぞれカードを配って台の上に次々と召喚し確認してもらう。そしてそれが終わり次第ウェイトリーが次々とカードへと戻すという作業を繰り返した。
それほど時間はかからず三十分ほどで全ての確認が終わった。
「ではギルマス。あとはよろしくお願いします」
「買い取りは最初の一体も含めて三十一枚として、評価を多めにつけておけ」
「了解しました。ではウェイトリーさん、マリナウェルさん、受付へどうぞ。料金を清算をいたします」
冒険者たちが戻ってくる時間が近いからか、にわかに忙しそうにしだす解体場の職員たち残し、満足そうな表情を浮かべるエリナ職員とともに受付へと戻ることとなった。
「まずは、スキップ審査の昇格から処理いたしますので冒険者証をお預かりします」
言われ、二人はギルドカードを渡す。
エリナ職員は慣れた手つきでそのままカウンターの上、受付内側にある四角い魔道具にあるスリットにカードを差し込んた。
すると、その魔道具からつながった先にある金属の板をガラスでコーティングしたような、もっと言えばタブレット端末のようなものに情報が表示され、それを操作してランクの昇格処理などが行われていく。
「次に、常設八等級依頼の『食肉調達』を九十件こなしたとして、今回の売買を処理いたします」
「いきなりめちゃくちゃ言ってませんか?」
「そうですね、かなりめちゃくちゃですね」
「はい? それって大丈夫なんですか?」
「そうですね、食肉の長期保存が可能な大都市のギルドや、大型の魔物が現れる地域であればなくはないといった範疇です」
「なんというか、職権乱用とパワープレイの気配を感じます」
「実はそれほどおかしくはないんです。
期間常設八等級依頼の『食肉調達』は二十キロ以上五十キロ未満を一件と換算する依頼で、一頭当たり百二十キロから百五十キロ程度が見込める個体であれば三件分の価値になります。
ただし、個別に討伐・調達依頼が出ているわけではないので、依頼の報酬自体は非常に低く設定されています。具体的に言うと千ドラグほどです」
「安い」
「ですが、肉の買い取りの料金が上乗せされるので、そこがメインの報酬と言えますね。もちろん狩ってきた獲物によって値段の上下は激しいです。
また、解体が済んでいない場合などは手数料なども発生しますし、可食部の状態によっては達成不可となることもあります。
ほかにも今回の様に保存できない場合などであればどれだけ数を持ってこられても処理できないのでお断りすることもあり得ます」
「なるほど」
「はい。しかし……、九十件はそれでも多い方ですが。なにせ可食部が五百キロある大型魔物が九体換算ですからね。およそ十五メートルから二十メートル級の魔物ですね。
そんなのがそんなにいるならこのあたりの街はどこもおしまいですね」
「今回みたいにそこそこのを大量にってケースは?」
「ほとんどないですね。魔物のスタンピード現象やダンジョンの大規模空洞などの特殊な状況を除けば普通そんな数いませんからね。逆にいえばノアルファール大森林にこれだけの数がいたというのが大きな問題なんですが」
「もうそれほど大きな群れはいませんけどね」
「そ、そうですか……。安心といえばいいのか、不安に思えばいいのか計りかねるお言葉ですね……」
「生態系に悪影響がない程度に間引いてきただけなので、大丈夫ですよ」
「えー、はい。そうですね。そうしておきます。いえ、あの、何も聞かなかったことにしておきます」
エリナ職員はこんらんしている。
しかし職員としての教示でたちなおった。
「と、ともかく。今回はそれで処理を行います。それと確認しておきたいのですが、お二人はパーティという扱いで構いませんか?」
「かまわないですけど、なにか違うんですか?」
「依頼達成数を頭割りにできます」
「それって微妙にデメリットじゃないですか?」
「個人用の依頼であればデメリットですね。ですがパーティ指定の依頼であればパーティの人員すべてに達成実績が与えられます」
「今回みたいなのだと頭割りになるけど、例えば護衛依頼みたいなのだと五人パーティでも一回でみんな一回分もらえると」
「そうなりますね。それにより、九等級の依頼達成ボーダーは三十件なので、お二人は九等級の依頼達成数ボーダーがクリアになります。
またギルド評価も最高評価をつけさせていただきますので、今回でさらに八等級にランクアップとなります。
登録初日に八等級まで上がるのはかなり稀ですね。ギルドの記録でも数えるほどしかいませんね」
「悪いことしてる気分になってきた」
「シカの卸業者は景気がいいですね。主さまはシカ猟師に転職しましょう」
「ギルド規則により、次のランクアップには最低一か月以上の経過が必要になりますので、すぐにお肉を大量に持ってきてもダメですよ」
「まぁもう仕入れ場所が正常化したんで、あんな数仕入れるのは無理ですけどね。あともう当分森には行きたくねぇ」
「それを聞いて安心しました。
では依頼の達成報酬が千ドラグを九十件で九万ドラグ、買い取り金額が四万ドラグを三十一枚で百二十四万ドラグ、合計で百三十三万ドラグになります。
報酬の支払いなのですが、形態はいかがいたしましょうか。銀行口座への振り込みか、この場での現金での支払いが選べますが」
「口座持ってないんで現金で。可能であれば、金貨十二枚と大銀貨十三枚でお願いできますか」
「かまいませんよ。少々お待ちください」
席を立ったエリナ職員はカウンターの下に備え付けてある小型の金庫のような場所から指定された通貨で百三十三万ドラグ取り出し、それをトレイに載せて二人の前に差し出した。
「お納めください」
「これだけあれば飯食って宿に泊まれるな」
差し出されたお金を懐にしまいつつ、一安心といった表情をするウェイトリーを見ながらマリーはニコニコした顔をしていた。
「これで主さまも甲斐性なし脱却ですね」
「ボクを甲斐性なしから救ってくれてありがとうシカさん」
「エリナさん、知っていればそれなりのお値段の宿とおすすめのお食事処を教えてもらえませんか?」
「ギルド提携店のパンフレットがありますのでそちらをお渡ししますね。
その中で私のおすすめは『木漏れ日の庭亭』か『雨宿りの小路亭』がおすすめです。
お食事は、肉料理メインなら四番通りの『ハンターライフ』、総合的な食事処なら同じく四番通りの『豊穣の食卓』、お酒メインならこの通り沿いの『鉄腕酒場』ですね。
ただ、この街は屋台料理もおいしいものが多いのでそういった場所で楽しむのもおすすめです」
「いいですね! ありがとうございます」
渡されたパンフレットを見ながらマリーがお礼を告げ、早速と言わんばかりにそのパンフレットに目を通し始めた。
「これでこちらの要件は全てになりますが、ほかに何かありますか?」
「無いと思います。ご親切にありがとうございました」
「いえ、当然の業務ですので。ウェイトリーさんは明日に廃棄物処理の代行依頼がありますのでまた明日お待ちしております」
「あぁ了解です」
「では今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。それじゃこの辺で」
「はい」
挨拶を終えたウェイトリーはパンフレットに釘付けなマリーを伴ってギルドから出て行った。
エリナ職員は受付からその二人が見えなくなるまで、じっとその背中を見続けていた。
その胸中には、とんでもない新人が現れたなぁ……、という思いでいっぱいだった。




