118 服装の話
翌日。
辺境伯家へと向かう時間は昼時をしばらくしたころで、その時間が近くなりウェイトリーとマリーは昼食を済ませ、向かう準備を始めていた。
とはいっても、ウェイトリーは特になにをするということも無く、ソファーに腰かけ正真正銘ぼーっとしていた。
「お待たせしました主さま」
「おぉ、デキる魔女に見える」
「そうでしょうとも。実際デキる魔女ですし」
「否定はしない」
「含みがありますね」
「やりすぎる魔女でもあるからな」
「部下の責任は上司の責任ですよ」
「それ自体は否定しないけど、だからって頻繁にやらかすようでは上司も苦笑いだぞ」
「まーまーいいじゃないですか。そのせいで悪いことになったのなんてほとんどないわけですし」
「無いようにしてほしいんだがな」
「重箱の隅をつつきますねー。大は小を兼ねると言うはないですか」
「過ぎたるは猶及ばざるが如しとも言うぞ」
やれやれといったように手を上げてマリーは肩を竦めた。
今マリーは巨大地竜のいた場所の修正点を修復した報酬で解放されたスキンショップで入手した、『現代風魔女衣装』を身に纏っていた。
黒いローブ風コートにオフショルダーのシンプルなワイシャツ風のトップスにネクタイ。それにローブの色よりやや淡い黒のロングスカートといった出で立ちであった。
つい昨日まで着ていた野暮ったいくたびれたローブ姿から比べればかなりすっきりと洗練された印象で、そのせいか、ダボついた野暮ったいローブ姿の時ですら大きいのが理解できた胸が強調された姿は、目に毒であった。
唯一変わってないのが帽子で、その帽子はいかにも魔女らしい綺麗にはされているが今まで通りのくたびれたつば広の魔女帽子であった。
改めてその姿を見たウェイトリーは口を開いた。
「昨日まで着てたローブ姿と、魔法大学の制服以外見たことなかったから結構新鮮だな」
「エルダリアでは貧乏暮らしが長かったので、おしゃれはほとんどしませんでしたからねー。日本で暮らしている時はある程度お金があったので、好き放題おしゃれしましたけど」
「なるほどな。よく似合ってるよ」
「ありがとうございます、主さま」
「んじゃまぁそろそろ行くか」
椅子に掛けてあったコートを手に取り、それに腕を通してウェイトリーとマリーは辺境伯邸へと向かった。
予定の時刻よりも五分か十分ほど早い時間にやってきたウェイトリー達は、以前も通された応接室に通された。
ウェイトリー達以外はまだ誰も来ていないようで、応接室でしばし時間を待つこととなった。
しばらく待っていれば、グラッツギルドマスターとエリナ職員の二人がやってきて、それから少ししてアーシアを連れたリーネリア嬢がやってきた。
「あっ、マリー先生おしゃれになってる!」
「そうですよアーシアちゃん。少し前に用意していた服が仕上がったので今日は着てきました」
「すごい! 綺麗だしカッコイイ!」
「ありがとうございます」
一通りマリーのことを見たアーシアは、比べるようにしてウェイトリーを見た。
「ウェイトリーさんは変わってないんですね」
「実はなアーシア。俺のこのコートは亡霊に呪われていて、脱ぐことができないんだ」
「そうだったんですか!?」
「これを一度着てしまったが最後、夏は涼しく、冬は暖かくてしかたがないんだ……」
「そんな……、夏が涼しくて、冬が暖かいなんて……、あれ?」
「普通に快適に過ごしてるじゃないですか」
「そうともいう」
「……もしかして脱ぐことができないって、呪いで脱げないんじゃなくて、快適で脱ぎたくないって意味ですか?」
「そうともいう」
「そうとしかいいませんよ」
「ウェイトリーさんって頭いいのにバカですよね」
「なんて辛辣な言葉のナイフを持つようになったんだ。成長したな少女よ」
「はいはい」
その馬鹿話を聞いていたグラッツギルドマスターは内容が気になったのか、口を開いた。
「符術師、お前のそのコート、もしかして相当な代物なのか?」
「あー、まぁそうっすね。刃物も使い手に寄りますけどそうそう通しませんし、魔法防御力は相当高いっすね。あとは身体を軽くしたりとか、どれだけ寒くても暑くてもそういう環境的な悪影響を全部カットできるっすね」
「嘘だろおい……。国宝級のアーティファクトじゃねぇかそれ?」
「かもしれないっすね」
「そ、そんなにすごいコートなんですか?」
「ちょっと着てみるか? ここだと暑さ寒さは感じにくいと思うが、着ただけで身体は一気に軽くなったように感じると思うぞ」
「い、いいんですか? 呪われませんか!?」
「呪いは別にかかってないからな」
「うそつきー」
「ほれ」
そういってウェイトリーは脱いだコートをアーシアにかぶせた。
やや混乱してもごもごしていたが、そのうちにそのコートを羽織るようにしてから順番に袖を通したアーシアは、空気が少し変わったように感じた。
それと同じくして、とても身体が軽くなったような、加えてなんとなく目もよくなったような気もした。
アーシアは立ち上がって少し歩いてみればその効果は一目瞭然で、普段よりも軽快軽妙に足が前へと出る。
はた目から見ても、子どもが着るには大きいサイズのコートを着ている珍妙さを除けば、明らかに軽快な足取りに変わっているのが目に見えた。
「うわすごこれ」
むしろ急に身体が軽く、足が速く動くようになったのに驚き、動きがややぎこちなくなってしまった。
その感覚も少し部屋の中をぐるぐると歩いていればどんどん普通に馴染んでいった。
「ウェイトリーさん! このコートください!」
「それはダメ。それ俺の生命線だから」
「こんなの普段から着てたなんてズルいです!」
「それ手に入れるのめちゃくちゃ苦労して手に入れたんだぞ。ズルくていいんだよ」
「やだぁぁぁぁ」
駄々をこねるアーシアからウェイトリーはコートを引っぺがし、慣れた手つきでそれに袖を通した。
「主さまってそれと同じもの予備とかって持ってないんですか?」
「他の装備はそれなりに持ってはいるが、コイツ一式はワンセットしか持ってない」
「まー普通は同じ装備いくつも持ってませんよね」
「持ってるのもあるにはあるけどな。足無し三つ持ってるし」
「なぜと聞きたいところですが、それよりもあれは絶対に表に出しちゃダメですよ」
「わかってるよ」
「他にもズル装備使ってるんですね!?」
「当然だろ。俺は全身ズル装備まみれだぜ」
「ズルい!!」
辺境伯邸へ来る都合上、一見して刃物とわかる『マチェット』と『解体ナイフ』は今は出していないが、それらを普段吊り下げている背中を走るベルトも、穿いているズボンも、腰につけているデッキケースも全て『灰色賢者』ブランドである。
なんなら、先ほどアーシアはコートを着たが、それにはベルトも付いているため、一時的にステータス合計で『AGI+100』と『DEX+70』を得ている。
これはエルダリア基準のレベルでのステータス値でいうところのレベル四十台の平均ステータス値と同じほどの上昇値である。
つまり、一レベルのプレイヤーがこれを装備すれば、ステータス上はそのレベル帯の装備をつけた四十レベルと同等のステータスとなるということである。
明確に断言できるというわけではないし例外もあるとは思っているが、ウェイトリーは四、三等級冒険者がレベル四十から五十辺りではないだろうかと考えていた。
結論から言えば、ベルト付きコートを着るだけで上級冒険者並みのステータスを得られる装備ということになる。
間違いなくズル装備であった。
羨まし気にウェイトリーのことを見るアーシアを適当にあしらいつつ、ウェイトリーは話の矛先を変えた。
「というか、アーシアは錬金術をしっかり学べば、これ並、のが作れるかは正直わからんけど、相当優秀な装備は作れるようになるはずだぞ。エンチャント関係は載せたんだよな?」
「もちろん。ですが、やはりポーション関係がメインコンテンツなので、知る限りを網羅しているというほどではないですが」
「主要なものや便利なものなんかはもちろん押さえてあるんだろ?」
「当然です」
「なら、ズル装備はアーシアが自分で作れよ」
「自分で作れるんですか!?」
「きみ自覚ないかもしれんけど、錬金術の腕は相当だぞ。あとは知識と努力次第でズル装備作り放題だぞ」
「ホントですか!?」
「たぶんな。それにさぁ、俺のコートは冒険者が着る分にはそんなに違和感ないとは思うけど、アーシアが普段着代わりに着るには合わんだろ?」
「着れるなら別にいいですけど」
「兄弟の多い農家の子らしい答えだなまったく。まぁいい。なんにしても、マリーさんみたいなおしゃれな格好に効果が付いてる方が、俺のコートみたいなのを着まわすよりはいいだろ?」
「それはもちろん! マリー先生みたいなの着たいです!」
「あとついでに言えば、これからまだ身長も伸びるし身体も成長するだろうから、それがある程度落ち着いてからちゃんとした装備を作る方がいいんじゃないか?
まぁ金もそれなりに持ってるし、都度都度服でも装備でも買ってエンチャントすればいいっちゃいいけどさ」
「なんかもったいない感じしますねそれ」
「効果が生きてて、有用なら中古の古着でも買値より高く売れると思うけどな」
「そうなんですか?」
アーシアが不思議そうにマリーに聞いた。
「まーそうでしょうね。ただ成長途中のアーシアちゃんが着なくなった服の中古品を買うのは、エンチャントなんかがいらないような人達だと思うので売り方は考える必要があると思いますけど。
アレンジして他の服や装備にするとかできないと、そのまま売るのは難しいでしょうね」
「そりゃそうか」
「触媒不要の簡単エンチャントを施すのはいいと思うのでガンガンやって行けばいいと思いますけど、ズル装備レベルだと触媒なしはまず不可能なので、やはりちゃんとした装備を作ってからにしたいですね。
なんにしても、その辺の詳しことはアニスに聞いてください」
「わかりました!」
「うまくできるようになったら私の服にもすごいの付けてね」
「できるかわかんないけどできるようになったらリーネちゃんのに付けてあげるね!」
まんまと追及をかわすことに成功したウェイトリーがよしよし、と内心ほくそ笑んでそんな話を続けているうちに、ベンゲル辺境伯と執事風の男性が応接室へとやってきた。




